第六十三話 花酒
フェンリル他、山頂にたむろしていた魔物たちを退治して。
僕たちはフローティアの街に帰ってきた。
戻ってきた頃にはもう大分日も傾いており、祭りの喧騒もやや収まっていた。
「なんか、言われるままに戦ったけど。……俺たちも、強くなってんだな」
雑談をしていると、先程の冒険の話になり。
ジェンドは、ぎゅっと、拳を握りしめながら、そう感慨深げに言った。
僕はフェンリルの相手をしていたのであまり後ろを見る余裕はなかったが、ジェンドたちは二体の巨人と雪の女王と雪狼を全て倒したのだ。ロッテさんの魔法による能力の底上げがあったとはいえ、これは大きな自信となるだろう。
「……あのフェンリルとかいうのには、まだ太刀打ち出来る気がしないけどな。一合も持たなさそうだ」
「大丈夫大丈夫。今のまま鍛えてりゃ、一年くらいでとりあえず戦えるようにはなる。多分な」
僕は気楽に言って、不安を漏らしたジェンドの背中を叩く。
いや、実際。僕を抜いても、ジェンド達四人のパーティであれば、そのうち最上級を安定して倒せるレベルに至るだろう。そこまでいけば、リーガレオでも指折りだ。
……火力役のシリルについては、最前線に行かせたくないという気持ちもあるが。
「それにしても、ご領主様びっくりしていましたね」
「そりゃそうだろう。自領に最上級の魔物がいたとなれば、流石に心穏やかではいられないさ。シャルた……シャルロッテさんがいる間に対処できたことは、望外の幸運だろう」
そう。フローティアに戻ってすぐ、領主様には報告に上がった。
ロッテさんが忠告していたのだから、最上級がいる可能性も考慮はしていたはずだが、案の定というか、報告するとかなり顔が引きつっていた。
うん、もしあれが街に下りてきていたら、フローティアの街が滅びていてもおかしくはないのだから、そうなる気持ちもわかる。
あの魔物の速度で奇襲されたら、僕だってなにも出来ず殺されるかもしれないし。
……ところでフェリス、ちょっとエナジー漏れてない? 大丈夫?
「謝礼金の件断っていましたけど、本当に良かったんですか、ロッテさん」
「なぁに。私が勝手に行って、勝手に倒しただけだからね。ヘンリーの方こそ、辞退してよかったのかい?」
「ほぼほぼロッテさんの手柄じゃないですか。もらえませんよ」
実際、フェンリル戦はサポートこそしたが、メインを張っていたのはロッテさんだし。
それに、冒険者の頂点と最上級の魔物との戦いが見れたこと、ロッテさんのバフにより二段も三段も上の動きを体験できたこと。これはうちの仲間にとっては非常に大きな利益だ。これ以上はもらいすぎというものである。
「お金なら、シャルロッテさんがドロップ品を買い取るからって、沢山もらいましたし。これで欲しかった魔導具が買えます」
ロッテさんが巨人とかのドロップ品を適正価格で買い取ってくれて、みんなの懐は暖かい。
ティオはあまり表情を変えない方だが、結構嬉しそうだ。
フローティアの教会だと、買い取りは結構財政的にキツそうだという話をしたら、ロッテさんが引き受けてくれたのだ。ロッテさんは他の街で換金するらしい。
僕? 僕はフェンリルの落とした毛皮の一部を現物でもらった。戦闘服が切られたから補修しないといけないし、もうちょい防御力上げたいし。
「へえ、魔導具かあ。何を買うんだい?」
「『音殺し』です。足音とか、藪をかき分ける音とか、気になっていたので。これで偵察も捗ります」
「……渋いトコつくね、君」
ロッテさんが呆れる。
まあ、確かに。ティオの年頃の冒険者が魔導具を買うと言えば、大体はわかりやすい威力向上系のものだ。
しかし、音殺し自体はいい魔導具ではある。技術的に繊細なものだから少々値は張るが、消費魔力は少ないし、音を消すかどうか任意でオンオフができる。それでいて、自分はちゃんと外の音が聞こえる。相手に気付かれずに行動できるアドバンテージは言うまでもないだろう。
ただ、なんかこう、ティオってアゲハに憧れるあまり技能を暗殺系に振り始めてない? いや、良いんだけどさ。
「そういえばティオ。君はお店の手伝いの休憩中だったんじゃあ。無理に連れて行って、今更だけど悪かったね」
「いえ、貴重な経験ができました」
「戻らなくても大丈夫?」
「流石に冒険で疲れましたし……多分、もう売り切れて店じまいしていると思いますので」
あー、人気だったもんな。
「ティオちゃん、なんだったら私から領主様に言って説明してもらいましょうか? ティオちゃんが怒られるのもなんですし」
「……シリルさん。こんなことで伯爵様を呼ばないでください。うちの家族がひっくり返ります。それに、ちゃんと話せばお父さん達もわかってくれると思います」
うん……まあ、必要だったら僕も話すし。一応、このパーティのリーダーだしさ。
「まあ、さて。ひと悶着はあったけど、それはそれとして祭りの続きを楽しもうじゃないか。私の出した観光案内のクエストはまだ有効だしね」
ロッテさんが気を取り直すように言う。
それにしても、最上級の魔物の退治を『ひと悶着』の一言で済ませんのか、この人。
「そーですねー。とは言っても、もう夜も近いですし、なにかあったかな?」
シリルがポケットに入っている紙を取り出す。
イベントのスケジュール表らしい。
「うーん、めぼしいのは大体終わっちゃってますね。夜にやるのは、お酒の飲み比べ大会ぐらいみたいです。お花を醸したり漬けたりした花酒が沢山並んで、色々試せるんだとか」
「なに、それは行かないと」
ロッテさんが目を輝かせる。僕も行きたい。
「えー、まあいいですけど」
「どれどれ、ちょっと見せてくれ」
シリルの持つパンフを横から見て、そのイベントの概要を見る。
ほう、全種一杯二十ゼニスか。お得だな。販促も兼ねてるのか、普通に持ち帰り用の販売もしている。
ラナちゃんは、花酒が普通に売っているのはこの時期だけ、と言っていたが、どうやら産業として成長させようとしているようだ。かなり大規模にやるみたいだし。
「花酒か。祝いモンだから毎年多少は呑むけど、俺はエールのほうが良いなあ」
「……私はあまり試したことがないので、呑んでみたいです」
「いや、未成年の飲酒はあまり良くないぞ、ティオ」
「お祭りですし」
「いやまあ、そうだが……」
フェリスの忠告に、ティオはしれっとそう答える。
お前、祭りじゃなくてもよく呑んでるだろ。……イカン、娘さんを飲兵衛にしてしまいました、と気付かれたら、信頼して任せてくださっているティオのご両親にどう思われるか。
と、とりあえず、呑みすぎだけはやめさせよう。
「よーし、そうと決まったらイベント会場に行こうか!」
と、ロッテさんが口火を切り、僕たちは歩き始めた。
花酒の飲み比べ会場は、街の東にあった。普段は公営の運動場として親しまれている場所だ。
今日は、この運動場の至るところに花酒やちょっとしたつまみを売る屋台が並び、客のために簡易的なテーブルと椅子が設けられている。
混んではいたが、なんとか僕たちは一つのテーブルを確保することに成功し、思い思いに呑んでいた。
「へえ……」
適当に空いていた屋台で買った花酒を一口呑んで、僕は声を漏らす。
味は微妙だと聞いていたが、どうしてどうして。中々イケるじゃないか。
確かに味そのものは今一つだが、呑んでみると原料の花の香りがふわっと鼻を抜けて、呑んでいてなんとも楽しい。
「……香りは良いですけど、ちょっと苦いですね」
「あー、そうかも」
シリルは顔をしかめている。
酒に慣れていないと少しきついかもな。
「ほれ、つまみ」
「どーも」
一緒に買ってきたドライフルーツの盛り合わせをシリルの方にやる。
ついでに、僕も林檎を一つつまんで口に入れ、花酒を呑む。うん、つまみは甘いものが合うな。
「……ちょっとおかわりしてきます」
早速呑み干した様子のティオが、二杯目を買いに行く。
……はええ。もうちょっと味わえよ。
「ティオー、私の分も頼んで良い? 奢るから」
「わかりました」
ロッテさんが声を掛け、五十ゼニス硬貨を指で弾く。
ふわ、と緩やかな放物線を描き、見事に硬貨はティオの手に収まった。
……無駄に精度が高え。
しかし、二人共身体は小さいくせによく呑むな。
「明日はどうしようかねえ。シリル、明日は何があるんだい?」
「ええと明日は、花の娘コンテストが目玉ですね」
「なんだい、それ」
「もっとも花が似合う今年の乙女を決めるという……ミスコンです」
身も蓋もない。
「へー、水着審査とかあるの?」
「もうそんな季節じゃないですよ……普通の服です。あ、でも、予選を突破したら、本戦では花をあしらったドレスが貸し出されるんですよ。それを一回着てみたいからって、参加する人もいます」
ドレスかあ。興味ないなあ。
「……面白そう。私、参加してみようかな」
「シャルたんが参加すれば、一位は確実だな!」
「ふふん、まあね! いやー、流石に他の参加者がかわいそうかな?」
「シャルたんは世界一可愛いからな!!」
興奮するフェリス。
……ジェンド、お前抑えろよ、という念を込めて奴を見る。
「…………」
あ、こら、視線逸らすな! 恋人だろ、お前の!
なんか、フェリスに煽られてロッテさんがその気になっている。と、止めないとだよな、一応。
「参加できるわけないでしょう。ロッテ、自重してください」
……あ。
「あ、やあ。ルーナ」
「やあ、ではありませんよ……探しましたよ、ロッテ」
いつの間にやら現れた女性が、ロッテさんにそう言って、じとーっとした視線を向ける。
几帳面に整えられた黒髪に眼鏡。泣きぼくろが特徴的なその人は、僕も見たことがある。
「まったく。ようやく探し当てたと思ったら、なにを寝言を言っているんですか」
「寝言とはひどいなあ。いいじゃん、盛り上がるだろ?」
「そういった素人さんの催しに、プロが出るものではありません。大体、貴女は公式には三日後に到着予定なんですよ?」
ルーナさん。
ロッテさんの付き人というか、マネージャーというか。そういった人だ。
純人種の人だが、ここ十年くらい、ロッテさんとともに活動しているらしい。
あくまで、アイドルとしてのロッテさんの付き人であり、冒険者稼業とは縁のない人だ。
「……ルーナさん、どうも」
「ああ、ヘンリーくん、でしたよね。お久し振りです」
基本、リーガレオは危険な街なので、ロッテさんは最前線に来るときはルーナさんを連れて来ないようにしていた。
ただ、僕もクエストで他の街に行くことがあった。そういった用事で外に出た時、たまたまロッテさんのライブとはち合わせ……なんてことが数度だけあり、その時に会ったことがある。
「今回のロッテの冒険に付き合ってくださったんですよね。どうもありがとうございます」
「げっ、もうルーナの耳に届いているの?」
「当然です、私はロッテの付き人ですから。アルベール様が真っ先にお伝えくださいました」
もう、とルーナさんはため息をつく。
「……怪我はないようですね」
「ああ。ちっとかすり傷は負ったが、そっちのフェリスって子に治してもらった」
「フェリスさん、ですか。ありがとうございます」
ぺこり、とルーナさんは頭を下げる。
「いえいえ。シャルたんのためですから!」
「は、はあ」
……フェリスのやつ、すげえいい笑顔だ。うん、治癒士として立派だよ? 立派なんだけど……どうしてこう……こうなんだろう。
「シャルロッテさん、花酒の追加を……あれ、どなたでしょうか」
と、そこでティオがお酒を買って戻ってくる。
「こんばんは。ロッテの付き人をやっています、ルーナと申します」
「はあ。ティオです。冒険者です」
「それにしても……またこんなにお酒を呑んで。過ぎると喉に悪いんですよ」
いやー、とロッテさんは笑顔で誤魔化す。
「まあま。ルーナも一緒にやろうや。ほら、私の分呑んでいいからさ」
「もう……いただきます」
ルーナさんは酒を受け取り、ぐい、っと一気に呑む。
……強い。この人と呑んだことないけど、これはかなり呑む人だぞ。
「ふう。……少々お待ちを。追加で買ってきます」
「もう面倒だから五杯くらいまとめて持ってきて」
「了解しました。……これはいいお酒ですね。十買ってきます」
……十杯。
なにやら嫌な予感がし始める。
なお、見事に的中し。
二日連続で、僕は朝日が昇るまでロッテさんとルーナさんの二人と飲み明かすことになってしまったのだが。
……まあ、楽しかったから良いか。




