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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第五章 フローティア花祭り
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第六十話 最上級 前編

「ちょ、ちょっとロッテさん。いきなりどうしたんですか」

「あー、まあまあ。説明が二度手間になるし、ご領主様に会ってからだ」


 ずんずんと街を歩くロッテさんを、僕たちパーティは慌てて追いかける。


 ……つい先程まで、ティオのうちでお茶を飲みながらロッテさんと雑談を交わしていた。

 このフローティアでの冒険の話をして、ロッテさんもふんふんと楽しげに頷いていたのだが。


 少し前の巨人撃破の話をしたところ、少し考え込んで、『ご領主様は今どこだい?』と言い放ち。

 領主様のスケジュールを把握していたシリルが答えた後、ちょっと行ってくる、と言ってこれだ。


 真っ直ぐ歩くロッテさんの表情は険しい。


「……なんかヤバイ件ですか」

「多分ね。ヘンリーは気付かな……ああ、お前さんはほとんどリーガレオでしか冒険してなかったか」


 巨人のことが関わっていることは分かるが、それ以上はよくわからない。

 でも、経験豊富なロッテさんのこと。僕では気付かないなにかに気付いたのだろう。


「シャルロッテさん、どうしたんですかね、ヘンリーさん」

「さあ……よくわからないな、僕も」


 シリルの言葉にそう返す。

 ロッテさんの反応からして、大体の当たりは付くが……間違っていたら恥ずかしいので。


「あ、シャルロッテさん、あそこですよ。この時間、領主様はあの花の展覧会を視察されているはずです」

「うん、見つけた」


 ……まだ大分距離がある。人の顔なんて判別付かないはずなのだが、ロッテさんの目は領主様を捉えたらしい。

 遠眼鏡があるわけでもないのに、視力すげえな。


「あれ、でもロッテさんって領主様の顔……」

「一応、花祭りの開会式には私も参加してたからね」


 そういや、初日の朝には着いてたって言ってたか。


「結構急ぎの話なんだけど、やっぱり話しかけるのは難しいかね」

「あー、いえ。大丈夫です。この視察はご休憩も兼ねてるはずなので」

「シリルは詳しいね」

「今日は領主様と朝食をご一緒しましたから」


 んん? と、シリルが領主館に住んでて、領主様夫妻にめちゃくちゃ可愛がられていることを知らないロッテさんが首を捻る。

 でも、すぐに気にしないことにしたらしく、『まあいいか』と呟いていた。


「んじゃ、ちょっくら話しかけるかね」


 ここまで来ると、僕も領主様を見つけている。

 アステリア様と二人、ゆったりと展示されている花を鑑賞されていた。


 当然のように、護衛の兵士が二人も付いている。


 ……ただ、領主様は街の視察に出られることも多いためか、注目は集めているがそれほど人が大挙して押し寄せているわけではなさそうだ。


 近付くと、領主様もこちらに気付く。手招きに応じて、僕たちは領主様の前に立った。


「やあ、こんにちは。君たちも、パーティで花祭り見学かな?」

「ああ、いえ。そうではありません、ご領主様。少々お話がありまして」

「? 君は……――っ!?」


 目深にかぶったフードをちょいと上げ、ロッテさんは自分の顔を領主様に見せる。

 当然、彼女のことを知っているらしい領主様が驚く。


「……まあ。かの歌姫に会えるとは光栄ですわ。こちらのアルベールの妻、アステリアと申します」

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります、奥様。シャルロッテです」


 同じくびっくりしている様子のアステリア様が、それでも居住まいを正して挨拶をし、ロッテさんも応える。


 兵士二人に、人を寄せないよう命令した領主様が、改めてロッテさんと向き合う。


「ええと、どうもこんにちは。領主のアルベール・フローティアです」

「シャルロッテ・ファインです、ご領主様。以後、お見知りおきを」

「……ご到着は、もっと先の予定だったのでは?」

「少々奉花祭を堪能したくて。騒ぎになるのもなんなので、嘘の日程をお伝えしておりました。申し訳ございません」


 悪びれねえな、この人。いや、別に誰に迷惑がかかるわけでもないので、当たり前ではあるが。


「ただ、存分に楽しませていただいておりますよ」

「は、はあ。楽しんでいただけるのであれば、それは私としても喜ばしいですが」


 領主様、困惑してるな。

 そりゃそうか。ロッテさんはアイドルとしての人気もすごいし、英雄として長年活動しているだけあってそこかしこにコネや恩を売った相手なんかがいる。

 とある領地をまるごと救った……なんて逸話も、片手の指では足りないほどある。


 貴族ではないが、政治的影響力もかなりのものがあるのだ。……昨日の飲んだくれていた姿からは想像できないが。


「シャルロッテさん、そこまでかしこまらずとも結構ですよ。偉大なる英雄にそこまでへりくだられては、立つ瀬がない」

「……では、そのように」


 にこり、とロッテさんが笑う。


「えー、それじゃあ、少しラフな話し方をさせてもらいます、ご領主様」

「はい。それで、お話とは?」

「ええ。こちらのヘンリーが、少し前に魔境を作りに山頂から下りてきた巨人を倒した、と聞きましてね」

「その件ですか。あれは、我が領にとって大きな危機でした。ヘンリーさんがいらっしゃったのは、幸運というほかありませんね」


 感謝されて、くすぐったい。

 報酬はちゃんと相場通りもらったし、僕としては仕事をこなしただけ、という感じなのだが。


「……私は、その危機が実は去っていないかも知れない、という話をしに来ました」

「……聞きましょうか」


 やっぱりそういう話になるのか。

 巨人はキッチリブッ殺したので、生き残っているというセンはないはずだが。


「瘴気が濃いところしかないリーガレオで活動していたヘンリーは気付かなかったようですが。……わざわざ、瘴気の薄い外に魔境を作りに出向く魔物というのは、実はそれほどいないのですよ」


 ……そうだったのか。


「特に巨人のように知能の高い魔物は、人を侮ってはいません。むやみに刺激しなければ、リスクを厭って出てこないのが普通です」


 確かに。

 仮に僕がいなくても、領軍総出で足止めをし、その間に腕利きの冒険者なり騎士なりを呼べば勝てないということはなかっただろう。フローティアの被害は考えたくもないが。


「と、すると?」

「巨人たちは、外に打って出ても勝てる、という算段が付いていたはずです」

「……もしや、より多くの巨人がまだ山頂に?」

「そうかもしれません。しかし私は、もっとひどい事態を想像しています」


 山盛りの巨人よりひどい事態……と、なると一択だ。


「最上級の魔物。……山頂にそれが巣食っているかも知れません」
















 最上級。


 上級、中級、下級と、それぞれの級の中で上位中位下位と分けられた魔物の強さの目安を表す九つの階級の、更に上。


 こいつらは、控えめに言っても天災だ。

 小国なら一匹で壊滅に陥れかねない、生物災害。上級上位が百匹集まっても、最上級の脅威には届かない。


 冒険者は、こいつらを一匹でも倒せば一生を遊んで暮らせる金と、どの国でも万雷の拍手で歓迎される程の名声を得られる。


 ……と、いうのが魔王が現れる前のお話。リーガレオでは週一で見かけ、最前線に集った腕利き共が手を組んで倒しにかかるため、そのドロップ品や討伐実績の価値は暴落している。


 とは言え、強さまでが下がったわけではない。依然として最上級の魔物は災害に等しい強さを持ち、原則として勇士以上の実力を持ったやつでないと対峙してはいけないとされている。


「……そんなおっかないのが、アルトヒルンにいるんですか?」


 ロッテさんは領主様からアルトヒルンへの立ち入り許可を臨時でもらって、懸念を解決するためにアルトヒルンへと突貫。

 一緒に付いてきた僕たち――というか、僕以外のみんなに最上級の魔物の話をしてくれた。


 そして、散々に脅されたシリルはめっちゃ腰が引けてる。


「かもしれない、ってとこだねえ。ただ、話を聞いてみると、ここ何十年かこの山の山頂付近で狩りをしている冒険者はいないって話だったし。瘴気が澱んで発生している確率は……三割ってところかな」

「あ、そうなんですか。意外と低いですね」


 いやいや、シリル。めちゃくちゃ高いよ、それ。

 リーガレオではよく見かけるが、それ以外の地域では十年に一度出現するかどうかなんだぞ、最上級。


「でも、ヘンリーはともかく、俺達が付いてきて大丈夫なんですか。その、足を引っ張ったり」

「なに、大丈夫。私にどーんと任せておきな。ジェンド、お前さん達も最前線に行きたいって話だろう? あっちじゃ割と出るから、一度見ておいて損はない」


 ……まあ、そうだ。

 最前線でまだ実力が十分に付く前に不意に遭遇したりした時。一度会ったことがあれば、身体が竦んで逃げることもできなくなる、という可能性は減るだろう。


「とは言ったものの。ヘンリー。お前さんから見て、この子達はどうだい? 私の魔法込みでも、最上級はつらそうかい?」


 ロッテさん固有の魔法。『虹色の戦歌』。

 僕が巨人倒した時に飲んだ能力増強ポーション以上の強化を、歌が聞こえる範囲にいる全員に付与するするという……控えめに言って、化け物じみた魔法だ。

 ただ、当然疲労はかなり溜まるので、毎日毎日戦う最前線とはちょっと相性が悪い。


 ともあれ。

 ロッテさんの支援を受けたシリル達……うーん。


「役に立たないってことはないでしょうが、周りの他の魔物を対処させるほうが無難でしょうね。ただ、シリルだけは、離れて魔法使わせれば、かなりいけると思います」

「じゃ、そうしようか」

「……残念。私も、叢雲流がどこまで通じるか試してみたかったんですが」


 ティオ、相変わらず好戦的な。アゲハと従妹って、こういうとこで実感する。


「私は……万が一に備えて、引き気味に戦ったほうが良いだろうね。シャルロッテさん。怪我をしても私がいるから、頑張ってください」

「ああ、そういえばフェリスは治癒士だっけ。アテにさせてもらうよ」


 ロッテさんに治癒……必要かなあ、どうかなあ。


「っとと。オーガか」


 山頂に向かうため、なるべく魔物が少ないルートを通っているのだが、やはり一匹も遭遇しないということはないようだ。

 オーガが三匹、のそり、と木陰から姿を表した。


 ジェンドたちは警戒態勢になるが、先頭を歩くロッテさんが手で制する。


「ああ、私がやるよ。初めて最上級と遭遇するかも知れないんだ。なるべく、体力は温存しときな」


 と、ロッテさんは言って、まるで散歩でもするかのような気軽な足取りでオーガの方へ向かう。


「お、おい、ヘンリー。大丈夫なのか? 英雄だし、そりゃ強いんだろうが、こう、やっぱり見た目が」

「あー、平気平気」


 ロッテさんの戦うところを初めて見るジェンドが心配するが、流石にあの人の心配するのは五十年早いぞ。


 オーガが、無防備に近づいてくるハーフリングを嘲笑するような仕草をして、棍棒を振り上げ、


「……え?」


 するりと。

 それをすり抜けるようにロッテさんは動いて、オーガ達の脇を通り過ぎる。


 ……次の瞬間、三匹のオーガはなんか倒れた。

 あ、心臓のあるとこに穴が開いてる。


「あ、あの。今、シャルロッテさんなにやったんです?」

「僕もわからん」


 まったく無駄のない動きでオーガの攻撃を躱したってところは見えた。

 ……でも、心臓を貫いたはずの攻撃なんて見えなかったぞ。貫手かなんかだとは思うが、ロッテさんの服の袖に血とか付いてないし。


「ほらー、早く行くよー!」


 で、そんな絶技を披露したロッテさんは、まったくいつも通りの調子で、そう呼びかけてくる。


 ……エッゼさんといい、あのへんの人達の実力ってホントどうなってんの。


 改めて空恐ろしさを感じつつ。

 僕たちは、ロッテさんを慌てて追いかけた。






「……いたね」

「はい」


 そうして、万年雪が降り積もる山頂にたどり着き、


 僕たちは、優雅に眠りにつく、一頭の巨大な狼……最上級の魔物、フェンリルを発見した。

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― 新着の感想 ―
[一言] ( ̄□ ̄;)!!モフモフが モフモフが待機していたデスね モフモフが(//∇//)←暴走中ww
[一言] いつ出発したのん?
[一言] ロッテさん、暗殺とか得意そうですね(小並感 英雄には化物しかいない(確信 最上級の強さ、ヤバそう。 そしてそれがわらわら湧いてくるとこって…(´・ω・`) そこで冒険者やってたヘンリーもや…
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