第六話 初冒険
「到着っと。ヘンリー、ここが普段俺たちが魔物退治してる、フローティアの森だ」
大森林であった。木は比較的まばらで武器を振るのに大きな支障はなさそうだが、奥行きが見えない。
そして、森を境に、瘴気が濃くなっているのを感じる。濃いとは言っても、ようやく普通の土地並と言ったところだが、話を聞くに奥へ行けば行くほど瘴気が強くなるのだろう。
人の手があまり入っていない土地は、そういうもんである。
ちらりと目をやれば、大木の後ろにキラードッグが一匹。こちらを見ている。
「奥地まで行く冒険者だったら、森ん中でキャンプもするらしい」
「へえ。結構デカイ森なんだな」
そういえば、フローティア周辺の地図とか買っときゃよかったな。まあ、今度でいいか。
「キラードッグが見てますけど……」
「多分、偵察役だろ。……ほれ、逃げた」
キラードッグは、大体十から二十くらいの群れで行動する。そして、その中で役割のようなものがあるらしく、有機的に連携して襲ってくる。
力は普通の犬より少し強い程度だが、駆け出しの冒険者が一人、二人で相手するのは少し骨の折れる相手だ。
まあ、シリルとジェンドは普段から戦っているらしいし、僕も戦闘経験は豊富だ。事前に二人に聞いたところ、リーガレオ周辺のキラードッグと動きに大差はなさそうだし。
「……よし」
如意天槍を抜き、伸ばす。
木々が障害物になるので、長槍ではなく背より少し高いくらいの短槍に。
「じゃ、打ち合わせ通りに」
「いきましょうか!」
ジェンドが先頭を歩き、真ん中にシリル。最後尾に僕。
一番怖いのはバックアタックなので、索敵がそれなりできる僕は一番後ろだ。
二人だけのときは、厳重に警戒しながら、二人が並んで進んでいたらしいが、この編成であればやや速度は上げられる。
「そういえば、この森は薬草とか取れないのか?」
「取れますよ。薬効の低いものばっかりですけど」
「俺、他の冒険者が黄金林檎納品してるの見たことあるぞ。奥まで行くとあるんじゃないかな」
「へえ。あれ、高級ポーションの材料にもなるし、普通に食っても美味いよなあ」
警戒しつつも、軽く話をする。
人間、集中しっぱなしは出来ないし、気を抜くという意味ではなく、ある程度リラックスしている方が動きやすい。
……と、少し歩くと、キラードッグの群れが現れた。
まあ、さっきの偵察役が引き連れてきたのだろう。キラードッグは好戦的な魔物なのだ。
「ゥゥゥヴヴヴ」
低い唸り声を上げ、こちらを威嚇してくる。
見える範囲では八匹。……どっかに伏せてるな、これ。
「ジェンド! 横槍に気をつけろよ! 何匹か隠れてる!」
「わかった!」
と、注意を飛ばしているうちに、既にシリルは歌に入っていた。
「こいやっ!!」
ジェンドが大剣を構え、大声で喝破する。声を張り上げることで、自分に注意を向かせるという技術だ。敵意を煽る声の出し方にもコツがある。
キラードッグの群れが、ジェンドに突進していく。と、その直前、
「ジェンド! 少し下がって! ……『アイシクルコフィン』!」
シリルの魔法が完成し、一直線に青色の魔力が走っていった。
キラードッグの群れの先頭の一匹に当たり、瞬時に氷が形成されていく。
僕の身長よりもデカイ氷塊に、三匹のキラードッグが閉じ込められた。
「ぜあっ!」
残り五匹がジェンドに。剣を振り回し、ジェンドは危なげなく立ち回る。一匹、二匹を瞬く間に切り捨て、近寄ってきた一匹を小手で殴り飛ばす。
と、その脇を突いて、キラードッグが一匹駆け抜けていった。
「すまん! 一匹そっち行った!」
こっちに向かってくる。
迎撃すべくシリルの前に出ようとした瞬間、僕の耳は別の三つの足音を捉える。
後衛を襲うため、大回りしてきたらしい。僕には、斜め後ろから二匹、シリルに左から一匹。
……前から来てるやつは、少し距離あるな。
「シリル、前任せた!」
二つ目の歌に入ってたシリルはグッ、と親指を立てる。
「《拘束》+《投射》!」
シリルに向かっていた一匹には、拘束の矢で対処する。攻撃系だと、仕留め損なったときが怖い。これであれば確実に足止め可能だ。
光の矢が飛来し、機動性に優れたキラードッグは咄嗟に飛び退くが、残念。《拘束》の術式が込められた矢は、その直前に光の鎖へと変化し、その足を絡め取る。
捕縛を確認し、僕は僕で自分に向かってくる二匹を迎え撃つ。
……とは言っても、
「しっ!」
二方向から攻めてくるキラードッグに、二突き。
眉間と心臓をそれぞれ貫かれたキラードッグは、飛びかかってきた勢いのまま、地面にぐしゃりと叩きつけられる。
……まあ、キラードッグぐらいの速度であれば、噛み付かれる前に四回は突ける。
「『ブライトボム』!」
「これで、終わりだ!」
シリルに向かっていたもう一匹は、光の爆発で吹き飛ばされ、ジェンドが相手していたキラードッグは、今最後の一匹が切り捨てられた。
後は、さっき拘束したキラードッグをサクッと突いて、戦闘終了。
「残りは……いないな。お疲れ」
「お疲れ様でーす」
シリルとタッチを交わす。
「悪い、一匹逸らしちゃって」
「いやいや、それは織り込んでただろ。謝ることないって」
少し前方で戦っていたジェンドが戻ってくる。
まあ、シリルと二人のときは、敵をシリルの方にやるのは結構なミスだっただろうが、今日は足止めよりも敵を倒す方を優先してもらう方針なのだから、気にする必要などない。
仮に、シリルの魔法が間に合わなかったとしても、なんとでもなったし。
「えーと、私が倒したのが四匹、ジェンドも四匹、ヘンリーさんが三匹……ヘンリーさんのビリですね!」
「へいへい、ビリでいいよビリで」
「やったー、ヘンリーさんに勝ったー」
「ほう、じゃあ直接勝負で決着つけようか」
「や、やだなー、冗談じゃないですか。シリルさんジョーク」
まあ、もちろん冗談だってのはわかってる。
倒した数だけで功績が決まるんだったら、補助魔導のエキスパートとか役立たずになるが、当然そんなわけがないのだから。
「しかし、初めてにしては悪くない感じだったんじゃないか? ドロップ集めたら、もうちょっと魔物探そう」
「そうですね。ジェンドー、氷漬けにしたやつ、叩き割ってください」
「わかった、わかった」
気化が始まった魔物から、ドロップ品を集めていく。
なお、僕たちの初戦果はキラードッグの牙が十個。一匹だけ、レアドロップであるキラードッグの毛皮を落とした。
「ふう……こんなもんか?」
あれから。
キラードッグの群れを追加で五つ潰し、途中で襲ってきた暴れ兎を六匹、はぐれかと思われるコボルトを一匹倒した。
「そうですね。帰りを考えると、そろそろ撤収したほうがいいかもです」
「ドロップ品もだいぶ荷物になってきたしな」
なお、荷物は僕が七割、シリルが二割、ジェンドが一割持ってる。筋力の関係からシリルにはそれほど持たせられないし、メインで前衛張るジェンドにあまり重りを持たせたくないのでこの配分だ。
「おっけ。じゃ、帰るか」
「あ~、でも、こういう新しい仲間が増えた後の初冒険って、なにかイベントとか起こるもんなんじゃ」
「そんなもんは期待せんでいい」
何事もなく帰れるのが一番だよ、ホント。
「ちなみに、二人とも疲れは?」
「ちょっとお腹が空きましたが、それ以外は別に。魔力もよゆーです」
「合間合間に休憩挟んだし、まだまだいけるぜ」
……マジで優秀だな、この二人。駆け出しの冒険者なんて、こんだけ戦えば普通疲労困憊になるのに。
それだけ冒険者になるまできちんと鍛えていたのだろう。気合だけを持って冒険者になって、適当に武器ブン回すだけの新人とは何もかも違う。
「でも、やっぱヘンリー強いな。全部一突きで終わらせていたじゃないか」
「流石にね。キラードッグくらいは」
「俺もまともに当たりゃ一発なんだけどなあ」
「ふふん、二人とも甘いですね。私は一発で二、三匹は余裕ですよ」
魔法と武器を一緒にしないで欲しい。位置が良ければ複数貫けるが、範囲攻撃魔法の方がそりゃ一発当たりの数は多いだろ。
「いや、それに魔物に気付くのが俺らより断然早いし。そっちのが俺、羨ましいな」
「場数の問題だって。本職の斥候はこんなもんじゃないぞ」
魔物そのものではなく、足跡やら魔力の痕跡やらから素早く敵を見つけ出すからな。
「私も他の冒険者さんと一緒に行くのは初めてですが、凄いと思いましたよ。いよ、大将! 流石は勇士、私も見習わないとー」
「シリル、お前はなにを企んでいる」
露骨すぎだ、馬鹿め。
「別に、私の分の荷物を持ってくれたら、もっと格好いいのになー、くらいしか思っていません」
無視する。
やれやれと思いながら、今日の結果を話しながら歩く。
「今日も四回引けますかねー」
「僕は……もしかしたら、一回引けるかも」
「天の宝物庫なあ。もうちょっと、確率どうにかしてくれないのかねえ」
「むかーしは、なんか出てくる内容が少しずつ変わってたりしたそうだけど。ここ二、三百年くらいは全然変わってないらしいぞ」
神様、もう飽きてんじゃねぇかな、ともっぱらの噂である。
「おっと、結局最後にもう一戦、とはならなかったか」
話していると、森を抜けた。
太陽はもう頂点からそれなりに傾いている。フローティアに着く頃には夕方かな。
「ふう、お疲れ様」
「おっと、ヘンリーさん、帰るまでが冒険ですよ」
「はいはい」
「っと、ヘンリー、荷物半分持つよ。もう戦闘ないだろうし」
ジェンドにいくらか荷物を渡し、歩き始める。
冒険の帰り。ちょっとした気怠さを覚えながら歩くこの時間が、僕は割と好きだ。リーガレオだと、帰りに魔物に遭遇する確率は百%だったから、ここまでのんびりとはいかなかったが。
……ああ、やっぱ、僕はこのくらいのペースの方が向いてるな。
なーんて、僕は納得しながら、帰路につくのだった。
フローティアに帰ってから、別に誰かが怪我をしているというわけでもないので、教会に直行。
天の宝物庫からの下賜品は、僕が一回、二人が三回ずつ。
僕は速度アップのポーション(アンコモン相当)。
シリルはコモンワンド×三。ジェンドは研ぎ石、ロープ、コモングレートソード。
『嫌がらせですか!』とプンスコするシリルをなだめつつ、ドロップ品を買い取ってもらい、報酬を三人で山分け。
んで、折角なのでと、グランディス教会の酒場で、僕たちは夕飯を共にすることにした。
「んじゃ、冒険の成功に」
「三人の無事に」
「今日の戦果に」
乾杯! と、僕たちの声が唱和する。
「~~っぷっはぁ。労働の後の一杯は格別だな、おい」
「ヘンリーさん、オヤジ臭いですね……」
「ん、まあ冒険帰りのエールがたまらんのは、俺も同意ではあるが」
シリルは酒精を果実水で割ったカクテル、ジェンドは僕と同じくエールを呑んでいた。
「二人とも、結構イケる口?」
「ジェンドは強いですけど、私はそれなりです。呑み始めたの、成人してからですし」
「俺んちは家系的にみんな強くてな。外じゃ呑まなかったけど、内々の集まりなんかじゃ結構呑んでたから」
ほほう。今度男同士、サシで呑むのもいいかもしれない。
と、そうこうしているうちに、最初の一品が届く。
煮込み料理。作り置きしてあるので、出てくるのが早い。
取皿にとりわけ、まずは一口……
「おお、ここのも旨い」
濃厚なモツの味。こいつぁエールに合う。
ていうか、リーガレオとは食材の質が違うんだな。前線は輸送も割と滞ってたし、食糧生産はままならなかったし。
「ちなみに、ヘンリーさん。今どこに住んでるんです?」
「あー、熊の酒樽亭って宿屋だ。知ってる?」
「んー? 聞いたことは、あるような」
「ああ、俺は知ってる。結構評判の宿だ」
流石に商会の息子だけあって詳しい。
そうして、頼んだ料理も届き、僕たちは旺盛な食欲を発揮する。
冒険の後はちゃんと栄養取らないとダメなのだ。
んで、会話は自然と今日の冒険の話になる。
「やっぱり、三人だと安定感が違ってたな」
「ですねー、私とジェンドだけだと、ヒヤッとする場面もたまにありましたし。キラードッグ相手じゃ、臨時パーティー組んでくれそうな人いませんしねー」
「ああ、そういう時は道具でカバーするのも手だぞ。例えば……」
いくつか補助のアイテムを教える。
でも、やっぱり人手に敵うものではない。
……ふむ。
フローティアでは基本ソロで行こうと思っていたのだが、割と波長が合うし、悪くないかもしれない。
キラードッグは勿論、こっちに来てから名前を聞いた魔物程度であればソロでも十分やっていけるが、ソロでの冒険はリスクが高い。
ふと気が緩んだ瞬間襲われたら? 冒険中、急に体調が悪くなったら? 一人じゃ治療できない箇所に傷を負ったら?
こういう時、仲間がいれば助かったりする。
まあ、勿論パーティにはパーティのリスクがあるんだけどね。人間関係とかさ。
「なあ、二人とも」
「ん? なんですか」
「二人さえ良ければ何だけどさ。また一緒に冒険行かないか?」
まだ出会って三日、一緒に冒険したのは一回なので、固定パーティーの提案は早すぎる。
とりあえず、また次の約束を取り付けることにした。
「いいですよー。ジェンドは?」
「歓迎だよ。次のステップに行くのに、二人はきついなって思ってたんだ」
まあ、実際ね。キラードッグなら多分ペアでも十二分だろうが、より強い相手と戦うならもっと人数が欲しい。
「次行くんだったらもうちょっと奥に行って、コボルトの群れとか狙ってみるか。正直、今日はぬるかったし」
「コボルトかあ。粗末なもんだけど武装してるし、知恵もあるから意外と強いぞー」
まだ初心者向けと言える相手だが。
「もっと奥の、ワイルドベア狙いません?」
「行けるとは思うんだが、あまり急いでランク上げても、事故が怖いしなあ」
ジェンド、勇士を目指す、って結構上昇志向の強いやつかと思いきや、意外と堅実だ。僕もそっちのほうが正解だと思う。
実力があるとはいえ、ちょっとした失敗であっさり命を落とすこともある。慎重であるに越したことはない。成果はいずれ着いてくる。
「まあ、ここで決める必要ないんじゃないか? 教会に、あの森の資料の一つくらいあるだろ。それ見てから検討すれば?」
「そですねー。そうしますか」
「じゃあ、明日昼過ぎに教会集合でどうだ」
ジェンドの提案に、僕とシリルは頷く。
「んじゃ、次の冒険の成功を祈って、もっかい乾杯だな」
「はい!」
「んじゃ」
杯を掲げる。
今日も旨い酒になりそうだった。
そして、二度、三度、四度と一緒に冒険をこなし。
段々と僕たちは馴染んでいった。
初冒険。
戦闘はちょろっとで終了です。まだ味方的に苦戦するような相手ではないので。
一旦、ここまでがプロローグという形。次回からは日常を挟みつつ、なにかイベントが起きるかもしれません。
しかし、お酒を呑む描写を書いていたら自分も呑みたくなりますね。