第五十九話 今の仲間
花祭り二日目。
昨日は結局熊の酒樽亭が閉まった後も、『次の店いくべー!』と酔ってテンションの上がったロッテさんに連れ回され。
……お祭り期間中で深夜遅くまで営業時間を伸ばしている店が多く、結局朝日が昇る頃まで呑み続けていた。
「うえっぷ」
「なんだいなんだい。だらしないね、ヘンリー」
「……あんな呑み方したら、そりゃこうなりますよ」
昼過ぎ。
僕と同じか、それ以上に呑んでいたはずのロッテさんが起こしに来て、僕は二日酔いで痛む頭とムカムカする胃を抱えながら、街を歩いていた。
「約束の時間もうすぐなのに。仕方ないなあ。ほら、これ」
と、ロッテさんがローブの中でごそごそして、小指の先くらいの小さな塊を取り出す。
「なんですか、それ」
「ハーフリングは、ファイン氏族に代々伝わる二日酔いの薬だよ。ほれ、水筒もやるから」
「ど、どうも」
丸薬だったのか。
黒っぽいその塊を口に含み……っっ、って、苦っ!
慌てて水筒の蓋を開け、ごきゅごきゅと中の水で薬を流し込む。
……うあ、まだ苦い味が口ん中に残ってる。
「刺すような苦味で、目が覚めるだろう?」
「……一言言ってくださいよ」
「ごめんごめん。でも、それ効くよ。三十分もすれば、大分良くなるはずさ」
ん、まあそういうことなら、仕方ないか。
すたすたと、相変わらず祭りのせいで人でごった返している大通りを歩く。
そんな歩きづらい道を、しかしロッテさんは実に陽気にすり抜けていく。鼻歌まで歌って、実にご機嫌そうだ。
「いやはや、しかし、祭りはやっぱいいね。のんびり見学することなんてあんまりないけど、楽しそうな人達が沢山だ」
「やっぱ、普通に参加するより、アイドルとして呼ばれることのほうが多いんですね」
「それもあるけど、一人で祭りを歩くのって寂しいじゃないか。ルーナは騒がしいの嫌いで、付き合ってくれないし」
そうなのか。それは知らなかったが、
「ロッテさん、知り合い沢山いそうですけど」
「そりゃそれなりに多いけどね。同種の連中はひとところに居着きやしないから、会うことは少ないし」
「冒険者の知り合いとかは?」
「私、今は大体一人でやってるからねえ」
あー、そりゃそうか。
アイドルとして人気を博しているから、色んな所に興行に行くことになるからな。大体、どこかの街を拠点として活動する冒険者とは相性が悪いか。
「昔の冒険者仲間は田舎に引っ込んだか、死んだかがほとんどだし」
「……そうなんですか」
「そ。昔馴染みで今も現役なの、純人種だとエッゼくらいかな。今は騎士だけどね」
そういや、エッゼさん、若い頃は冒険者としてやってて、騎士になったのは三十代になってからつってたっけ。
「リーガレオには、知り合いが多いほうだけど。……あそこは、ある意味毎日がカーニバルだね、考えてみれば」
「物騒な冗談はやめてください……」
いやまあ、騒がしさではこの花祭りにも負けてやしないが。
あっちで咲く花は、真っ赤なものばっかりだ。率直に言うと血しぶきだ。
しかし、リーガレオねえ……
もはや懐かしくなりつつある戦いの日々を思い出す。毎日、怪我をしたり死ぬやつはいた。死にものぐるいで戦い抜いて、後方へ引いたことに後悔はないが、
「今更ですが、僕、あそこ離れても大丈夫だったんですかね」
……あ、しまった。思わず変なことを言ってしまった。
エッゼさんやアゲハ、そういった今も最前線で戦っている仲間には言えない弱音だ。同じように大きな実力を持ちながらも、リーガレオに常駐していないロッテさん相手だから口が滑った。
「思い上がんな」
と。
……まあ、予想はしてたが、バッサリ切られた。
「あそこに、何人の兵士や騎士や冒険者がいると思ってるんだ。そりゃヘンリーは強いよ。でも、一人いなくなったくらいで崩れるほど、あそこの連中はヤワじゃない」
……はい。
リーガレオを離れる、と向こうの仲間に言った時と同じこと言われてら。進歩ねえな、僕。
「大体、やる気のないやつがいつまでも生き残れるほど、ヌルい戦場じゃないだろう」
「……ですね」
僕があそこを離れたのは、命を賭けるほどの意義を見失ったこともあるが。
漠然と、『あ、そろそろシクって死ぬな』と感じたからでもある。
「ま、せっかくのお祭りに、シケたお話はなしにしよう。ほれ、あそこ、領主様の振る舞い酒配ってるよ」
「まだ呑むんですか!」
僕は二日酔いがまだ治ってないからパスだ。また今度にしよう。
「……愚痴吐きたいなら、また夜にでも聞いてやるよ」
「……うっす」
あ~、やっぱ僕、この人には頭上がんねえな、これ。
「で、ここがヘンリーの仲間の家かい?」
「そうです。サギリ商会フローティア支店……ほら、話したじゃないですか。アゲハの実家の分家らしいです」
「覚えてるよ。……また、珍しいの売ってるね」
リシュウの珍しい品を普段は扱っているサギリ商店。
しかし、祭りの期間中は商魂たくましく、社屋の前で食べ物の屋台を出しているらしく、甘いいい匂いが漂ってくる。
ちらり、と見えたところ、焼台の上で串に刺した丸い食べ物を焼いているようだ。
確か、前アゲハが手作りしてたな。団子ってやつだ。
アゲハの作ったものは、野草を練り込んだ緑色のやつだったが、ティオんちが提供しているのは白い団子に飴色の餡を付けたもの。少し焦げたところが香ばしくて美味しそうだ。
ちょこまかとティオも手伝いに忙しそうだったので、挨拶はせず、軽い会釈だけ交わした。
「……美味そうだね。ヘンリー。ちょっと買ってきとくれよ」
「すごい並んでるんですけど」
美味そうな匂いに釣られてか、物珍しさからか、お客が大挙して押し寄せており、待ち時間は長そうである。
「今は私のクエストを受けている身だろう?」
そうでした。
僕は今、ロッテさんの観光案内のクエストを……観光、案内?
「……行列に代わりに並ぶのは、クエストの範囲外な気が」
「ええい、つべこべ言うな」
あふん。
げし、と尻を蹴られて、僕はパシリに走る。
……うん、面倒なこと、基本人任せにする人なんだよね、ロッテさん。好きなことに関しては全力だけど。
僕に並ばせておいて、『ちょっとそこら辺歩いてくるー』とロッテさんは行ってしまった。
ううむ、基本、金は出してくれるから文句はないのだが、並んでいるだけってのは暇だ。話し相手もいないし……
ぼけー、と列が前に進むのを待つ。
そうして、並ぶこと五分くらいか。
ふと、向こうから知った顔が向かってくるのが見えた。
「あ、おーい、ヘンリーさん。おはよう……ではないですが、こんにちはです」
「おう、ヘンリー」
「こんにちは、ヘンリーさん」
シリルは、この時間にティオんちで待ち合わせていたから当然だが、ジェンドとフェリスも来たか。
「なんだ、ジェンドとフェリスは、今日もデートじゃなかったのか」
「……いやまあ、そうだけど。ここの団子って菓子が評判みたいだったから、もののついでに、な」
「で、来る途中にシリルと会ったわけだが……その、ヘンリーさん、シャルたんは……」
最後、小声でフェリスが聞く。
……流石に、花祭りの時期をアイドルの追っかけに費やすほど恋人をないがしろにしているわけではないようだが、こらえきれてねえな。
「この列待つの面倒だからって、その辺散歩してる」
「そ、そうか。どうだろう、ジェンド。折角偶然にも出会ったんだ。我々も挨拶くらいは」
「……あー、はいはい。俺も会ってみたいと思ってたから良いよ」
と、話していると当然目立つ。
列に並んでいるのに、こう人が集まるのも迷惑かと考えていると、屋台の方からひょい、とティオが顔を見せた。
トコトコとこちらにやって来て、
「皆さん、私、休憩時間もらったので。こんなところでダベっていないで、店の中に入りませんか?」
「ああ、いや、ティオ。僕にはお前んトコの団子を買うという崇高な使命がだな……」
いや別に崇高でもないが。一応頼まれたので。
「形の悪い試作品で良ければ中にありますけど。温めればそう味に遜色はないかと」
……この並んでいた時間は一体。
と、やり取りをしていると、ロッテさんも戻ってくる。
相変わらず、どうやっているのか他の人からは顔を見られないよう動いているようだが、僕たちにはちゃんと見えている。
「っっっ! シャルた――」
「落ち着けフェリス!」
ガシッ、とジェンドがフェリスの肩を抑える。
いいぞー、そのまま暴走させんなよー。
「やあ、なにやらにぎやかだけど」
「僕とシリルの仲間です。ロッテさん、ティオが店の中に入れてくれるそうなんで、甘えましょう。団子もあるそうですよ」
「ああ、それはありがとう」
ぺこり、とロッテさんが丁寧にお辞儀をして、いえいえ、とティオが返す。
……さて、花祭りの期間中にそれぞれ紹介できればな、と思っていたが、思いの外早くに会うことになった。
まあ、早いぶんには問題なかろう。
「粗茶ですが」
「ああ、ありがとうティオ」
ティオが淹れてくれたお茶を啜る。
緑茶だ。リシュウの方で好んで飲まれるそうだが、紅茶と製法が違うだけで原料は同じだから、こっちの大陸でもそれなりに生産されている。
中々に苦いが、同時に出された甘みの強い団子と一緒にいただくと、なんともいい塩梅になる。
思わず、ほう、と息もつこうと言うものだ。
「さて、まずは自己紹介だね。シャルロッテ・ファインだ。知っている子もいるかもだけど、一応、英雄の称号を頂いている。本業は吟遊詩人だけどね」
そうして、お茶と団子を堪能しながら、ロッテさんが口火を切った。
「一応、冒険者としての技能も紹介しとくけど。歌ってのバフと、ステゴロが得意……というか、それしかできない。まあ、組むことはないかも知れないけど、よろしくね」
さて、シリルは昨日のうちに自己紹介は済ませたから、残りの三人だが、
「……あー、フェリス。自己紹介だけど、大丈夫か」
「ふっ、ヘンリーさん、あまり見損なわないで欲しい。私は確かにシャルロッテさんのファンだが、一ファンとして迷惑をかけるようなことは厳に慎むつもりだよ」
なら、その今にも振り上げたそうにカタカタ震えてる腕はなんなんですかね。
ガタッ、と手の震えに気付いたフェリスが、もう片方の手で抑えるが……手遅れだよ馬鹿。
「え、ええと。フェリスです。戦士兼治癒士をやっています。その、昔からシャルロッテさんのファンでした。こうしてご挨拶できて光栄です」
「ああ、覚えているよ。セントアリオのライブの時は毎回来てくれて、千切れるほど腕を振っていた子だろ」
「……お、覚えていてくれたんですかっ!」
「いやまあ。……情熱的なファンは多いけど、女の子で、子供で、あそこまではあんまりいないから」
ロッテさんは老若男女全てに人気が高い。
しかし、見た目は美少女。熱狂的なファンは男性に偏っている。
……確かに、ロッテさんの歌が好きって女は多くても、ここまで理性なくすやつは僕も見たことないな。
「いつからか来なくなったから心配してたけど、元気そうで何よりだ」
「はい、ありがとうございます!!」
返事が力強すぎるぅ……
「シャルたんエナジーは溢れてるぅ!?」
「はぁ~いっ!」
サービスのつもりか、ロッテさんがアイドル声で尋ね、フェリスがノリノリで手を振り上げて返事をする。
……ライブの熱気の中ではあんまり気にならないが、一対一でやるとクッソ寒いなこのやりとり。空気を読んで口には出さんけど。
そうしたフェリスのある意味濃い挨拶のせいか、
「あ、ジェンドです。前衛張ってます」
「ティオです。スカウトメインです」
残り二人は、いやに淡白な自己紹介になってしまったが。
……まあ、どうでもいいよ。うん。




