第五十八話 花祭りの初日
ハーフリング。
寿命は純人種よりやや長い百歳前後。
十歳くらいまでは純人種と同じようなペースで成長するが、それ以後は成長が止まり、死ぬまで同じ容貌で過ごす。
全般的に気ままで楽観的、好奇心旺盛な種族で、旅から旅へと過ごしている者が多い。
大体は行商人や流しの芸人、吟遊詩人、あるいは冒険者として生計を立てており、リーガレオにもハーフリングの冒険者はそこそこの人数がいた。
冒険者の役割としては圧倒的にスカウトに向いている。
そんなハーフリングの冒険者の頂点が、隣で飴を舐めているロッテさんなわけだ。……役割としては、種族柄珍しい格闘士兼魔法使いだが。
「ところでロッテさん。随分予定より早いですけど、どうしたんですか」
「いや、単に久し振りに全力で走ったら楽しくなってきて。気付いたら朝方に着いてたんだよ」
「……そうですか」
この人も走ってきたんかい。
「アゲハさんみたいですね」
「お? アゲハのこと知ってるのかい。あの子も中々良い才能を持ってる。でも、首に拘りすぎだねえ」
「シリル、ロッテさんはアゲハ以上に疾い人だから……」
隠密技能と弱点を狙う野生の嗅覚ではアゲハが上だが、残念ながらその他の面ではちょっとロッテさんには敵わない。
「はっは。あと十年もすりゃ私の上に行くさ。ヘンリーもね」
十年……どうだろうなあ。その十年はロッテさんにも平等に訪れるわけで、その間に更に腕を上げてそう。
「ふわぁ、小さい人ですけど、やっぱり英雄なんですねえ」
「ん? 英雄のタグ、見る?」
ちゃら、とロッテさんが胸元からアゲハと同じ、英雄冒険者のタグ……オリハルコン製のそれを見せた。
オリハルコンは劣化しない金属だから、アゲハのものと同様、新品みたいだ。でも、ロッテさんがこれを授かったのは二十年前。僕がまだ幼児、シリルがまだ生まれる前の話である。
……ほんの二年程前に賜ったアゲハや、三年前のユーと比べると、年季の違いが分かるだろう。
魔王が現れる前は、ロッテさん、エッゼさん、リオルさんとあと一人で、四英雄だったらしい。四人もの英雄が同時代にいることも稀に見る多さなのだが、今は倍に増えている。
功績が立てやすくなったことでこれだけ増えたわけだが……そのため、新たに認定された四人と元々英雄の四人では、少々経験値が違いすぎるわけだ。
「でもなんか……落ち着いた人ですね。アイドルでもある、って聞いて、もっとこう……」
「きゃぴきゃぴしてるのを想像してたかい?」
「ええと、まあ、率直に言えば」
「そうかい。勿論、ライブならもっとキャラ作るよ。素でも気は若いつもりだけどね」
そこできゃぴきゃぴとか表現する時点で……いや、言わないでおこう。
「ところで、認識阻害切ったままで大丈夫なんですかね」
ロッテさんの神器『風霊のローブ』の効果である認識阻害。
これは、相手の顔をなんとなく認識しづらくする効果がある。
こう、いくらでも犯罪に応用できそうな効果だが、有名人であるロッテさんにとっては行く先々で騒ぎにならないために大変重宝している能力らしい。
……ロッテさんの写真集とかも、普通に出回ってっからな。光写機も高いとは言え、こういう有名人の写真であれば良く流通している。
「んー? でも、顔も見えない相手と歩くのは嫌だろう? それに大丈夫さ。他の人の視線からは顔隠してるから」
「ど、どうやって?」
「え? そりゃ私の顔が見える位置の人を全部把握して、視線をこっちに向けてきたら顔そむけて」
……いや、それをどうやっているのか聞きたいんですが。
アカン、技量のみであればエッゼさんの上を行くとかいう達人の感覚はわからん。
「しかし、花祭りも随分盛り上がってる。前来た時は、もうちょっと寂しいものだったけど、新しい領主様はうまくやってるみたいだね」
「ああ、前に来たこともあるんでしたっけ」
「三十年くらい前だから大分記憶は怪しいけど、それでもここまで沢山の花はなかったはずだよ。あの頃はまだ人気もなくて、小さなステージで歌わせてもらったっけ」
感慨深そうである。
……見た目とのギャップがひどいが、これは純人種の感覚であり、ロッテさんらにとっては普通のことだ。
「ロッテさんが人気出始めたのって、確か……」
「英雄になってからさ。まー、今まで見向きもしなかった人たちが手の平を返す返す。ま、今じゃあ英雄としてより、アイドルとしての名前の方が売れてんだから、結果論だけどよかったよ」
まあ、どんだけいい歌を歌っても、聞いてくれる人がいないと評価されないもんなあ。
英雄に認定されるほどの冒険者が歌っている、ということで話題になり、そこからは実力でファンを獲得していったんだろう。
「……あ、ちょっと待った」
と、そこでロッテさんが足を止めた。
どうしたのかと思うと、なにやら建物と建物の間にある路地へと向かっていく。
「ロッテさん? どうしたんです」
追いかけてみると、なにやら路地に座り込んでいるお子様がいた。ひっく、ひっくと嗚咽を漏らしている。
「やあ、どうしたんだい。迷子かい?」
「……うっ、う……お母さんが……」
「うん、よっし、お姉さんが一緒に探してやろう。ほら、立ちな。男の子だろ」
まだ五、六歳くらいのその子は、ぐしぐしと涙を拭くと、立ち上がる。
「……ロッテさん、よく気付きましたね」
「昔っから、泣き声はよく聞こえるんだ。ヘンリーと初めて会ったときも、よぉく聞こえたよ?」
いや、泣いてはいなかったんだが。
しかしまあ、うん。……なんとなく納得できてしまう辺り、貫禄というか。
「ええと、お祭りの実行委員会のところに連れていけば、保護してもらえると思います。ちょっと遠いですけど」
「なら、ちょっとこの辺探してみよう。見つからなかったら連れていけばいいさ。君もいいかい?」
ロッテさんが男の子に笑いかける。
じー、とその顔を見てから、男の子はコクンと頷いた。
とりあえず、付近を探すことにして歩き出す。
男の子は、まだぐずってたが、
「~~♪ ~♪」
歩きながら、ロッテさんが鼻歌を歌う。
それは、誰もが聞いたことあるような童謡。しかし、聞き慣れたもののはずなのに、こう、流石にプロと言うか。……なんか、落ち着く。
そんな気持ちは男の子にも伝わったらしく、沈んでいた彼の表情も明るくなる。
「この歌知ってる? 一緒に歌おうか」
「うん!」
男の子と手をつなぎ、ロッテさんは先程の歌をもう一度繰り返す。男の子の方も、拙いながらもロッテさんに合わせ歌い始める。
周囲からは微笑ましい姉弟に見えているのだろう。くすくすと、通りすがる人が笑みをこぼす。
「……なんか、普通にいい人ですね。本当に英雄なんですか」
シリルがぼそりと呟く。
うん、英雄に対する理解が深まっているようでなによりだ。
「ロッテさんはちびっ子ではあるけど、英雄の中じゃ良識派だからな」
いや、アイドルやってる英雄って時点で大分アクは強いが、それ以外はね。
と、僕としては褒めたつもりなんだが、
「人をちびっ子扱いするやつはぁ……こうだ!」
歌い終わったロッテさんが、後ろにいる僕に向けて裏拳を繰り出す。
ロッテさんとの距離は二メートル程。当然、届きゃしないはずなのだが、
「うわっぷ!?」
なんかすごい風が顔面に当たった!?
「どしたんです、ヘンリーさん」
「……拳圧の風叩き込まれた」
いや、痛くはない、びっくりした。
「拳圧の……風?」
うん、わけわかんないよね……でもロッテさん、本気になればこれだけで下級の魔物を十メートル先から倒したりするんだ……
はあ……迂闊な発言は控えとこ。
あの後、すぐに男の子のお母さんは見つかった。
そしてお母さんはロッテさんのことを知っていたらしく、すごくびっくりしていた。
しきりにお礼を言うお母さんに、六日目のライブには是非参加してくださいな、とロッテさんは小粋に返して別れた。
「んじゃ、ロッテさん」
「ああ、乾杯だ!」
そして、夜。シリルを領主館に帰した後、僕とロッテさんは再会を祝して二人で呑んでいた。
「っっっ、ぷっはぁ! 美味い! エールもう一杯!」
いつもより人でごった返す熊の酒樽亭で、ロッテさんはフローティアンエールを一気に呑み干し、忙しく駆け回っているラナちゃんにおかわりを要求する。
「はい、少々お待ち下さい! ヘンリーさんも、おかわりは!?」
「うん、頂戴」
少しだけ残っていたエールを呑んで、ジョッキをラナちゃんに渡す。
「いやー、いいとこに泊まってるね、ヘンリー。私もここに泊まればよかった」
「ロッテさん、宿は?」
「金の枝亭ってとこだよ。先行したルーナが取ってくれてる」
ルーナさんか。
ロッテさんの世話係というか、対外折衝役というか、そういう人だ。
宿の手配なんかは勿論、仕事の打ち合わせとかまでロッテさんはこの人に丸投げらしい。
僕も数度だけ顔を合わせたことがある。
「そのルーナさんはどうしたんです?」
「今頃、六日目のライブに先立って、担当者の人と最終の打ち合わせかなあ」
「……ロッテさんは参加しなくてもいいんですか。その打ち合わせ」
「私、到着するのもっと先のことになってるから。出ても混乱させるだろう? それに、私は歌って踊ることしかできないから、ルーナに任せるに限る」
悪戯げに笑って、ロッテさんは舌を出す。
ルーナさん、かわいそうに……
「はい、エールのおかわりお待たせです! 後、腸詰め二人前ですね」
エールと、注文していた料理が到着する。
「おー、来た来た。ロッテさん、ここの腸詰めは絶品ですよ」
「ほう、そいつは楽しみだ」
腸詰めを口に運ぶと、相変わらずの美味さにエールも進む。
ロッテさんも絶賛し、更に追加で注文した。
そうして、食べて、呑んで、食べて、呑んで、呑んで。
興が乗ったロッテさんが、いきなり歌い始め、彼女の存在に気付いた人たちが大きく盛り上がり、
そんな風にして、懐かしい人と再会した日は過ぎていった。




