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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第五章 フローティア花祭り
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第五十七話 花祭りの開幕と英雄

 花祭りの一日目、午前。

 天候に恵まれ、爽やかな秋晴れが広がっている。


 花祭りの開会式場となった街の中央広場。僕らもクエストを受けて完成に一役買った舞台の上で、領主様が拡声魔導具(マイク)を使って朗々と挨拶をしている。

 また無事にこの祭りを迎えられたことの感謝。大いに楽しんで欲しいという言葉。伝説にちなんで、真竜へこの花を捧げる祝詞。


 そうして、短くも実のある挨拶を終え、


『それではここに、今年のフローティア奉花祭の開催を宣言いたします!』


 最後に、領主様がそう締めくくり――わっ、と広場に集まった人たちの歓声が巻き起こった。


 僕も場の熱気に当てられ、手を振り上げて声を上げる。隣のシリルも、盛り上がっていた。


「いや~、お祭りの熱狂っていいですねえ。もうわくわくですよ」

「お前はいっつもそんなんだろ」

「失礼な。シリルさんはそんなうかれポンチではありませんよ」


 ……どうだろう。割とその単語にシリルは七割くらいは合致している気がするが。


「じゃ、どうする? 時間まで適当に出店でも冷やかすか」

「ですねー。私、今日は朝食を抜いてきたので。どこかの食べ物屋さんでご飯にしましょう」


 どうやら祭りの醍醐味の一つである食べ歩きを、こんな午前中から攻め始めるらしい。


「……浮かれてんなー」

「なにか?」

「なんでもない」


 じろりとこちらを睨んでくるシリルに肩を竦める。


「まあいいです。行きましょう」


 広場に集まった人混みも徐々に解散しつつあり、歩くのに支障はなかった。


「みんなも楽しんでますかねー」

「大丈夫だろ」


 今日、僕とシリルは二人きりである。


 花祭りは恋人たちにとっては特別なイベントでもあるので、ジェンドとフェリスはデート。

 実家が商家であるティオは家の手伝い。……とは言え、同じく宿の手伝いをしているラナちゃんとともに、休憩時間に遊びに行く約束はしているらしい。


 そんなわけで、僕とシリルだけだ。

 別に、シリルも冒険者以外の女友達とでも行けばいいとは思うのだが、


「それで、シャルロッテさんがいらっしゃるのは何時くらいでしたっけ」

「ああ。今日の午後三時頃の予定らしい」


 ……今日は、ロッテさんを出迎える日なのだ。


 ロッテさんのライブは、花祭りの佳境、六日目の夜の予定なのだが、観光のために早めに来るらしい。

 なお、公的にはロッテさんのフローティア入りは花祭り五日目午前の予定ということになっている。フローティアの前に入れてある仕事が終わったらダッシュでこっちに向かうから、出迎えヨロー、と手紙には書いてあった。


「ふっふっふ、花祭りのご案内ならこの私にお任せください。子供の頃から何度も参加していますから見所も隠れスポットも思いのままですよ」

「……一応、僕個人が受けたクエストなんだけどなあ」

「いいじゃないですか、助け合いです、助け合い。有名なアイドルさんにも会ってみたいですし」


 まあ、実際助かる。

 知り合いがいるからってあんなクエストを出したのだろうが、ロッテさんの案内であれば確かにシリルのほうが適任だ。大体、僕も花祭りは初めてだし。


 それに、今の仲間をロッテさんに紹介もしたいしな。ジェンド達とも顔合わせする機会くらい設けられるだろう。


「さてさて、そうと決まれば早くなにか食べましょう。私、開会式に来る途中に見かけたりんご飴が非常に気になっています!」

「はいはい、好きにしろよ」


 勿論、僕も買うけどな!
















「はあ~、食べましたねえ」

「食い過ぎ」


 花祭りを練り歩くこと二時間。大分歩き疲れたので、今は適当に空いているベンチで休憩中である。


 しかし、本当によく食べた。りんご飴を皮切りに、綿あめ、焼きそば、フライドポテトなどなど。

 僕とシェアしながらも、シリルも相当食っていた。


「普段あんま食わないくせに、よくもまあ」

「……あれは散々運動させられたせいで、食欲が無いのもあるんですけど」


 シリルの顔に、『この鬼教官め』と書いてあった。

 いやいや。確かに厳しくしているつもりではあるが、僕なんか全然だぞ。一部の大きな街の教会であれば、新人冒険者に稽古を付ける教官とかいるんだが、大体三割くらいは一日目で心をへし折られるそうだし。


「まあ、それはいいとして」

「よくないんですが……で、なんです?」

「いや、普段から花の多い街だが、やっぱ普段とは全然ちげーな」


 花のアーチが大通りにかかり、そこらの屋台でも花飾りが付けられている。建物の屋上にもたっぷりだ。

 それでも、雑然とした感じではない。誰かが計算でもしているのか、色合いは綺麗に整えられ、色々な花の香りが渾然一体となってなんとも芳しい香りが漂っている。


「ええ。この時期のために、近隣の村でも沢山花を育てているんですよ」


 やっぱ豊かだよなあ、この領。ロクに作物も育たない土地もままあるというのに、

 でも、休耕地に特定の花を植えると肥料になるとかいう話もあったっけ? うろ覚えのにわか知識だが。


「イベントも盛り沢山です。例えば、最も花の似合う女性を選ぶコンテストとかあります。……言ってしまえばミスコンなんですが」

「へえ」


 ミスコンねえ。まあ定番だな。美男美女というのは、やはり衆目を集めるし、話題になる。


「なら、シリルも参加してみりゃいいんじゃないか?」

「え……?」

「いや、フツーにいいとこまで行けんだろ、お前なら」


 そう、何気なく言って。

 しまった、と自分で思った。いや、本音ではあるんだが……


「ほ、ほほー。珍しくいい心がけですね、ヘンリーさん! 褒めてくれたのは嬉しいので、この砂糖漬けを一つ分けてあげましょう」


 ほーら、調子に乗る。もういい加減、コイツの操縦方法も大分わかってきたのだが、今のはちょっと口が滑ってしまった。


「わーい」


 とりあえず、適当に喜んで小瓶詰めで売ってた花弁の砂糖漬けをもらう。

 ん、美味い。


「さて、と。これからどうする?」

「そうですね。花の展示会でも行ってみます? リシュウの方から入ってきた文化で、華道というものがあるんですが。こう、植物を組み合わせて、いい感じのオブジェを作るという」


 ほう。なんとなく聞いたことがなくもない。

 でも、そういう名物なら、ロッテさんと合流した後でもいいかなあ。


 悩みつつ、人通りを眺める。フローティアはこの近辺ではそれなりに人口の多い街だが、普段の五倍は人通りがある。


「お、獣人だ、ちょい珍しいな」


 ふと、遠くを狐耳と尻尾の獣人が歩いているのが見えた。

 普段、フローティアはほとんど純人種しかいないので目を引いた。


「あ、ああ。花祭りの時期は特に観光客が多いですからね。この期間くらいです、亜人の人を沢山見かけるの」


 サレス法国のセレナ大森林に住まうエルフ。

 各国に自治領を持つ獣人。

 ヴァルサルディ帝国、『偉大なる鉱神の山脈』に座すドワーフ。

 自由人で好奇心旺盛、色んな土地を渡り歩いているハーフリング。


 ……魔国イーザンスティアを築き上げた魔族は、現在戦争中なので置いておいて。


 とにかく、こういった代表的な亜人は、地理的な関係もあり、フローティアにはほとんどいない。大陸中を旅してるハーフリングも、この辺りはのどかな田舎で、好奇心を刺激されるようなものがあまりないから近寄りゃしないし。


 そんなわけで、フローティアに来て以来、久々に色んな人種を見ることとなっている。


「あれはハーフリングの人でしょうか」

「かもなー」


 目深にフードを被ったちっこい人間が、出店でクレープを買っている。人間であの背丈の子供であれば、親なりがいるだろから多分ハーフリング……んん?


「……あれ、もしかして」


 あの子が羽織っているフード付きのローブに見覚えがある。

 あの色合いに丈……『風操作』、『認識阻害』、『収納』の効果を持つエピック神器、『風霊のローブ』では……


 あ、向こうもこっちに気付いた。


「ヘンリーさん? あの人がどうかしましたか」


 花祭りのおかげで、通りには普段より大勢の人間が歩いている。

 時折、そのせいで視線が遮られるが、件のハーフリングはまっすぐにこちらを見ている。


 そうして、しばらく見つめ合い、


 ふと、通行人で彼女の姿が見えなくなったと思ったら、次の瞬間、その姿が消え失せていた。


「えっ!?」


 僕につられて注目していたシリルがびっくりする。僕とて、この距離で多少の人混みくらいで人を見失うなんて……

 と、考えていたのは数秒もなかったはずだ。


「ばあ!」

「うおっ!?」

「ひゃぁ!」


 いきなり足下からさっきのハーフリングが登場し、目前まで迫って驚かしてきた。思わず情けない声を上げてしまう。

 ……不覚。予想はしてたのに。


 その反応に彼女は満足したのか、


「……クック、ごめんごめん。ちょっとした悪戯だよ。許して許して」


 ご機嫌そのものの声で、そう謝罪してくる。


 ぺろ、と舌を出し、『認識阻害』を切ってフードを軽くどけて見えたその顔は、まあ予想通りの人であった。

 アイドルとして人気なだけあって、可愛らしい容貌。くりくりと大きな瞳は、楽しげに揺れている。


「ロッテさん……子供みたいな悪戯はやめてくださいよ」


 いや、子供はあんな変態的な距離の詰め方はできねえけどな!


 多分、僕らが目で追えないように、僕たちの視線を遮る通行人を壁にしながら来たんだろう。騒ぎになっていないってことは、他の人達からも隠れる感じで。


 ……いや、おかしいことを言っているってのはわかっている。ランダムに歩く人ごみのなかで、んなことできるわけがない。

 それが出来る人が、歌って踊れるアイドルにして八英雄の一角、シャルロッテ・ファインさんなのである。


「まあま。ヘンリー、許しとくれ。なんにせよ、久し振りだね」

「……はい、お久し振りです、ロッテさん」


 挨拶をする。

 そうすると、何が嬉しいのか、ロッテさんは更に笑う。


「中々いい顔するようになった。ジルベルト倒す前は眉間にシワが寄ってたし、その後は死んだ魚の目だったし」


 ……ひどくない? 死んだ魚って、そこまでじゃなかったと思うんだが。


「えーと」

「ああ、こんにちは。ヘンリーの友達かい? シャルロッテだ。よろしくね」

「あ、はい。私はシリルと申します。よろしくおねがいします」


 シリルとロッテさんが握手を交わす。


 ……さて。

 とりあえず、ロッテさんのことがバレて騒ぎになる前に、移動すっか。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ロッテさんが来るまでは、所謂“デート”?
[良い点] 60歳でアイドルで人気??とか思ってたけど ハーフリングでちみっこ可愛い人だったのね そしておちゃめな感じで、こんな人と一緒じゃ騒動が起きないわけもなくw
[一言] そこは、恋人かい?って言うところじゃないですかねロッテさん! とにかく続きを楽しみにしています。
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