第五十五話 シャルロッテという人
ロッテさんの観光案内クエストは、フェリスの強烈な押しもあり、結局引き受けることになった。
……いや、僕としても大恩ある人の依頼なのだから、引き受けるに吝かではない。単に悪目立ちするのが嫌なのだ。フェリスみたいなファンを敵に回しそうだし。
まあ、引き受けてしまったものはしゃーない。前向きに行こう、前向きに。
ともあれ、ロッテさんの依頼は花祭りの期間中の話だ。今日は当初の予定通り祭りの準備のクエスト、舞台の設営に汗を流している。
「ほい、ヘンリー」
「あいよ」
ジェンドから木材を受け取り、定位置に貼り付け、コン、コン、コーン、とリズムよく三回トンカチを叩いて釘を打ち付ける。
打ち付ける釘は計六本。それが終わる頃には、ジェンドが次の木板を切り分け終わっており、それを受け取る。
「ヘンリー、中々手際良いな」
「まあ、こういうこともやってたからな」
ギコギコと鋸を動かしながら、ジェンドが話しかけてくる。この程度の作業なら話しながらでもミスったりはしないので、適当に駄弁りながらの仕事だ。
「例によって、最前線の経験か……こんなこともすんのか?」
「魔物が街ん中入ってくるからなあ。家とか壊されたら、とっとと応急処置しないと」
週に何度も魔物に侵入されるため、当然建物も壊される。特に城壁近くの家屋は、もう壊される前提なので、掘っ立て小屋としか言いようのないものを建てていた。その日の迎撃当番の連中が風雨を凌ぐためだけのものである。
そいつを直すのも、冒険者の持ち回り制だった。戦闘力の高い奴はあまり順番が回ってこないように調整されていたが、僕も二、三ヶ月に一回くらいは大工仕事に精を出していた。
そのおかげで、こうした作業もそれなりにできるのである。
「そういうことか」
「ジェンドも、鋸の使い方が様になってるじゃないか」
剣と鋸じゃ全然使い方違うのに、切るスピードが早い。いや、当然魔力通して切れ味は上げているようだが。
「俺のは単に趣味だよ。木工とか、ものづくりは結構好きでな」
「へえ」
「ガキの頃、うちが持っててなにも使ってない土地に、廃材で小屋作ったこともあるぞ。秘密基地だったんだが、店建てるからって壊された。ありゃ悔しかったなあ」
小屋て。よーやるわ。
あー、でも秘密基地という言葉には男心がくすぐられる。今もたまにソロでフローティアの森に行くこともあるし、セーフハウスでも作ろうかな。でも人工物だと、魔物が壊そうとすんだよなあ。魔物用の忌避剤でも撒いて……コストがかかりすぎるか。
……はっ、そうだ。樹上に作れば、
「お待たせしました、追加の材料でーす」
「おう、シリル。お疲れ」
と、妄想の羽を広げていると、シリルが木材を運んできた。
荒く切られ、こちらで切るべき箇所に印が付けられた大きな板が五枚。
それなりの重量だが、訓練の結果、前衛として見ても最低限必要な程度の身体強化を身に着けた今のシリルであれば、普通に運べる量だ。
うむ、普段と違う刺激があるから、これはこれで訓練にもなるだろう。
「ええと、次はあっちのを運んで……」
「頑張れよー」
トコトコと、次の場所に向かうシリルに、そう声を掛けた。『はーい』と元気な返事。
さて、もうちょい頑張れば、昼飯だ。さっさと片付けるか。
お昼休憩。
クエストの報酬に含まれている弁当を受け取り、パーティみんなで一緒に食べる。
「午前中はどうだった? 僕とジェンドは一緒で、シリルはたまに見かけたけど」
「ああ、私の方は、午前中は割と暇だったかな。怪我人も、それほど来なかったし」
治癒魔導だけではなく、普通の医療の心得もあるフェリスは、作業中に怪我した人への対応を受け持っていた。
「私は、高いところの作業ですね。結構楽しかったです」
舞台は高所の飾り付けもある。身軽なティオは、そちらに回っていたようだ。
「子供なんだから、そんな危ない作業はしなくてもいいよ……なんて言われましたけどね。いくつか動きを見せれば、納得してもらえました」
大変良識溢れる忠告である。ただすみません、ウチのティオ、そういった軽業ならそこらの冒険者なんて歯牙にもかけないんです。
「……っとと。話し込んじゃうと、飯食う時間なくなるな」
かぱ、と弁当を開く。
「ほほう」
美味そうじゃないか。
主食はライス。そいつに、鶏の唐揚げとキャベツの酢漬けがドカンと添えられている。品数は少ないが、こういうシンプルな食事もまた良い。
唐揚げを口に運ぶと、じゅわ、と肉汁が溢れ出る。弁当なのだから当然冷めているのだが、とってもジューシィだ。こいつは、冷めても美味しくなる工夫がされているのだろう。
そうして、唐揚げの味が口に残っている間に、ライスを。うむ……なんでライスと唐揚げの組み合わせってこんなに暴力的なんだろうね! いくらでも食えるぞ、こいつは。
ライスを食べた後は酢漬けだ。肉体労働をした僕たちに気遣って、ややきつめに効かせた酢が口の中を爽やかに洗い流す。
一緒に付いてきた茶を一飲みし、ふう、と僕が息をつく。
「美味いなあ」
レストランで食べるような上等な料理ではないが、実に落ち着く味だ。
「街の有志のおばちゃん達が作ってくれたそうです」
「なるほど、おばちゃんか」
シリルからの情報に、僕は一つ頷く。それならば納得である。
ガツガツと、僕は弁当を平らげていく。
結構ボリュームがあるが……まあ、冒険者は健啖家でないとやっていけない。一番体の小さいティオや、少し前までは少食だったシリルも問題なく食べきった。
「ふぅ」
食べ終わり、お茶のお代わりをもらってきて、昼休みが終わるまでまったりする。
そうしていると、少し離れたところで同じように休憩を取っている人の会話が聞こえてきた。
「なあ、聞いたか。今年のライブ担当、あのシャルロッテが来るらしいぞ」
「聞いた聞いた。虹の歌い手だろ? 俺がガキの頃……三十年くらい前の花祭りに一度来たことあるぞ」
「俺が生まれる前か。いや、ライブに参加したことはないけど、俺ファンでさー」
「なら、ライブに参加する時は『シャルたーん』と大きな声でだな……」
ロッテさんが来ることは噂になっているようだ。
……いつ決まったのかは知らないが、もうちょっと早くに情報を掴んでおけばなにかやりようはあったかも知れない。
その会話が聞こえていたのか、シリルが口を開く。
「そういえばヘンリーさん。さっき観光案内のクエスト受けたシャルロッテさんって人ですけど」
「興味あるのか、シリル! なら私がシャルたんの魅力を大いに語ってやろう。領主館には音写盤の再生機はあるか? あるなら、私の持っている音写盤をいくつか貸して……」
「フェリス、ステイ。その話なら、俺が聞いてやるから」
ロッテさんの名前を聞いた途端、一気にまくしたてるフェリスを、ジェンドが止める。
まあ、今までこの姿のフェリスをジェンドは見たことなかったようなので、存分に恋人同士の相互理解を深めて欲しい。
もうちょっと端的に言うとザマァ! である。美人の恋人がいるんだから、少しは苦労すれば良いのだ。クックック……
「あの、ヘンリーさん。なんか暗黒面に落ちそうになってません?」
「? 単なる正義の心だが」
なにを言うんだろうか。
「……いえ、悪い顔してましたよ」
「ティオまで。なんだっていうんだ」
まったく、ヘンリーさんは納得いきませんよ。
「ええと、それで、シャルロッテさんって方なんですけど。いえ、有名な吟遊詩人だってことは知っていますよ? 領主様が持ってる音写盤で、歌も聞いたこともありますし。で、ヘンリーさん、どういう関係なんですか」
「どういう関係、ねえ」
「……例の聖女さんとやらと同じく、元カノとか?」
「ブフゥ!?」
茶ぁ吹いてしまっただろうが!
「い、いや、シリル? お前、そんなに恋愛脳だったっけ」
「年頃ですから!」
強調されてしまった。
ま、まあ婦女子がその手の色恋話に興味津々なのは普通の……
「……? なんですか、ヘンリーさん」
「いや」
ティオみたいにまるで興味のないやつもいるが、普通のことだろう。
しかし、なぜロッテさんと僕を結びつける。あの人六十越えだぞ。
「あ、あのな。僕、付き合ったことある奴はユーだけだぞ。前に話した通りそいつも子供の頃の話だし」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ」
悲しいことに。
だから、今まさに色恋真っ只中というジェンドに対し、多少の嫉妬の気持ちが湧くのは仕方がないのではないでしょうか!
「で、ロッテさんな。なんつーか、一言でいうと……姉御?」
「姉御」
「普段はあの人、全国巡業してっから、会うのはリーガレオに来た時だけだったけど。会うたび、色々話してくれてさあ。他の街の話とか、大体あの人に聞いたんだ」
……最初に会った時の、精神的にずんどこだったところから引き上げてもらった話はしないでおこう。ちょい、シリルにはそういうところを見せたくない。
「すげー儲けてるから、呑む時は奢ってくれて。……体は小さいのにザルで、はしご酒に無理矢理付き合わされたっけ」
最後に会ったのは、もう一年近く前か? あの時も、リーガレオでの慰問ライブの打ち上げに付き合わされて、五、六軒居酒屋はしごしたっけ。
「なんか、アイドルってイメージじゃないですね」
「……いや、ライブ中は偶像だよ。単に、オンオフの切り替えがきっちりしてるだけ」
アイドルモードが終わったら、自堕落だがきっぷの良い姉御肌になる。
「でも、八英雄なんですよね。強いんですか?」
と、ティオが聞いてきた。
「強いよ」
「アゲハ姉より?」
姉貴にすごく懐いているティオはアゲハ贔屓で、その辺が気になるらしい。
「うーん、そうだなあ」
考えてみる。
勿論、強さの指標に絶対的なものなどない。状況によっても変わるし、体調にも左右される。戦う相手との相性もあるだろう。
しかし、まあその辺はざっくり考えたとして、客観的に判断すると、
「僕もそうだけど、アゲハも、ロッテさん相手じゃ比べる相手が悪いと言うか」
「そんなに?」
「ロッテさん、魔法で自分にバフかけて、最上級の魔物をソロで殴り倒すしなあ」
最上級は、僕もアゲハもちゃんとしたパーティを組めば安定して倒せるが、ソロじゃ無理――とまでは言わないが、かなり分の悪い勝負になる。
これが、ロッテさんやエッゼさん辺りとなると、割と余裕でソロ狩り出来る相手になってくる。この辺りに一つの壁があると言えるだろう。
「しかも、ロッテさんの魔法歌は自分だけじゃなくて他の人間にも有効だし、ちょっと勝てないっていうか」
魔導と違い、魔法であれば強化のために個々人への調整は必要ない……っていうか、『なんとなくやったらできるよ』で済むらしい。
僕にはまったく理解できない理屈だし、実際バフ系の魔法を『歌の届く範囲』なんて広範囲に使えるのはロッテさんだけだが。
……あ、しまった。ティオがなんかしゅんってなってる。
「……いやまあ。言ってもアゲハも若いしな。アゲハは英雄だけど、暗殺術の一芸でなったんだし。これから、いくらでも強くなるさ」
「そう、ですね。はい」
……ちなみに、僕としては、ティオも鍛えていけばアゲハに劣らない冒険者になるんじゃね? と見込んでいるのだが。
まあ、これは今は言わないでおくか。ないとは思うが、天狗になってもいけない。
「あの、ヘンリーさん? なにか、今聞き捨てならない事が聞こえた気が……魔物を、殴り倒すんですか。そのシャルロッテさんは」
「そうだよ。無手だと、あの人に勝てる人はいないんじゃないかなあ」
百四十センチにも満たない体躯で、二十メートルを超える最上級の魔物を殴ったり蹴ったりして退治する、そんなロッテさんです。
「……アイドル?」
「大丈夫、ファンの人もわかってるから」
ふむ、さて。
話していると、懐かしい気持ちになってきた。
……ロッテさんが来たら、どこを案内しようかねえ。
 




