第五十四話 花祭りのその前
残暑はまだまだ厳しいものの、暦の上ではそろそろ秋である。
秋が近付くにつれ、フローティアの街は徐々に慌ただしくなっていた。
今年からこの街に来た僕でも知っている、フローティア名物の花祭りの時期が近付いてきたからだ。
一週間をかけて催されるこの祭りは、大陸北方では中々有名なお祭りで、各所から観光客が来る。
由来はよく知らないが、なんか友人同士で花を贈り合ったり、お花に因んだ劇とか、仮装行列なんかが実施されるそうだ。
「と、いうわけで、お宿もかきいれ時で。申し訳ないんですけど、その時期だけ宿代を少々上乗せさせていただきますね。他のお客様の手前もありますので」
朝。朝食を食べ終わった後。ちょっとお話が、と呼び止められ、ラナちゃんにそう説明された。
「へーい。別にいいよ」
僕ははいはいと頷く。
荷物は増やさない主義だが、流石にこれだけ滞在していると僕の部屋にもそれなりに物が増えている。安いとこに移動するのも手間だし、提示された上乗せ額は然程でもない。大人しく支払うことにした。
「しかし、花祭りねえ。あんまり花とか興味ないんだけどなあ」
やはり、花といえば女性が主役の祭りになるだろう。適当に屋台を冷やかして、くらいで済ませることになりそうだ。
「お花を醸したお酒が領主様から振る舞われますよ」
「素晴らしいイベントだな、花祭り」
僕は掌を返した。
「縁起物ですから、すごく美味しいってわけじゃないんですけどね。普通に売っているのも花祭りの時期だけですし」
「タダ酒に勝るもんはないよ。珍しい酒なら試してみたいし」
「……呑兵衛ですねえ」
そうかね。そうかも。
「っと、話がそれで終わりなら、そろそろグランディス教会の方に行かないと」
「ああ、引き止めてすみません。今日も冒険ですか?」
「いや、そのお祭りの手伝い系のクエストでも受けようかって話してる」
地域への貢献である。
冒険者はどうしても一定の荒くれ者がいるので、こういった機会にイメージを向上させておくのだ。勇士になるためには、このようなコツコツとした信用稼ぎが重要だ。いくら大きな戦果を上げても、それだけでは冒険者の顔となる勇士の称号は授与されない。
ちなみに、チラッ、と裏で教会の人に聞いたところ、シリル達は巨人の一件で無事情報を持ち帰り、しかも一匹倒したということで、勇士の候補の候補辺りには名前が載ったそうだ。
フローティアを発つ頃には、候補の候補から候補くらいまでにはしてやりたい。
と、いうわけで、今日も今日とてお仕事に精を出すわけである。
「んじゃ、行ってきます」
「はい、今日も頑張ってください」
トコトコと、教会への道を歩く。この道も通い慣れたものだ。
しかし、改めて考えてみると……リーガレオみたいに毎日毎日魔物をしばく、って感じではないが、今の僕も普通の冒険者よりはずっと働いているなあ。
僕がフローティアに来たのは、もっと悠々自適な日々を過ごすためだったのだが……
まあ、楽しいし、いいか。シリルたちと別れてから、改めてそういう生活を送ればいい。
そう考えながら、のんびりと歩く。普段からフローティアの街は花をたくさん飾っているが、この季節に咲く花が特に多いらしく、いつもより華やかだ。切り花を売る露店なんかも増えている。
「ん?」
ふと、とあることに気が付いたので、立ち止まる。近場で目についた露店に近付いた。
「……ふぅん」
そこは、いくつかある花売りの露店の一つ。この店には張り紙が張ってあった。
どうやら、観光客向けに、花祭りで花を贈り合うフローティアの風習を説明するためのもののようだ。
まだ花祭りまで一月近くあるというのに気が早いとは思うが、なんとはなしに目を通してみる。
ふむ、ふむ。基本的に、友人には青系の花、恋人や配偶者には赤系の花を贈るのが主流のようだ。仕事の関係の相手には黄色系……と、大雑把に書いてある。
なお、赤い花を贈ると同時に愛の告白をするのは、フローティアではかなり一般的なことらしく、花祭りの時期に成立するカップルも多いのだとか。
……貴方も、気になるあの人へ赤い花をお贈りになってはいかがでしょうか、と説明が締めくくられている。
「お、兄ちゃん。興味あるのかい?」
と、張り紙を読んでいると、店主さんが話しかけてきた。
「そうですねえ。僕、春先にこの街に来たんで、花祭りって初めてでして」
「へえ。そんじゃ、是非その時はうちで買ってくれよ。おっと、部屋に飾る用の花でも、今買ってくれてもいいんだぜ?」
「宿暮らしだし、今から冒険なんで。また今度ですね」
フローティアの宿の習慣として、毎日一輪挿しが僕の部屋には飾られる。もうちょっと花を多くしても良い気もするが、なんだかんだでラナちゃんに世話させることになるだろうなあ、って考えると、あまり気が進まない。
いや、僕がやればいい話なんですがね! 面倒だなあ、ってのが先立ってですね!
「やっ、おはようございます、ヘンリーさん」
「おう、シリル」
ぽん、と背中を叩かれて振り向くと、悪戯っぽい笑みを浮かべたシリルがいた。ここは、丁度こいつが通る道でもある。
「……あれ、びっくりしてませんね。驚かせようと思って、静かに近付いてきたんですけど」
「お前があの角曲がる前から気付いてた。折角だから一緒に行こうと思って、立ち止まってたんだが」
二十メートル程先の角と、僕を見比べて、シリルが『ええ……』と引く。
「確かに領主様のお屋敷でもヘンリーさん、そんなことやってましたけど……今他の人も沢山いるんですけど」
「そりゃ、慣れた相手とそうじゃない相手との区別くらいはつく」
後は、こっちを意識していたりしたら、他と違うってのは分かる。
まあ、僕のは付け焼き刃なので、心得のある人が気配消したら気付けないが。
教会への道を一緒に歩きながら、今の気配感知の話をする。
「お前だって魔法使いなんだから、気配はわかんなくても魔力なら感知できるだろ?」
「やろう、って思えばです。普段歩いてるときまでそんなことしてませんよ」
確かに、魔法使い系と戦士系だと、その辺の感覚はちょっと違うか。
とか話していると、教会に到着。
「あー、やっぱ今日も早かったか。みんなが来るまで、珈琲でも飲むかね」
「いいですね。あ、私はハーブティで」
とかなんとか。
少し早めに到着して、こうしてシリルと茶を飲むのも最近恒例となりつつある。
巨人の一件以来、不摂生を反省し、早寝早起きを心がけるようにしたためだ。宿にいても暇だし、だったらこうしてシリルと話でもしたほうが良い。
……それだけだよ、うん。
シリルと話し始めて、三十分程。
集合時間の五分前に、全員が揃った。
それぞれ挨拶を済ませ、今日の目的であるクエストの受注のため、窓口に向かう。
昨日の帰りにどんなクエストが出ているのかチェックしといたが、祭りの準備の手伝いは盛り沢山だった。なくなっているってことはないだろう。
舞台の設営なんかがいいかな。なんでも、祭りの期間にはその舞台で演劇をしたり吟遊詩人を呼んでライブしたり福引きの抽選会をやったりするらしい。
ま、その辺は受注できるクエストを聞いてからみんなと相談か。
「どうも、フェリシアさん。クエスト受けに来たんですけど」
窓口にいるシスターのフェリシアさんに話しかける。僕たちのパーティの担当みたいになってて、空いてたらひとまずこの人の窓口に行くのが通例だ。
……決して、美人だからとかええ体をしているからだとか、そんな理由ではない。
本当だって!
「あっ、よかった。丁度いいところに」
「? どうかしましたか」
いつになく、フェリシアさんが焦っているように見える。この人、仕事ができるから大体いつも余裕がある態度なんだけどな。
「その、ヘンリーさんに先程指名クエストが入ってきまして」
「またぞろ、ウチの土木担当目当てですか?」
最初のクエスト以来、開墾系の依頼がたまに入ってくる。我らが開墾兵器シリルさんにかかれば、魔法一発で時間も費用も大幅に短縮できるのだから、引っ張りだこだ。
「誰が土木担当ですか」
と、シリルの肘が脇腹に入った。
「やめい、くすぐったいだろうが」
「ふーん」
構って欲しくて拗ねたフリしてるだけなのはわかっているんだが。……どうすんべや。
「いえ、あの。今回はシリルさんではなく。ヘンリーさん個人にですね、指名が入っていて」
「……またぞろ、上級の魔物でも出ましたか?」
聞いて、意識が戦闘モードになる。自惚れではなく、この街で一人も死なせずに上級以上の魔物を倒せるのは僕だけだろう。そういったことなら指名が入るのも納得……
「そ、そうでもなくって。危険とかじゃないんですが……ちょ、ちょっと奥の部屋、来てもらっていいですか?」
「は、はあ」
がく、と肩が落ちる。
「ヘンリーに指名? なんだろ。フェリスはどう思う?」
「さあ。でも、勇士としてヘンリーさんの名前は売れつつあるから、それ関連かな」
「なら、どこかのお金持ちのボンボンが、勇士を連れて冒険に出たがってるとかじゃないですか」
「ティオ、それは君、物語の読みすぎだ」
そうだね、そしてその冒険で最上級の魔物とか出てきて、勇士の死をきっかけに古代英雄の魂を受け継ぐ召使いが覚醒して成り上がったりね!
ああいう作品、嫌いではないが、僕みたいな英雄の称号を持たない実力派の冒険者って、大体噛ませで終わるんだよなあ……
フェリシアさんの先導で教会の奥に向かいながら、ジェンドたちは好き勝手な予測を話している。
さてはて、何が出てくるかね。
教会にある打ち合わせ室の一つに入り、フェリシアさんの言葉を待つ。
「……今朝、この手紙がうちに届きました」
と、封筒が取り出された。
見たところ、特に何の変哲もない封筒。
「こちらにいる、ヘンリーという勇士に指名クエストを発注したい旨が書かれておりまして。内容は、花祭り期間におけるフローティアの観光案内……」
リーガレオ時代の知り合いか? 来たがっているとはアゲハから聞いたが、まさかユーじゃあるまいし。
なんて思い悩んでいると、フェリシアさんが、その名前を告げる。
「で、そのお相手が。……つい先日、花祭りでのライブが決定した八英雄。虹の歌い手、シャルロッテ・ファイン様で……」
「ロッテさん!?」
なに考えてんの、あの人!?
いや、個室がある居酒屋で呑むとかならともかく、あの人連れて街を練り歩いた日には、熱烈なファンから刺されるかもしれないんだぞ? 超人気アイドルだって自覚あんの!?
「勿論、受けます」
「ちょっ、フェリス!?」
「シャルたんたっての願いだ。受けるしかないだろう、ヘンリーさん」
そうだった、こいつロッテさんのファンだった!
「しゃ、シャルたん? フェリス、それは一体」
「シャルたんだが?」
「………………」
やめろ、ジェンド。すがるような目を向けてくるんじゃない。
「また八英雄……しかも、私も聞いたことあるような吟遊詩人……」
「有名人ですね。……アゲハ姉より」
あーもう。
どうやって収拾つけよう、コレ。




