第五十三話 巨人討伐後のあれこれ
えんやこらと巨人のドロップを集めて、みんなが待機している場所に戻る。
……なお、ドロップは全部通常の氷の魔石だった。サイズと純度的に、高値で売り捌けはするのだが、レアである巨人の心臓とか欲しかった。
そして、戻ってくると、
「やったな、ヘンリー!」
「流石は勇士だ」
待機していたラッドさんとグウェインさんに称賛されながら、背中を叩かれた。
「あー、どうもどうも」
「ていうか、最前線ってお前みたいなのがうじゃうじゃいんのか? 昔は、俺もいつか魔王との戦いに、って思ってたけど、フローティアでのんびりやることにして良かった」
「うじゃうじゃはいませんよ」
自分で言うのも何だが。
「……そしてヘンリー。お前の仲間、さっきの戦いを見てなにか考え込んでいるぞ」
おー、そういえば、帰ってきた僕に対するお言葉がうちの仲間からは聞こえてこない。
なんじゃらほい、と見てみると、確かにそれぞれ思い悩んでいるようだ。
「あー、どした、お前ら」
「そのー、ヘンリーさん、もしかしてソロのほうがやりやすかったりしますか? 私達に付き合って、レベルの低いとこで狩りをするのは……」
「阿呆」
なんか戯けたことを言っているシリルの脳天にチョップをかます。
「いたぁ?」
「心配しなくても、今は楽しいし、効率的にもパーティ組んでたほうが良いぞ」
僕は完璧超人というわけではない。昨日みたいに風邪とかの体調不良はあるし、油断することもある。そういったとき、パーティに所属しているかどうかで、大きく生存率が変わる。
儲け的にも、ソロで頑張ったときと今とで、そう大きくは変わらない。グリフォンくらいならまだしも、オーガとか相手にするなら多少道具とかも使うだろうしな。
大体、今のパーティは結構気に入っている。こいつらが最前線を目指す以上、いつかは別れることになるが、それまでは楽しくやらせて欲しい。
と、いったことを懇切丁寧に伝える。
「だいたいな、アレだ。お前ら、自分の成長率わかってる? もう二、三年もすりゃあ、最上級にも挑めるかもしれないぞ。そうなった時、お前らと知り合いってのは、色々役に立つ」
「あ、俗な理由で安心しました」
「コネは重要なんだよぉ!」
俗とはなんだ、俗とは。助け合いの心を忘れてはイカンぞ?
「まあ、そういうことなら、ありがたく、これからも色々教えてもらおうじゃあないか。私も、今回のことでもう少し剣の方も鍛えようと思っているしな」
「私も、そろそろ安い道具は解禁しようと思います」
「俺との訓練、もうちょい密度上げようぜ」
フェリス、ティオ、ジェンドがそれぞれ前向きな発言をする。
相変わらず、こいつら上昇志向つええな。
「……ま、そういうことで。とりあえず、とっとと帰って報告だ」
領主様も気が気でないだろう。会議の場ではあえて明るく振る舞っていらっしゃったが、僕の実績なんて紙の上でしかご存じないのだ。本当に巨人を殲滅できるのか、内心半信半疑……三信七疑くらい? だったはずだ。
いざとなった時、領軍を動かすか、それともしばらく巨人が動かないことに賭けて騎士団の応援を呼ぶか。そんな算段をしていらっしゃるに違いない。
「そうだな。俺らのパーティも、心配してるだろうし」
「……ああ」
ラッドさんらも同意し、とっととアルトヒルンを下山することにした。
……帰った後、祝勝会で浴びるほど呑み、風邪がぶり返してしまってラナちゃんに滅茶苦茶怒られたが、それはまあ良しとしよう。
さて、巨人を倒した後も、僕たちの冒険は続く。
今日も今日とて、元気にアルトヒルンで魔物をしばいてきた。
巨人が闊歩していたせいで麓にたまに姿を見せていたオーガも、今は中腹でしか見かけないようになったし、万々歳といったところだ。
……が、当たり前だが、冒険者の間で僕は噂になってしまった。勇士の肩書が飾りではないこと。上級上位をソロで倒せる実力を持っていること。
これがフローティアの冒険者の間で知れ渡った結果、
「ねえ、アンタ、ヘンリーだろ?」
ジェンドとフェリスの二人に精算を任せ、シリル、ティオとともに教会併設の酒場でドリンクを飲んでいると、フローティアの女冒険者が話しかけてきた。
「……ああ。そういうあんたはウルスラだったか」
「へえ、あたしの名前、知ってるのか。そいつは嬉しいねえ」
一応、フローティアの冒険者は一通り名前くらいは調べているので、彼女の名前も知っている。
絶世の、とはいかずとも中々の美人で、豊かなバストが革鎧を押し上げていた。
「えと、ウルスラさん? なんの御用でしょうか」
「ああ、ごめんねえ、邪魔しちゃって。でも、巨人を倒したっていう勇士の話をちょっと聞きたくなってさ」
「はあ」
シリルの問いかけに、ウルスラは軽く返す。
……っていうか、距離が近い、近い。
それを目にして、むう、とシリルが唸るのが聞こえた。
……はあ。
「特別、話すことなんてないけど」
大体魂胆はわかったので、丁重にお引取り願おう。
「おや、つれない。ちょっとくらいいいじゃないさ。それとも、勇士の武勇伝は代価が必要かい?」
すす、と腕をさすられるが、そのくらいで僕の警戒心が陥落するとは思わないことだ。
「なら用事が終わったら、一杯どうだい? その後も、ね。仲間のあの女は、ジェンドの手付きだろう? こっちの二人はちょいガキっぽいし……溜まってんじゃないか?」
後半は僕にだけ聞こえる小声で、ウルスラが話しかける。
耳に息が吹きかけられて、くすぐったい。
まー、別に悪い気はしないが、
「生憎、呑みに行く気はない。悪いけどな」
「やれやれ。……ああ、これ。私の借りてる部屋の住所。その気になったら、来てくれよ。鍵は開けとくから」
「不用心だから鍵は閉めといたほうが良いんじゃないですかね」
そう告げると、ようやく諦めたのか、ウルスラは肩を竦めて去っていった。
手渡された住所の書かれたメモは、クシャ、と握りつぶしてポケットに仕舞う。後でゴミ箱に捨てとこう。
ウルスラの背中を見送って、シリルが口を開く。
「……もしかしてとは思いますが。あれは逆ナンですか」
「そうだよ」
あっからさまだったよなあ。
「へー、そうなんですかー。ヘンリーさん、おモテになっていいですねー」
「なに、その棒読み」
あー、んー。もしかして、と思わなくもないが、でもこいつ、そういう気がなくても普通にこういう反応しそうだし。
色々ハードルもあるので、気付かないフリしとこう。
「あのな、シリル。ありゃそこまでいいもんじゃない。あの人、僕のお金目当て」
リーガレオでも度々遭遇した手合だ。
今回、僕は巨人九体を倒した。領主様からのクエストの報酬と、ドロップ品の売却で、ドカンとデカイ金が入ってきている。
別にわざわざいくら儲けたか、なんて吹聴はしないが、かなりの金額が僕の懐に入ったことは、教会に出入りする人間であれば大体知っている。
そうなると当然、甘い汁を吸いに群がってくる奴もいる。そして、色仕掛けというのは、これ古今東西一般的なたかり方である。
さっきのウルスラなんか、見込みがないとなればあっさりと諦めたので、全然マシな方だ。……ヒドいのになると、無理矢理体を触らせて、責任取れー、なんて無理筋な主張をするやつもいる。
「……え、そうなんですか」
「そうだよ。まー、あの位なら、一晩付き合う代わりにいい装備かなんかおごれ、って言うくらいかな」
骨までしゃぶり尽くす! とか、そういう気概は感じられなかった。
「そんなんだったら、娼館の方が安いし、後腐れもないからな。娼婦より普通の女がいい、って知り合いはたまに乗っかってたけど、僕はパスだ」
と、言うと、シリルは立ち上がり、つかつかと僕の方に来て、ぺちんと背中を叩いた。
「……未成年のティオちゃんがいる前で、娼婦とかそういうの言うのやめてくれません?」
「はい」
そりゃそうだ。というか、女の前で大声で言う話でもない。
……いや、でもな。注意喚起は必要か。
「シリル、お前もお前でハニトラには気ぃ付けろよ。初心なんだから」
「誰が初心ですか!」
「いや、逆にお前、自分が初心じゃないとでも思ってんの?」
ぐぬぬ、とシリルが唸る。
「な? イケメン冒険者とかにホイホイとおだてられて、サクっと食われたりしないよう注意しろよ」
「食べ? なんの話ですか」
……いかん、こいつ、マジでその辺の機微も教え込んどかないと危なっかしい。
「ヘンリーさん、ご心配なく。私がちゃんと見ていますから」
「……あの、ティオちゃん? 逆……逆じゃない?」
「いえ、逆ではありません」
僕もそう思う。
「安心してください。そんな男がいたら、ちゃんと切り落としますから」
「てぃ、ティオ? なにを切り落とす気なんだ? つーか、いくらなんでも、ナンパくらいでそこまではするなよ?」
「冗談です」
本当かなあ!? 従姉が従姉だけに信用できない!
「おいおい、騒がしいな。どうしたんだよ」
そうこうしていると、ジェンドたちが戻ってくる。
「……ちょっとヘンリーさんが逆ナンされて」
「逆ナ……って、ああ」
ジェンドは察したようだ。この領有数の商会の息子として、似たようなシチュエーションは経験したことがあるのだろう。
「丁度いい。今日は座学といこう。ズバリ、大金を持った時の処世術」
「お金は稼いでいますけど、装備のための貯金であまり自由にできないんですけど」
「私は借金返済が……」
「シリル、フェリスも。他人はそんな事情知ったこっちゃないぞ?」
稼いでいるっぽい、と見たら寄ってくるやつはいくらでもいる。
僕たちは、アルトヒルンで安定して稼ぎつつあるのだ。僕以外のメンバーも、目をつけられているかもしれない。
「ちょっと前、絡んできたあの人達みたいにですね」
ああ。ティオに分け前渡してるとこ見て絡んできたロッゾ達ね。前、丁重にお話したおかげで、今はもう僕らと視線も合わせないが。
「リーガレオだと、もっとタチ悪ぃのがいるからな。色々覚えとけ」
……アゲハとかエッゼさんの知り合いだと知れたら、ちょっかいかける命知らずはそうそう出ないだろうが。特に前者はヤバい。首が飛ぶ。
こんな感じで。
シリルたちへは戦いのことだけでなく、色んな心構えも伝えているのだ。
――大分、こいつらも飛躍してきた。
アルトヒルンでの狩りがマンネリになったら、次はどうしようかねえ。
まあ、まだ気が早いか。




