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第五十二話 魔境攻略

 会議の後、二時間後。

 善は急げとばかりに、諸々の準備を整えた僕はアルトヒルンへと向かっていた。


 いざという時の撤退支援役として、僕のパーティの四人とグウェインさん、ラッドさんが一緒だ。

 ……特にベテランの二人には、うちの仲間が無謀働こうとした時は止めてもらうようよくよく頼んでおいた。ないとは思うが、僕が窮地に陥って、とても助けられそうにない場合。ぶん殴ってでも、みんなを止めておいて欲しいので。


「なあ、ヘンリー」

「ん? どした、ジェンド」

「……疑うようで悪いけど、本当にやれんのか?」


 まあ、やれる、と口で言うだけで信用してもらえれば世話はない。

 別に隠すことでもないし、そろそろ種明かしといこうか。


「じゃあ、ジェンド。お前の見立てじゃ、僕が単騎で挑んだとして、どんな風になると思う?」

「……不意打ちの《強化(ハザク)》込みの投槍で二体、運が良ければ三体倒せる。ヘンリーに気付いた巨人達が向かってきて、間合いに入られるまでにもう一体。一番良くて五体に囲まれたヘンリーは、一体、倒せるかどうかで……負けると思う」


 おう、存外いい感じの予測だ。


「うん、まあまあ正確だな。その前提ならそんなもんだろ。ただ、その条件なら意地でも二匹は道連れにするぞ」

「おい、駄目じゃないか」

「だから、その前提なら、っつったろ。多分、お前ん中じゃ、僕は槍と魔導しか使ってないだろ」


 甚だ心外である。そりゃメインはその二つだが、もっと別に使うものがあるだろうに。


「? ヘンリー。お前もしかして、剣とか、他の武器のほうが得手だったりするのか」

「いやいや違う違う。他にあんだろ」


 もう面倒臭いので、今回持ってきた手提げ袋を広げて見せる。


「そういや、なんかカチャカチャうるさかったが……って、なんだこれ。瓶?」

「おう、各種能力増強ポーションな」


 速度上昇、筋力増強、魔力増強、耐久向上、感覚強化。以上五種のポーションである。

 一度の服用で三十分程効果が続く、極めて強力なドーピング剤だ。《強化(ハザク)》による強化は、言ってしまえば魔力に任せた無理矢理だが、あれより効率がいいし効果時間が長い。


 この手のポーションは体質によって合う、合わないが極端に左右される。合わない人だと、一本飲んだだけで体が動かなくなったりする。

 十種類飲んでも平気へっちゃらなバグのようなやつ程ではないが、僕も適性はかなり高いほうだ。


「そ、それって……すごく高いやつじゃ」

「天の宝物庫由来なら最低でもアンコモン、高品質なやつならレア相当だからな」


 天の宝物庫からの下賜品も、消耗品なら売買が可能なのだが、有用なやつはかなり高値で取引される。

 同じようなポーションを人間の薬師が作る場合も、珍しい素材が必要だから、まあお高い。


「……私の魔導、『ニンゲルの手』にも似たような魔導があるが」

「魔導での強化は大変だろ?」

「ああ。ジェンド用に調整しているが、後何ヶ月かかかりそうだ」


 強化魔導は、かける相手ごとにみっちり調整しないと効果を発揮しない。

 なお、最前線にいた頃は、僕はユーから強化受けていた。フェリスが僕用も覚えてくれれば嬉しいが……まあ、二人分はきっついだろな。


 ……強化魔導とポーションの組み合わせ? 廃人になりたいのかな?


「まあ、ポーション飲んでの強化の他に、こんなのも使う」


 と、腰のポーチを探って、拳より少し小さいくらいの球を取り出す。


「……なんだそれ」

「閃光音響弾」


 魔力を込めて投げると、数秒後に光と音を撒き散らすという使い捨て魔導具である。


「まあ全部使うとは限らないけど。拘束弾、毒薬、煙玉、焔玉に各種回復ポーション……」


 僕のポーチは、『容量拡張』の神器を参考に人が再現した魔導具なのである。

 ただ、まだ技術が追いついていなくて、拡張性は神器とは比べ物にならない。ティオの鞄のように酒樽十個くらい余裕、なんて夢のまた夢で、せいぜいポーチサイズで小さめの手提げ鞄くらいの容量しかない。


 だが、こうやって道具をたくさん使う時は重宝する。ちなみに、僕の装備で一番高価なものである。


 そこまで説明して、ジェンドは得心したようだ。


「……確かに、俺にゃない発想だな」

「今まで使わなかったのもわかるだろ?」


 儲けが減るもん。一応、保険として色々ポーチには詰めていたが、使うまでもない相手ばかりだったし。


 ……僕は、槍も、魔導も、才能はある方だ。しかし、ユーの回復魔導や、アゲハの暗殺技能、エッゼさんのとにかく全部強い、みたいな、ぶっ飛んだ能力は持っていない。

 そんな、凡人ではないが英雄でもない僕が、魔将を討つという目的を果たすため、そりゃあ色んなものに手を出した。


 ……そうして、能力増強ポーションをキメて、各種道具を駆使しながら槍と魔導を振り回す、という僕のスタイルが確立した。


 この全部乗せの状態なら、真正面戦闘ならアゲハには九:一で勝てる。お財布的には完敗だし、暗殺食らったら一撃の自信があるが。

 また、増強状態でやったことはないが、エッゼさんにもそれなりに肉薄できるはず……試したことはないが、きっとできる。できたらいいな……あのオッサン、相手が強ければ強いほどその場で覚醒しそうな凄みがあるんだよなあ……


「ま、ジェンドには多分向かないな。ティオは……」

「私もヘンリーさんと同じで、費用がかさむから使ってないだけで、色々使えますよ?」

「だよね」


 煙玉の作り方とか、僕アゲハに教えてもらったし。市販のより素早く広がるんで、重宝している。


「うーん」

「どうした、シリル」

「いえ、ヘンリーさんが色々使えることはわかりましたが。……怪我とか、しないでくださいね?」

「まー、無傷とはいかんだろうが、努力する」


 さて、と。


 もう少し歩けば、巨人たちが作っている魔境が見えるところまで来る。

 ……頑張るか。
















 遠眼鏡でギリギリ魔境が観察出来る場所に、他のみんなを置いて。

 僕一人、身を隠しながら魔境に近付いた。


 投げ槍が狙えるところまで来る。


 じっ、と観察すると、確かに報告通り、九体の巨人がいた。遠近感が狂いそうな大きさの人型。青みがかった灰色の肌に、白髪。腰には獣の皮を巻き、手持ちの武器は素朴な紐で背負ったりしていて、明らかな知性を感じさせる。

 普通の魔物は、本当に動物のような挙動しかしない。知恵がある、というだけで、巨人の危険度は明らかだ。


 しかし、周りには巨人の他の魔物はいない。……僕たち人間が、猿とかを同じ人間と思わないように、巨人のような知性ある魔物は他の魔物を害獣のように思っている、という説がある。

 そう考えると、前に山の麓でオーガに出くわしたのも、説明がつく。


 ……多分、巨人達がこの中腹に降りてくる前、何度かこの辺りに偵察にきたことがあるのだろう。そん時に、オーガを追い立てた、と考えれば筋が通る。


「……さて、魔境作りに精を出してんな」


 巨人たちは、瘴気を込めた石を地面に打ち付け、周囲をより魔物が生息しやすい環境に作り変えている。

 魔境の作り方は魔物によって違うが、何かしら瘴気を込めた物体を地面に埋めるのはよく見られる形態だ。


 作業に集中していているようで、奇襲には好都合。


 僕は、持ってきた能力増強のポーションを矢継早に飲み干す。

 ポーションに込められた魔力が体中を駆け巡り、体を作り変えていく。


 普段に倍する勢いで魔力が充溢し、世界が広がったかのように感覚が研ぎ澄まされていった。


「耳栓して、っと」


 如意天槍を引き抜き、投げるのに向いた形に変える。

 ……魔境を作るため連中はバラけているが、丁度二体、集まってる。


 さあ、戦闘開始だ。


「《強化(ハザク)》+《強化(ハザク)》+《強化(ハザク)》」


 三重の強化魔導を槍にかける。

 槍が光を灯し、


「эмне!?」

「Кимдир бир」


 向こうも高まる魔力に、何者かの存在を感じ取った。互いに警告し合っているが、まだ僕の場所は割れていない。


 槍を思い切り振り上げ、


「いっけ、オラッァ!」


 ぶん投げた。

 ポーションにより強化された筋力、魔力はその効果を遺憾なく発揮し、流星のように駆け抜けていく。そうして、僕が念を込めると、その穂先を無数に分裂させ、二体、寄り添っている巨人を諸共貫いた。


「……反応早いな」


 さっきの一撃であっさりと僕の位置を看破したらしい。

 巨人たちの視線が、僕の方へ真っ直ぐ向いている。


 ……警戒のレベルを更に一段上げ、仲間をやられて怒りに燃える巨人たちを見据える。

 特にガタイのいい巨人を先頭に、巨人たちがこちらに突進してきていた。


 もう一度、槍を投げて……と考えていると、僕の方に近付かず、佇んでいた巨人が杖を掲げる。


「げっ!?」


 形作られるのは、無数の氷槍。十や二十じゃきかないその氷槍群の穂先は、勿論僕に向かっている。


「Найза муз бий!」


 山が震えるほどの大声を上げた巨人が、杖を振り下ろす。

 それを合図に、氷の槍が僕に殺到してきた。


「こっん、の!」


 普段なら、一本くらいは食らっていたかもしれない。

 しかし、感覚強化のポーションを飲んだ今の僕は、槍の一本一本の軌道が読める。いくら無数にあるとは言え、当たりそうな数はそれほどでもない。


 ……一歩を踏み出し、取り回し重視で片手剣に変えた如意天槍を振るい、槍を叩き落として行く。

 一、二、三……四。四本を剣で弾き、後の槍は躱す。


 氷の槍に触れた如意天槍が、ビキビキと氷に覆われていくが、


「《(イグニス)》」


 こんな副次効果の凍結なんぞ、《(イグニス)》一つで溶かし尽くした。


 ……前衛の巨人は、もうすぐ間合いに入ってくるが、


「《強化(ハザク)》+《強化(ハザク)》+《強化(ハザク)》」


 後ろから魔法を雨あられとかけられては、流石にまずい。大剣を持って駆けてくる方の巨人は無視して、僕は後ろに残った杖使いに向けて、お返しとばかりに如意天槍を投擲した。


 躱そうとしたようだが、生憎とそんな簡単に避けられるような範囲じゃあない。分裂した如意天槍に半身を引き裂かれ、杖使いは絶命。


 如意天槍を引き戻し……ってところで、大剣使いの巨人が大上段に剣を振り上げていた。


 目算十二メートルの巨体から繰り出される唐竹割り。でかいからって、鈍いわけではない。切っ先の速度は、並大抵の武人では見切ることは出来ないだろう。


 ……ま、一応、僕は並大抵ではないつもりなので、横に飛んで躱す。


 大剣に地面が大きく叩かれ、土塊が散らばる。


「っと」


 大剣使いのすぐ後ろにいた槍使いの巨人が、僕の隙を見て突きを繰り出してくる。

 僕も槍で防ぎ……相手の槍を巻き込むようにして、思い切りカチ上げた。身体強化に、ポーションで強化された筋力。相手の槍は、槍使いの手から離れ、空中に弾き飛ばされる。


 武器がなくなった槍使いの足元へ、僕は素早く駆け寄る。槍使いがキックで迎撃しようとしてくるが、ひょいと避けながらその踵を槍で射抜く。


「ооруткан!?」

「そっちの足も!」


 右足の踵に次いで、左足のアキレス腱を断ち切る。

 たまらず、槍使いは体勢を崩し、


「《強化(ハザク)》+《強化(ハザク)》+《(イグニス)》+《投射(ヴェロス)》!」


 その顔面に向けて、僕は炎の矢を打ち放った。

 頭部が炎上し、槍使いがのたうち回る。


 ……これで倒せはしないかもしれないが、しばらくは無力化できた。


 その間に、僕はポーチをまさぐり、


「プレゼント、だ!」


 ジェンドにも見せた閃光音響弾を、ひょい、と真上に投げた。


 ……僕を取り囲もうとしていた、残りの巨人五体は、投げたその物体を思わず視線で追い、


 タイミングを見計らって、僕は目を閉じる。


 カッ、と。瞼の上からでも目を焼くような閃光が弾けた。同時に起こった爆裂音も、耳栓してなきゃ鼓膜破れてる。


 目を開けると、全巨人が閃光と爆音にやられ、体を丸めていた。閃光音響弾の光は、魔物には特別効くよう、浄化の魔力で編まれている。効果は抜群だ。

 あのまま取り囲まれていたら嬲り殺しにされていたが、そうは問屋がおろさない。


 ……巨人程の魔物だと、十秒もすれば立ち直ってくるが、そんだけあれば、


「ふっ」


 渾身の突撃(チャージ)で、一番体格が良く、リーダーっぽい大剣使いの首を貫く。その巨体が崩れ落ちる前に、そいつを足場にして飛び、手近にいた斧使いの心臓を抉った。


 これで二体。


 よし、もう一体くらい……と、考えていたら、横合いにいたもう一人の大剣使いがいち早く立ち直り、こちらに剣の切っ先を向けてきた。剣に纏わりつくように、数え切れないほどの氷の礫が浮遊しており、


「Муз ок!!」


 その礫が、僕に向かって放たれた。

 射程は短いが、とても避けきれない範囲で、小さな弾が面で圧するようにして向かってくる。


 ……流石に、避けられない。顔面を腕でガードし、体を小さく丸めて被弾面積を減らす。


「っっ、ぐ、っう」


 ガガガガ、と全身を打ちのめす氷弾にうめき声を上げた。

 衝撃に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。


 ……全身、じんじんと痛むが、幸いにして大怪我というわけではない。耐久向上のポーション飲んでなかったら、どっかの骨に罅くらい入ってたかもだが、せいぜいが打ち身といったところ。


 すぐに立ち上がり、閃光音響弾から立ち直った残り三体と向き合う。

 炎の矢をかました槍使いは倒れて動く気配がない。どうやらあれで倒せたらしい。あいつは若い個体だったか。


「жакын эмес」

「Алыстан Ак кол」


 残った連中は僕を警戒し、先程と同じ魔法で打ち据えるつもりらしい。何事か相談した後、三方からそれぞれ魔法を使おうと構えている。

 一発、二発食らっても平気だが、流石に延々と叩きつけられたらどうしようもない。負ける。


 なので、ポーチから次なるアイテムを取り出した。


 ……おー、おー。警戒しとる。さっきの閃光音響弾がよほど効いたらしい。

 でも残念。


「よっ」


 今度の弾は煙玉だ。

 地面に叩きつけると、白煙が素早く広がり、僕の姿を消す。……どころか、離れていた巨人のところまで、一気に煙は広がった。


「Муз ок!」


 魔法が放たれる気配がするが、構わず僕は煙が広がる前に見えていた位置に向けて走る。

 一旦位置を変えたため、三体がそれぞれ魔法を放っても密度的には全然だ。


「《強化(ハザク)》+《(ティオー)》」


 回復魔導で癒やしながらの突進。

 そうして、さっき僕にカマしてくれた大剣使いのもとに辿り着き、


「!?」

「《強化(ハザク)》」


 今更気付いてももう遅い。

 ごく近距離から、大剣使いの頭部向けて槍を投げる。


 狙い違わず、如意天槍がその頭蓋を貫いた。


「っし」


 槍を引き戻し、もう一体、槌使いの方へ向かう。

 その辺りで煙が晴れるが、もう僕は投げのモーションに入ってる。


 槌使いが慌てて距離を取ろうとするが、遅えよ。


 狙いやすい土手っ腹に向けて、全力の投擲。分裂した如意天槍は、槌使いの腹部をことごとく貫き、その体を上下に分断する。


 ――これで、残り一体。


 振り向いて、最後に残った片手剣使いに向き直る。

 若干の怯えが見て取れるが、悪いが見逃すわけにはいかない。


 かなり魔力と体力使ったので、ポーチから取り出した魔力回復とスタミナポーションを飲み干し、改めて槍を構えた。


「……いくぞ」





 ――戦闘時間、五分と少し。


 巨人の魔境、攻略完了である。

とりあえず、色んなものに手を出した結果、こんな感じになったヘンリーです。立ち回りミスったら、負けるけど、そういうミスはしないよう鍛えてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 知恵と力を駆使して邪悪な巨人たちを倒してゆく、神話の英雄みたいですね。
[良い点] ヘンリーかっこいい! さすがずっと前線でやってただけのことはある。 手札が多いほど使いこなして強くなるタイプというのかな、好き
[良い点] 経験値の多さを活かした戦闘。 取れる手段全て使っていく感じの戦闘は読んでいて楽しいです。 [気になる点] 万全な準備が出来ない中での魔境攻略があったのか気になります。 あといずれ明かされ…
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