第五十話 急変
アルトヒルン中腹の初冒険から、約一ヶ月。
実力不足を痛感したジェンドたちは、高いモチベーションを発揮し、これまでに倍する勢いでの成長を見せた。
……というか、今まで戦ってきた相手は、元々こいつらの地力からすると格下の相手ばかりだった。
ようやく、自分の実力の発揮の仕方を覚えてきた、と言う方がより正確な表現かもしれない。
勿論、完全に安全安心な冒険などというものは存在しないが、怪我を負うにしてもちゃんとリカバリ出来るよう退避したり、仲間がすぐ反撃に移れるよう測っていたりする。
最近、僕は意図的に連中へのフォローを減らしているのだが、特に支障はない。
この分だと、後一年――もう十一ヶ月は待たないと安心して最前線に送れない、という僕の想定は、大幅に裏切られそうだ。
と、いう具合に、今は我らがパーティにとっては重要な時期なわけなのだが、
「風邪ですか。具合はどうです?」
「……しんどい」
見舞いに来たシリルの心配の言葉に、僕は自分でも分かるほど枯れた声で返事をした。
昨日から、なんか体がダルいし喉が痛いなー、と思っていたら。
……翌朝、僕は見事に熱を出していた。
アルトヒルンと夏のフローティアという寒暖差の大きい場所を頻繁に行き来しているのだから、そのうち体調崩すやつが出るとは思っていたが……
「意外だな。ヘンリーが一番にぶっ倒れるなんて」
「……それだよ、なんで僕が一番なんだ」
一応、体力は一番あるはずなんだが。
「そりゃ不摂生をしているからですよ。まったく。……はい、お父さんに言ってミルク粥作ってもらいましたから」
冒険の朝にも関わらず起きてこない僕を心配してくれ、一番に起き上がれない僕を発見してくれたラナちゃんが、お盆にオートミールの粥を乗せて持ってきてくれた。
関係各所への連絡をしてくれたことといい、頭が上がらない。
「ラナ。ヘンリーさんの不摂生とは?」
「そりゃ色々ですよ、色々。寝る時間は不定期だし、食べ過ぎるし、お酒も呑み過ぎるし。それなのに毎日ハードワークの訓練するし。冒険の前の日はちゃんとしていますけど」
「ヘンリーさん。一応医術を嗜むものとして警告するよ。……節度を持つように」
「……はい」
フェリスの言葉に、僕はがっくりと項垂れるように頷いた。
いかんね、フローティアの生活に本格的に慣れてきて、ちょっと気が抜けていた。ラナちゃんの言うことにも心当たりがある。
うむ。反省しよう。ヘンリー反省。
「……でも、ヘンリーさんがダウンしていますけど、今日の冒険どうしましょう?」
「一旦、中止にしてもいいと思うが」
フェリスは中止を提案するが、そこにジェンドが口を挟んだ。
「いや、そろそろ俺たちだけでも行けるんじゃないか? 将来、最前線行く時、ヘンリーは来ないんだろ。そろそろ、この四人での戦いにも慣れるべきじゃないか」
「一理あります。私も、アルトヒルンの地形は大体把握しました。何かあっても、撤退はできます」
ジェンドが強気に言い、ティオがそれを支持する。
「ヘンリーさんはどう思います? 私達だけでも大丈夫そうでしょうか?」
「あー、そうだな……」
うーむー、実際、それだけの実力や経験は付いたと思うが。
一縷の懸念が、ないでもない。しかし、こんな九分九厘杞憂に終わるような心配で引き止めるくらいなら、そもそも冒険者なんぞ続けさせない方が良い。
「……問題はないと思うけどな。いつもより用心はしろよ」
「ああ、勿論だ」
なら、いいか。
というか、話していて急激にダルくなってきた。風邪なんて久し振りだもんなあ……
「悪い、僕、飯食ったら寝るわ」
「ああ、体調悪いとこに押しかけて悪かったな。じゃ、俺達は行ってくる」
「いってらっしゃい」
ジェンド達を見送る。
そうして、僕は程よく冷めたミルク粥を啜った。
「食べ終わったら、食器は置いといてくれればいいですから。ヘンリーさん、ちゃんと休んでくださいね」
「ああ、勿論。ラナちゃん、面倒かけてごめん」
「いえいえ。もう大分滞在して、宿泊費以外にもたくさん飲み食いしてもらって、随分お金を落としてもらっていますから」
そこ、素直に言っちゃう?
……まあ、普通の客には言わんだろうが。随分、気を許されている感じはする。
「お薬とかいりますか?」
「あー、大丈夫。今までの経験上、このくらいは飯食って一日寝てりゃ治る」
そうですか、とラナちゃんは言って、ぱたぱたと部屋を出ていった。
もう一匙、ミルク粥を。
……あー、沁みる。じんわり優しい味。細かく刻まれた野菜がたっぷり入っており、栄養バランス的にも良さそうだ。
僕は、体調が悪くても食欲が落ちることは殆どない。
すぐに食べ終え、食器をサイドテーブルに置く。
んで、シーツをかぶって目を閉じた。
「あいつら、大丈夫かなあ」
眠気が来るまで、冒険にでかけたシリルたちのことを考える。
いや、なにもなければいい。普段通りの敵しか出ないのであれば、多少怪我をすることはあっても、無事帰ってくるだろう。
ただ、心配なのは想定外の事態に直面した時のことだ。
今まで、その辺りのことは、僕が大体先回りして対応していた。……それだけに、シリルたちの、突発的な事態に対する対処力、ってやつを磨く機会を奪ってしまった感がある。
後は、そう。ベテランの僕がいるからこそ、いざというときのことをある程度度外視して冒険していたという面もある。そのため、安全マージンの取り方がザルになっているかもしれない。
……そういう、悪い考えばかりが浮かんでくる。
「いかん、いかん」
体調が悪いせいだな。間違いない。
実際、客観的に見て、アルトヒルン中腹はあいつらにとっては適正な狩場だ。僕を除いたとしてもだ。
……無用な心配は、あいつらを侮っていることになる。
僕は思考を切り捨て、睡魔に任せて眠りに落ちるのだった。
「……ん、んー。ふぁ」
自然と目が覚める。
太陽の傾きからして、今はお昼時をやや過ぎた辺りか。
……体調は、
「お、いい感じだ」
手を握り、開く。
まだ気怠い感じはあるが、これはまあ当然っちゃ当然。
自分の額に手を当てても、熱っぽい感じがない。大体治ったか。夕方くらいには完全復活する感じだな。
寝汗でびっちょりの服をちゃっちゃと着替え、階下に降りる。
熊の酒樽亭のランチタイムも、そろそろ終わりに近い。その前に飯を調達するのだ。風邪から立ち直るために頑張った体は、ぐう~、という腹の音で、はよなんか食わせろと力強い主張をしてくる。
食堂に降りてみると、席は半分くらい空いていた。どこに座ろうか、と悩んでいると、ラナちゃんが僕のことを見つけた。
「あれ? ヘンリーさん、もう起きて大丈夫なんですか?」
「うん、大分良くなった。今日のランチはなにかな」
「特製シチューとサラダですけど」
丁度良く、消化に良さそうなメニューだ。
「じゃ、それ頂戴。大盛り、パンも多めで」
「わかりました」
ひとまず飯を食って……まあ、まだダルいし、もう少し寝ておくかね。
素早く出てきたランチを食べながら、僕はそんな算段を立て、
……と、そこで、熊の酒樽亭のドアが勢いよく開いた。
バーン、と大きな音。思わずそちらに視線を向けると、冒険者パーティ『銀の牙』のリーダー、ラッドさんがいた。
食堂を見渡し、僕を発見するとズカズカとこちらに向かって歩いてくる。
「ヘンリー、大変なことが起こった。落ち着いて聞け」
「ら、ラッドさん? どうかしましたか」
普段はどこか飄々とした態度を崩さないラッドさんが、怖いくらいに真剣だ。
……不吉な予感がする。ゴクリ、と知らず喉が鳴った。
「お前んとこのパーティが、上級の魔物と出くわした。生きて帰っちゃきたが、全員重傷だ。今、教会の病院で治療中――」
ダッ、と。
僕は話を聞くなり、駆け出した。
「大丈夫かっ!?」
グランディス教会の隣には、冒険者向けの病院が併設されている。
治癒士はいないが、外傷に関しては腕のいい医者が常駐しており、冒険で怪我を負った時はここの世話になることが多い。
「……やあ、ヘンリーさん。心配を掛けて、悪かったね」
案内された病室には、青い顔をしているフェリスがジェンドの治療をしていた。
ジェンドは、腹がブチ抜かれていた。凄惨な傷口は、リーガレオでは見慣れたものだったが、こちらでは初めて見る。
しかし、しっかりと呼吸をしており、命の危険は脱しているようだ。フェリスの魔導で、徐々に傷も塞がっている。
「シリルとティオは……いた」
ベッドで寝息を立てている。シリルの方はかすかに見える肩口に包帯が巻かれていた。ティオは見た目からは傷は見えないが、少し寝苦しそうにしている。
「……悪いが、ジェンドの傷の方が重傷だったんでね。中級の治癒のポーションで止血だけして、後回しにさせてもらっている」
「フェリス。お前はどうなんだ? 顔色悪いけど……」
「平気さ。治癒魔導を使う私自身は真っ先に治した。顔色が悪いのは、魔力不足。撤退する前も、散々魔導を使ったから」
聞いて、僕はいつも身に付けているポーチを探る。
……あった。
「魔力回復のポーションだ。飲んどけ」
「魔力を回復させるポーションは高価なものなんじゃ。……いや、ありがたく飲ませてもらおう」
確かに、結構なお値段のするものだが、傷ついた仲間のためであれば惜しくはない。
怪我は先に治したとは言っても、フェリスも随分憔悴している。せめて魔力だけでも回復してもらわないと。
「……ふう」
ひとまず、全員命に別条はないようで、そこは一安心だ。
色々と確認しないといけないことはあるが、それは後回しにしよう。
「……あ、ヘンリーさん?」
「シリル、目ぇ覚めたか」
「……風邪はー、どうしたんですー?」
あ、こいつまだ意識朦朧としてやがる。そこで風邪のこと聞くのかよ。
「ああ、ゆっくり休ませてもらったから、もう治った。今は自分のこと考えてろ」
「……はーい」
くしゃくしゃと頭を撫でてやると、シリルは目を閉じて、再度寝入った。
……さて。
ラッドさんは、こいつらが上級の魔物に襲われたと言っていた。
まあ、魔物を退治しまくっている冒険者が言えた義理ではないかもしれないが、それはそれとして。
……落とし前は、付けないとな。
こういう繋ぎの回のお話は、ちょっと筆が重くなりますね……




