第五話 シリルの魔法と冒険への出発
魔力とは、誰しも体の中に持っている力だ。
これが自然界にある、魔性を帯びた魔力……瘴気になれば、魔物が発生する原因となるが、力そのものは邪悪なものではない。
で、戦いを生業にする人はそのほとんどがこの魔力を戦闘に生かしている。
魔力を体に巡らせての身体強化は基本中の基本だ。
……しかしこの魔力、体の外に出すのが酷く難しい。
なにもしない場合、接触している道具に宿らせたり、纏わせたりするのが限界なのだ。
これを体の外に出し、運用する技術は大きく分けて二つ。魔法と魔導である。
どっちも魔力を使って現象を起こす技術であるが、その実態はかなり違う。
魔導には、おおよそ三つの要素が必要だ。
燃料である魔力、魔力を導き特定の形にする術式、そして魔導を使うものの意思。
魔法は二つ。
燃料である魔力、魔法を使うものの意思。
――魔法には術式が不要なのである。正確に言うと、意思の中に術式が含まれている……と言うのが一般的な見解だ。
で、これで何が違ってくるかと言うと、まず威力が違う。
魔導の場合、術式一つに込められる魔力の上限は決まっている。クロシード式なら、《火》の術式一つに込められる魔力は上限が決まりきっている。
……だから色々組み合わせることで、複雑、かつ強力にできるのだが、僕の場合だと術式は五つ組み合わせるのが精一杯で、魔導の威力もそれに込められる魔力が上限だ。
一方、魔法。
意思という、形のないものに込められる魔力って? ……無制限だってさ。
「それじゃあ、実演いっきますよー」
と、訓練場の中心で、シリルが杖を掲げる。
「やるのはいいけど、ちゃんと出す場所は考えろよ! 前、訓練用の木剣とか全部ダメにしちゃったの、覚えてるよな!」
「だ、大丈夫です。あれは反省しました。シリルさんは同じ失敗を二度する女ではありません」
んなことやってたのか……
ジェンドの注意に、シリルは居住まいを正して、杖を構え、
「~~♪ ~~~♪」
歌い出した。
……え? は?
呆気に取られるが、それも一瞬だ。
歌い始めたシリルの体からは、そういうのに鈍い僕ですらはっきりと分かるほど膨大な魔力が渦巻き始めている。
その魔力は上空に立ち昇り、やがて形をなす。
十数秒程の歌が終わる頃には、二メートルほどの灼熱の塊がひーふーの……十五個、形成されていた。
しかも、一個一個の熱量も、僕のちゃちな魔導なんぞ比べ物にならない。あれ一個で大型モンスター一匹焼き滅ぼせそうだ。
ふぅ、とシリルが一つ息をつく。そうして、キッ、と目を開き、杖を前に差し出す。
「いきます! 『メテオフレア』!」
そう叫ぶとともに、火の弾は地面に殺到する。正確にコントロールは出来ているのか、全ての弾が集約してなにもない地面を叩き……うお、地面が溶けやがった。
すぐに冷やされて固まっていくが、やばい。
「ふっ、どうでしょうか。二人に合わせて火でやってみましたが」
「いや、うん……すごいな、シリル」
ていうか、明らかにこの街じゃ過剰火力なような……
「そうでしょう、そうでしょう。もっと褒めてくれて構いませんよ? 私は褒められて伸びるタイプなので」
「自分で言うな。それに、魔法使う時、注目は集めるわ無防備になるわで、前衛いないと使えないんだから」
「はいはい。ジェンドには感謝してますよー」
魔法は自分の意思のみで魔力を導く。そのため、ある種の精神的な適性のようなものが必要不可欠だ。
そして、適性があっても、素の状態で魔法を使える魔法使いはあまりいない。
何かしらの形で意識をスイッチさせる……らしい。僕は魔法使えないからよくわからんが。
それは例えば、シリルのように歌だったり、舞だったり、詩を詠んだり、やべぇ流派では薬物ぶっこんだり。噂では、他にも色々やり方はあるらしい。
「まあ、ともあれ。改めて自己紹介します。エンデ流魔法道、シリルです」
「エンデ流ねえ」
聞いたことない。まあ、魔法使いの数はすごく少ないから、その流派もあまり知られてないが。
「魔法は大体あのくらいの時間が必要なんだよな?」
「いえいえ。魔力が沢山必要ならその分時間がかかりますが、牽制程度ならハミング一つで」
そういうものなのか……
意識の切り替えのための歌なんだから、どんな威力でもそれなりに時間が必要そうなもんだが。
いや、素人考えはやめとこう。魔法については、個人個人の感覚の違いもでかいらしいので、出来るというのであれば出来るのだろう。
「ちなみに、十分くらい歌えば、この街全部とはいかないまでも、それなりの範囲を壊せると踏んでいます」
「怖い想像するなよ」
「だって、街一つ燃やせる人がいるって、ヘンリーさんが」
初日の話題か。負けませんよ、とか言ってたが、結構ガチで対抗心燃やしているらしい。
「で、一通り出来ることの紹介は終わったわけだけど、どうするんだ?」
「ああ、まずは話し合いだな。どうやって動くか、基本的なところを決める。あまりガチガチに決めてもあれだけど、ある程度決めとくと咄嗟の時動けたりするから」
僕が加わることで、いつもと違う動きになるからな。
「まあ、基本的には僕が二人に合わせるよ。臨時で組むことよくあったし、遠近両方対応できるから」
器用貧乏と言い換えても良い。シチュエーションによって前に出たり後ろに回ったりする便利屋として動くことが僕は多かった。
「はいはい! 私はそろそろ実戦でデカイ魔法ぶっ放したいです!」
デカイ魔法……
「ちなみにジェンド。二人が狩ってたのはキラードッグだったよな」
「一度だけ俺らのいるとこにはぐれてきたワイルドベアと戦ったこともあるけど、メインターゲットはそうだ」
……うん。
「どう考えてもオーバーキルだからやめとこうな、シリル」
「えー。むう、仕方ないですねえ」
シリルはむくれているが、わかっちゃいるのだろう。
大きい魔法は、二人が成長して強大な魔物と戦うときのために取っておけばいい。
さて、どういうフォーメーションでいくかな……
「と、いうわけで出発進行です!」
翌日。朝から集まった僕たち三人は、東にある森に向けて歩き始めた。
森近くになるまで魔物はほぼ出ないらしい。仮に現れたとしても見晴らしのいい平野なので、気付かないってことはないだろう。
のんびりと雑談などしながら歩く。
「そういやあ、二人とも何歳なんだ?」
「あ、私もジェンドも十六で同い年です」
「一応、このアルヴィニア王国だと十六で成人だからな。それまでは冒険者やるの、家族から止められてて……俺はもっと早くなりたかったのに」
「ちなみに、私のほうが二月ほどお姉さんです」
大して変わらないだろ、とジェンドが突っ込む。
「私の方もですね。冒険者になりたかったことはなりたかったんですが、魔法使い一人は流石にご領主様にも止められてて」
「……領主様とどういう関係なんだ、おい」
「前も言いましたが秘密です。で、ジェンドが一緒に冒険者やれるようになって、やっと認めてもらえたってわけなんです」
まあ確かに、保護者的な立場から見て、シリルを冒険者として一人送り出せるかというと、絶対的にノーである。
「二人は付き合い長いのか?」
「幼馴染……ですかねー。十年前、この領地にやって来た頃からの付き合いですし」
「まあな。俺の師匠がご領主様の兵士長だから、その関係でよく屋敷には行ってたし」
んで、ジェンドが信用があり、実力もしっかりあるからこそ、ペアであれば冒険に出てもいいとお墨付きが出ているのだろう。
まあ、この国の気風からして、成人した人間の行動を縛るのはあまりいい顔をされない、ってのもあるのだろうが。
三大国の一つ、ヴァルサルディ帝国辺りだと、割とガッツリ親が子供の進路を決めたりするらしいが。まあ、文化の違いである。
「そういえば、ヘンリー。お前、なんで最前線からこんな辺鄙なとこに来たんだ? 実力不足、ってわけじゃないだろ」
「あー、うん。僕がリーガレオにいたのは、ちょっとした目的があったからでな。一年くらい前にそれ達成して……なんかモチベ下がった」
惰性でしばらくは最前線で戦い続けたが、命を賭ける程の価値を見いだせなくなり……それで引くことにしたのだ。
「勿体ない。勇士なんだから、もっと頑張れば、英雄になれたかもしれないのに」
「なれたかなあ……どうだろうなあ」
曖昧に誤魔化す。英雄連中を見知っている僕としては、あそこまで人間やめたいとは思わないんだ。
「それじゃあ、なんでフローティアを選んだんです? 結構離れてるのに」
「確かに、僕みたいに前線離れる冒険者だって、それなりに稼げるとこに拠点移すのが普通だけどさ」
いや、本当に大した理由ではないのだが、
「丁度、移住考えていた頃に、酒場で歌ってた吟遊詩人がさ。この街のことを歌ってて」
「……まさか、それだけですか」
「い、いやいや。それだけじゃないぞ。そういや、フローティアンエールはここが産地だったよなあ、とか。弱い魔物しかいないとこだったら楽そうだなあとか。ちょっとした強者ムーブができるかも、とか……い、色々。色々だよ」
言い募るごとに、卑小な欲望がダダ漏れになっていた。
い、いいだろ別に。誰に迷惑がかかるわけでもないし。
「うわー、なんかちょっと勇士に対する印象変わりますねー。凄いエリートってイメージだったんですが」
「ちょっと功績立てただけの普通の人間だし、当たり前だろ」
「どうですかジェンド。勇士を目指す人間としては?」
「いや、別に。俺は俺で目指すだけだし」
……なんか先輩として格好悪い姿を見せた気がする。
「……おっと、暴れ兎発見。前方五百メートル程、やや西の草むら、隠れてる」
不自然に草むらが動くのが遠目で見えた。一瞬見えた白い毛玉のようなもの。周囲の魔物分布からして、十中八九暴れ兎だ。
基本的な攻撃は体当たり。子供ならともかく、普通の成人であれば堪えられる程度の威力。ただし、あわや転んで首辺りに牙を受けたら危ないのでそこだけ注意。
まあ、戦士系なら素の強化で弾ける程度の咬合力だから、初心者向けの魔物の中でも、最弱の部類の魔物だ。
「本当ですか? よく見つけましたね」
「専属がいない時は、斥候もやってたからな」
雑談をしていても、これくらいは目を配っている。
「……ま、襲ってくるようなら返り討ち、逃げるようなら無視でいいよな?」
「そうですねー」
「大した功績点にもならないしな」
そう決めた僕たちのことを知ってか知らずか。あるいは、『たとえか弱くとも我らが一分の魂を見せつけてくれるっ』、とでも思ったのか。
草むらから襲いかかってきた暴れ兎三匹は、僕が槍で二匹、ジェンドが一匹を倒した。
まあ、トラブルはそれくらいで。
しばらく歩いて、僕たちは目的の森に到着したのだった。




