第四十九話 負傷
「ヘンリーさん、この地図、よく出来ていますよ」
「おう、そっか」
アルトヒルンの登山道……というか、単にラッドさんやグウェインさんのパーティがよく通るため踏み固められただけの道を僕たちは歩いている。
麓から中腹へ向かう途中、ティオは僕が写させてもらった地図と実際の地形を見比べ、そう評していた。
「少し道を外れて見ましたけど、ほぼ地図通りでした。少し修正はしましたが」
「ああ、修正した箇所は後でまとめて教えてくれ。銀の牙とグローランスにも情報共有する約束だから」
「了解しました」
勿論、向こうが地図の修正箇所を見つけたらそちらも共有してもらう。強い力を持つ魔物が生息する場所だと、地形が変わることも珍しくないので、そうやって更新していき精度を上げるのだ。
「採取とかしていい範囲はちょっと遠いんですよね?」
シリルがティオの持つ地図を横から見て、少し口を尖らせる。
この前の打ち合わせで教えてもらった植物の群生地や鉱石の取れる場所は、山の裏の方に回る必要がある。
「しゃあない。そこは先達を立てないと。それに、遠いけど効率いい採取場所を教えてもらったからな」
「そうですけどー」
「……向こうは男所帯らしいし、お前がちょいとサービスでもしてやりゃ、もしかしたら便宜を図ってもらえるかもしれんぞ」
バチーン、と背中を叩かれた。なお、冒険中の僕の服は丈夫な戦闘服なので、シリル程度の張り手なんぞまるでそよ風である。
「なんだよ、いきなり」
聞くと、顔を真っ赤にしてシリルが抗議してきた。
「さ、さささ、サービスって!? 何を考えているんですか、ヘンリーさん!」
「……酒の酌でもしてやれば、ってくらいの意味だったんだけど」
「~~~~~~っっっ、ふん! 叩いてごめんなさいでした!」
謝れるのは褒めてやるが……一体どういう勘違いをしているというのか。おぼこにそんな真似をさせるほど僕が鬼畜に見えるのか?
「ったく。ヘンリーも、相手はシリルなんだから言葉を選べよ」
「それは正直スマンかった」
「ええい、うるさいですよ、ジェンド!」
わいわいと騒ぎながらの移動だが、全員気を完全に抜いていないことは歩き方や視線の配り方でわかる。
……うーん、そろそろ教えることが少なくなってきて、僕ちょっと寂しい。
そうして歩いて、もうすぐ中腹と言えるであろう場所辺り、
「おいでなすったな」
騒いでいた声に惹かれたのか、のそり、とフロストオーガさんが姿を表した。
都合三匹。
それだけでなく、アイスボアが五匹、雪狼が十ちょっと、雪玉に透明な羽の生えたような容姿の魔物、スノーフェアリーが三体。
普通の魔物の場合、違う種で群れるということは少ない。しかし、属性が近しいということは、お互い近くにいて心地いいってことなので、実は属性瘴気領域はこうやっていろんな魔物が群れていることがよくある。
ラッドさんにも、口酸っぱくして注意された。
「来るぞ!」
叫ぶ。
駆け出してくる魔物たちを、僕たちは迎え撃った。
オーガ三匹はちと多すぎなので、接敵される前に投槍で一匹潰したが、その後は割と乱戦となり、なかなか狙う機会がない。
「ジェンド! そっちはなんとかしろよ!」
「わかってる!」
僕の受け持ち、オーガ一匹、雪狼全部、アイスボア二匹。
オーガとアイスボアの残りをジェンドが引き受けていた。
空を飛べるスノーフェアリーは僕たちをスルーして後衛に向かい、氷の矢を放っていた。
一部の魔物は、魔力をそのまま放出するだけでなく、こうやって魔法を使ってくる。
……まあ勿論、盾持ちのフェリスがそんな攻撃は通さないのだが。
「……ヒュ!」
「『ファイアアロー』!」
そして反撃の、ティオの矢とシリルの火の矢がスノーフェアリーを一匹ずつ仕留める。残った一匹が必死で反撃しているが、あっちはもう大丈夫だろう。
浮遊する、飛び道具を使う、の二点で中級下位に認定されている魔物だが、それ以外は下級と大差ない。
「ぐあぁぁぁっっ!?」
「ジェンド!?」
襲いかかってくる魔物を捌きながら、後衛の様子を窺っていると、ジェンドの大きな悲鳴が上がった。
慌ててそちらを見ると、フロストオーガが魔氷の槌を振り抜いており、ジェンドが山肌に叩きつけられている。
致命傷ではないようだが、同時に叩きつけられた氷の魔力のせいでジェンドの体は半ば凍りつき始めており、身動きが取れていない。
「チッ! 《強化》」
舌打ち一つ。強化の魔導で僕は自分の体を強化し、同時に如意天槍を伸長。大振りに周りを薙ぎ払い、僕の相手であるオーガと雪狼を薙ぎ払った。
パワーを使った割には雑な攻撃で、雪狼を一匹仕留めただけだが、これで距離が取れた。
ジェンドを吹き飛ばしたオーガが追撃に走ろうとしているので、走って接近する。
……くそっ、角度が悪い。槍投げで済ませようとしたら、僕から見てオーガの向こうにいるジェンドに当たるかもしれん。
「ヘンリーさん、援護します!」
ティオが魔弓ソウルシューターを引き絞り、矢に強力な魔力を込める。
ティオはシリル程ぶっ飛んだ魔力量を持っていないので安易に連発はできないが、神器である魔弓の持つ『魔力装纏』の能力。普段の何倍のもの魔力の込められた矢は、光り輝きながら放たれ、オーガめがけて疾走する。
「ガァッ!」
当然、それに気付いたオーガは槌で迎撃しようとする。
……しかし、極光の矢は逆に槌を弾き、軌道をやや逸らしながらもオーガの肩口を抉った。
っしゃっ、ジェンドが攻撃されるまでに間に合わないかと思ったが、間に合う!
「こっちだ、オラァ!」
大声を上げ、こちらに注意を向かせる。ジェンドが相手していたアイスボアもこっちに来るが、あんなん無視だ無視。
僕は真正面からオーガに突撃する。
ティオの矢で、肩に大きなダメージを喰らいながらも、そこはタフさに定評のあるオーガ。問題なく槌を振り上げ、迎撃の姿勢だ。
真っ直ぐ突っ込んでくる僕を真上から叩き潰そうと、魔氷の槌が振り下ろされ、
「……シッ!」
半身になって躱しながらの片手突きをオーガの胸に食らわせる。
オーガの汚い悲鳴が上がるが、この程度じゃ死にゃしない。槍を引き抜きつつ、半回転。その間に如意天槍の形状を片手剣に。回転の勢いで踏み込み、少し下がったオーガの首を断ち切った。
……うん、邪道じゃあるんだが、遠近自在に武器の間合いを変化させられるのは、こうして柔軟な戦い方が出来るのである。
「おい、ジェンド、無事か!?」
なんか氷像になってしまっているジェンドに呼びかける。
……いかん、魔力感じるから生きてるが、窒息するぞあれ。
「ぉぉ、おおおおおおおおおおお!!」
が、いらぬ心配だった。気合一つ、ジェンドは文字通り炎を吹き上げ、自らを拘束する氷の檻を一瞬で溶かす。
火神一刀流の応用だろうが……見た目熱苦しい。
「がはっ」
んで、ジェンドが血反吐を吐く。
鎧に守られて大分ダメージは減らしたようだが、オーガの一撃が直撃だもんな……鎧なかったら、死にはしないまでももっと大怪我だっただろう。
「フェリーーース! ジェンドが怪我!」
「わかってる! でも、シリルたちのガードは!?」
「僕がやる! そっち行くから準備しててくれ!」
こっちにやって来る生き残りのオーガと雪狼。フェリスが守る二人の方へは、アイスボア。
ふん。
「……『ブライトフラッド』!」
案の定、歌ってたシリルの魔法ブッパで全部倒された。残ってたスノーフェアリーも、とっくに倒されてる。
残りは今こっちに向かってるオーガと雪狼。
「ジェンド、動けるか?」
「当たり前だ。全然、余裕だぜ」
「足ガクガクしてっぞ。まあいい、フェリスんとこまで走るぞ!」
……まだオーガと他の魔物同時に相手は厳しかったか。
気合で走るジェンドを見て、僕はちょっと失敗を悟る。
「《強化》+《強化》+《拘束》+《投射》……三射!」
強化二重がけの拘束の魔導を三つ放つ。
強固な鎖の投網のように三本が絡み合い、こちらにやってくる魔物たちを足止めした。
二匹ほど抜け出た雪狼は、後ろで見ていたティオの矢が貫く。
……と、足止めしたところで、フェリスの元へ到着。
「まず、怪我を見せてくれ」
「ああ」
僕の《癒》のような応急処置程度ならばともかく、高度な治癒魔導は繊細だ。ちゃんと怪我の具合を確かめて、適切に魔導を運用しないと失敗となってしまう。
ジェンドが鎧を脱ぐのをフェリスが手伝っているのを尻目に、僕はようやく拘束から抜け出てきた魔物を待ち構えた。
……が、こんだけ時間がかかると、
「皆さん、ちょっと熱いですよ! 『メテオフレア』!」
シリルの火炎球の魔法が完成し、こっちにやってくる飛んで火にいるなんとやら共を焼き滅ぼす。
うーわ、タフなオーガも問答無用だよ。怖ええ。
その後、伏兵が来るでもなく。
……まあ、ちょいと失敗したが、魔物の討伐は無事に終わるのだった。
「悪ぃ、油断……じゃないな。俺の実力不足だ」
「んにゃ、僕の判断も悪かった。オーガクラスと戦うの、まだ二回目だもんな。もちっと僕の方で引き付けとくべきだった」
「そんなに抱えて大丈夫……だよな、お前の場合」
あの後は、軽く周囲の地形の確認だけ済ませて帰還した。
まだ続けられることは続けられたが、無理をする場面でもない。
それに、初めての重傷者が出たのだ。フェリスという治癒士がいることでその場で治ったとは言え、全員、メンタルにダメージが、
「ああ、ジェンド。怪我は治ったが、血と肉の補充は必要だ。ちゃんと食べなさい」
「ええい、やめろよフェリス。お前は俺のお袋か」
「ん? お袋に、私をしてくれるんだろう?」
「~~~~~~!」
イチャつくな! ていうか、フェリスが案外攻めてるのね、この二人の関係!
「はあ、冒険の後はやっぱり甘いものですね」
「……シリルさんは子供ですね。やはり、冒険の後は酒。これが鉄板ですよ」
「もう、まだ成人してないのにお酒の味なんて覚えちゃって」
シュークリームをパクついているシリルに、リシュウ産はショウチュウとやらを傾けているティオ。
……なんか最近、ティオもよく酒呑むようになったんだよね。うむむ、これまでちょこちょこ呑ませ過ぎたか。
一応、法律で禁じられちゃいないが、この国の慣習的に成人前の飲酒はいい顔されないんだが。
……それを言ったら成人前に冒険者やるのも一緒なのだが。
ともあれ。
……こいつら、ジェンドの怪我によるショックなぞ、欠片もないらしい。図太い連中である。
やれやれ、と、安心すると鼻がむずむずしてきた。
「……はっっ、くしょん!」
「もう、遠慮なくくしゃみしちゃって。恥じらいというものがありませんね」
「うるせー」
まあ、寒かったもんな。
今日はあったかくして寝ることにしよう。山の中とは違い、こちらは夏真っ盛りなので寝苦しそうだが。




