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第四十八話 二人のリーダー

 フローティアのとあるバーの一角。

 僕は今日初めて話す相手と、グラスを傾けていた。


 つまみに注文したミックスナッツを一つ口に放り込み、塩気を味わってからウイスキーを一舐めする。

 あまりウイスキーは呑まないのだが、これは風味豊かで美味い。


 目の前の男――冒険者、ラッドさんのオススメの銘柄だった。


「おう、どうだ。美味いだろう?」

「ええ、本当に。もっぱらエール派でしたが、こいつは好きですね」

「ああ。……つーか、グウェインの奴遅えなあ」


 ラッドさんがグラスを手に取りながら、もう一人の待ち合わせ相手のことをボヤく。

 グウェインとは、いつかのカジノの賭け試合でジェンドとやりあってた人だ。あの時は知らなかったが、本職は冒険者らしい。


「今日、冒険に行くって言ってましたからね。なにかトラブルでしょうか」

「いーや、あいつに限ってんなことはないな。多分、単に時間忘れてるだけだ。ったく、俺だけならいいけど、今日はヘンリーもいんのに」


 ラッドさんとグウェインさんは長い付き合いだそうで、その口調は軽い。

 そうして噂をすれば影というか、バーの入口のベルが鳴り、のそっと男臭い顔の巨漢が入店してきた。見覚えのある顔。彼がグウェインさんだ。


 ラッドさんが腕を上げ、グウェインさんを呼ぶ。


 グウェインさんは少し手を上げて待つように合図をすると、なにやら袋をバーのマスターに手渡し、二言、三言話す。


 そうして、ようやっと僕たちが待っていた彼は席にやってきた。


「悪い、冒険に夢中で、時間のことを忘れてた」


 ほれこれだ、とラッドさんが肩をすくめる。


「お前、そういうとこ直せよな」

「わかっている。……ヘンリーさん、すまない」

「いえいえ。冒険に夢中になる気持ちは僕もわかりますから」


 これが二時間、三時間であれば怒るが、遅れた時間は十五分ってところだ。そこまで引っ張ることでもない。


「ああ、すみません、俺も彼らと同じものを」

「かしこまりました」


 店員さんが頷き、素早くウイスキーのロックが運ばれる。


「んじゃま、とりあえず、お疲れ様だ」

「ああ、お疲れ様」

「お疲れさまです」


 すでに僕とラッドさんは呑み始めていたが、改めて乾杯する。チン、とグラスの音が鳴り、僕はもう一度喉を焼くようなアルコールを一口呑む。


「さて、まずは自己紹介といこうか。俺らとヘンリー、互いに名前は知ってるけど、ちゃんと自己紹介したことなかったからな」


 ラッドさんが話を主導してくれる。


「俺はラッド。冒険者パーティ『銀の牙』のリーダーだ。年は三十一。得物は片手剣を使う。魔導はクロシード式」


 冒険者同士の自己紹介って感じだな。自分の簡単なスキルを紹介しておく。もし臨時で組みたいときとか、こういうことが出来るってわかってりゃ声をかけやすいってわけだ。


「グウェインだ。『グローランス』というパーティのリーダーで、ラッドと同い年だ。俺は槍一本、ラインバッハ流だ」


 ラインバッハ流。槍術の流派として超メジャーどころだなあ。

 有名な流派を使っているからその人が即強いとはならないが、沢山の人が研鑽しているからそれだけ技は磨かれている。僕も、知り合いのラインバッハ流使いの動きは大いに参考にさせてもらっていた。


 っとと、自己紹介、自己紹介。


「僕はヘンリーです。二十二歳。パーティ名は付けてませんが、シリル、ジェンド、ティオ、フェリスという四人とパーティ組んでて、リーダーやってます。僕も槍とクロシード式を使うんで、お二人とはちょっとずつ似てますね」


 はは、と愛想笑い。


「ふっ、似ている、か。闘技場で見せてもらった槍捌きからして、俺なんてヘンリーさんには遠く及ばないと思うがな」

「……まあ、一応、これでも勇士ですので」


 真正面から褒められて少し照れくさいが、謙遜するのもなんなので素直に頷いておいた。この稼業、互いの実力をちゃんと把握しておくのは大切なのだ。

 というかあれか。グウェインさんが僕をさん付けすんのはあん時のジェンドとの戦いを見てたからかね。


「闘技場か。グウェインは好きだな、あれ。俺は仕事と訓練以外で剣を振りたくないがね」

「魔物と戦うのとはまた違う緊張感があって、なかなか滾るぞ。先日、このヘンリーさんの仲間のジェンドという若者とやりあったが、あれは熱戦だった。あれでまだ二十歳前だというのだから、末恐ろしい」

「そうかい」


 僕的にはラッドさんに賛成だなあ。ジェンドと戦った時はまあその場のノリとかで参加したが、自分から積極的にやろうとは思わない。


「っと、雑談は後で良いか。今日の用件をさっさと済ませよう」

「そうですね。まず、挨拶が遅れてすみません」

「いや、俺たちも最近ちょっとバタバタしてて掴まらなかっただろうから。気にしないでくれ」


 この二人がリーダーを務めるパーティ、『銀の牙』と『グローランス』は、フローティアで僕たち以外にただ二組、アルトヒルンで狩りをしているパーティである。

 つまり、


「ま、対価はもらうけどな。地図は写させてやるし、アルトヒルンで気をつけるべきこととかも教えてやるよ」

「……採取する植物等についての取り決めもな」

「助かります」


 情報収集兼、いろんなものの調整を今日はしに来たのだ。


 アルトヒルンも、麓ならば領軍がよく間引きのために立ち入っているため、情報は多い。しかし、中腹以上となると、生の情報はこの二人のパーティしか持っていない。……勿論、グランディス教会の資料には過去探索したパーティが収集した情報はあるのだが、実際に探索をしている人の情報に敵うものではない。


 後、アルトヒルンはモノは少ないが、希少な植物や鉱石が点在している。しかし、先に入った彼らとトラブるのはゴメンなので、どこの物であれば取って良いのか、その辺の調整もしたい。


「はい、よろしくお願いします」


 メモを取り出し、二人の話を聞く。


 ……さて、ひとまず一通り終わるまで、酒の追加はなしだな。
















「麓にフロストオーガが? ……そいつはちと妙だな。おい、グウェイン。お前は知ってたか?」

「知らない。……俺たちも数年ほどアルトヒルンで冒険しているが、オーガがそんなに山を下りてくるってことはなかった」


 一通り、ラッドさんとグウェインさんの話を聞いた後、少しでも代金を安くするために、こっちの情報も提供した。

 ……そうすると、なにやら雲行きが怪しくなってしまった。


「最近、お二人のパーティでオーガを倒す数が減ったとかは?」

「ない。普段通りだ」

「俺たちのパーティは、いつも週十匹前後倒してる。ペースは変えてない」


 ちょいときな臭い。

 オーガが生きるには、麓の瘴気は薄すぎる。普通、なにかの事情がなければ下りてこないはずだ。


 一匹だけなら、特異な行動を取る異常個体だっただけ……と考えられるが、二匹いたしな。番だったか? オーガの雌雄は全然わからんが。


「ちょいと気をつけといたほうが良いかもな。麓なんて雪狼とスライムくらいしか出ないから、いつも警戒薄いし」

「……スライムですか。出現するとは聞いてますけど、まだ見たことないです。どんくらいの頻度で見ますか?」

「月に二、三回は出るな。見かけたら、とりあえず魔導で遠くから倒してる」


 スライム。特殊な魔物で、例外的に等級が存在しない。


 核の周囲に液体を纏った、ぱっと見クラゲみたいな魔物なのだが、纏っている液体によって危険度が全然違うのだ。

 大半はただの水だが、たまーに刺激を与えると爆発したり、金属の鎧も問答無用で溶かすような液体を纏ったやべー個体がいる。まったく無警戒に近付いた冒険者がスライム爆弾で死亡……なんて、たまに聞く事故である。


「まあ、ここでぐだぐだ考えてても仕方ないさ。領軍には報告入れてんだろ?」

「勿論」

「なら、後は俺たち同士の連絡も密にして、何かあったらお互い様で助け合う……ってことでいいだろ」


 ラッドさんがそう言い、僕とグウェインさんは頷き合う。


「大体、話は決まったな。貴重な情報ももらったし、地図とかの対価はこの店のおごりでいいぜ? 仲間には俺から取り分渡すし」

「俺も、それで構わない」

「……ここ、結構高い店なんですが。あー、わかりましたよ」


 懐に結構なダメージが入るが、最前線でロクに遊びもせず稼ぎまくっていたので、実は僕はそこそこ金持ちである。別に問題はない。


「さて、それはそうと、ヘンリーさんへのお近付きの印ということで」


 グウェインさんがマスターに向けて手を挙げる。

 承知したように、マスターがなにやら料理を始める。


「? そういや、店入るときなんか渡してたな。なんだ?」

「ああ、今日はアイスボアが運良く肉をドロップしてな」


 うお、マジか!


 食肉をドロップする魔物はたまにいるが、結構なレアだぞ。

 なお、珍味ではあるのだが、普通に売り捌くことは法で禁じられている。食材に残留している瘴気のせいで、体と魔力が強くなければ瘴気負けして病気になるためだ。


 と、言うわけで、教会を通じて特殊な調理免許を持った料理人のいる店に卸すか、あるいはこうやって冒険者が食うのが通例である。後者のほうが圧倒的に多いが。


 勿論、そんな技術を持っているわけでもないマスターは、普通に焼いて鉄板に乗せて持って来た。


「お待ちどうさま。アイスボアのステーキだ」

「ああ、ありがとうマスター」

「なに、珍しい食材を扱えて楽しいよ」


 顔馴染みらしきマスターにグウェインさんが礼を言う。


 じゅうじゅうと音を立てる肉が非常に美味そうだ。牛や豚とは違う、独特の匂い。ナッツしか腹に入れてなかったせいで、ぐう、とお腹が鳴った。

 ……まあ、折角こんな肉をくれたんだ。ぱーっといくか。


「すみません、フォルズモアを瓶でください」

「かしこまりました」


 フォルズモア。ウイスキーの銘柄の一つで、そこそこの高級酒である。


「お、いいのか?」

「ええ。お二人との縁は大切にしたほうが良いと思いましたので」


 嘘である。単に僕が呑んでみたいだけ。


 素早く運ばれてきたウイスキーの瓶を、同じく新しく運ばれてきたグラスに僕が注いでいく。


「では、今後の我々の活躍を祈って」

「大儲けを期待して」

「……無事な冒険を誓って」


 乾杯、と、僕たちはグラスを掲げた。







 この後。

 酔ったオッサン共に連れられ、何件か酒場をはしごして最後には娼館に寄り。


 ……財布を空にして朝帰りした僕に、ラナちゃんは心なしか冷たい視線を送ってきた。


 つーかグウェインさん、ぱっと見真面目な言動のくせに、滅茶苦茶酒乱だった。


 ……あの二人との時は、呑みすぎるのはやめよう。

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[気になる点] ハシゴ酒を飲んで帰って、「ラナちゃん」登場?一緒に来たのかな?
[良い点] ちゃんと仁義を切る冒険者!
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