第四十七話 フロストオーガ
四匹、別々の方向から襲ってくる雪狼を待ち構える。
やつらが一つ吠えるごとに、冷たい風が体を叩いてくる。雪狼の特殊能力、ホワイトブレスだ。
雪狼のブレスは、それほど強くはない。相手を氷漬けにしたり、戦闘中の相手を凍えさせる程の力は持っていないのだ。せいぜい、なんの対策もせず集団で吹きかけられれば凍死するかもしれない、という程度。
……しかし、冷たい空気に一瞬体が強張るかもしれないし、体温が下がればそれだけ動きも鈍る。体力も奪われる。
短期戦ならともかく、長期戦であればそれなりに厄介な相手だ。本来であれば。
「だけど、なあ!」
同時に飛びかかってきた雪狼を、まとめて槍の薙払いでぶっ飛ばす。
三匹目までは致命傷。他の連中がクッションになってたまたま生き残ったやつも、血反吐を吐いており、もう戦力外だ。
体はすこぶる快調。連中のブレスなど、冷たいどころか涼しいって塩梅だ。
それもこれも、
「ま、相性が悪かったな」
背中合わせに戦っているジェンドの大剣は炎を纏っている。火神一刀流……火を戦いに活用する流派であるジェンドの側は、むしろ熱い。
んでもって、
「『メテオフレア』!」
いつもより、一つ一つの火球は小さく、その分数を増やした魔法をシリルがぶっ放す。
火球一つ一つが生き物のように雪狼らを捕捉し、連中を黒焦げにしていく。
火傷を負いつつも生き残る奴もいるが、そういう奴は秒と待たずにティオが弓矢で仕留める。
……とまあ、戦うことがイコール寒さ対策となるジェンドとシリルのおかげで、雪狼はその特性をまったく活かせていないというわけである。
「はっ!」
中衛を張っているフェリスは、堅実な立ち回りで一匹一匹雪狼を仕留めている。派手な活躍ではないが、誰かが怪我を負った時、一番頼りになるのが彼女だ。ある程度負担の軽い立ち位置に配置するのは当然。
……ふむ。
今も、みんなの連携に不備はない。順調に数を減らしており、
「……ちと目論見外れたな」
群れの最後の一匹を突きで仕留めてから、僕は誰にも聞こえないようにボヤいた。
いや、流石に初戦は多少苦戦するものだと思っていたんだよ。群れて中級下位程度の雪狼相手に負けるとも思っていなかったが、いつもと勝手の違う狩場で、ここまで一方的になるとは思っていなかった。
属性瘴気のある場所なんて、全員初めてのはずなんだけどなあ。
「~~っ、さむ。動くのやめると、汗が冷えて寒いな。やっぱ、次までに防寒具揃えとくか」
ジェンドが剣を収めると同時、身を震わせた。
お前は鎧下、いつものやつから買い替えてないもんな。その上に金属製の防具だと、かなり冷えるだろう。
「ジェンドさん、それならこれを」
「? ティオ、なんだこれ」
「叢雲流魔導、懐炉符です。即効性はあまりありませんけど、じんわり温かいので、懐に入れておくといいですよ」
「……ありがたいけど、お前んとこの流派やっぱ変わってるな」
「元は隠密のための技なので」
ほら、すぐ応用が利く技術持ってたりするし。マジで優秀なのはなによりなのだが、ちょいと懸念が出なくもないなあ。対策を十分に練りすぎたか。
「いや、しかし。夏だと言うのに、本当に冷える。氷瘴領域というのは伊達ではないね」
「ひょーしょー……ええと、氷属性の瘴気が濃い地帯、ですよね」
「そうだよ。シリルもよく勉強しているね」
フローティアの森に漂っているような、特になんの指向性もない瘴気とは異なり、特定の属性に偏った瘴気というものがある。これを属性瘴気と言い、それらの瘴気の汚染地帯は属性ごとに呼び名が異なる。
代表的な所でいうと、氷瘴領域、禍炎領域、魔風領域等。属性に応じた過酷な環境となるのが常だ。
また、出現する魔物がかなり偏る。指向性を持つ瘴気な分、普通より強力な魔物となることが多い。
……まあ逆に、属性が限定されるので対策がしやすく、どちらのほうがより戦いやすいか、より稼げるかは冒険者ごとに意見が異なるが。
「寒さについては、私はバッチリ対策済みです。ヘンリーさんが口酸っぱくして、夏なのに冷気対策の魔導具買えって」
「お前は身体強化が他のみんなより弱いからな。僕らは魔力流せば最悪暖気できるけど」
冬でも快適『バーニングバリア』という商品である。
「……う、私も火の魔法使えば」
「かじかんでロクに歌えなくなるかもしれんぞ。麓だからまだいいけど、山頂の方に向かえば向かうほど瘴気濃くなるし。今よりずっと寒くなる」
大体、お前の魔法出力高すぎて、暖を取る用途には明らかに過剰だろ。
「……それにしても、なんで季節外れのバーニングバリアの在庫があんなにあったんでしょうか。トーマスさんのお店、あまり大きくないのに」
「そりゃお前、ここの間引き担当してる領軍に需要があるからだろ」
「あ、そっか」
魔導具は一つ身につけるだけでもかなり魔力を食われる。しかし、この山での任務となるとバーニングバリアの優先度は高い。
「ま、ちょいお高かったが、ここでの狩りが安定すりゃすぐペイできるさ」
「そうですかねー」
多分、領軍の人は、買おうとすると軍の補助金とか出るんだろうな。平の兵士が気軽に買える値段じゃねえもん。
「さて、っと。おしゃべりもいいけど、ドロップ品集めてそろそろ行くか」
雪狼のドロップ品は、爪に牙に尻尾。後はたまに、小さいが氷の魔石が出る。属性瘴気領域の魔物は、魔石を落とすやつが多い。
速攻で集め終わり、出発。
「本当なら、ティオに偵察に行ってもらいたいとこだけど」
「流石にしばらくは地形把握に努めます」
「だよな。よっしゃ、行くぞ」
探索を再開。
……まあ今日は、中腹までは行かず、麓でウロウロするか。
あれから雪狼の群れを三つほど潰し、そろそろ帰ろうかという所。
……麓まで下ってきたはぐれのオーガを発見した。
正確に言うと、オーガ亜種。フロストオーガだ。
身長三メートル弱。青黒い肌に、凶相の顔。手には自らの魔力で作った魔氷の斧を持ち、体のそこかしこから防具のように氷が突き出ている。
「……どうしますか? まだ向こうはこちらに気付いていないようですが」
「そうだな」
身を潜めて観察しているティオの言葉に、僕は悩む。
たかが一匹だが、全員そこそこ疲労が溜まっている。どういう相手かを覚えるために戦ってみて、みんなに経験を積んでもらいたいが、ちょいと今はやめといたほうがいい。
かと言って、放置はない。こんなところにまで来たオーガだ。まかり間違って山を下りてフローティアの方に向かったら、領軍に少なからず被害が出るだろう。
「しゃーない、ちょっと待ってろ。僕が仕留める」
何匹もいれば少し面倒だが、一匹だけだ。とっとと畳んでしまおう。
「……ちょっと待ってくれ、ヘンリー」
それにジェンドが待ったをかけた。
「? どうした」
「俺にやらせてくれないか、あのオーガ」
ジェンドの顔は戦意に満ちている。今にも駆け出しそうな様子だ。
「また、なんで」
「オーガは、いつか倒してみたい魔物だったんだ。そりゃヘンリーが今の俺じゃ無理って言うなら引くけど、そうじゃないなら挑戦してみたい。俺の意地みたいなもんだから、リーダーとして却下してくれてもいいけど……」
ああ、なるほど。
僕は合点がいく。
オーガと言えば『強い魔物』の象徴的な存在だ。もっと強力な魔物も勿論たくさんいるのだが、物語や演劇での登場頻度が高い。
似たような魔物にドラゴンがいるが、こっちを倒すのはなんというかちょっとファンタジー入ってる、と普通は認識されるので、一般的にはオーガが冒険者の最終目標的な扱いをされる。
そういう魔物を、打倒してみたい。自分の力を証明したい。
……まあ、僕も一戦士として、ジェンドの気持ちはわからなくもない。
「……どうだ? やっぱ駄目か?」
「うーん」
どうだろう。ジェンドの実力は、僕の見た所十分オーガを倒せるくらいはある。
だけど、初めて戦う相手で、ここは初めて訪れる場所。そして冒険の疲労も溜まっている。ちとコンディションが悪すぎる。
が、
「……まあ、いいか。やってみろ」
「本当か!」
「治癒士のフェリスがいなかったら反対してたけどな。頭だけは気をつけろよ」
最悪、腕くらい千切れ飛んでも、フェリスの腕ならば時間をかければ治療可能だ。
「ああ、任せてくれ。ジェンド、怪我をしないように気をつけるのは当たり前だけど、もしなにかあっても私が治す。頑張って倒してこい!」
「わかった。見てろよ、フェリス」
「見てるさ」
ふむ、頑張れ、ジェンド。フェリスにいいところ見せてやれ。
「ジェンド。あっちのオーガさんも、私達に気付いたみたいですよ?」
「ああ、シリルも、みんなも、ちょっと下がっててくれ。俺が行く!」
ジェンドが大剣を構え、大股でこちらに走ってくるオーガを迎え撃つ。
僕たちはジェンドに任せ、少し距離を取った。
「オオオオオオオ!」
「ガァァァァ!」
ジェンドの大剣と、オーガの斧がぶつかる。
両者、全力での撃ち込み。交差した瞬間、轟音が鳴り響き、大気が震える。
「お、おおお。凄い威力ですね」
「膂力ならオーガは上級クラスあるからな」
特殊な能力はあまりないが、単純な肉体の頑健さや力であれば、オーガはくっそ強い。
遠距離攻撃がないため、色々とハメやすい相手でもあるが。
しかし、そういった搦め手をあまり持たないジェンドは、愚直に打ち合っている。
オーガの氷の斧が青い魔力を灯し、ジェンドは得意の火神一刀流の炎の太刀を繰り出す。
青と赤の刃の軌跡が次々とぶつかり合い、小さな爆発が起き続けた。
「ジェンドさんが押していますね」
「うん。流石にこれまで鍛えていただけあって、オーガに一歩も引いていない。勝てるぞ、これは」
「そ、そうですね。いやあ、私もちょうどそう思っていたところで」
シリル、お前目で追えてねえだろ。無駄な見栄を張るんじゃない。
しかし、確かにジェンドは強くなっている。一対一であれば、オーガも無理なく倒せそうだ。普通のオーガなら。
……オーガは特殊な能力はない。それは確かにその通りなのだが、亜種ともなると、ちょいと面倒となる。
「!? なんだ、どうした!」
不利を悟ったオーガが、大きく飛び退く。凶暴で知られるオーガのこと。まさか下がると思っていなかったジェンドが、一瞬驚き、
「ゴブハァ!」
フロストの名を冠するオーガが、吹雪のブレスを放った。
自身の体内の氷の魔力を吹き付ける、それだけの攻撃。ただ、内包している魔力の差から、雪狼とは威力が違う。
「なっ、にぃ!?」
勿論、炎の剣を持つジェンドはそれだけではやられない。しかし、一瞬の隙ができ、そこにオーガの斧が襲いかかった。
「くっ……!」
ジェンドは小手で受け止める。前に天の宝物庫から授かった『堅固の小手』は、その名に恥じず、オーガの攻撃を受け止めきった。
が、魔氷でできた斧を受け止めたことで、小手ごとジェンドの腕が凍り付く。
勝利を確信したらしきオーガが、ニヤリと笑った……ような気がした。続く斧の一撃。ジェンドは片手が使えない。
……うん、勝負ついたな。
「舐めるなよ!」
これまでより大振りでわかりやすい軌道の攻撃を、ジェンドは躱す。
そして片手で大剣ブレイズブレイドを振りかぶり、オーガが構え直す前に振り切った。
赤い線がオーガの土手っ腹に刻まれ、ややあってずるりと上半身が下半身と泣き別れとなる。
決着。最後の攻撃、あのオーガ勝負焦りすぎたな。まあ、そうしないと、さっさと凍りついた腕解凍して、ジェンドが順当に勝ってただろうが。
「ふっっっぅう」
ジェンドが大きく息をつく。
「お疲れ様、ジェンド。よく戦ったね!」
いち早く駆けつけたフェリスが、そんな風に恋人をねぎらう。
「ああ。あのブレスはちょっとビビったが、なんとか勝てた」
「おう、よく頑張ったな」
僕もジェンドを褒めてやる。うん、実際強くなっている。もうちょい戦闘経験積めば、フロストオーガの二匹や三匹、同時に相手取れるだろう。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「そうですね。いやー、今日は精算が楽しみで……す……」
ティオに同調して、もう帰った後のことを考えていたシリルの台詞が尻すぼみとなる。
どした? と思って、シリルがなんか見ている先を見てみると……なんとまあ、またしても山を下りてきたオーガさんがいらっしゃる。
「またおっかないのが来ましたよ!?」
「……《火》」
如意天槍に火を纏わせる。
振りかぶり、投擲。
オーガの頭部を粉砕、槍を戻す。以上。
「よし、ドロップ回収して帰るぞ」
三人はぽかーんとしている。
ふふん、どんなもんだ。結構やるだろ、僕も。
今までグリフォンくらいしかやってなかったから、いまいち僕の実力が伝わっていなかった気がするが、まあこれくらいはね?
僕は少しいい気になりながら、少し離れたところに倒れたオーガのところに、ドロップ品を回収するために向かうのだった。
一応、こいつ強いんです。




