第四十五話 面接
シリルの案内で応接室に通される。
シリルは座ったらどうですかー? と無邪気に言っていたが、流石に座って領主様を待ち構えるほど、僕の肝は太くない。
いや、別にアルヴィニアの貴族って上下関係にうるさい人は少ないから、それで機嫌を損ねたりはしないだろうが、僕は権威に弱いのだ。
「……領主様が来たみたいだ。ほら、シリルも立て」
「? なんで来たって分かるんです」
「え、なんでって……気配?」
「気配」
いや、なんとなく漠然と存在感ってーの? そんな感じのアレだ。言われてみれば、僕もこういうのが分かるようになったのはいつ頃だっただろう。子供の頃は間違いなく分からなかったはずだが……
「私は今わかりました。早いですね、ヘンリーさんは」
ティオが言うが、しかしなあ。
「僕程度まだまだ。アゲハの奴なら、この屋敷程度の広さなら余裕で感知するぞ」
「アゲハ姉はやっぱりすごいんですね」
まあ、暗殺者的な技能については、全冒険者の中でもトップクラスだからな。タイマンなら負ける気はないが。
と、そうして十秒程。コンコン、と上品なノックの後、執事さんが扉を開き、それに続いて立派な服装の男性が入ってきた。
その人は、柔和な笑顔を浮かべながら、僕に向かって爽やかに挨拶をする。
「やあ、お待たせしてしまったようですみません。私がこのフローティア伯爵家の当主、アルベールです」
「お初にお目にかかります。冒険者、ヘンリーと申します」
「はい、どうもはじめまして」
シリルやジェンドの言う通り、確かに気さくなお方のようだ。笑顔を絶やさず、口調もフレンドリー。当主としてはまだ若い三十代前半という年齢もあり、付き合いやすそうな方だ。
……だからと言って、失礼を働くわけにはいかない。それをちゃんとわかっているようで、フェリスとティオも、それぞれ無難に挨拶をこなす。
「どうも、お久し振りです、アルベール様」
「ああ、ジェンド。君と会うのは二月ぶりくらいかい? お父上とはよく会うんだけどね」
ジェンドの父親、ってことはフローティア最大の商家、カッセル商会の主。……そりゃ当然、お仕事で領主様と会うことも多かろう。
「そして私はご存知のシリルさんです。アルベール様、お仕事はどうでしたか?」
「はいはい、ご丁寧にありがとう。仕事はいつも通りだったよ」
今までさんざん話には聞いていたが……シリルと領主様の距離感ってどうなってんの、これ。
「さて、皆さんお座りください。早速、面接といきましょう。まあ、形だけのものですけどね」
と、領主様に勧められ、僕たちはそれぞれ応接間の椅子に座る。
ふっかふかだ。流石に上等な品を揃えている。
領主様は懐から封筒を取り出す。すでに一度開けているようで、封蝋は取れていた。
「こちらが、グランディス教会から提出された貴方達パーティの評価報告書です。詳細は伏せますが、かなり高い評価となっています」
まあ、だろうね。ふふん、と内心だけで少しだけ得意になる。
我らパーティの総合的な戦闘力は、もう僕抜きでもフローティアでは上から数えた方が早い。
しかも、魔物退治に早い周期で赴き、クエストを受ければ真面目にこなす。
一言で言うと簡単なことのように思えるが、これを継続的にできるパーティはなかなかいないのだ。
「シリルとジェンドが冒険者になる、と言った時は、まさかこんなに早くこんなところまで上がってくるとは思いもしなかったよ。実力はあると思っていたけどね」
「いやー、照れますね」
「おいおい、大半ヘンリーのおかげだろ」
いや、大体お前らの真面目な努力の成果だけどね。そうでなきゃ、僕もここまで付き合ってないし。
「信頼度も申し分ない。シリルとジェンドのことはよく知っているし」
領主様は、次いでティオに目を向ける。
「ティオさんは生まれも育ちもフローティア。周りの方の評判も、真面目ないい子だと」
「……ありがとうございます」
「それに、貴女の祖父のシデンさんは、実は一時期、フローティア領軍の指南役を勤めたことがあったらしくてね。私も今回の件で調べて、初めて知ったが。古参の家臣が、あのシデンの孫ならば大丈夫だろうと太鼓判を押していたよ」
そんな縁もあったのか。まあ、フローティアに住んで長いみたいだし、そういうこともあるか。
「……ご領主様。信頼度と言うと、私の父は罪人です。もし、私のせいでアルトヒルンでの狩りの許可が得られないのであれば、パーティを抜けますので」
「なに、アルヴィニア王国に親の罪を子に問う法はない。それに」
領主様は、今度は別の封筒を取り出す。
……あの竜の意匠の封筒は、騎士団が使うやつだ。
「白竜騎士団から、フローティア領に移住するフェリスという者のことをくれぐれもよろしく頼む、と手紙が来ていてね。かの騎士団が後見に付いている者を、あだやおろそかにできるはずがない」
「あの人達は……」
フェリスは呆れているような言葉を発するが、喜色が隠せていない。
幼い頃から白竜騎士団のところに出入りし、長じてからは治癒士として奉仕していたフェリスのこと。かなり気にかけられているらしい。
「そして、ヘンリーさん、貴方のことは、実はずっと前に調べさせてもらっていました」
「そうなんですか」
「ええ。シリルは、私と妻にとっては妹同然の子。勇士とは言え、迂闊なお方が側にいては、安心できませんでしたからね。ヘンリーさんにとっては失礼なお話だと思いますが」
「あ、いえいえ。そんなことはありませんよ」
そりゃね。よくいるならず者の冒険者がシリルの側にいたりしたら、僕だって心穏やかにはいられない。領主様の判断に僕は一つも文句はなかった。
「だけど、一冒険者のこと。簡単に調べが付くとは思っていませんでしたが……ヘンリーさんは、リーガレオでは随分と目立っていたようで。すぐ情報は集まりましたよ」
「……目立ってましたかね」
「八英雄の大半と誼を持ち、魔将にとどめを刺した冒険者が目立たないということは無理かと」
苦笑されてしまった。
いやまあ、うん。顔と名前は売れている方だったか。腕の方も売れていたと信じたい。
「ヘンリー・トーン。私の妻アステリアやシリルの故郷、フェザード王国はトーン士爵家の長男。元フェザード騎士団准騎士。フェザード陥落後は、フェザードを攻めた魔将ジルベルトへの復讐を誓い、冒険者稼業に。一年半前にその目的を達し、以後気が抜け、半年程前にこのフローティアにやって来た、と」
バレバレっすか。よく調べてる。
「ヘンリーさん、私に口止めしてましたけど、意味ありませんでしたねえ」
「……だなあ」
シリルに同意する。本当に、どこまで調べてんだか。特に、
「っていうか、ヘンリーさんの家名って初めて聞いたんですけど」
「……トーン家の名前なんて、この十年数えるほどしか話したことないからな。領主様、よくわかりましたね」
当主が名誉の討ち死にをし、その長男だけがのうのうと生き残っている。
今思えば馬鹿みたいだが、昔の僕はそれを強く恥じ入っていて、家のことは頑なに他人に話さなかった。今も、別に敢えて言う必要性を感じていないので、わざわざ口にしない。
「それについては、妻が覚えていてね」
「確かに、僕のいた第二分隊に一度だけ、アステリア様が見学にいらっしゃったことがありましたが……まさか」
「フェザードの准騎士といえば、成人前の者がなる役職……とは言え、十かそこらの子供は流石に珍しかったから、覚えていたらしいよ」
そ、そういうことか。
確かに、准騎士と言えば十四、五がほとんどだった。十歳の頃から騎士団にいたのは僕くらいだったか。
……いや、今周りにいる奴らが才能豊かすぎてちょっと忘れてたが、僕もそこそこ才能はある方だったんだよなあ。
「と、そんな感じで調査させてもらった結果、周りの冒険者や教会からの評判は上々だとわかった。仕事は堅実にこなすし、コミュニケーションも問題なし。実力は高く、それでいて色々と小器用なので、付いた二つ名が『なんでも屋』」
持ち上げられすぎてこそばゆい。いやまあ、これまでの実績が評価されるのはありがたいが、褒め殺しにされている気分だ。
「ヘンリー、お前二つ名まで持ってたのか。言えよ」
「やだよ。格好悪いだろうが。『なんでも屋』なんて」
高名な冒険者には、二つ名が付く。エッゼさんなら『大英雄』、アゲハなら『首刈り』って具合だ。
二つ名が付く経緯はすごく適当だ。なんとなーく、こういう奴だ、という噂が流れると、どっかの誰かが『じゃあ、〇〇って二つ名にしよう』と言い出し、ウケればそれが広まる。
……基本、本人の意向は反映されない。『なんでも屋』ヘンリー……って、ドスが効いてない。効いてなくない?
まあ、本人とのギャップがありすぎて未だに思い出し笑いをしてしまう、ユーの『救済の聖女』よりマシだが。
ププ。
「まあ、こういった諸々の事前調査や、この教会からの調査票を見るに……許可を出さない理由が見当たらないね」
「じゃあ」
「ああ。フローティア伯爵、アルベールの名において、ヘンリーさん達パーティに、アルトヒルンへの冒険許可を出そう」
おっしゃ! あっさり通った。
僕も、自分ではそれなりにいいセン行ってんじゃない? とは思っていたが、こうして領主様のお墨付きが出るとなんとも嬉しい。
「ありがとうございます、領主様」
「なに、あの山の魔物の間引きには、領軍も少なからず難儀している。代わりに間引いてくれるというのなら、私としてもメリットは大きいよ」
まあ、だろうね。
兵士さんは普通の冒険者よりよく鍛えられているが、しかし中級辺りの魔物になると、やっぱある程度の才能や経験がないときつい。
「お任せください、アルベール様! シリルさんの魔法が火を吹きますよ!」
「う、うん。頼もしいよ。でも、水源がある山なんだから、無茶はしないでおくれ?」
「はい、程々に頑張ります」
シリルがちょい張り切りすぎているが、後でちゃんと言って聞かせてやればいいだろう。
シリルは多少……いや、大分猪突猛進なところがあるが、聞く耳と考える頭を持っていないわけではない。
「さて、面接……と言って良いのかな。それは、これで終了だけど、これだけで帰すのはなんとも伯爵家の面目が立たない。どうだろう、うちで食事でもいかがかな?」
食事かあ。
大変に名誉なことだし、本来であれば素直にご相伴に預かるのだが。
……思い出してみて欲しい。僕は確かに、フェザード王国の仇、魔将ジルベルトを討った。
それで怪我をしたというわけでもなく、むしろ冒険者としてはこれからという年齢である。
なのに、なぜか冒険者としては非常にヌルい狩場であるフローティアにやって来た。
シリルに僕のことを口止めしていたのは、僕がその理由を聞かれたくなかったからだった。故国の王女であったアステリア様に、すごい騎士だわー、からの、情けないやつ……って流れは避けたい。
というわけで、心苦しいが、僕はこれを固辞――
「特にヘンリーさん。妻のアステリアが祖国の騎士である貴方と是非お話したいと言っておりまして。参加いただけませんか?」
「……勿論、喜んで」
名指しされたら断れねえよ!
僕は観念し、うなだれるように頷くのであった。
 




