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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第三章 フローティア・デイズ
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第四十一話 英雄の帰還

 アゲハがフローティアに滞在すること五日。

 そろそろリーガレオに帰ることにしたらしい。


 そのため、熊の酒樽亭のランチタイムに、お別れ会がてらアゲハと食事をすることにした。


 いつものパーティの面子とアゲハで、テーブルを囲む。


「アゲハ姉、リーガレオに戻るって言うけど、折角ここまで来たんだから、リシュウの実家にも顔出したら?」

「あー、面倒臭いから良いや。シースアルゴから船で二日もかかるし」


 フローティアの最寄りの港町シースアルゴ。リシュウに行くなら、割合近い港町だ。

 シースアルゴで取れた魚介は、フローティアの食卓にもよく登る。


「アゲハさんの実家ってどんなところなんですか?」

「ウチはリシュウの港町カイセイってとこにある商家だよ。昔は将軍さんのとこで隠密やってたけど、今は真っ当な商売をやってんのさ」


 シリルの質問にアゲハが答える。

 そういえば、なんとなくリシュウで商売やってる家ってくらいは聞いていたが、詳しくは聞いたことなかったな。


「リシュウは、五十年くらい前は内戦やってたって聞いたけど」


 フェザード王国時代、一応歴史のお勉強もやってたので覚えている。


「そーそー。そこでしこたま稼いで、商家に転身した家なんだよ。まあ、家伝の叢雲流は受け継いでるけど」

「それでアルヴィニア王国との貿易業を始めたんだそうです。こちら側の窓口として、当時の当主の弟だったうちのお爺ちゃんがフローティアに移って来たんですが。……速攻でお婆ちゃんと恋に落ちて、こちらに分家を立てることになったとか」

「ああ、年始の集まりじゃ鉄板で話題にされてたよなあ。冒険者になってから参加してないけど、まだやってんの?」

「相変わらずです。お爺ちゃん、そろそろやめて欲しいっていつも言ってます」


 身内トーク。

 しかし、そうか。何度か見かけたあの爺さん、やるじゃないか。


 と、そこでラナちゃんがランチのお盆を二つ持ってきた。


「はーい、今日の日替わり、お待たせしました。残りもすぐ持ってきますね」

「お、来た来た」


 今日の日替わりはチキンステーキがメインだ。

 すぐに全員分が運ばれてきて、食べ始める。


「あー、美味い……アタシも前線戻るのやめて、こっちに拠点移そうかなあ」

「リーガレオの飯は、こうイマイチだからな。気持ちはわかるぞ」

「そうそう。流通が死んでるから、食材がなあ。定期的に道の魔物ぶっ殺しても、すぐ復活するし」


 そんなわけで荷馬車の類は戦えるものの護衛が必須なのだ。しかし、そうすると大規模な輸送が難しくなる。


「王都行くときに利用した転移門は使えないんですか? コストが掛かるかも知れませんけど」

「瘴気が濃すぎて危ないんだってさ」


 シリルの当然の疑問に答えてやる。

 瘴気とは、魔性を帯びた魔力のことである。転移門も魔導で、当然魔力を使う。濃度の濃い瘴気が術式と干渉して、上手く繋げることが出来ないらしい。


「まあ、解決方法については私達よりずっと頭のいい人達が考えているはずだし。それでその状況なのだから、有効な方策は今の所ないのだろう」

「フェリスの言う通り、グランディス教会の上層部とか、王国軍の人とかが色々対策は取ってくれてるんだけどな。なかなか」


 最前線から離れ、平和なこっちに引っ込んで美味い飯をかっ喰らっている僕が言うことではないかも知れないが、本当になんとかならないものかねえ。


「と、言うわけで、アタシは美味いものを食いだめしとく。こっち、追加でミックスフライ定食くれ! ライスで!」


 細身のくせによく食うね、アゲハ。まあ、食べられるときにいっぱい食べられることは冒険者の素養の一つだが。


 アゲハが追加の定食をもりもり食べる。


「って、アゲハ。お前、この後走ってリーガレオに向かうんだろ。腹痛くならないか?」

「大丈夫大丈夫」


 本当かね。

 ……ま、本人が言うんだから平気か。
















 食後の珈琲なぞ飲みながらまったりする。


「アゲハ姉。教えてもらった技、練習しておきます」


 と、ティオが言う。

 そういえば、ちょっと一緒に訓練してたっけ。


「ああ。……あー、とりあえず、冒険中はヘンリーの言うことよく聞いとけ。戦いだけならアタシのほうが強いけど、色んな細かい冒険者としての技能とかは、結構やるやつだから」


 アゲハなりに、従妹を心配しているらしい。

 まあ、アゲハが云々ではなく仲間だし、勿論面倒は見る。


「ああ、任せておけ、アゲハ。でもちょっと待て。戦いでも僕のほうが強いだろ」


 しかし、それはそれとしてアゲハのセリフはちょっと聞き捨てならなかったので、反論しておいた。


「は? 寝ぼけてんのか、ヘンリー。アタシ、魔将単独でヤったんだけど。ヘンリーはなんだっけ、エッゼのオッサンの後ろでコソコソやってたんだっけ?」

「バゼラルドは魔将でも戦闘力低いやつだっただろうが。しかも、完全奇襲で首刈っといて。暗殺の腕は認めるけど、実力とは別だろ」

「……やんのか?」

「……受けて立ってやるよ」


 二人して椅子から立ち上がり、お互いに表に出ろ、とジェスチャーする。

 くっくっく、腹いっぱい食ったばかりのお前が、普段の身軽さをどこまで発揮できるかな?


 と、そこで、ぱしん、ぱしーん、と、気炎を上げる僕たち二人は、シリルからのチョップを食らった。


「二人とも。喧嘩はやめてくださいね?」

『……はい』


 にっこりと威圧され、英雄と勇士は揃って頭を下げた。

 大人しく、椅子に座り直す。


「仕方ない。また今度会った時模擬戦でもしようぜ。実力の差は、そん時に思い知らせてやる」

「フローティアじゃたっぷり訓練時間取れるんだ。僕が負けるわけないだろ」

「馬鹿かな? 実力なんて、首を刈ってれば勝手に上がるだろ」


 それはお前みたいなナチュラルボーン冒険者だけだっつーの。

 ……いや待て、冒険者? むしろ暗殺者じゃね、こいつ。


「そういえば今更なんですが。どうしてアゲハさんはそんなに首にこだわってるんですか?」

「んー? いや別に、特に理由はないけど」

「シリル、聞いても無駄だよ。今まで僕らが散々聞いても、まともな答えが返ってきたためしがない」


 とりあえず、そういう生き物だと認識するしかないのだ。


「でも、そんな戦い方、けっこうリスクがあるんじゃ」

「シリルの言う通り、戦い方をこだわって動きにくい、って面もあるけどね。でも、アタシは首刈りに人生賭けてっから」


 ……人生とか言い出したよ、コイツ。しかし、確かにそう言えるくらい、徹底してるしなあ。武器だってアレだし。


「そ、そうですか……」

「ちなみにアゲハのやつの武器は神器なんだが、英雄のくせにアンコモン使ってんだ。『首クリティカル』の短刀」


 首に当たったときだけ、威力がめっちゃ上昇する能力である。

 狙いやすい『胸クリティカル』とかより人気はないのだが、その分上昇率が高い。


「アンコモン……って、俺のブレイズブレイドと同じランクか」


 そう、ジェンドの火炎剣もアンコモン。駆け出し冒険者でも、運が良ければ手に入るレベルのレアリティ。


「そうなんだけど、特定の能力狙うと、一気に難易度上がってなあ。冒険者なりたての頃狙って取ったんだけど……あー、あの頃は思い出したくない」


 そうそう、噂になってた。狂ったように適正レベルの魔物をソロで無言で狩りまくってる女冒険者の話。


「アゲハ、何回目で当てたんだ?」

「五千から先は数えてないからわからないなあ……」


 よーやるわ。


「と、とにかく。そういう目的があれば、日々の冒険にも張りができるってもんさ。シリルも最前線に行きたい、って言ってたけど、そういう理由ある?」

「……あります」


 あ、アゲハのやつ。僕が散々、どう聞こうか悩んでいた件をあっさり聞きやがった。いいぞ、もっと聞け。そんで、思いとどまらせられる理由なのかを明らかにしろ。


「内緒ですけどね!」


 そこで隠すのかよ!

 しかし、そうそう言えないことであることははっきりした。


 ……本当、どうしようかな。他の三人はともかく、性格的に向いていないシリルだけはなるべく引き止めたいのだが。


「はっは、まあ言う必要はねーけどね。んじゃ、そろそろ行くかね」

「そうだな。お店混んでるし」


 さて。

 やや名残惜しいという気持ちはなくはないが、お別れである。
















 フローティアの城壁の門までアゲハを見送りに、僕たちはやってきた。


 ここ数日で英雄であるアゲハはそれなりに顔が売れており、これから冒険に行く、あるいは帰ってきた冒険者からの注目を浴びているが、当のアゲハはどこ吹く風だった。


「おう、見送りありがと。ティオ、頑張って強くなれよ」

「はい、アゲハ姉も気をつけてください」

「なぁに、もう大分慣れたし、知り合いもかなりできた。そう心配しなくても大丈夫だよ」


 アゲハはあっけらかんと笑う。

 ……でも、これは言葉だけで、アゲハが油断しているというわけではない。上級の魔物が雪崩のように押し寄せてくるリーガレオの環境で慢心できるやつなど、そうそういない。いるとしたらそれは馬鹿だけだ。


 ……訂正。そうそういないわけじゃない。結構いたわ、馬鹿が。


「シリル、ジェンド、フェリス。冒険楽しかったよ。また一緒に行こう」

「はい!」


 シリルが代表して答える。


「んじゃ、ヘンリー。元気でやれよ」

「おう、そっちもな」


 こつん、と互いの拳を当てる。


 それで挨拶は終わり。アゲハは本当にリーガレオまで行くつもりあるのか? と不安になるほど小さな荷物を肩にかけ、ぐっぐっ、と柔軟運動をして身体を解す。


「今回も転移門は使わないのか?」

「待つのダルい。全部走ったほうが早いし」


 それがおかしいんだけどな!


 ……はあ。


「アゲハ。戻ったら、向こうのみんなによろしくな。後、ユーへの土産も」

「おう、承った。じゃあな!」


 それだけ言って、アゲハは疾走を始める。

 ……相変わらずだが、速い、速すぎ。丁度すれ違った馬車が滅茶苦茶びっくりしている。


「……嵐のような人でしたねえ」

「そうだな」


 しかし、まあ……なんだ。

 逃げるように後方に引き下がった僕に会いに来てくれる奴がいるというのは、なんだかんだで結構嬉しかったな。うん。


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― 新着の感想 ―
[一言] >解決方法については私達よりずっと頭のいい人達が考えているはず アッハイ(圧に負ける
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