第四話 冒険前のあれこれ
起き抜け直後は二日酔いのため頭痛がしていたが、熊の酒樽亭特製の朝食を食べ終わる頃にはだいぶ良くなってきた。
朝はパン、スープ、蒸し野菜にオムレツ。特にオムレツは絶品であった。
その後は、一先ず街の地理を把握するべく、周囲を探索。
とりあえず、熊の酒樽亭がある区画は一通り見て回り、ついでに日用品も買い足しておく。
宿に荷物を置き、別の店も開拓しようと適当なレストランで食事を済ませれば、そろそろ良い時間だった。
昨日も行ったグランディス教会に向かう。
教会に入って少し探すと、シリルを見つけた。
向こうもこっちを発見したようで、『おーい』とぶんぶん手を振り始める。……恥ずかしいのでやめて欲しい。
「こんにちは、ヘンリーさん。時間丁度ですね」
「ああ、こんにちは。ちょっと早めに着くつもりだったんだけど、少し道に迷ってな」
「昨日来たばっかりですしねー。どうです? フローティアの街は」
「そうだな……」
聞かれるまま、色々と話す。
というかこの子、昨日から思ってたけど聞き上手だな。
「ん? おう、シリルの嬢ちゃん」
「あら、フレッグさん。どうもです」
と、通りがかりの男冒険者がシリルに挨拶をした。その、フレッグさんとやらは僕の方を訝しげに見る。
「そっちの男は? ジェンドから乗り換えたのか?」
「乗り換えとかそーゆーんじゃないですー。昨日、こっちに来た冒険者さんで、今度三人で冒険に行くんです」
「どうも、ヘンリーといいます」
知り合いを増やすのは大事である。
「ああ、フレッグだ。ソロで冒険者やってる。たまに臨時パーティー組むことがあるから、もし一緒に行くことがあったらよろしく頼む」
「はい。僕も、次は二人と一緒に行きますけど、そこから先は決めてないんで。もしご縁があったらよろしくお願いします」
良かった、この人は話せる人だ。
「って、よく見たらヘンリーは勇士か……まあ、そいつ貰えるくらい経験あるんだったら、大丈夫か。こいつとジェンドはまだ駆け出しだから、色々教えてやってくれ」
「はい。僕もこっちのことについては教えてもらいますよ」
ああ、じゃあな、とフレッグさんは素材の売却の窓口に向かう。朝から一狩り出てて、今帰ってきたところかな。武器の斧も随分使い込まれていたし、ベテランって感じだ。
「それにしても、ジェンド遅いですね。これはジュースでも奢ってもらわないと」
「まあまあ。まだ五分くらいじゃないか。これくらいはかわいいもんだ」
グランディス神は、武器を下賜する相手の人格や素行など一切気にしない。祈りを捧げれば、どんな人間だってコモン武器がもらえるし、功績さえ稼げば宝物庫の武具を賜る権利を得られる。
つーことは、それなりに荒くれ者やチンピラも冒険者を名乗っていたりして。
フレッグさんは話の通じる人だったが、挨拶をするだけで『アア゛!? 舐めてんじゃねぇぞ、スっぞコラァ!』とかいきなり激昂する困ったさんもたまにいるのである。
……そういう馬鹿どもは、当然約束事や時間にはルーズなやつが多い。臨時で組むパーティー等では、そういうのはある程度見込んでおかないと、ストレスでハゲる。
大体、まともにコミュニケーションが取れないようなやつは、放っておいてもそのうち死ぬしね。実害がなければ無視するのが吉だ。
「っと、言っているうちに来たみたいだぞ」
今まさに入り口に現れたジェンド。走ってきたのか多少息が上がっている様子。
「すみません、ヘンリーさん! 遅れてしまって」
「ああ、いいよいいよ。別に、このくらい」
「ジェンド~、私にごめんなさいは?」
「悪かったよ」
「仕方ないですねえ」
ふふん、とシリルは胸を張る。……可愛いけど、胸はないな、この子。
「ちょっと、実家の手伝いが長引いちゃって」
「へえ、ご実家って?」
「しがない商会ですよ。兄貴が継ぐことになってるんですが、俺もたまに手が足りないときに手伝わされて」
「しがない、って言っても、ご領主様の御用商人じゃないですか」
「……マジで?」
金持ちじゃん。
「まあ、フローティアじゃ有数の商会ですけどね。王都とか、あそこらへんの大店とは比べられるもんじゃないですよ」
「それ、地方都市の商会が比べるものじゃないと思うんだ」
しかし、商人の家系か。
「ちなみにシリルんちは?」
「あー、私、両親はもういないんです」
「ええと、その、悪い」
「いえ、もう十年も前のことですし」
十年。魔王が戴冠した年。その直後の混乱で、死んだ人も多い。
「じゃあ、今は一人暮らしか」
「いえ? 領主館に厄介になっていますが」
意外とこの領地ではVIPなのかこの二人!?
「あ、ちなみに、理由は秘密です」
しー、とシリルは口元に指を当てる。ま、まあ、複雑そうな事情がありそうだし、聞きゃしないが。
「と、とにかく、さっさと申請しちゃうか」
「あ、折角なんでヘンリーさんのことも聞かせてくださいよ」
「冒険者稼業十年。家族は、シリルと同じ」
まあ、シリルも言った通りもう十年である。気持ちの整理はとっくに……とっくにという程昔ではないが、ついている。
「へえ……って、十年? ヘンリーさん、今何歳です?」
「二十二」
「若作りじゃなくて、十二歳からやってたんですか!?」
いや、生き残れたのは運が良かっただけなんだけどな。
ちょっとびっくりしている様子のシリルをよそに、僕はさっさと受付で申請を済ませた。
利用申請を済ませ、僕たちはグランディス教会の裏にある冒険者用の訓練場にやって来た。
一応、打ち込み用の木人や簡単なトレーニング器具があったりするが、それ以外はだだっ広いだけの広場だ。
「ま、昨日も話したけど、冒険に出る前に、お互いにできることを情報共有しようってわけだ」
基本である。
「こういう場合、先輩冒険者は『ふっ、じゃあ実戦でお前らの実力を見せてもらおうか』とか言うのがお約束だと思うんですけど」
「そりゃ実戦でしかわからないこともあるけど、実戦じゃなくてもわかることなら事前に知っておくべきだろ」
「そうですけど~」
「すみません、ヘンリーさん。シリルのやつ、結構物語脳で」
まあ、よくある展開だよね。駆け出し冒険者が主人公で、実力ある冒険者が一時的に組むとかね。
っと、そうだ、その前に。
「ああ、後。ジェンドはもっとざっくばらんに話してくれていいよ? 年の差はあるけど、同じ冒険者だし」
「え、いや……」
「いいからいいから」
アレな冒険者ならともかく、二人ともいい奴だし。組むんだったら、もうちょっとフランクに行きたい。
「あー、じゃあ。よろしく、ヘンリー」
「おう、よろしく、ジェンド」
うむうむ。
「あ、ちなみに私はこの口調がデフォなので」
「いや、わかってる」
お前、最初っから遠慮なんて欠片も見せなかったもんな。
「んじゃ、言い出しっぺの僕からな。ああ、それと、隠しときたい能力とかあったら、別に無理に言う必要ないから」
流派の秘伝だったり、初見殺し系で知られると意味がなくなったり。あまり情報を流したくない技術なんてのも当然ある。
後、この稼業、たまに人と戦うこともあるので、そういう場合は自分の能力は知られていないほうが都合がいい。
「僕は、基本は槍使い。後、補助程度にクロシード式の魔導も使う」
言うと、シリルとジェンドはハテナ顔になる。
「槍? って、言っても、どこに」
「ああ、これだ」
腰に下げたナイフ状の如意天槍を抜き、柄を伸長させる。
「エピックランクの神器、如意天槍。見ての通り、刃と柄の長さや形状をある程度の範囲で自由に変えられる」
「ふぉぉぉ! これいいですね! 変形してカッコいい!」
「……まあ、別々の武器用意すればいい話だから、便利は便利だけど、あんま当たりとは言えないんだけどな。形状はナイフと短槍、長槍。後は片手剣ってとこだ」
閉所や障害物が多ければ短槍や片手剣、開けた場所なら長槍、って風に切り替えて使っている。
……後、魔物には効果薄いが、戦闘中にほんのちょっとリーチを変化させることで間合いの誤認を誘発する、なんて使い方もある。
対人戦じゃ結構有効なのだが、どうして有効って知っているんですか? と聞かれたら困るので言わない。
「エピックってことは、他に二つ能力があるんですよね」
「ああ、一つは」
ぽい、っと如意天槍を適当に放り投げ、
「って、あれ?」
「こうやって、手元に引き寄せることができる」
一瞬で、如意天槍が僕の手に戻る。武器が弾かれたりしても安心である。
「あと一つは……そうだな、秘密ってことで」
「ええ~」
「いや、多分使わないだろうしな」
魔物が出るのは森って話だしなあ。ここを拠点に狩りをする分には使わないだろう。
別に話してもいいんだが、隠しときたい能力があったら……って話したし、一つくらいは伏せとこう。
「槍は……こんな感じ」
虚空を突き、払う。防御の型、攻撃の型。接近された時用の柄打ち。連突き、後退しながらの払い。
と、基本的な技を披露する。
剣を使うジェンドはもちろん、シリルも真剣に見ていた。
「……んー? ヘンリーさん、それどこの槍術です?」
「だいぶ弄ってて、流派名乗ると怒られそうだから言いたくない」
いや、だって間合いが自在に変えられる武器とか、そんなん想定されてないもんよ。僕は悪くねえ。
「後、クロシード式は三級だ。六種の術式を修めてる」
「ああ、そういえばクロシード式は試験受けないと術式教えてもらえないんだっけか。俺も一回受けたけど、落っこちちゃったんだよなあ」
「結構難しいからな。なんだったら、時間があるときにコツとか教えてやるよ」
魔導流派は数あれど、クロシード式は結構敷居が高い。
いくつもの個別の術式を組み合わせて真価を発揮する魔導なのだが、組み合わせる段で下手すると暴発するためである。
ただ、応用範囲が広く、少ない術式でも組み合わせ次第でいろんな効果が発揮できるため、人気は高い。
「術式は、《水》、《火》、《癒》、《投射》、《強化》、《拘束》、以上だ」
「どんなのか見てみたいです」
「いいぞ」
基本的なやつでいいか。
「《火》+《投射》」
胸元の呪唱石のうち、二面が輝き、火の矢が形成される。
適当に、地面に撃った。まあ、何もない地面なんで、燃えるものもなく、少し抉れただけだ。
「えーと、正直、ちょっとしょっぱいっていうか」
「正直すぎるだろ。まあ、《強化》と組み合わせりゃもっと強い矢になるけど……全種類見せてたら、魔力もたないから。まあ、僕の魔導はどっちかというと戦闘よりそれ以外で使うことのほうが多いかな」
《水》、《火》は単品でも旅の道中に重宝するし、《癒》は習得にめちゃ苦労したが、傷を治せるのはデカイ。
「ほら、次々」
「トリは私が努めますので、ジェンドどうぞ」
「ん、ああ。って、言っても俺は剣一本だ」
背負った大剣を抜き放つ。
「こいつは、この前引いたアンコモンの剣。火炎剣ブレイズブレイド。炎を纏うことができる」
「……シンプルに強いやつ引いたな、お前」
「ねー、ズルいですよねー」
火とか氷とか雷とか、その辺を纏う能力は当たりだ。
魔力で体ができているとはいえ、動物系の魔物は死ぬまでは普通の生物とそう変わらない。熱は大変に有効である。
ちなみに、水は外れ。斬り付けると同時に傷口を洗ってあげるなんて、なにがしたいのかな? と評判である。
「剣は、火神一刀流」
「火ぃ使う流派じゃねぇか!」
武術として、魔力を魔導みたいに扱う流派の一つだ。結構大きな流派だったはず。
「おう、ブレイズブレイドのおかげで、威力は相乗。いや、いいもんをもらった」
「相性良すぎだな……」
そこから、いくつか火神一刀流の型を見せてもらう。
豪快な太刀筋は、よくよく訓練されているものだとわかる。
最後の振り下ろしの一刀は業火を纏っており、ワイルドベアくらいなら難なく両断し、燃やし尽くせそうな一撃だった。
僕は大剣は使えないが、今まで見てきた冒険者と比較するに、練度はかなりのものだ。
……ふむ、これはメインの攻めはジェンドに任せて、僕はシリルのガードとか、遊撃とかに回るべきか。
「はいはい! それじゃ、次は私ですね!」
「ああ。どんな魔導使うんだ? その杖は魔力の増幅用みたいだし、呪唱石は?」
術式を刻みつけた道具、呪唱石。魔導士が冒険者として活動するのであれば、これがないと話にならない。
「ふっふっふ、実は私は魔導士ではありません!」
杖術使いか? と思ってたら、シリルがとんでもないことを言い放った。
「魔法使いなんです!」
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……え、マジ?