第三十九話 最前線の戦い方
フローティアの森を駆け抜けていく。
もう、この森で狩りを始めて長い。石や木の根っこに足を取られることもなく、全員それなりの速さで走っていた。
約一名だけ、ちょっと危なっかしいが。
「シリル、大丈夫か?」
「は、話しかけないでください! こけますから!」
シリルの素の脚力では、僕たちのペースにはとても付いてこれない。
以前、天の宝物庫より授かった瞬発のブーツの効果でなんとか並走しているが、その姿はいかにも危なっかしい。靴に引っ張られるように足を出していて、いつバランスを崩すかわかったものじゃない。
……んー、練習がてら走らせてみたが、これ以上は無理っぽいな。
「しゃーない。みんな、ちょっと先行っててくれ! シリルは止まれ!」
声を上げる。オッケー、とみんなから返事があり、シリルはおっかなびっくり足を止める。……そこで転びそうになったので、手を掴んで支えてやった。
「はぁ……はぁ……ヘンリーさん、なんでしょうか。まだまだ私は余裕ですよ」
「よーゆうわ」
ぺこん、と僕のダジャレに対するツッコミも弱々しい。
「真面目な話、そろそろきついだろ。ここでこけたりしたら、ちょっとヤバいからな」
石とかそこらにゴロゴロしているし、当たりどころが悪ければ傷が残るかも知れない。流石に顔面からいくほど鈍くはないだろうが……
「う……そうですけど」
「と、いうわけでほれ」
シリルに背を向けて、しゃがみ込む。
「……おんぶ、ですか」
「恥ずかしいのはわかるが、そうも言ってられないしな」
同じ女の方が本当は良いだろうが、ティオは論外だし、フェリスはこの面子じゃ一番森の経験が浅い。アゲハは、なんか調子に乗って宙返りとかしそうだ。
で、要所をプロテクターで防御してて堅いジェンドより、僕の方が乗り心地はいいはずだ。僕、金属の防具は脚甲と手甲だけだし。
そういう風に説明してやると、シリルはむぅ、と一つ唸ってから、僕の背中に乗る。
「あまりヘンなとこ触らないでくださいね!」
「はいはい」
役得だとは普通に思うが、そんな露骨に撫で回したりはしないって。そんなことで折角上手くいっているパーティの仲に亀裂を入れるわけにはいかないし。
……うっ、しかし、やっぱ全般的にやわらけーな。いかん、無心になれ、ヘンリー。
「と、とりあえず、だ。ちょっと遅れたから飛ばすぞ」
「え? ふわぁっきゃぁああああ!?」
全力で走る。
……後ろのシリルの悲鳴がうるさいが、無視することにした。
「お、早いな、ヘンリー。結構離れたと思ったけど」
「少し急いだからな」
先に到着していたジェンドに手を上げて応える。
「……で、シリルはどうしたんだ、あれ」
「おんぶして連れてきてやったんだが、どうも僕の速度はきつかったらしく」
シリルは現在、息も絶え絶えにして、フェリスに介抱されている。
まあ、悪いとは思うが、今後こういうこともあるかもしれないので、慣れてもらうしかない。
と、言うか。
「意外とシリル以外は余裕がありそうだな。今度からキャンプしなくて、日帰りでグリフォン狩りに来てもいいかもしれない」
「あー、それもそうか。いいかもな」
ジェンドが同意する。
「帰ったらみんなと相談してみるか」
「おう」
さて、と。
シリルの奴もどうにかこうにか復帰して、全員集まる。
準備運動していたアゲハが、今回の目的地であるフローティアの森の中央部にある山を睨んだ。
「グリフォン連中、うじゃうじゃいるな」
「ああ、割と多いな。山自体結構でかいからそう群れてるわけじゃないけど」
「アタシとヘンリーの戦いっぷりを見学したいってことらしいけど……これはあれだな。プランDだな」
プランD……
「そんな作戦あったっけ?」
「今適当に付けた!」
こいつ……
「ほれ、これだよ。覚えてないか?」
アゲハはポーチから緑色の液体が詰まっている小さな香水瓶を取り出す。それをアゲハはちゃぷちゃぷと揺らして、得意げに笑った。
……あー、あれかあ。
「あれはどう考えても、みんなの参考にはならないと思うが……」
「なに、そのまま真似できなくても、こういう発想もあるって見てみることも大切だろ」
「そりゃそうだけど。ちょっと危ないなあ……お前、討ち漏らすなよ」
「ヘンリーこそ、久し振りだからって失敗したら笑ってやるからな!」
はいはい、と頷く。
「よ、っと」
アゲハが香水瓶の蓋を取る。途端に、激しい刺激臭が漂い始めた。我がパーティメンバーは、その不意打ちに鼻を押さえて距離を取る。
「くっさ!? なんだこの臭い!?」
「うう~」
「これは、ちょっと臭う……」
「アゲハ姉……」
……アゲハ、一言警告くらいしてやれよ。何度か嗅いだことのある僕も、思わず鼻を押さえてしまうくらいだぞ。というか、嗅覚が敏感なやつはこれだけで吐きそうだ。
「アタシはこれ、結構好きな香りなんだけどなあ。みんなには不評なんだよね」
「阿呆、鼻が曲がるから、とっとと行ってこい」
「はいはい」
その香水を、数滴身体に振り掛け、アゲハは山の方へ走っていった。相変わらずのスピードで、一瞬で点のようになる。
「へ、ヘンリーさん。アゲハさん一人で行かせて良いんですか? 確か、ペアで狩るとか言ってたような」
「あー、大丈夫。二、三分もしたら戻ってくるから」
その間、如意天槍を取り出し、形を変え、魔力を練り上げておく。
さぁて、どのくらいいけるかな……
「お、戻ってきた戻ってきた」
山に向かったアゲハが、約三分ほどでこちらに戻ってくる。
速度は、行ったときほどの速さではない。体力切れというわけではなく、後ろの連中を振り切らないためだ。
流石に予想外だったのか、ジェンドが顔を引き攣らせる。
「も、戻ってきたって、おい、ヘンリー、おい」
「……なあ、ヘンリーさん。私の目の錯覚じゃなければ、後ろにグリフォンが五十匹はいるんだが」
「ああ、意外と釣れたなあ」
ひゅん、と槍を構える。
相変わらず、アゲハのやつは良い腕だ。グリフォンを引き連れながら、決して追いつかせず、それでいて連中が固まるように細かく進路を調整している。
段々とアゲハの顔がくっきり見えるところまで来て、
「アゲハ、どけ!」
「はいよっ!」
僕の声かけに、アゲハは一気に横に跳躍。アゲハを追いかけてきたグリフォンらは、一瞬で獲物を見失って、戸惑いが生まれる。
――その隙を見逃さず、僕は槍を投擲。如意天槍の能力で、三十程に穂先を分裂させる。
「ギャァァァァ!」
「ギャッ、ギャッ!?」
「ガアァァッァ!」
着弾。僕の投げた槍は狙い違わずグリフォンの群れを蹂躙する。グリフォン程度の防御力は容易く貫通し、他の奴が壁になっていたやつも射抜いた。
……とは言え、五十匹。運が良いやつは軽傷だし、たまたま外れたやつもいる。
目算、戦闘可能なやつは残り四匹。
そいつらは、同族を殺した僕と近くにいる仲間に殺気立った視線を向け、
「よそ見してんじゃねえよ!」
突風のように現れた影に、またたく間に首を飛ばされた。
勿論、アゲハのやつだ。
「よし、ドロップ品集めるぞ」
「…………え? あ、おい、ヘンリー。ちょっと」
「おいおい、功労者一人に集めさせる気か? 早く行くぞー」
「わ、わかったよ」
ぐずるジェンドを説得して、グリフォンの死体のところまで小走りに向かう。
グリフォン共が瘴気の霧となって大気に溶けていく中、アゲハは嬉々としてドロップ品を集めていた。
「おっ、グリフォンの風羽が出たぞ」
「幸先いいな!」
風の魔力が強く宿った風羽は結構高く売れる。百匹倒して一つ、二つ。運が悪いと全然出ないので、いい調子だ。
「普通の羽と爪も集めろ集めろ。アタシはそろそろ次行ってくる」
「今度はもうちょい多くてもいいぞ。割と今日は調子いい」
「そうか? うーん、じゃあ百匹くらいどーんと」
と、駆け出そうとするアゲハを、ティオが押し留めた。
「ちょ、ちょっとアゲハ姉。待って」
「ん? どしたティオ」
「あの、これ、なに?」
また漠然とした質問である。
「なに、って、なにがだ」
「どういう戦い方なの、これ」
それかあ。シリル、ジェンド、フェリスも、それぞれうんうんとティオに同意している。
まあ、それもそうか。こいつら、今まで真っ当な戦いしか経験していないしな。
「アタシが敵を集めて、ヘンリーが一網打尽にして、討ち漏らしをアタシが仕留める。アゲハ・ヘンリー・アゲハ作戦だ」
「またお前は適当に名付けて……」
長い上に呼びにくい上に意味がさっぱりわからない。
「いやいやいや。なんなんですか、それ。私の知っている魔物退治と全然違いますよ」
「シリル、それはお前が狭い世界しか知らないからだ」
「ええ~~」
いや、実際魔物の退治の仕方なんて人それぞれだよ?
まともに戦わず、トラップオンリーで上級の魔物を仕留めるスカウトとかもいるし。
「ちなみに、最初に付けた香水は魔物を引き寄せるやつな。アレを嗅いだ魔物はすげー勢いで追いかけてくるから、そこを上手く調整するのが腕……足の見せどころってやつだ」
「臭いんだけどなあ……」
「うっせ、女に臭いとか言うな」
いや、実際今も結構臭うぞ。
「まあ、アタシは単体相手は強いけど、数多いのを叩くのは苦手で。色々考えた結果、こうなった」
「フェリスが加入する前は、僕とジェンドで足止めして、シリルの魔法でまとめて仕留めてたろ。あれと似たようなもんだよ」
「倒す数が違うし、二人だけでやるとかどういうことだよ……」
ジェンドが呆れている。……いや、基本的な思想は実際一緒だよ?
「ちなみに、アゲハの役目は難しいけど、僕の役目は強めの範囲攻撃持ってりゃ誰でもいいぞ。なんならシリル、次やってみるか?」
この戦法は僕よりシリルのほうが向いている。
シリルはちら、とアゲハを見て、少し悩む素振りを見せた。
「う……大丈夫ですかね。魔法に巻き込まない自信、あまりないんですが」
「お、そういえば魔法使いって言ってたな。強いの? 前、アタシらを転がした風の魔法は、別に全力じゃなかったよな」
シリルの実力を知らないアゲハが聞くが、僕が補足してやる。
「僕はリオルさんより魔力多い奴、初めて見たよ」
「うげ、マジか」
マジマジ。流石に威力はあの人よりは下だろうが。
「んー、ちょっと一発見せてくれよ」
「いいですよ。……~♪」
朗々とシリルの歌声が響く。
一分ほどの歌の後、
「『エクスプロージョン』!」
小さな火種のような物がシリルの指先から発射され、三十メートル程直進し……大爆発が巻き起こる。
局所的な破壊力なら僕の投槍の方が上だが、範囲では流石に負けるなあ。
「おし、これなら十分だな。それに、こんくらいの範囲だったら、すぐ逃げられる。シリル、準備しとけ!」
言って、アゲハは再び山に向かった。
「え、えと」
「頑張れ、失敗したら、僕がフォローしてやるから」
槍の準備もしとくか。
なお、その日。
一時的に、フローティアの森の山から、グリフォンの姿が消えることになった。
……まあ、魔物は普通の繁殖以外にも、瘴気から勝手に『発生』するから、数日後には増えているだろうが。
やり過ぎだと、教会で怒られてしまった。




