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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第三章 フローティア・デイズ
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第三十九話 最前線の戦い方

 フローティアの森を駆け抜けていく。

 もう、この森で狩りを始めて長い。石や木の根っこに足を取られることもなく、全員それなりの速さで走っていた。


 約一名だけ、ちょっと危なっかしいが。


「シリル、大丈夫か?」

「は、話しかけないでください! こけますから!」


 シリルの素の脚力では、僕たちのペースにはとても付いてこれない。

 以前、天の宝物庫より授かった瞬発のブーツの効果でなんとか並走しているが、その姿はいかにも危なっかしい。靴に引っ張られるように足を出していて、いつバランスを崩すかわかったものじゃない。


 ……んー、練習がてら走らせてみたが、これ以上は無理っぽいな。


「しゃーない。みんな、ちょっと先行っててくれ! シリルは止まれ!」


 声を上げる。オッケー、とみんなから返事があり、シリルはおっかなびっくり足を止める。……そこで転びそうになったので、手を掴んで支えてやった。


「はぁ……はぁ……ヘンリーさん、なんでしょうか。まだまだ私は余裕ですよ」

「よーゆうわ」


 ぺこん、と僕のダジャレに対するツッコミも弱々しい。


「真面目な話、そろそろきついだろ。ここでこけたりしたら、ちょっとヤバいからな」


 石とかそこらにゴロゴロしているし、当たりどころが悪ければ傷が残るかも知れない。流石に顔面からいくほど鈍くはないだろうが……


「う……そうですけど」

「と、いうわけでほれ」


 シリルに背を向けて、しゃがみ込む。


「……おんぶ、ですか」

「恥ずかしいのはわかるが、そうも言ってられないしな」


 同じ女の方が本当は良いだろうが、ティオは論外だし、フェリスはこの面子じゃ一番森の経験が浅い。アゲハは、なんか調子に乗って宙返りとかしそうだ。

 で、要所をプロテクターで防御してて堅いジェンドより、僕の方が乗り心地はいいはずだ。僕、金属の防具は脚甲と手甲だけだし。


 そういう風に説明してやると、シリルはむぅ、と一つ唸ってから、僕の背中に乗る。


「あまりヘンなとこ触らないでくださいね!」

「はいはい」


 役得だとは普通に思うが、そんな露骨に撫で回したりはしないって。そんなことで折角上手くいっているパーティの仲に亀裂を入れるわけにはいかないし。


 ……うっ、しかし、やっぱ全般的にやわらけーな。いかん、無心になれ、ヘンリー。


「と、とりあえず、だ。ちょっと遅れたから飛ばすぞ」

「え? ふわぁっきゃぁああああ!?」


 全力で走る。

 ……後ろのシリルの悲鳴がうるさいが、無視することにした。
















「お、早いな、ヘンリー。結構離れたと思ったけど」

「少し急いだからな」


 先に到着していたジェンドに手を上げて応える。


「……で、シリルはどうしたんだ、あれ」

「おんぶして連れてきてやったんだが、どうも僕の速度はきつかったらしく」


 シリルは現在、息も絶え絶えにして、フェリスに介抱されている。

 まあ、悪いとは思うが、今後こういうこともあるかもしれないので、慣れてもらうしかない。


 と、言うか。


「意外とシリル以外は余裕がありそうだな。今度からキャンプしなくて、日帰りでグリフォン狩りに来てもいいかもしれない」

「あー、それもそうか。いいかもな」


 ジェンドが同意する。


「帰ったらみんなと相談してみるか」

「おう」


 さて、と。


 シリルの奴もどうにかこうにか復帰して、全員集まる。

 準備運動していたアゲハが、今回の目的地であるフローティアの森の中央部にある山を睨んだ。


「グリフォン連中、うじゃうじゃいるな」

「ああ、割と多いな。山自体結構でかいからそう群れてるわけじゃないけど」

「アタシとヘンリーの戦いっぷりを見学したいってことらしいけど……これはあれだな。プランDだな」


 プランD……


「そんな作戦あったっけ?」

「今適当に付けた!」


 こいつ……


「ほれ、これだよ。覚えてないか?」


 アゲハはポーチから緑色の液体が詰まっている小さな香水瓶を取り出す。それをアゲハはちゃぷちゃぷと揺らして、得意げに笑った。

 ……あー、あれかあ。


「あれはどう考えても、みんなの参考にはならないと思うが……」

「なに、そのまま真似できなくても、こういう発想もあるって見てみることも大切だろ」

「そりゃそうだけど。ちょっと危ないなあ……お前、討ち漏らすなよ」

「ヘンリーこそ、久し振りだからって失敗したら笑ってやるからな!」


 はいはい、と頷く。


「よ、っと」


 アゲハが香水瓶の蓋を取る。途端に、激しい刺激臭が漂い始めた。我がパーティメンバーは、その不意打ちに鼻を押さえて距離を取る。


「くっさ!? なんだこの臭い!?」

「うう~」

「これは、ちょっと臭う……」

「アゲハ姉……」


 ……アゲハ、一言警告くらいしてやれよ。何度か嗅いだことのある僕も、思わず鼻を押さえてしまうくらいだぞ。というか、嗅覚が敏感なやつはこれだけで吐きそうだ。


「アタシはこれ、結構好きな香りなんだけどなあ。みんなには不評なんだよね」

「阿呆、鼻が曲がるから、とっとと行ってこい」

「はいはい」


 その香水を、数滴身体に振り掛け、アゲハは山の方へ走っていった。相変わらずのスピードで、一瞬で点のようになる。


「へ、ヘンリーさん。アゲハさん一人で行かせて良いんですか? 確か、ペアで狩るとか言ってたような」

「あー、大丈夫。二、三分もしたら戻ってくるから」


 その間、如意天槍を取り出し、形を変え、魔力を練り上げておく。


 さぁて、どのくらいいけるかな……
















「お、戻ってきた戻ってきた」


 山に向かったアゲハが、約三分ほどでこちらに戻ってくる。

 速度は、行ったときほどの速さではない。体力切れというわけではなく、後ろの連中を振り切らないためだ。


 流石に予想外だったのか、ジェンドが顔を引き攣らせる。


「も、戻ってきたって、おい、ヘンリー、おい」

「……なあ、ヘンリーさん。私の目の錯覚じゃなければ、後ろにグリフォンが五十匹はいるんだが」

「ああ、意外と釣れたなあ」


 ひゅん、と槍を構える。

 相変わらず、アゲハのやつは良い腕だ。グリフォンを引き連れながら、決して追いつかせず、それでいて連中が固まるように細かく進路を調整している。


 段々とアゲハの顔がくっきり見えるところまで来て、


「アゲハ、どけ!」

「はいよっ!」


 僕の声かけに、アゲハは一気に横に跳躍。アゲハを追いかけてきたグリフォンらは、一瞬で獲物を見失って、戸惑いが生まれる。


 ――その隙を見逃さず、僕は槍を投擲。如意天槍の能力で、三十程に穂先を分裂させる。


「ギャァァァァ!」

「ギャッ、ギャッ!?」

「ガアァァッァ!」


 着弾。僕の投げた槍は狙い違わずグリフォンの群れを蹂躙する。グリフォン程度の防御力は容易く貫通し、他の奴が壁になっていたやつも射抜いた。


 ……とは言え、五十匹。運が良いやつは軽傷だし、たまたま外れたやつもいる。


 目算、戦闘可能なやつは残り四匹。

 そいつらは、同族を殺した僕と近くにいる仲間に殺気立った視線を向け、


「よそ見してんじゃねえよ!」


 突風のように現れた影に、またたく間に首を飛ばされた。

 勿論、アゲハのやつだ。


「よし、ドロップ品集めるぞ」

「…………え? あ、おい、ヘンリー。ちょっと」

「おいおい、功労者一人に集めさせる気か? 早く行くぞー」

「わ、わかったよ」


 ぐずるジェンドを説得して、グリフォンの死体のところまで小走りに向かう。

 グリフォン共が瘴気の霧となって大気に溶けていく中、アゲハは嬉々としてドロップ品を集めていた。


「おっ、グリフォンの風羽が出たぞ」

「幸先いいな!」


 風の魔力が強く宿った風羽は結構高く売れる。百匹倒して一つ、二つ。運が悪いと全然出ないので、いい調子だ。


「普通の羽と爪も集めろ集めろ。アタシはそろそろ次行ってくる」

「今度はもうちょい多くてもいいぞ。割と今日は調子いい」

「そうか? うーん、じゃあ百匹くらいどーんと」


 と、駆け出そうとするアゲハを、ティオが押し留めた。


「ちょ、ちょっとアゲハ姉。待って」

「ん? どしたティオ」

「あの、これ、なに?」


 また漠然とした質問である。


「なに、って、なにがだ」

「どういう戦い方なの、これ」


 それかあ。シリル、ジェンド、フェリスも、それぞれうんうんとティオに同意している。

 まあ、それもそうか。こいつら、今まで真っ当な戦いしか経験していないしな。


「アタシが敵を集めて、ヘンリーが一網打尽にして、討ち漏らしをアタシが仕留める。アゲハ・ヘンリー・アゲハ作戦だ」

「またお前は適当に名付けて……」


 長い上に呼びにくい上に意味がさっぱりわからない。


「いやいやいや。なんなんですか、それ。私の知っている魔物退治と全然違いますよ」

「シリル、それはお前が狭い世界しか知らないからだ」

「ええ~~」


 いや、実際魔物の退治の仕方なんて人それぞれだよ?

 まともに戦わず、トラップオンリーで上級の魔物を仕留めるスカウトとかもいるし。


「ちなみに、最初に付けた香水は魔物を引き寄せるやつな。アレを嗅いだ魔物はすげー勢いで追いかけてくるから、そこを上手く調整するのが腕……足の見せどころってやつだ」

「臭いんだけどなあ……」

「うっせ、女に臭いとか言うな」


 いや、実際今も結構臭うぞ。


「まあ、アタシは単体相手は強いけど、数多いのを叩くのは苦手で。色々考えた結果、こうなった」

「フェリスが加入する前は、僕とジェンドで足止めして、シリルの魔法でまとめて仕留めてたろ。あれと似たようなもんだよ」

「倒す数が違うし、二人だけでやるとかどういうことだよ……」


 ジェンドが呆れている。……いや、基本的な思想は実際一緒だよ?


「ちなみに、アゲハの役目は難しいけど、僕の役目は強めの範囲攻撃持ってりゃ誰でもいいぞ。なんならシリル、次やってみるか?」


 この戦法は僕よりシリルのほうが向いている。

 シリルはちら、とアゲハを見て、少し悩む素振りを見せた。


「う……大丈夫ですかね。魔法に巻き込まない自信、あまりないんですが」

「お、そういえば魔法使いって言ってたな。強いの? 前、アタシらを転がした風の魔法は、別に全力じゃなかったよな」


 シリルの実力を知らないアゲハが聞くが、僕が補足してやる。


「僕はリオルさんより魔力多い奴、初めて見たよ」

「うげ、マジか」


 マジマジ。流石に威力はあの人よりは下だろうが。


「んー、ちょっと一発見せてくれよ」

「いいですよ。……~♪」


 朗々とシリルの歌声が響く。

 一分ほどの歌の後、


「『エクスプロージョン』!」


 小さな火種のような物がシリルの指先から発射され、三十メートル程直進し……大爆発が巻き起こる。

 局所的な破壊力なら僕の投槍の方が上だが、範囲では流石に負けるなあ。


「おし、これなら十分だな。それに、こんくらいの範囲だったら、すぐ逃げられる。シリル、準備しとけ!」


 言って、アゲハは再び山に向かった。


「え、えと」

「頑張れ、失敗したら、僕がフォローしてやるから」


 槍の準備もしとくか。






 なお、その日。

 一時的に、フローティアの森の山から、グリフォンの姿が消えることになった。


 ……まあ、魔物は普通の繁殖以外にも、瘴気から勝手に『発生』するから、数日後には増えているだろうが。


 やり過ぎだと、教会で怒られてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アゲハさんがアゲハさんなとこ。で、皆がアゲハさんwithヘンリーさんに翻弄されているとこ。
[一言] ヘンリーの分裂するの便利だしシリルの範囲もすごいから 味方さえ巻き込まない環境なら強いなぁw
[良い点] 高レベル特有の雑な乱獲 トレインを範囲攻撃で一気に処理するのは実際楽しい [一言] 魔物って生態があるんじゃなくて勝手に生えてくるタイプなのね、村とか町とかにも出てきそうなものだけどその辺…
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