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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第三章 フローティア・デイズ
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第三十八話 アゲハという女

 その日、熊の酒樽亭に英雄が降臨した。


 ……最前線にいると見かける機会も多いので、アイドルやってるロッテさんを除くと、英雄が酒場に現れてもそう騒ぎになったりはしないのだが、フローティアでは当然話は別だ。

 八英雄の活躍はこの後方でもよく聞く。その当事者が現れたのだ。ちょっとした騒ぎになった。


 常連さんたちがアゲハの武勲話(全部首ちょんぱした話)に大いに盛り上がり、僕とパーティ組んでた頃ウォードラゴンを仕留めた話(これも首を斬り飛ばした)をしてびっくりされたりした。


 みんなから勧められるフローティアンエールをぐびぐびと呑んだアゲハは、現在テーブルを枕に熟睡している。


「あー、ったく」


 もう、店内は閑散としていた。とっくに閉店時間は過ぎ、シリル達も帰っている。夜遅いので、ティオはジェンドが送っていった。……ティオの技能からして、変態とかが現れても余裕で返り討ちに出来るだろうが、念の為だ。


 なお、本当はアゲハはティオんちに泊まる気だったようだが、こいつ全然起きる気配がしないのでそのプランはあえなく潰えた。今日は熊の酒樽亭に泊めることになる。


「あはは……本当によく寝ていますね」

「こうなったらこいつ、テコでも起きないぞ」


 ラナちゃんから酔い醒ましの水をもらいながら、僕は変わらない戦友の様子に呆れる。

 こいつ、大して酒に強くもないくせに、呑むのは好きなんだよなあ。リーガレオでどんだけこいつの面倒見たことか。ユーのやつがいたら押し付けてたが。


「ええと、どうしましょう。お二階の部屋が空いていますけど……」

「あー、僕が運ぶよ」


 シクったな。フェリスがいる間に運んでもらえばよか……いや、駄目だ。慣れていないフェリスでは反応できないかも知れない。


 はあ、と僕はため息を一つつき、実に幸せそうな寝顔をしているアゲハに近付く。

 そして、手を伸ばせば届くほどの位置に来ると、


「っ、とと」


 アゲハの指先が僕の喉元を突こうと鋭く繰り出される。手首を掴んでそれを止めた。


「……やっぱ、この寝癖変わってねえな」

「あ、あの、ヘンリーさん? アゲハさん、起きて……」

「ない。こいつ、寝てるときに誰かが近付くと、寝ながら首攻撃してくるんだ」


 何度も何度も問い詰めたが、完全に反射らしい。すっげー嫌な反射だ。

 ただし、ラナちゃんとかが近付いても、それは大丈夫。自分に危害を与えられる力を持っているか持っていないかで反応するかどうか違うらしい。ただし、男は子供やよっぽどの老人でもない限り反応する。


 ……この法則を見つけるのに、色々と尊い犠牲があった。僕も何度突かれたことか。

 くだらない犠牲だとか言わないで欲しい。みんな気付いていて、途中からムキになって法則見つけに行ったんだから。


 ただ、昔は十回に一回くらい刃物で来ることがあり、それがなくなっただけでも成長……成長? ……うん、そういうことにしとけ。一応、皮一枚斬るところで止めてたし。


「一度防がれたら観念するから、もう大丈夫」


 よっ、とアゲハの腕を自分の肩に回させ、脇腹辺りを支えてやりながら立ち上がる。

 完全に力抜けてるから面倒くさいが、こいつも大概体重が軽い。楽に運べる。


「ラナちゃん、二階のどの部屋?」

「あ、案内しますよ」


 ラナちゃんに案内され、二回の南東側の部屋にアゲハを運んだ。

 シングルベッドにほれ、とアゲハを投げる。奴が無意識に受け身をとってベッドに着地し、すうすうと寝続ける様子に、うむ、と僕は頷いた。


 まるで猫のような華麗な受け身をとったアゲハに、ラナちゃんはますます呆れを深くしたようで、


「こういう人じゃないと英雄にはなれないんでしょうか……」

「そうだよ」


 僕はノータイムで肯定する。


「そ、そうなんですか?」

「ラナちゃんが会った英雄。一人目、エッゼさん、二人目、これ」


 証明終了、というやつである。


「んじゃ、僕も寝るよ。ラナちゃん、おやすみ」

「あ、はい。おやすみなさい」


 当惑している様子のラナちゃんを置いて、僕はとっとと自分の部屋に戻る。

 ……まあ、僕のリーガレオ時代の苦労を、少しは知ってほしい。
















 翌朝。

 あんだけべろんべろんに酔っていたくせに、相変わらず次の日に全然残らないアゲハは、熊の酒樽亭の朝食に大いに感激し『アタシ、ここんちの子になる!』等と宣言して僕にツッコミを入れられた。


 その後。昨日は結局冒険の精算前に熊の酒樽亭の宴会に突入したので、精算のためにグランディス教会に集まった僕達パーティの前で、アゲハは宣言した。


「つーわけで、冒険に行こう!」


 ……英雄のタグを付けた奴が来たということで、周りから滅茶苦茶注目されている中でのこの発言である。

 あー、とジェンドが少し悩んで、口を開く。


「あー、アゲハさん?」

「アゲハでいいよ」

「じゃあ、アゲハ。冒険って、俺ら丁度昨日グリフォン倒してきたんだけど……」


 しかも、泊まりがけ。冒険は命がけだ。体力も気力も消耗している状態は危険なので、冒険の後は大体二日から三日の休養を挟んでから行くのが僕たちの流儀である。


「そうなのか。じゃあ、今日はどいつを倒しに行くんだ?」


 ……うん、わかる。僕も、こっち来た当時は最前線とのギャップに苦労した。


「アゲハ。ここはリーガレオじゃないんだ。ここの冒険者は、冒険の後は毎回休日を挟む」

「……そうなの?」

「そうなんだよ」


 リーガレオでも、休日という概念がなかったわけではない。毎日毎日魔物相手に戦って、いつまでも持つ人間は少ない。リーガレオはそりゃ激戦区ではあったが、グランディス教会は週二日の休養日を取ることを推奨していた。

 ……問題は、推奨している側が、丸一月は休みが取れないような仕事を僕らに振ってくることである。


 やめろよ、魔国領内にある竜の巣が繁殖期を迎えているからって、卵全部ぶっ壊してこいとか。

 道中の魔物を警戒しながら行ったので、往復だけで一週間。当時の僕とアゲハのパーティは、巣にいる竜全部に囲まれて倒せるほど強くはなかったので、警戒度マシマシの竜の縄張りの中、キャンプしながら卵だけを壊していくこと一ヶ月の大仕事だった。


 焦れたアゲハが『ドラゴン共の首、全部刈っちまおう!』等と言ってみんなで止めたのも懐かしい。

 ……あの頃はともかく、今ならできそうだな。


「なーんだ、そうなのか。そりゃちょい退屈そうだな」

「んなこたーない。娯楽も色々あるからな。本の流通なんか、あっちより断然豊富だぞ」


 リーガレオは実用書はともかく、娯楽本はあんまりなく、冒険者の間で読み回してたからな。

 男性冒険者の間では艶本も融通し合っていた。……一度、ユーに見つかってからは、隠し場所に苦慮したが。娼館もあったが、本は本で別の趣があるのである。


「へえ、娯楽ねえ。ヘンリーはリーガレオにいた頃は趣味らしい趣味はなかったみたいだけど、なんか始めたのか?」


 趣味……


「まあそれはいいじゃないか」

「お前、自分で言っときながら」

「飯食って鍛錬してだらだらしてれば、一日いつの間にか過ぎてるからいいんですぅー」

「うざい!」


 ぺしん、とアゲハに叩かれる。

 ……いいじゃないか、別に。誰にも迷惑をかけているわけでもなし。


「でも、そういうことなら仕方ない。今日はアタシとヘンリーで行くか。ペアは久々だな」


 まあ、リーガレオの頃のペースを忘れたわけではない。僕は今日でも余裕で行けるが、


「別にいいけど。フローティアの森ってグリフォンが最強だぞ? 僕的にはジャイアントスパイダーの方がやりにくいけど」

「グリフォンかあ。まあ、いいんじゃないか? ヘンリーと一緒に冒険するの、久々だし」


 それもそうか。

 しばらく一緒に戦っていなかった者同士が、すぐさま呼吸を合わせられるとは限らない。でも、よほど致命的に噛み合わなくても、グリフォンくらいなら全然リカバリが可能だ。そう考えると、丁度いい相手である。


「んじゃ、フローティアの森ってのがどんな場所なのか教えてくれ」

「はいはい」


 冒険の経験はリーガレオ周辺オンリーのアゲハに、どう説明したものかと悩んでいると、ジェンドが口を開いた。


「なあ、ヘンリー。それ、俺らもついて行っていいか?」

「ん?」

「私からも、お願いする」


 フェリスまで。

 ティオも、じーっとこちらを見ている。


「英雄冒険者の戦いを見れるなんて、滅多にない機会だからな」

「是非、後学のために」


 ふむ、なるほど。


「私は、アゲハ姉の格好いい所を見たいです」

「おーおー、ティオは可愛いなー」


 と、健気なことを言ったティオを、アゲハは満面の笑みでがしがしと撫で、次いで僕を睨んだ。


「ヘンリー。アタシの可愛い従妹に手ぇ出したら首飛ばすからな」

「やれるもんならやってみろ」

「は?」

「あ?」


 バチッ、と僕とアゲハは視線で一つ火花を散らす。

 この稼業、舐められたらおしまいである。冗談とは言え、殺すと言われて、はいそうですかと頷いていては立ち行かな……


「……ここ、フローティアだった。アゲハ、今のナシ」

「ん、そうか? いや、アタシとしては別にいいけど」

「僕はもうそこまで評判とか気にして、いい仕事にありついて……とか考えてないから良いんだよ」


 ええい、昔の仲間――それも元パーティメンバーってのは厄介だ。どうも、昔に戻った気分で、言動が乱暴になっている気がする。


「……あの、私を置いてけぼりにして二人で盛り上がらないで欲しいんですが」

「ごめんごめん、ティオ。でもヘンリーには気をつけろよ」

「気をつける必要なんてない。ティオに手を出す気なんてないからな」


 五年くらい後は知らん。まあ、手を出す気が出ても、ティオは相手にしてくれそうにないが。


「えーと、それで、付いてっても良いのか?」

「もちろん、私も行きますよー」


 注文したパフェを黙々と食べていたシリルが、クリームを口につけながらジェンドに追従して手を上げる。……こいつ、甘いもん食ってるときは大人しいんだよな。子供か。


「別に減るもんじゃないし、アタシはいいけど」

「僕も、もちろん構わない」


 さて……どうなることやら。

飲み会が今週二回もあり、お届けが遅れました。

英雄アゲハとの冒険……の、前のお話。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アゲハさんがアゲハさんなとこ。あと、ヘンリーさんが、「東京に住んでいて標準語で苦も無く話すけど、ジモティーも話すと思わず訛りが出る」感じなとこ。
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