第三十五話 カジノ 後編
『おお~っと、ジェンド選手の振り下ろしが、ユリウス選手の剣を弾き飛ばしたァっ! ジェンド選手の勝利です!』
審判が判定を下すと同時に、観客席に歓声が巻き起こる。
周りの話し声を聞くと、今ジェンドが戦っていたレイピア使いのユリウスは、このカジノでは有名な闘士らしい。
確かに、しっかりとした剣筋だった。だが、エッゼさんの教導を受け、ますます剣の腕に磨きをかけているジェンドには二歩ほど及んでいない。
「おおー、ヘンリーさんの言ったとおり、ジェンド勝ちましたよ」
「だから言ったろ。僕も百発百中とはいかないけど、歩き方で大体強さはわかる」
「……? はあ、歩き方」
「後は重心の安定具合とか、筋肉の付き方とか、抜刀するときの動作とか」
「?????」
シリルの頭にハテナマークが飛び交っているのが、傍目でもわかる。
……うん、気持ちは僕にもわかるぞ。子供の頃とか、年上の武人が『……ふっ、あいつ、できるな』とか言ってるの聞いて、何言ってんだこのオッサン共って思ってたもん。
でも、成長するとなんかわかるようになったんだよ。
『ジェンド選手、まだまだ体力は有り余っているそうです! さあ、次の挑戦者は……おおっと! この闘技場きっての槍使い、グウェイン選手が満を持して登場だ!』
僕は、賭け券を売り歩いている店員さんに声を掛け、迷わず一回の賭けの上限までジェンドに賭けた。
「シリルも、儲けたいんだったらジェンドに賭けとけ」
「え、ええ? はい、じゃあ、お願いします」
シリルは半信半疑なのか、上限の半分ほどをジェンドに投じる。
「……あの、ヘンリーさん。私、武術は素人ですが、今回のジェンドの相手はすごく強そうだと」
鍛え上げられた見事な体躯に、貸し与えられた槍を自由自在に操る技術。確かな実力があり、それでいて相手を一切侮っていない。体力的にも、ずっと戦ってきたジェンドより当然余裕があるだろう。
先程のユリウスとやらも強かったが、こっちは更に上の相手だ。それに、魔力を使わないというルールがあるため、単純なリーチの差がより大きく響く。
多分、なんの先入観もなかったら、僕はこの試合は賭けはしなかった。実力自体はジェンドが上のようだが、武器と体力の差があるため、どちらに転ぶかわからない。
だけど、
「お前な、シリル」
「はあ……」
「あいつが普段、誰と訓練してると思ってんだ」
ふっ、決まった。
「訓練って……ヘンリーさんとでしょう。それがどうかしましたか?」
ガクッ、と僕は肩を落とす。
あの、普通に格好つけさせてはくれませんかね。
「つまり、どういうことなんです?」
「いやその、あのね? つまり、強い槍使いの僕と戦っているジェンドが、そこら辺の槍使いなんかに負けないぜ、とかそういうやつで」
……なぜ僕はこんな解説をしなければならないのだろう。僕的には、さっきの一言で『はっ、なるほど』ってなってくれるのを期待していたのだが。
「んー? でも、槍を使うのは同じかも知れませんが、技も違うでしょうし、体格なんて全然違うし。ヘンリーさんとの経験がそこまで役に立つとは……」
「い、いや、そうなんだけどね? あの、シリルさん、ちょっと黙っててくれる?」
やめろよ、そういう正論ぶつけんなよ。
と、僕は落ち込むのだった。
『グウェイン選手の突きを捌き、ジェンド選手の剣が肩に決まった!』
結論から言うと、ジェンドは勝った。
「……ほら、見たかシリル。僕の言った通りになっただろう」
「ええ、ジェンドも中々やるじゃないですか」
くそう。
……いや、まあいい。グウェインとやらはかなりの実績があるらしく、快進撃を続けていたジェンドも流石に負けると予想されていたようだ。賭け券の払い戻しは、結構な金額になる。ホクホクだ。
僕を信じていれば、シリルももっと儲かっていただろうに、と思うことで溜飲を下げることにする。
『ジェンド選手、流石にそろそろやめますか!?』
『俺はまだやれるけど……挑戦者がいないみたいだな』
グウェインが倒れたことで、次の挑戦者が現れなくなった。
あれより強い闘士は、今日はいないらしい。
「ヘンリーさん。ここはヘンリーさんの出番では?」
「……あー、どうしよっかなあ」
正直、戦いの熱気に当てられて、少し疼いている。でも、見せもんみたいになるのは嫌だなあ。
と、ちらちらと、ジェンドがこちらを見ていることに気付く。
『さあ、誰かいらっしゃいませんか!? 我こそはという、強者の方は!』
あー、審判さんも困ってる。
折角盛り上がってきたところなのに、続く挑戦者がいなければ、お客さんも白けるだろう。
ジェンドが視線と小さな仕草で、頼む、とこっちに伝えてくる。
「ちぇっ、仕方ないか。シリル、行くぞー」
「あっ、はい」
ひょいひょい、と観客席の合間を縫って、僕は試合場へ歩き出す。
明確な意図を持って向かってくる僕を、審判さんは全力で歓迎してくれた。
『おおっと! 挑戦者が現れました! 後ろには可愛らしいお嬢さんを連れております。デート中、恋人にいいところを見せようという気か!?』
……歓迎?
「やだ、可愛らしいお嬢さんだなんて、困りますねー」
「困るのは僕だよ。誰がデートだ」
いや、一応デートなのか?
観客席と試合場を隔てる塀を、僕はジャンプで飛び越える。シリルは無理なので、大人しくゲートに向かった。
『よくいらっしゃいました! お名前は!?』
拡声魔導具を向けられ、僕は一つ咳払いをする。あまりこういう経験はないので、少し緊張するが、はっきりと声を上げた。
『ヘンリーです。勇士の冒険者で……そこのジェンドとは同じパーティです』
うお、自分の声が大きく聞こえるって変な感じだ。
『おおっと! 同じパーティとは! これはいい勝負が期待できそうです。念の為、全力で戦うという宣誓をお願いします!』
うん、パーティメンバー同士が戦う時は当然の措置だ。八百長試合とか、やろうと思えばやり放題だもんな。
信奉する神への宣誓を万が一にでも破ったら、少なくとも大手を振って表を歩けなくなる。そんなリスクを背負ってまで、八百長なんざする奴はそうそういない。
『我が神、グランディス神に誓います。私はこの試合、決して手を抜かず、全力で挑みます』
『俺も、誓うぜ』
ジェンドと二人、誓いを立てる。
そして僕は、試合場近くに置かれている武器から、短槍を手に取った。当然刃引きされ、切っ先も丸めてある。
金属の塊なので、下手を打てば死ぬし、実際そういう事故もたまにあるが……僕とジェンドは、うっかり振り抜いてしまうほど下手ではない。
いくつか基本的な型を試し、槍の重心を把握する。
……うん、賭け試合で色んな人が使うことを想定しているだけあって、素直なつくりだ。
一瞬、魔力を身体に巡らせることで、筋肉の暖機を済ませ……僕は試合場に上がった。
その途端、わっ、と押し寄せるように歓声が殺到した。空気が振動し、どこか夢のような感覚に陥る。
……うーわ、滅茶苦茶緊張する。
「ヘンリー、試合場はどうだ? 俺、最初の試合は足元がおぼつかない感じで、ろくに実力出せなかったけど」
「まあ、大丈夫だ」
ふぅ、と一つ深呼吸し、ジェンドに意識を向ける。
コンディションが悪い状態での冒険など、リーガレオでいくらでも体験している。この程度の精神的重圧で実力が出せなくなるほど、経験が浅いわけではない。
『観客の皆様におかれましては、どちらに賭けられたでしょうか! 今の所、オッズはジェンド選手がやや優勢です。ここまでの試合の活躍が評価されてのことでしょう!』
あ、それはちょっとプライドが傷つく。大して高くもないプライドだが、一応武人としての矜持みたいなものが僕もあるんだ。……あるんだって!
「ジェンド、勝たせてもらうぞ」
「……俺だって、最近強くなってんだ。そうそう勝たせないぜ」
うん、それは知ってる。
エッゼさんの教えを真面目に守り、ジェンドは急速に実力を高めつつある。少し前の王都に行く前のジェンドだったら、あのグウェイン相手だと万全の状態でも分が悪かっただろう。
だけど、身体強化のみの模擬戦の勝率は、僕がまだ七割を維持している。
腕を上げているジェンドにつられ、僕も少しは成長しているのだ。成長率の差で、そのうち勝率は落ちるだろうが。
『さあ、お二人共、準備はよろしいでしょうか!?』
「「いつでも」」
ハモる。
『それでは――始め!』
審判さんの手が振り下ろされると同時、ジェンドが突っ込んできた。
僕はジェンドから遠ざかるように、反時計回りで回り込みつつ、槍を突き出す。ジェンドはこれを危なげなく防ぐ。その後の僕の連突きにもジェンドは慌てることなく対処した。
……こいつが一番成長しているのは、防御の技術だ。あまり防御に向いていないはずの大剣で、よくもまあ器用に防ぐ。どこか、エッゼさんを思わせる動きだ。
少し強めに槍を弾かれたため、僕は仕切り直すために構え直し、
「――っ! 行くぞ!」
僕の一瞬の隙をついて、ジェンドが踏み込んでくる。
大剣による横薙ぎを、僕はバックステップで回避した。
「ちっ」
「……あそこから間合いに入れんのか。ちょっとびっくりしたぞ」
また成長してる気がする。……こいつ強くなるのはえーな。
『お、おお~~っ! 二人共、凄まじい攻防です! ヘンリー選手が攻めていましたが、ジェンド選手の最後の反撃は実に惜しかった!』
審判さんの声やお客の歓声も、耳には入っているがまったく気にならない。次、どう攻めるか、あるいは一旦様子を見るか。それを考える方に意識が持っていかれている。
……なんだ、こういう場で戦うのも、結構楽しいもんだな。
少しだけ笑いが漏れた僕は、今度は自分から突っ込むことにした。
「あ~~~~っ、負けたぁ!」
闘士達の控え室。
十分に盛り上げた礼として貸してもらった個室で、ジェンドは項垂れていた。
「まー、順当だろ。お前、僕とやるまで十試合くらいやってただろうが」
「そうだけどさあ。体力的にはまだ余裕のはずだったんだ。ヘンリーとの模擬戦だって、十や二十は平気だろ」
「こんな普段と違う環境じゃあ当たり前だっつーの」
僕も、一試合だけだったから平気だったが、何度も続けると気疲れすると思う。
「それにしても、ジェンド。なんでこんなとこで戦っていたんですか? 冒険者やめて、闘士になるんです?」
「ちげーよ。グランエッゼさんにさ、俺は色んな相手との戦いの経験値が足りてないって言われててな」
「それは私も聞いていてね。丁度、ここの治癒士のクエストが出ていたので、どうだと誘ったんだ。まさかここまで勝つとは思わなかったが」
シリルの質問にジェンドが答え、フェリスが補足する。
「それでか。まあ、本業に影響がない程度にな」
「わかってら。しかし、くそっ、最後の最後で負けたのはやっぱ悔しいな」
お遊びとは言わないが、負けたからって命取られる戦いじゃないんだから、そう落ち込むことはなかろうに。
「はは……じゃあ、これからぱーっとやるか? 僕、お前に賭けて随分儲けたし」
「ちゃっかり賭けてたのか……」
ジェンドの出た試合は全部勝ったので、ルーレットの負け分を相殺して余りある程儲けた。
「私も丁度仕事上がりだし、付き合っても?」
「ああ、勿論。フェリスって酒はいけるくちか?」
「お金の関係で、あまり呑みはしなかったが、割と好きだよ」
うむ、それであればいいか。
この界隈には、ちょっと婦女子が行くには向かない店もあるが、普通の居酒屋もたくさんある。
「よっしゃ、行くぞー!」
おー、という声が唱和した。
なお、後日。
「なんで私は誘われていなかったんでしょう」
「……ごめんて」
ハブされたティオが拗ねたため、熊の酒樽亭の桃のコンポートを奢る羽目になった。
……いや、悪かったよ、本当に。




