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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第三章 フローティア・デイズ
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第三十四話 カジノ 前編

 まだ比較的明るい時間帯だが、フローティアの繁華街はそれでもどこか退廃的な雰囲気を漂わせていた。


「いや~、この辺り来るのは初めてですけど、へー、こうなっているんですか」

「……あんまキョロキョロすんなよ」

「だって、珍しいものですから」


 ほへー、と一緒に歩いているシリルは、なんともせわしなく視線を巡らせていた。


 まあ、こいつにとっちゃ珍しいだろう。

 フローティアの普通の場所では営業を許可されていない夜のお店が、そこらじゅうに並んでいる。


 単に、酒を供してくれるのが際どい格好の女であるだけの酒場なんて序の口。賭場に娼館に連れ込み宿、路地裏を一つ入れば表では売れない淫靡な品を並べる雑貨屋があり、少し特殊なお薬屋さんも探せばあるに違いない。


 そんなところを、成人して間もないうぶな女がふらふら歩いていると、あっさり悪い男に引っかかる……は、フローティアの治安上、あまり心配はしなくても良いが。

 まあ、ナンパしてくる奴くらいはいるだろう。シリル、見た目は美少女だからな。


 でも、勿論この状況で声を掛けてくる奴はいない。なにせ男連れなのだからして。

 無論、周りからは『そういう』関係に見られていることだろう。


「シリル。とりあえず、さっさと行こうぜ」

「わかりましたよー。あ、私は初めてなんですから、ちゃーんとヘンリーさんがリードしてくださいね」

「僕もあんまり慣れているわけじゃないんだが」


 この時間帯でも酒場は一部開いているし、連れ込み宿は昼間っから盛るカップル向けに絶賛営業中。

 ちらり、と目を向けてみると、シリルと同じ年頃の男女が、人目を憚るように連れ込み宿の一つに入っていくのが見える。


 『わっ』とシリルは恥ずかしげにそれを見て、次に僕の顔を見て、さっと目を逸らす。

 恥ずいのなら、見なければ良いのに。


「ほら、出歯亀してないで、僕らも行くぞ」

「出歯亀なんてしてないですー」


 はいはい、と強がるシリルを適当にあしらい、事前に調べておいた店の位置を頭で思い浮かべながら、角を曲がる。


 魔導の光により、派手に装飾された店構え。昨今、若い連中も取り込もうと、カジュアルな雰囲気を出そうとしている、そのお店。


「おお~、これがカジノですか」

「そう」


 フローティア公営の賭場、『ビッグ・カジノ』が、昼間から金の熱気を巻き上げていた。
















 事の発端は、昨日、僕が熊の酒樽亭でランチしながら、『あー、久し振りに賭けでもしにいくかなあ』と、ボヤいたことだ。


 どうにも、冒険の休みの日にすることがない。まさか休みの日全部ソロで冒険行くわけにも――ジルベルト倒す前の僕はやってたが――いかない。


 勿論、やろうと思えば色々と選択肢はある。適当な小説でも読んでもいいし、街の散策をしてもいい。

 そういうなにかを探すためにフローティアの街のガイドブックを読んでいた僕は、『そうだ、カジノに行こう』と思い立ったのだ。


 ここ、フローティアは観光都市の側面もあり、賭場の類は結構ある。

 ただ、繁華街のある街区でしか営業が許可されておらず、熊の酒樽亭の近所では見かけない。


 ガイドブックのカジノの紹介のページをめくり、適当にカードかなんかで遊んで、帰りは同じ街区にある娼館で一発やっていくか、なんて予定を立てていると、最近とみに熊の酒樽亭のランチタイムでの出現率の高いシリルが、はいっ、と手を上げた。


 曰く、『私も連れて行ってくださいよー』とのことである。


 そういうのに興味を持つ年頃なのだろう。仕方がないので、一緒に行くことにしてやったのだ。


 ……無論、この時点で帰りの娼館行きの予定が頓挫したことは言うまでもない。そういえば、なんとなくタイミングが悪くて、こっち来てから行ってねーな。


「お、おおおおー。世間様は平日だと言うのに、なんかお客さんいっぱいいますね」

「僕たちも人のこと言えないけどな」


 やってきたカジノの盛り上がりに、シリルが目を輝かせた。


 教会で見かけた冒険者も結構いる。冒険は命がけで、ある程度の休みを置いてやるのが普通だ。そうすると僕みたいに休日を持て余す冒険者も当然いるわけで、カジノに入り浸るやつもいる。


 まあ、節度を守ればそれなりに悪くない選択肢だろう。

 美食、酒、煙草、賭けに女、命のやり取りをする僕らは、息抜きを適度にしないとやっていけない。


 冒険の疲れを冒険で癒やす、グランディス神の生まれ変わりのような馬鹿もいるにはいるが、そういうのは例外だ。


「ええと、まずどうすればいいんですかね」

「遊ぶために、コインを交換だな。カジノのゲームは、交換したコインを賭ける。で、帰りに逆にコインを金に変えてもらうわけだ」


 当然のことながら交換する時は買う時と同じ値段というわけではない。このレートの差がカジノの良し悪しを決める要素の一つだ。

 ちなみに、ここは公営で、観光客を集めるために経営されている。周囲の相場を崩さない範囲で良心的なレートだった。その分、大勝ちしても利益はさほどではない。この辺りの塩梅は本当に店ごとに違う。


 とりあえず、そこまで散財する気もないので、僕は千ゼニスだけ交換。シリルは……三百か。まあその辺りだろう。


「じゃ、最初は何が良いですかね?」

「あー、そうだなあ。カードは相手との駆け引きとか大変だし……ルーレットはどうだ?」


 まああれも、ディーラーの腕次第で狙ったとこに落としたりできるため、読み合いの要素はあるが。

 しかし、最初にやるものとしては悪くない。沢山の人が集まって、活気があるし、カジノの雰囲気を楽しむのであれば良いだろう。


「はーい、じゃあ行きましょ……っと、あ」


 歩き出そうとしたシリルが他のお客さんにぶつかりそうになったので、僕はさっと手を引いてやる。


「すみません、こいつそそっかしくて」


 いえいえ、と笑顔で許してくれた紳士は、会釈をして立ち去った。


「楽しむのは良いけど、周りに気をつけろよー」

「うう、はい。すみませんでした」


 まあ、次から気をつければそれで良い。


 いくつかあるルーレットのうち、二人分空いているところに来て、まず手持ちのコインを半分、チップに換えてもらった。

 色で誰が賭けたのかを判別するため、僕もシリルも別々の色のチップだ。


「さって……僕は、二十三の一点賭けだ」

「私は初めてなので、赤黒で賭けます。んー、と、黒で!」


 そうして、シリルの初めてのルーレットが始まった。
















「うーん……赤で!」


 景気よく、シリルがチップの三分の一を赤に賭ける。


 他の客も次々に自分が予想を立てたところにチップを置き、ディーラーがルーレットを回し、ボールを投入。

 くるくると回るボール。その動きを見定め、シリルはもう三分の一を追加で赤に賭ける。


 果たして……


「やったー!」


 ……当てやがった。


 自分の色のチップが続々増えていくところを僕に見せ、シリルがピースサインをする。


 なお、僕は二十分くらい前にチップがなくなったので、休憩中だ。今はバーカウンターでノンアルコールのカクテルを傾けながらシリルを見守っている。


「シリル、初めてにしてはけっこうやるなあ」


 赤黒の一点賭けしかしていないので大して増えちゃいないが、もうそろそろ、チップは二倍くらいになってんじゃないかな。どうも、なんとなくボールがどこに落ちるのか、見えるような見えないような、とか言っていた。勝つ時は必ず追加して、負ける時は追加していないので、どうも本当っぽい。


 と、その勝ちを最後にシリルは引き上げるのか、ディーラーさんにチップをカジノコインに換えてもらっていた。


「ヘンリーさん、どうですか!」

「あー、すごいすごい」

「心がこもってなーい」


 負けた僕が、勝ったお前にかける心なんぞない!


「次、なにします?」

「あー、ポーカーでもやろうかなって思ってたけど、今卓埋まってるな……奥行くか?」

「奥?」


 このフロアはルーレットやテーブルゲーム系のフロアである。で、この奥にはこのカジノの目玉とも言える会場がある。


「ほれ、このカジノのパンフ見てみろ」

「ええと……賭け試合……ですか」

「そうそう」


 一対一の戦いをし、それでどちらが勝つのかを賭けるわけだ。

 カジノが用意した闘士もいるが、客が飛び入りで参加してもいい。武器は、カジノが用意した安全性の高いもののみ使用できる。あと、魔力の使用は不可だ。勝てば、賭け金の一部をもらえる権利が得られる。


 アルヴィニア王国は学問の国ではあるが、一方でグランディス神の教えを国教としているだけあって、尚武の気風も強い。そんな国ならではの賭け事である。

 三大国の一つ、サレス法国からは野蛮な風習だと言われているらしい。


「え、ヘンリーさん試合に参加するんです?」

「……賭ける方に決まってんだろ」


 ごく客観的に見て、魔力なしでも僕の実力は結構なものだ。他の闘士を馬鹿にするわけではないが、弱い者いじめみたいになってもいけない。


「そうですか」

「むしろ、お前が出たら? 杖術は心得があるんだろ」

「護身ができたらなー、くらいの私に、無茶言わないでください」


 話しながら、闘技場に続く廊下を歩く。

 進むごとに、先程のゲームのフロアとはまた違う熱気が漂ってきた。


「うわー、すごい歓声ですね」

「ああ、盛り上がってんなあ」


 僕らが近付くのを見て、カジノの店員さんが観音開きの扉を開く。


 わっ、と、扉で遮られていた大音量の歓声が耳を打った。


「うーわ」


 すり鉢状の観客席に、会場の中央にある四角の試合場。客席はほぼ満席だ。


「うわー、広いですね」

「だなあ。表からは見えなかったけど、これ敷地面積どんくらいあるんだろ」


 王都にあるような闘技場よりは狭いが、それでも随分な規模だった。


「さって、どこか空いている席は……」

「……あの、ヘンリーさん」


 ん? と僕はシリルが指差す方……試合場を見る。


 今、試合が終わったところらしく、少し怪我をしている敗者側に一人の女性が近付き、


「……フェリス?」


 治癒の魔導で、あっさりとその人の怪我を治してしまった。


「勝った方、私の見間違えじゃなければ、あれジェンドですよね……」

「……だなあ」


 あいつら、なにやってんの。


『おおーっとォ! ジェンド選手、強い! 流石は新進気鋭の冒険者、ここまで五連勝ぉ! ジェンドさん、お疲れのほどは!? 次、いけますか!?』

『問題ないぜ。いつもやりあってる相手に比べりゃ、全然余裕だ』

『ありがとうございます! さあ、この勇者に次に立ち向かうのは誰だ!?』


 拡声の魔導具を持って囃し立てる審判さんに、我こそはと並んでいた武人の一人が歩み出る。


 ……ええー、本当、なにやってんのあいつ。

思ったより長引いてしまったので、前後編に分けました!

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