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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第三章 フローティア・デイズ
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第三十二話 ソロ冒険

「ええと、これはハオマ草か。意外と珍しいもんがあるな」


 フローティアの森。

 ワイルドベアがメインで登場する辺りで、僕は一人、発見した薬草の収穫を始めた。


 ハオマ草は結構貴重な薬草だ。ちゃんとした薬師に扱わせれば、中級ポーションになる。また、酒に漬けて置くと、クセはあるもののハマる人はハマる味になる。なお、酒の方は精力剤としても珍重されたり……


 まさか、こんなところに小さいとは言え群生地があるとは思わなかった。


 見たところ、誰かが最近収穫した痕跡もないので、ありがたく収穫することにする。


 ……冒険者が活動するような野外は、基本的に誰の土地でもなく、当然こういった採取は早いもの勝ちなのだが、たまに自分の縄張りを主張するやつもいるのだ。

 今は特に困窮しているわけでもないので、もし誰かが手を付けていれば採取するのは少しだけにするつもりだったが、多めに取ることにする。


 とは言っても、勿論、次来たときに増えているよう、若いやつは残す。


「こんなとこかな」


 自前の鞄にハオマ草を詰め、立ち上がる。体を伸ばして、座り仕事で凝った体をほぐす。


 そうしてから僕はノートを取り出した。このハオマ草の群生地のことを書き記すためだ。僕のマッパー技能は触り程度だが、ここは割と開けた森なので、おおよその位置関係と距離がわかればなんとかなる。

 これがダンジョン系だと、素人が描いたマップなんざ怖くて信用できないんだけどね。


 さて、ハオマ草はどのくらいで成長するんだっけな……


 と、次にここに来る時期について思いを馳せていると、唸り声が少し離れた場所から聞こえた。


「…………」


 腰から如意天槍を引き抜き、短槍にする。


 それとほぼ同時に、少し離れた木の陰から、ぬっ、と黒くて大きな影が姿を現した。


 ワイルドベア。……一匹か。


「ふむ」


 こいつはコボルトみたいに頭が回る魔物ではないから心配はないとは思うが、一度ざっと周囲を警戒する。

 ……どこかに仲間が隠れているといった風でもない。


 それでも、いつもより何段階か警戒のレベルを上げて、僕はゆっくりとワイルドベアに近付く。


 向こうも、のそりのそりとこちらに向けて歩いてくる。

 その目は人間に対する敵意に満ちていた。


 そうして、ある一定の距離まで近付くと、


「グル……」


 ワイルドベアが、一気に前傾姿勢になり、こっちに突進、


「ふっ……っ!」


 する直前、僕の方から距離を詰めた。

 魔力を身体に存分に巡らせ、一瞬で距離を潰す。


 ワイルドベアが、突進の第一歩を地面に付ける前に僕は間合いに入り、槍を一突き。


「ァァガアアアアァっ!」


 心臓を貫かれ、断末魔の悲鳴を上げたワイルドベアは、そのまま倒れ込んだ。


 ……魔物の身体が瘴気となり、空気に混じって拡散するのを確認し、僕は警戒を解く。


「っふぅ」


 別に、ワイルドベア一匹に疲れはしないが、とりあえず鈍っていないことに安堵し、僕は一つ息をついた。
















 今、僕はシリル、ジェンド、ティオ、フェリスの四人とパーティを組んでいる。

 フェリスがある程度馴染むまでは、コボルト辺りを相手にしているが、冒険に出るのは毎日ではない。


 そんなわけで。体力の余っている僕は、パーティの休日である今日、フローティアの森にソロでやって来た。


「お、今日の弁当も美味そうだ」


 ノルドさんにお金を払って作ってもらっている弁当を広げる。


 野外で食べるため、食べやすいサンドウィッチ。しかし、そこは身体が資本の冒険者向けに、中の具はガッツリ目だ。厚切りハムと葉物野菜のサンドに、チキンソテーとチーズ、トマトを挟んだもの。そして、ポテサラサンド。


 満腹になりすぎないが、十分満足できるボリュームである。


 ハムと野菜のサンドウィッチにかぶりつく。熊の酒樽亭の本来の味より、かなりきつめに効かせた塩っ気がありがたい。

 瞬く間に一切れを食べ尽くし、僕は水筒に手を伸ばした。


 この森を流れている清流を汲んでおいたのだ。乾いた喉が一気に潤う。

 ……なお、腹を壊したりする心配はない。僕がいつも手首に巻いてる組み紐のレア神器『守護の祈り』は、『耐毒』『耐雷』の効果を持つ。生水で腹を下したりはしない。


 《(イードル)》で出しても良いのだが、いかんせん、魔導で出す水はぬるい。《(グラシオ)》が使えれば良いのだが、目下魔導の種類に困ってはいないし、冷たい水を飲みたいから呪唱石を新調するのもアホらしい。


「ふう……」


 一息つく。


 上を見上げると、木々によって遮られているが、それでも十分な空の青を見ることが出来た。

 なんとも平和である。もし魔物がいなければ、この森は絶好のピクニック場所になっていただろう。


 ……勿論、今も周囲の警戒を解いているわけではないし、今ここでワイルドベアが十匹、二十匹出てきても撃退できるが、少しだけ自分に気を抜くことを許した。


 ソロだと特に、こういう緩急は大事だ。一人でいつまでも全力警戒し続けるわけにはいかないのだから。


 今日、一人でこの森にやってきたのは、こういったことを確認するためでもある。


 ……今はパーティ組んでいるし、しばらく解散する予定もないが、いつ一人に戻るかはわからない。そうなったときに、パーティでの動きしかできないとちょっと困ったことになる。


 怪我、就職や結婚、身内の不幸、単に飽きた、など。冒険者の引退理由はいくらでもあるのだ。備えて損はない。

 それに、うちのメンバーの場合、


「……二年、いや一年かなあ」


 特にシリルのやつだが、最前線に行きたがっている。他の連中も、興味はあるようだ。


 そうなったとき、もうあんなところで戦う理由のない僕は、フローティアに残ることになるだろう。

 割と絆されつつある自覚はあるが、多分、それでもリーガレオまで付き合うことはないだろう。きっと、おそらく。……いや、あんまり自信ないが。


 ……ともあれ。不安なく送り出せるようになるのは、多分一年後くらいだ。それまで、僕に出来る範囲で教えられることは教えてやるつもりである。


「それにしても、シリルのやつ、なんであんなとこに行きたがるんだか」


 謎である。

 ジェンドとフェリスはわかる。あの二人は強さを求める人種だ。ティオも、好奇心旺盛だし、割と上昇志向が強い。


 でも、シリルのやつは、そりゃあ魔法の才能はあるが、戦いとは縁遠い性格だろう。そんなあいつが、四人の中で一番モチベーションが高いのが解せない。


 聞き出そうと思わないでもないが……そこまで踏み込んでいいのかどうかわからないんだよなあ。

 シリルの性格からして、最前線に行きたいって言ったら、ついでに『なぜなら〇〇だからです!』と大いに宣言しそうなものである。


 話していないのは、意図的か、それとも無意識か。なんにせよ、話しにくいことではあるのだろう。


 んで、割と仲良くなったと思うし、同郷というよしみもあるが、果たして僕が聞いていいことなんだろうか。

 あいつも、僕と同じフェザード王国出身。親や友人を魔軍に殺されたのは変わらない。


 僕みたく、復讐が目的。それも、直接指揮をとった魔将だけでなく、魔軍全体を恨んで……とか。


「……ないな」


 あの能天気さが演技とは思えない。もしあれが仮の姿で、実は復讐者の顔を隠し持っているのだとしたら、流石の僕もシャッポを脱ぐ。


 ……まあ、いいか。

 そのうち、話してくれるかも知れないし。話してくれなかったとしても、あいつがリーガレオに行くときにはジェンドらも一緒だろう。心配など……心配……心配だけれども!


 うーん、そうだな。あいつらがリーガレオに行く時は、道案内くらいしてやろう。そんで、適当に僕の冒険者仲間でも紹介しとけば、ちょっとは安全だろ。前線ならエッゼさんもいるし。


 うむ。


「……行くかな」


 考え事をしながら、食事は済ませた。


 益体のないことばかり考えていないで、冒険の続きといこう。
















「ふぅ、割と儲かったな」


 夕方に差し掛かった辺りで冒険を切り上げ、僕はフローティアに戻ってきた。グランディス教会で精算を済ませ、今日の成果に満足する。


 生憎ハオマ草の採取クエストは出ていなかったが、それも教会を通じて売ってもらうことにした。

 ……ティオみたいな反則でもない限り、個人が持ち込める量なんてたかが知れている。よほどの高級品ならともかく、中級程度の薬草を袋一つ持ち込んだところで、まともな商会は相手にしてくれない。中身のチェックや金額交渉の時間だけで赤字だ。

 買取専門の商人もいるにはいるが、こっちは値段が非常に安い。


 ……結果、コネのない冒険者にとって、教会を通じて売るのがベターな選択肢なのである。


 え? ジェンドんち?

 ……あんなでかい商会が、冒険者からの買取なんて不安定な窓口持ってるわけないだろ。


「あ、ヘンリーさんだ」

「ん?」


 教会から出たところで、声を掛けられた。

 振り向くと、もう毎日のように顔を合わせているやつが、にっこりと佇んでいた。


「シリル?」

「はい、どうもこんにちは。……もうすぐこんばんは、ですねー」


 確かに、もう日も落ちるかどうかという時刻であった。


「こんな時間に出歩いているなんて珍しいな。帰るとこか?」

「いえ、今日、領主館の厨房のコックさんが風邪でお休みで。今日は食事はみんな適当に済ませているんですよ。私は、せっかくなんで外で食べようかと」


 コックなんかいるんだ。……いるよな、領主様のお屋敷だもんな。


「じゃ、一緒に飯食うか? 僕、今日はちょっと儲かったから奢ってやるぞ」

「あ、本当ですか! やった」

「ほいほい、じゃあ行くか」


 適当に歩いて、適当に良さげな店を探せばいいか。


「あれ? でも今日はお休みなのに、ヘンリーさん冒険行ってたんですか?」

「ああ。小遣い稼ぎと、訓練を兼ねてな。……訓練っていや、僕が作ってやったトレーニングメニュー、ちゃんと消化してるか?」

「ちゃ、ちゃんとやってますよ! 午前中、頑張ってたんですから。……午後、ずーっとヘバッていましたが」


 おお、量多めにしたのに、完遂したか。


「じゃ、たくさん食べないとな。運動しても、その分食わなきゃ力にならん」

「……あのー、たくさん食べて、太ったりは? 一応、私も乙女として気になるんですが」

「ん? お前太れる気でいたの? むしろ痩せる心配しよ?」

「あ、あの。私にどれだけの運動をさせる気ですか……?」


 とりあえず、今日の量程度は鼻歌交じりでこなせるようにならないとな。

 笑顔でそう告げてやると、シリルの顔が青くなるのであった。

一人しかいない状況の一人称はちょっと難しい……

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