第三百十七話 花祭り その一
そうして、フローティア花祭りが始まった。
なお、開会式の場においては、領主様の挨拶の後、来賓であるシリルが壇上に立って演説をぶった。
前線での戦いのことを話し、今回は花祭りを楽しませてもらいます、といった無難な挨拶だったが、意外な盛り上がりを見せた。
十年ぶりに戦線を押し返し、新たな拠点を築き上げ、その街の守りの要である見目麗しい女王――ともなれば、話題性は抜群ということだろう。噂には聞いていたが、なんか実感した。
初日は開会式が終わってからは、領主様方と公共の出し物や催物の視察。
これも、色々と楽しませてもらった。
街の入り口に据えられたアーチは様々な色の花を組み合わせた見事なもので、花の美しさとかには疎い僕でも見事なものだと感心させられた。なお、花祭りが終わるとこれを解体して花束を作り、先着順で配布するらしい。
造花展では本物と見紛うような逸品が並んでおり、職人さんが実際に作るところも見学できた。体験教室なんてのもやっていて、シリルが『やりたいです!』と参加し……まあ、初めてなので、出来はお察しだが、楽しんでいたようだ。
そして、とある公園一つまるまる使った花の迷路なんかにも入った。『毎年の名物なんですよ』というのは領主様の言葉である。
実際、たくさんの客が集まっており、整理券で入場が制限されていた。流石に領主様直々の視察なので、優先して入場できたが、ちょっと申し訳なかった。特に、なんかデート? なのかフレッドとエミリーもいたし。
で、ついさっき迷路を突破したわけだが、この後は領主様方は裏方の仕事を見に行くらしく、一旦別れることになった。
そうして今は、僕とシリルは自由行動である。
「んー! 冷たくて美味しいです!」
……で、早速買い食いだ。
シリルは屋台で購入したソフトクリームに舌鼓を打っている。これまたフローティアらしく、花を原料に使ったもので、すっきりした甘さと上品な香りが評判の逸品……というのは屋台ののぼりに書いてあった。
「シリル、僕にも一口くれ」
「いいですよ。であればヘンリーさんのクレープと交換です」
ほい、と先にクレープを差し出す。葡萄ジャムの挟まったものだ。フローティアはエールだけでなくワインも名産であるから、割と葡萄系の品も多い。
シリルがパクリとクレープを食べ、僕の方にソフトクリームを向ける。
僕が本当に『一口』いってしまうと、間違いなくシリルがぶーたれるので、控えめに舐めた。
……うん、美味い。宣伝文句の通り、甘さがすっきりしてて絶妙だ。
そんな風に食べ歩きをしていると、後ろから声がかかった。
「ヘンリー。先行した兵士によると、この先の通りは混み合っているそうだ。一つ道をずらそう」
「はいよ、了解」
必要ないとは思うが、僕たちには護衛がついている。
で、半分休暇で来ているんだから他の仲間みたいに遊べばいいのに、ゼストは生真面目にも僕たちの護衛役を買って出ていた。領主様から貸与された兵士も使って、全周囲を警戒している。
……まあ、こいつの神器の射程内にいれば、それこそ魔将が襲ってきても離脱できるので、正直ありがたい。
つってもなあ。
「護衛はいいけど、ゼスト。お前も僕らと食べ歩きでもしないか? 後ろからじーっと見てるだけってのも暇だろ。近くにいるほうがすぐ動けるし」
「……ヘンリー、お前。いや、お前……」
と、僕が善意からの提案をすると、ゼストはありえないものを見るような目をした。な、なぜだ。普段表情を変えることは少ないのに、僕のなにがゼストをここまで驚愕させたんだ。
……いや、待て。
ふと思い立って、ちらりと視線だけ動かしてシリルの方を見やる。
……やっべ。
「じょ、冗談だ、冗談! 流石に、デートに他の男挟ませたりしねぇよ! うん!」
「……そうか。たちの悪い冗談はやめることだ」
ゼストはふか~~~い溜息をついて、護衛の位置に戻っていった。
「……あ~、その、シリルさん?」
「指摘される前に気付いたのはヘンリーさんにしては立派な成長ですが、反省してください」
「はい……」
僕は項垂れるように頷くのだった。
そしてつらつらと通りを歩いて、僕たちは街の郊外にある領軍の練兵場にまでやってきた。
この街にいた頃、何度か領軍の訓練に付き合ったり、ジェンドの師匠のコネでここで模擬戦をやったりしたことがある。
そして今日という日は、この練兵場も花祭りのとあるイベントのために開放されていた。
「うわー、盛り上がってますねえ。私にはイマイチ楽しさがわかりませんが」
「僕もまあ、見る方はともかく訓練と仕事以外でやりたいとは思わないけどな」
人々の歓声の他、会場には剣戟の音が高く響いていた。
即席でしつらえられたすり鉢状の観客席から見えるのは、中央で戦う剣士と格闘士である。
「どっちが勝つと思います? やっぱり武器持っている方が有利でしょうか」
「んにゃ、格闘士の方だな。すんません、赤の選手に五百ゼニス」
まだ始まったばかりらしく、賭けの受付は終わってなかった。
観客席に何人もいるスタッフに金を渡し、賭け札を受け取る。
「……あ、ヘンリーさんの言った通りですね」
そうして、数分の立ち会いの後。僕の予想通り、格闘士は剣士の懐に飛び込み、強烈な一撃を叩き込んで勝利を収めた。
「ちなみに、次に出てきた選手も、立ち方からして勝敗は割と明らかだけど、わかるか?」
「全然。私もやろうかと思いましたけどやめときます。賭け試合とか、やっぱり向いてませんね、私」
そう。本日、この練兵場では賭け試合が催されているのだ。
武を奨励するアルヴィニア王国においては、カジノでの定番競技。普段であれば流石に賭場の外では忌避されるが、お祭りともなれば他所のつわ者が集まることもあり、こうして大々的に開催されることがある。
賭け試合は対人戦の訓練を積んでいる人が多く、珍しい戦い方が見れて割と僕は楽しいんだが、シリルはあかんか。
しゃーない、程々で切り上げて……んん?
『さて、続きまして赤の方角から出場してまいりましたのは――我が街出身、最前線で大きな功績を上げている勇士! ジェンドだぁぁぁ!』
……審判の人が拡声魔導具片手に選手の紹介をすると、歓声が上がった。やはり地元人気があるのか、さっきまでの歓声より大きい。
で、その紹介された当人は、ぐっ、と拳を突き上げ堂々と立っていた。
「……なにやっているんですか、ジェンド」
「なにって、賭け試合だろ」
「折角帰省してきてまでやることですか。まったく」
シリルは呆れ顔だが、僕としては見ごたえのある試合になりそうで楽しみだった。
対面の青の方角から入ってきたのは……見知らぬ冒険者風の男だが、携えた武器の質や佇まいからして、勇士レベルはありそうだ。まあ、あんまり実力差がありすぎても白けるから、その辺りはちゃんと調整してんだろう。
ジェンドも、相手を見て気を引き締めている。
『さぁさ、双方、意気込みのほどは!?』
『……勝つ』
『俺がな!』
対戦相手が向けられたマイクに対して静かに宣言して、ジェンドはジェンドで勝ち気な笑みで返した。
『えー、それでは。……審判として面目が立ちませんが、退避させていただきます』
そう言って、審判の人は二人から距離を取る。
……今パンフに目を通して気付いたが、ここの賭け試合はカジノのやつとはルールが違う。
カジノの闘技場は、どうしても屋内。スペースが狭く、他の設備の関係上、高度な結界とかは張れない。
そのためあまりにも強力だったり、効果範囲が広い技や魔導はレギュレーションで禁止されている。
しかし、ここは本来なら練兵場。
外に影響を出さないための結界などデフォで備えているし、広さは屋内の比ではない。
つまり……思う存分戦えるわけだ、ともに勇士クラスの実力者が。そりゃ審判さんも巻き込まれを避けるだろう。
「おお……これは、なかなか楽しみだ」
「? なんで、す!?」
シリルが疑問を口にするのと、なんか真っ赤なナニカが会場の中心で吹き荒れるのが同時だった。
「ッシャァ! やるぞ!」
……観客ウケも狙っているのか、極大の炎を剣に纏わせて、ジェンドが二度、三度と素振りをした。
今のジェンドは、ちゃんと全力で切りつけられれば、あれでそこらの上級程度なら一刀のもとに斬り捨てる。離れた観客席の気温までも少し上昇し、それに伴ってジェンドへの賭け札が続々と売れていった。
「ふん」
そのパフォーマンスに、ジェンドの対戦相手が鼻を鳴らした。
ジェンドの大剣と比べ、いかにも頼りなさげな短剣を構え……ビキビキビキ、と派手な音を立てて、その短剣を芯にして長大な剣が形成される。
……いや、剣どころか、刀身から刃がどんどこ生えてきて、なんか剣でできたドラゴンみたいな様相を呈した。
「あっちはあっちでなんなんです!?」
「あー、氷晶流……だったかな? ジェンドの火神一刀流の親戚みたいなモンで、あっちは氷を武器にするやつ」
「……炎と氷で真逆じゃないですか」
なにを言う。技の動きと魔力を連動させ、魔導のような効果を得る、という意味では完全に同じ系統だ。温度を上げるか下げるかの違いだけ。
「ほえー、しかし、また火に磨きかかってますね、ジェンド」
「ああ。……まあ、あいつはリーダー向けの気質だし、パーティを率いるようになって気合入ったんだろ」
エッゼさんとかに、僕はなんかシリルとの結婚をきっかけに強くなった、って言われたが、そういう意味じゃ多分ジェンドも似たような感じだ。
今じゃあいつと模擬戦とかする機会もめっきり減ったが、戦うたびに強くなっている。
「……で、どっちに賭けるんです?」
「元とはいえ、仲間を信じるに決まってんだろ。すんません、赤のジェンドに二千ゼニス」
賭け札を購入し、試合の開始を見守る。
『では……はじめぇ!』
審判さんの開始の合図とともに、双方が弾かれたように互いに接近する。
屋内じゃ狭すぎて、逆に動きが取りづらくなるくらいの速度だ。
そうして、そのままの勢いでぶつかり、
「うおっ」
……極大の炎と氷がぶつかり合い、会場の中心から水蒸気爆発が巻き起こった。
派手派手な初撃に、会場は更に盛り上がり、
「頑張れよー」
僕は小さく、ジェンドに応援を飛ばすのだった。




