第三百十四話 天才少女との再会
リーガレオを出立して、サウスガイアを経由してアルヴィニア王国王都セントアリオへ。
転移門の稼働は順調で、ここまで予定通りの移動である。
昔なら、ここから更にアルヴィニア王国北の四方都市、ノーザンティアを経由することになるのだが、今回は直接フローティアに飛ぶ。
従来の据え置き型の転移門だと、あらかじめ決められた場所にしか飛べなかったが、携行型が登場して事情は大きく変わったのだ。
……と、いうのは実は違ったりする。
悪用されれば、そこらの犯罪どころか、やりようによっては国家転覆すら可能としかねない技術。
今のところ、ごく一部の特例を除き、人類の最前線たるリースヴィントとリーガレオ、あと、そこに補給物資を送る都市のみでの運用しか許されていない。
技術の漏洩への対策も徹底しており、三大国と教会がそれぞれを監視しあう形になっている。
おそらく、転移を阻害するような新技術が出てくるまではこの状況は続くだろう、というのがリオルさんの意見である。
さてそして。リースヴィントの守りの要とはいえ、シリルと僕の移動だけでは残念ながら携行型を使う『特例』には届かない。今から向かう北大陸北方に出てくる魔物程度ならば、片手間で自衛できる点も大きい。
というわけで、サウスガイアからこのセントアリオへは、従来型の転移門での移動だった。
しかし、ここからは違う。十二分に『特例』に値すると三大国からお墨付きをいただき、携行型を利用する。
……で、なぜ今回、特別に許されたのかというとだ、
「ティオッ!」
「ラナ、久し振り」
今まさに、転移の駅を出たすぐのところで親友と再会し、手を取り合っている天才少女のおかげである。
キャッキャとラナちゃんは実にわかりやすく喜んでおり、ティオはティオで、声は小さいものの確かな嬉しさを顔に浮かべていた。
……ティオに関しては、出会った当時から比べると随分表情豊かになったと思う。
「おー、あの子が」
「話には聞くけど、見た感じ普通の子ね」
と、初めてラナちゃんに会うフレッドとエミリーが、少し感動したように零す。
まあ、超有名人だしな。
ひとしきりティオとの再会を喜んだ後、ラナちゃんはこちらにやってくる。
「ヘンリーさんたちもお久し振りです。今回、帰省に付き合っていただいてありがとうございます」
「いやいや。むしろ僕たちが便乗させてもらっているみたいなもんだし」
今は、アルヴィニア大学の研究室で魔導学の権威――年齢からするとおかしいが、実績的には間違いない――として研究をしているラナちゃん。
僕たちが花祭りに合わせて帰るにあたって、ティオがその旨を手紙にしたためたところ『私も一緒に帰ってもいいですか?』と返事がきた。
どうも、ほとんど休みも取らずに研究続けで、周囲が心配してくれているのを気に病んでいたらしい。
本人は『全然大丈夫なんですけど』……とティオへの手紙にあったが、いい機会と考えたようだ。
そうすると、まさかラナちゃんにノーザンティアからフローティアまで馬車旅なんぞさせる訳にはいかない、道中魔物に襲われたらどうする、となり。
本人の意向は関係なく、ラナちゃんは自身の作である携行型転移門を使って移動することになったわけだ。
……いや、僕たちが同道すればまず問題ないけどね。本人が一切戦えないってのはやっぱネックになる。
「やれやれ、ラナ嬢。親友が来たことで喜ぶのはわかるが、いきなり駆け出さないでくれ」
と。
呆れたようにしながら、もう一人の人物が僕たちのところにやってきた。
薄手の鎧に、腰には剣。凛とした容貌の、女性騎士。
「あ、あれ、団長?」
「やあ、フェリス。久し振りだ。他の面々も含め、活躍のほどは聞こえているよ」
王都の守りを担う、アルヴィニア王国は白竜騎士団の団長。
かつて父が同騎士団に所属していた――そして横領で捕らえられた――フェリスにとって恩義ある人物である。
「特にヘンリーにシリュール姫。英雄にまでなるなんて、うちの王女が『先を越されましたわ!』と悔しがっていたよ」
「……いくらなんでも王族がそこまで手柄立てられる戦場に行っていいわけないでしょ」
かつてフローティアに旅行に来たフローティア王国は第二王女アイリーン様。通称冒険王女とまで呼ばれるほどの跳ねっ返りだが、嫁入り前のお姫様が魔将とかと戦ったりしていいわけ……いや、勿論嫁入り後はより一層駄目だけれども!
……え、シリル? ……………………今は前線に出ていないからヨシ!
「ええと、それでベアトリスさんはなんで?」
「たまたま手が空いていたんでね。ここまでの道中、ラナ嬢の護衛だ。フェリスの顔を見ついでにね」
ああ、そういうこと。
「そうなんですよ。外出する時、騎士様が必ず一人はつくことになっているんです。ちょっと過保護すぎる気がするんですけどね……」
「ラナ嬢。これを過剰と捉えるのは、まだ自覚が足りないよ。堅苦しい思いをさせていることには謝罪するけれども」
あ、あはは。相変わらずすぎる。
「さて、護衛は英雄殿に引き継いでも大丈夫かな?」
「はい」
僕らは護衛される側でもあるのだが……まあ、騎士団団長の代打となると、勇士の上澄みか英雄でも引っ張り出してこないといけないのは確かである。
「では、次の転移まで少し時間があるのだろう? 少し近況を聞きたいし、フェリス、お茶にでも付き合ってくれないか。……ジェンド、君もだ」
「あ、はい! 団長、勿論喜んで!」
「べ、ベアトリスさん? なんで俺まで」
「君はフェリスの恋人で、今や一パーティのリーダーだろう。腑抜けていたりしていないか、じっくり問い質さないと。なに、安心していい。この近所には、小さいが緑竜騎士団の練兵場がある。いざという時は間借りさせてもらうとしよう」
なにを安心していいのか、勿論理解できないジェンドは助けを求めるように僕らの方を見る。
……が、すでにフェリスとジェンドを除く面々は、時間潰しのためにこの近所の菓子が美味い店に繰り出す算段を立てていた。ラナちゃんおすすめの店がすぐそこにあるらしい。
背中にバシバシジェンドの視線が突き刺さっていることには気付いているが、あえて無視だ。フレッドが『いいんですか?』みたいな顔をしているが、いいのだ。ゼストも『こういう時は無視しろ』と顔に書いている。
まあ、転移門の時間は決まっている。
ベアトリスさんに駄目出しされて根性注入(意味深)されることになっても、タイムリミットはすぐだ。
その分濃厚になると思うが、まあガンバレ。
そう、ナチュラルにジェンドを見捨てて、僕たちは歩き出すのだった。
さて、残念ながら件のお店はほぼ満席。
しかし、テイクアウトもやっていたので、人数分の菓子を購入し、近所の公園へ。
「ティオちゃん」
「わかってます」
と、シリルが言うと、ティオの鞄からまあ出てくる出てくる。
普段の冒険でも使っていると思われる敷きものが二枚、人数分の皿とフォーク、そしてでっかい水筒とカップ。
「ん? ティオ、その水筒は?」
「ふっふっふ、こんなこともあろうかと、不肖このシリルさん、紅茶を用意しておいたのです!」
シリルが胸を張る。
……そういやあ、なんか諸々準備してたなあ。久し振りにティオが一緒だから、荷物気にしなくてもいいからって、ほぼ無用と思われるものまで。
「あ、やった。シリルのお紅茶は美味しいから好きよ」
「エミリー、ありがとうございます。どうぞ」
ティオから受け取った水筒から、シリルが手ずから茶を注ぐ。
そうして全員に紅茶が行き渡り、テイクアウトした菓子を共に、プチピクニックみたいな感じでくつろぐこととなった。
敷きもの二枚に、二手に分かれる。ラナちゃんとの面識が多い僕とシリル、ティオを同じ島にした。
「お、美味いなこのパイ」
買ってきたアップルパイを一口食べると、甘酸っぱいリンゴの濃厚な味とそれをがっしり受け止めるパイ生地が混然と絡み合い……ええと、こう……美味いものを語る語彙なんぞ僕にはないが、すごく美味い。
「はい、あそこのお店のものはどれも外れがなくて。よく買いに行くんです」
「へえ」
ラナちゃんも、立派に王都暮らしに慣れてきているらしい。
「……ラナ、こっちの生活はどう?」
「うん。フローティアにいた頃とは全然違うから最初は戸惑ったけど、色々学ぶことが多いよ。研究や開発も、躓くことはあるけど楽しいし」
研究、ねえ。ちと好奇心は刺激されるが、
「今はどんな研究をしているんです?」
「あ、こら。シリル、駄目だろ。ラナちゃんのやってること、そんなに言い触らしたりしちゃいけないやつだと思うぞ」
シリルは無邪気に聞くが、またぞろ業界をひっくり返しかねない発明をしているのかもしれない。みだりに他言していいことじゃないんじゃないか。
「あはは。そんなことないですよ」
「そ、そう?」
ラナちゃんは笑っているが、ことこの方面に限っては、この子の言うことは全然額面通り受け止められない。
で、でも、まあ。そういうことなら? と、先を促してみる。
「今は転移門での転移を阻害する術式を開発中です」
マジ、かあ。
携行型転移門を広められない問題、一挙に解決しようとしてやがる。
ま、まあでも、思ったより劇物じゃなかった。魔導具への瘴気の影響排除する術式やら、瘴気操って魔物を任意で生み出す術式やら、持ち運び可能なサイズの転移門の術式を作ったりしたことに比べれば……改めてなんなんだこの子。ここまで三年もかけていませんよ?
と、ともあれ。
今までできなかったことをできるようにする、じゃなくて、今できていることを妨害する……と表現すると若干ネガティブな印象があるが、ともあれその方面ならまだマシだ。マシな気がする。……多分。
「ただ、一度は完成したんですが破棄したんですよね」
「破棄? なんで?」
「阻害自体はできるんですけど……転移しようとした人が空間のねじれに巻き込まれて悲惨なことになってしまうので。無生物で実験してみたら、こう、ぐしゃってなっちゃったんです。きっと強度とかも関係なく同じです」
オウ。
いや、転移禁止のところに飛ぼうとした輩の末路としては相応しいのかもしれないが、流石にラナちゃんは却下するよな。
……ん? でも、あれ? これ、使いようによってはトラップ的な……強度関係ないなら魔将とかにも有効かも。
いや、戦場で転移門なんて悠長に使ってられないけど……やりようによってはワンチャンないか?
「なので今は、転移門の発動自体をキャンセルできないかと……ヘンリーさん?」
「ああいや、ごめん。自分から聞いといて」
ま、まあ流石に夢物語がすぎるだろう。そんな都合良くハメられれば苦労はない。……が、一応帰ったら戦術具申してみるか。
そんな風に話をしながら。
王都セントアリオの時間は過ぎていくのだった。
……数年後、一人の魔将がこの破棄された転移阻害術式の前に散ったことは余談である。




