第三百十一話 招待
「また今日は多いな」
と、自室のテーブルに広げられた手紙の類を見て、僕は思わずこぼす。
「そうですねー、季節の変わり目ですし」
「そういうもんか」
「そういうもんです。時節の挨拶は大切ですから。私もたくさん書きましたよ」
これらは、リースヴィント領主であるシリル宛に届いた親書の数々である。三大国と教会の全面的な支援を受けている人類最前線の街の主ともなると、こういった儀礼的な手紙を受け取ることも多くなるらしい。
なお、当然のことながら、異物が混在していないかなどは事前に検閲されているし、然るべきルートで届けないとシリルには届かないようになっている。
「えっと、これはヴァルサルディ帝国の大臣さんから。こっちはニンゲル教会の司教様から。それで、えっと、あ!」
ひょい、とシリルが手紙の一つを取り上げる。
……その封筒に描いてある、花をイメージしたような家紋にはどこか見覚えがあった。
「アルベール様からのお手紙ですね!」
公的な手紙を前にどこか神妙にしていたシリルの顔が華やぐ。
フローティア伯爵領領主アルベール様。
シリルの義兄であり、実質的な父親代わりの人だ。
政治的にもシリルの大きな後ろ盾になってくれており、公私ともにおろそかにできない人物である。
「ふんふーん」
鼻歌まで歌いながら、シリルは小洒落たペーパーナイフで封を切る。
なお、毎回アルベール様からの封筒は分厚い。当人と妻であるアステリア様の私信が入っていることもそうだが、加えて、
「あ、今回はクラエスからです」
……フローティアの、シリルの友達からの手紙も同梱されているためである。
こいつ、友達はやたら多い。リーガレオ時代はたまに手紙が届いていたが、流石に今のシリルに個人からの手紙が直で来ることはない。少なくとも検閲される。
そういうことなら、とアルベール様が気を利かせて、自分の手紙と一緒にするよう差配してくれたらしい。
……伯爵領の領主様が気にするようなことではないはずなのだが、それだけシリルのことを可愛がっているということだろう。
少しの呆れと、尊敬を胸に僕はシリルが手紙を読み進めるのを眺める。
流石に私信は後回し、一際立派な便箋に書かれている公的な内容の方をシリルは読み、
「あっ」
手紙の末尾の方に目を向けて、小さな声を上げた。
「どうした?」
「いや、これ……」
僕にも秘密レベルのことは書いていなかったのか、シリルが紙面を向ける。
指で示されたあたりを見ると……最前線の街で奮闘するシリュール様を、是非とも我が街で来月執り行われる奉花祭に招待したい、というようなことが書かれていた。
「あー、もうそんな時期だっけ」
フローティアで行われる、通称フローティア花祭り。
もともと花と水の都と呼ばれるほどの街だが、この時期は一層飾り立てられ、花をモチーフにしたイベントも各所で開かれるお祭りだ。
フローティアに移って初めて最上級と戦ったり、本格的にシリルを意識するようになった時期だったりで、割と感慨深い。
「行きたいのか?」
この手のイベントの誘いは決まり文句で、儀礼的なものだ。本当に来てほしい場合は、招待状を別途送るのが作法となる。
とはいえ、書いたことには当然責任が発生する。受けたところで問題ない。シリルを可愛がっているアルベール様なら尚更だろう。あっち側はなんの問題もない。ないのだが、
「そりゃそうですけどー。……でもなあ。ヘンリーさん、調整つきますかね?」
……シリルの魔法は、リースヴィント防衛の大きな要である。
花祭りの招待を受けた場合、前後の調整やら雑事やら含めて、結構な時間を取られてしまうだろう。防衛の計画に穴が空きかねない。
しかし、リーガレオに出てってからこっち、何気に一度もフローティアに帰ったことがない。
ふとした花祭りへの誘いに、里心でも刺激されたのだろうか。シリルはこう見えて基本仕事が優先の人間だが、うーんうーんと悩み続けている。
「丁度明後日、来月の防衛についての打ち合わせがあるだろ。僕たちだけじゃ決められないし、そこで話してみたらどうだ?」
「そうですねえ。……うーん、でもやっぱりワガママですよねえ。ちょっとでも反対の空気があればやめましょう」
その程度のワガママ言っても許される立場なのだが。
ふう、と半ば諦めているようなため息をついて、シリルはそう言った。
で、三日後。
「そういうわけだ、お前ら」
仕事終わりのラ・フローティア――もとい、ジェンドがリーダーであるパーティ『レーヴァテイン』を自室に呼びつけて、僕はそう口火を切った。
「いやいやいや。主語をはしょるんじゃない。何の話だ」
「だから、指名クエスト。……おっほん。冒険者パーティ『レーヴァテイン』よ、我が妻、シリュール女王のフローティア奉花祭への参加の護衛のクエストを依頼したい。引き受けてくれるだろうか」
困惑するジェンドに、僕は正式に依頼をした。
「奉花祭……花祭りですか。そういえばそういう時期ですね」
「ああ。言われてみりゃあ」
フローティア出身のティオとジェンドが頷く。
「へー、花のお祭りね。それはなんか楽しそう!」
「俺は子供の頃、一度家族旅行で行ったことあるよ。アルヴィニアの北の方じゃかなりデカいイベントで、花がいっぱいでさ。……そうそう、花の迷路ってのがあって、すごく迷ったっけ」
「へー! フレッド、あとで詳しく聞かせてよ」
参加したことのないエミリーが興味を示し、アルヴィニア出身のフレッドが補足する。
「ふむ、で、シリルさんの護衛……ということは、参加されるのですね?」
「はい! アルベール様から招待をお受けしまして。公的なお誘いではありますが、まー、私がすることなんてあまりないでしょう。挨拶の一つか二つぶってやればそれでいいんじゃないかと」
そういうわけで、半ば……というか完全に休暇を兼ねた訪問である。
「当然ヘンリーもですよね。……大丈夫でしょうか? 南方面の防衛は、二人の力に頼ってる部分がかなりありますが」
「あー、それは私も思ってて。一応、昨日の防衛計画の打ち合わせで、皆さんと話し合ったんですが」
……反対されるどころか、推奨された。
曰く、大丈夫に見えてもあんな大魔法を連日使ってていつ反動が来るかわからない。救済の聖女が倒れたこともある。たまにはまとまった休みを取るべき。
曰く、フローティア領は、特に食料面で大きな貢献をしてくれている。誼を通じておくのは重要。……あと、フローティアンエールの輸入を増やしたい。交渉を。
曰く、ハッハッハ! ではその分我が元気に魔物をしばいてやろうぞ! 安心して行くがいい!
などなど、後押しする意見ばかりだった。
「……最後のは誰が言ったかわかりやすいね」
「ああ。フェリスの想像通りの人物だと思う」
あとそれともう一つ意見があったが、それは言わなくてもいいだろう。うん、
「まあ、シリルさん、そのうち妊娠出産で長期離脱するんでしょうから、いい練習なんじゃないですか」
「ティオちゃん!?」
「ティオ!?」
あっけらかんと言うんじゃありません! 昨日の会議のオジサン方も、言うには言ったけど憚ってたのに!
「? なんでしょう、二人とも」
「……いや、ティオ。そういうのは大声で言うことじゃないから。二人ビックリしてるんだろ」
「ジェンドさん、なぜでしょう。夫婦ともなれば当然の成り行きでは。やることをやっていないわけでもなし」
「う、うん。ティオ。そろそろ黙ろうか」
「むぐっ」
フェリスが物理的にティオの口を塞いで、ちょっと離れたところに行く。
しかし、とうに成人を迎えたくせに、この辺の情緒一切成長してねえ。
……大丈夫かなあ、ティオ。従姉みたいに相手見つかんなかったりしないよなあ。
「まあ、そういうわけでだ。言っても、半分くらいシリルの私用みたいになっちゃうからな。護衛を雇うのも、僕らの自腹。で、そういうことならってな。ジェンドもティオも、まだ一回も帰省してないだろ」
以前は、まだ実績的に……みたいな寝言をホザいていたが、今や二人とも勇士。しかも、押しも押されぬ……どころか、教会の賞罰の記録に魔将討伐補助まで載ってる、勇士トップ層だ。
「お、おお。でも、そういうことなら、別にクエストなんかいらないんじゃないか。一度帰省するのに、いいきっかけだし。普通についていけば」
「駄目。実態がどうあれ、遠出するのに『お友達が同行する』のと『実力のある冒険者パーティを護衛として雇った』じゃ、意味が違う」
知っている人ならまだいいが、第三者に知られたらなんと言われるか。
仮にも一都市を預かる者が浅慮である云々かんぬん、など説教垂れてくる人もいそうだ。
この辺りは取り繕わないといけない。
……めんっどくせえ〜〜〜〜、とは僕も強く強く思うが、そうしないといけない、くらいのことは学んでいる。
「そういうわけです。どうでしょう、ジェンド?」
「うーーん。今ノッてるところだから気を緩めたくないって気持ちもあるが」
ジェンドは考え込み、チラッ、とパーティメンバーの様子を見る。
「いや、みんなが反対じゃなきゃ引き受けることにする。どうだ?」
ジェンドが仲間に聞くが、特に反対意見はない。……ゼストはあれ、『どうあれ、リーダーの決定に従う』モードだな。
「よし。ヘンリー……っと、ヘンリー様。先程の指名クエスト、謹んでお受けいたします」
まあ、他の人が見てるわけではないので別にいいんだが。一応、僕も王配で偉いさんに分類されちゃうんだよなあ。様付けとか、たまにされると鳥肌が立つんだが。
が、それも仕方ない。僕は『よろしく頼む』と、あえて鷹揚に返した。
さ、堅苦しいのはこのくらいで、
「よし、じゃ、時間があるならこのあと細かい取り決め進めるか」
「おう。ちなみにジェンド、最初は悩んでたみたいだけど、受けるつもりになった決め手は?」
我ながらニヤニヤしてんだろうなあ、と思いつつ、聞いてみる。
「……シリルと似たようなもんだよ。今俺らのパーティ、確かにノッてるけど。ここらで休み挟まないと転んじゃいそうだからな。って、笑うなよ」
うむうむ、リーダーとしても冒険者としても立派に成長しているようでなにより。
なんだか初めて組んだ頃のことを思い出して、僕はうんうんと頷くのだった。




