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セミリタイアした冒険者はのんびり暮らしたい  作者: 久櫛縁
第三章 フローティア・デイズ
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第三十一話 リーダー

「おおい! こっち、注文頼まぁ!」

「はーいー! 承知しました、少々お待ち下さい」


 と、威勢のいい声がランチタイム中の熊の酒樽亭に響く。


 混雑する店内の隙間を縫って素早くお客のところに向かったラナちゃんは、『ご注文をどうぞ!』と元気よく話しかける。


「日替わり二つにハンバーグ定食。日替わりは一つパンで、残りライスで」

「わかりました、少々お待ち下さい」


 素早く伝票に書き留め、厨房のノルドさんに伝えに向かう。

 そしてすぐに取って返してきて、まだ片付いていないテーブルを怒涛の勢いで片し始めた。素早くはあるが、雑ではない。あっという間に二つのテーブルを空け、入り口付近で待っていた客を案内する。


 ……うん、しばらく店を離れていたが、そんなブランクを感じさせない、見事な仕事である。

 というか、セントアリオに向かう前より、明らかに元気がいい。溌剌とした笑顔は、見ているだけでこちらにも活力をくれる。


 王都での経験が良い方向に出ているのだろう。将来を思い悩んでいたラナちゃんだが、今すぐにはともかく、将来的には学問の道へ歩むことを真剣に検討しているらしい。だが、それはそれとしてお店の手伝いも全力でやる。

 ……かなりのハードワークなように思えるが、彼女の姿を見ればそれは杞憂だとわかる。


 ま、無茶しすぎないよう注意するのは、僕ではなく両親であるノルドさんとリンダさんの役目だ。

 勿論、キッチリと王都でのお話はお伝えしている。


 ……まあ、向こうでの宿が黒竜騎士団の兵舎だったことは、流石のお二人もびっくりしていたようだが。


「ラナちゃん、お勘定ここに置いとくよ」

「あ、はーい。ヘンリーさん、お出かけですか?」

「ジェンドんち。フェリスの引っ越しの手伝い」


 ちゃりちゃりと、カウンターに日替わり定食の代金をちょうど置いておく。


 ささっ、とラナちゃんが回収して片付け始めるのを横目で見て、僕は熊の酒樽亭をあとにした。
















「よ、やってるか?」


 フローティア有数の商会らしい、立派な屋敷を構えるジェンドの家にやって来て、僕は倉庫に顔を出した。


 訓練でよく訪れるため、僕の顔は家の人には覚えられている。

 今、二人がどこにいるのかを聞くと、ここに案内されてきたというわけである。


「お、おお。ヘンリー、来てくれたか」

「こんにちは、ヘンリーさん」


 で、ジェンドとフェリスは、顔を埃で真っ黒にしながら、倉庫の中のものをえっちらおっちら運び出していた。


「……なにやってんの」

「いや、フェリスがうちのすぐ近所のアパルトマン借りたのは知ってるだろ」

「ああ。お前の家が持ってる物件だろ」


 それで、格安かつ素早く契約ができたらしい。なにせ、フローティアに来たその翌日には部屋を決めていた。なにもジェンドのコネの成果だけではなく、フェリスが治癒士であることも大きい。

 優秀な治癒士は、それだけで千金……いやそれ以上の価値がある。近場に住んでもらえれば、いざという時助かる可能性が大幅に上がるのだ。囲い込みたいというのは当然だろう。


 しかし、そうか。考えてみれば、僕もジェンドにアパルトマン紹介してもらえばよかったか。

 もはや根が張ったように、熊の酒樽亭から動く気はしないが。


「で、昨日話したとおり、うちで使ってない家具持ってって良いってことになったんだが」


 うん、覚えている。その荷運びの手伝いに来たんだから。


「流石に、タダで借りるというのは気が引ける。見た所、この倉庫は随分整理されていないようだし、良さげな家具を見繕うついでに、片付けようと思ったわけだ」

「別に気にすることないんだけどなあ。俺が生まれた頃から、整理なんて一向にしてないぜ?」

「……と、ジェンドはこう言うがね。私の方の座りが悪いんだ」

「これだよ。まさか俺がほっぽりだすわけにはいかないだろ?」


 なるほど。生真面目なフェリスらしい物言いだ。


「ふふ、悪いね、ジェンド」

「礼ならもうちょい、なんか欲しい」

「なにかって?」

「いや、そりゃ……なにかだよ」


 ジェンドは気恥ずかしそうに視線を逸らす。それで察したのか、フェリスも少し顔を赤らめた。


 ~~かーっ、ぺっ!


「あ、ああ、ヘンリーさんはゆっくりしていてくれ。私の家まで運ぶだけじゃなく、こんな大掛かりな片付けだ。流石に手伝ってもらうわけにはいかないだろう。夕暮れまでには済むから……それまで、どこかで時間を潰してもらうか、もしくは家具運びくらい私達だけでも……」

「いやいや、これで『じゃ、頑張れよー』って帰るのは薄情過ぎるだろ……」


 はあ、と僕はため息をつく。


「え、あ、いやでも」

「まあ、ジェンドんちにはよく庭貸してもらっているからな」


 このくらいは良いだろう。ちょっと疲れるが、頑張るとするか。


「あ、だけど。片付け中にイチャついたら殴るからな、ジェンド」

「そ、そんなことしねえよ!」


 今してただろうが。前科のあるお前の言葉など信用できねえよ!


「は、ははは。じゃ、じゃあ、申し訳ないけど、ヘンリーさんもよろしく」

「はいよ。で、どうすりゃいいんだ?」

「ああ、まずは倉庫の中のもの、片っ端から庭に運び出してんだ。んで、その後、倉庫の中掃除して、整頓しながら倉庫に入れていく」


 見た所、ジェンドの家の倉庫には、使わなくなった家具の他、壺やら絵画やらアクセサリーやらドレスやら、色んな物がこれでもかと詰め込まれている。


「実は値打ちモノもあったりするのかね」

「あるかもしれないけどなあ。大抵はガラクタだよ」


 そっか。

 まあ、先祖伝来のものとかもありそうだから、あまり粗雑には扱うわけには行かない。


 さて、と。


 僕は腕まくりをして、倉庫に立ち向かった。
















 まあ、なんだ。

 タンスやソファ等の大物もたくさんあったが、僕もジェンドも肉体派の冒険者だ。

 フェリスも女性とは言え、騎士としての修練を積んでおり、並の男冒険者を凌駕する身体強化を発揮できる。


 そんな人間が三人がかりで荷運びをした結果。一時間と経たずに倉庫の中身を全て運び出すことが出来た。

 ちっとタンスを倉庫の入り口のところに当てちゃったが、そこはジェンドは笑って許してくれた。


 んで、掃除を終わらせ、倉庫の中身を整理整頓しながら戻す作業の最中、


「……なにやってるんですか?」


 と、やって来たティオが不思議そうな顔をし、


「あの、今日はフェリスさんの引越し祝いでは」


 と、こちらはなにやらいい匂いのするバスケットを持ったシリルが、呆れたように僕らを見ていた。


「その、だな」

「どーせフェリスさんのことだから、タダで家具を借りるのは……とかそういうことでしょう」

「……その通りだ」


 うーわ、意外とシリルのやつ、他の人間のこと見てるんだな。

 いや、これはフェリスがわかりやすいだけか?


「折角ケーキ焼いてきたのにー」

「え、菓子とか作れるのか、お前」

「む!」


 シリルは眉を吊り上げる。


「ヘンリーさーん。なーんか、ヘンリーさんの中で私の扱いが雑じゃないですかー? 私はお菓子作りが趣味ですよ? あと、お茶とかもこだわりがあります」

「そ、そうなんだ」

「そうなんです。すぐに私のイメージを修正してください。こう、ぎゅいんぎゅいんと」


 ぎゅいんぎゅいんというのはわからないが。


 しかし、確かに女の子っぽい趣味である。

 だというのに、なぜこうも……なんというのか、残念な感じが拭えないのだろう。


 それもシリルの愛嬌だと言えば、その通りだが。


「そういえば、昔はカップケーキを作ってくれたなあ」

「あ、フェリスさん、覚えていらっしゃるんですね」

「ああ。あの頃からシリルの菓子は美味かった。どうも私は、騎士になる修行ばかりで、そういった方面は苦手でね」


 ふ、ふー、とシリルはニヤリと笑う。


「そういうことなら、今度ティオちゃんも合わせて、お菓子作りしましょう。そんで、その日は泊まり込みで、パジャマパーティと洒落込みませんか」

「私もですか? 別に、いいですけど」

「寝間着……私、下着の他はシャツ一枚なんだが」


 ぶっ、と想像したのかジェンドが吹く。

 ……お前、そんな言葉一つで。


「しかし……」


 キャイキャイと、主にシリルを中心に姦しくお話している我がパーティメンバーの三人を見る。


 翻って、僕とジェンド。


「なんていうか、男の肩身が狭い気がするが、気のせいだよな」

「き、気のせいだろ。このパーティのリーダーはお前なんだし」

「……え、いつの間に僕がリーダーになったんだ」


 初耳だぞ。


「いつの間にもなにも。一番のベテランで、冒険の方針決めるのは大体お前じゃないか」

「でも、最初はお前とシリルで始まったパーティだろ。僕の中じゃリーダーはジェンドだったんだけど」

「……いやいや、お前だろ。流石に、俺じゃ力不足だって」

「なら今のうちにリーダー経験しとくのもいいぞ。他のパーティとの共同討伐の打ち合わせとか、いい経験になるし」


 そして僕はそういうの面倒臭いからやりたくない。


 お前が、いやお前が、と押し問答をしていると、そんな男衆の様子をシリルが耳ざとく聞きつけてやって来る。


「おやおや~? 漏れ聞こえたところ、このパーティのリーダー決めでしょうか。ふっふっふ、二人ともやらないというのであれば、不肖このシリルさんが引き受け……」

「やめてください」

「流石に、シリルには任せられない」


 女性陣から却下される。なんでですかー! とシリルは抗議の声を上げるが、んなのわかりきった話だろ。


「……シリルさんの明るい性格は美点ということにしてもいいですが」

「ティオちゃん、『ということにしてもいい』ってなに?」

「ですが! ……どう考えても冒険者パーティのリーダー向きの性格ではありません」


 割と辛辣なところのあるティオが言い切った。


「残念だがシリル。私も同意見だ」

「俺も同じく」

「僕も以下略」

「えー」


 ぷぅ、と膨れっ面をするシリル。しかし、事は冒険に関わること、こればっかりはなあなあでは済ませられない。


 ティオは子供だし、シリルとは違う意味でリーダーには向いていない。生真面目過ぎるフェリスもいささか不安が残る。


「となると、やっぱりジェンドか僕の二択で、古参のジェンドがやって然るべきだろう。うん、そうに違いない」

「……えーと」


 みんな困った顔になる。


「一番、年上」


 びし、とティオが言う。


「ヘンリーさんは勇士だろう? パーティの顔は誰が見ても……」


 フェリス。


「今一番強いの、お前だし」


 ジェンド。


「……まあ、順当じゃないんですか」


 あ、シリルのやつ拗ねてやがる。


 ……あれ、これ断れない流れ?

 実は僕、リーダーやったことないんだけど。ジルベルト倒す前にバリバリ活動してた頃は危なっかしすぎて任せられないって思われてたし、その後の一年はダラダラしてたし。


 しかし、どう反論しようとも受け入れられそうになく。


 ……僕はなし崩し的に、リーダーをやることになった。







 なお、その後シリルとティオも加わって倉庫の整理とフェリスの新居への家具の移送は滞りなく終わり。

 シリル手製のフルーツケーキに舌鼓を打ちながら、僕たちは交流を深めるのだった。

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