第三百七話 アゲハとの話
今日も今日とて、僕とシリルは城のベランダから、南方面への支援砲火を行っていた。
……で、その南で、見覚えのあるツラが戦っている。
最初はちょっと忙しく、目を向けてる暇もなかったが、少し余裕が出てきたところでシリルが語りかけてきた。
(それにしてもアゲハさん、珍しく今日は南担当なんですねえ)
(ああ。戦力少ないのかね。確かにちょっと前までキツかったが)
魔法の準備のための歌唱中なので、やり取りはシリルの神器の『通信』によるものだ。
で、だ。
シリルの言う通り、今日はなんかアゲハのやつが南で大暴れ中である。
僕たちコンビがこっちを張っている時は、あまり他の英雄が来たりすることはないのだが。
(あー、そうかもです。確かこの時期は、ニンゲル教の大事な祭事があったはずで。サレス法国の人、あまり戦えないってそういえば)
(そっかー)
国教の重要な祭事ともなれば、人が減るのも道理である。この辺りは各国持ちつ持たれつだ。
……というのが現場の意見であるのだが、リーガレオの方だとそれにかこつけて文官さんたちがやいのやいのやっているそうである。ここリースヴィントだと、シリルの存在のおかげでそういうのはないが。
(……でも、あの人どーなってるんです? この距離にいるのに、しょっちゅう見失っちゃうんですが)
で、アゲハのやつは、一つ首を刈り、二つ首を刈り……ふと魔物とか他の冒険者の影で見えなくなったら、今度は全然違う場所で元気に首を刈り始める。
まあ、いくらこっから人の戦いを観察することが増えたとはいえ、シリルじゃ追いきれないか。
(あれだと記録官の人、正確にカウントできないんじゃ)
リーガレオやリースヴィントにおける冒険者の収入は、通常の魔物のドロップの他に、割り当てられた戦場の難易度に応じた報酬となる。
しかし、やっぱり大きいのは前者だ。
戦いっぱなしのところで拾う余裕はあんまりないが、とにかく単価の高いものや稀少なものだけを確保するのが一般的なスタイルである。
ただ、放置しっぱなしだと、捨てられたドロップ品で躓いたりしたりするので、こいつを回収するってクエストもある。大体、直接戦闘力には優れないが、目端が効きすばしこく、逃げるのが上手いハーフリングがやってる。
んで、こうして集められた放置ドロップ品の売却収入は、広くリースヴィントの冒険者の福利厚生に生かされるという寸法だ。
ただし、『ドロップを拾う暇があったら、もっと戦ってくれ!』という連中もいる。
そういう人たちの戦いは、記録官と呼ばれる人が監視し、適正な報酬を算出して渡す、ってことをする。
なお、エッゼさん、リオルさんクラスになると、もうカウントするのは無理! ってなるので、大雑把な概算になるらしい。まあ、あの二人が金に困ることはないだろうけど。
で、当然『テメェはドロップなんて無視して首刈っとけや』枠であるアゲハも、記録官が監視しており、シリルの危惧ももっともだが、
(おいおい、シリル。記録官の人は、直接戦闘力はないけど観察のプロだぞ? あんくらい見えてるさ。僕もこっからなら大体分かる)
たとえ見えなくても、ああいう位置関係ならこっちかこっちに行く、って感じでだいたい読める。割合、こういう時のアゲハは素直な動きするし。
……逆にロッテさんとかわかんねーんだよな。リースヴィント開放直後の一時期、防衛手伝ってもらってたけど、あっちにいると思ったらまったく予想外のところに出没するし。ワープでもしてんじゃないかって疑うほどだった。
(っと、撃ち込みます!)
(おっけ、行け。アゲハがあっちにいるから……ちょい西よりにぶち込め)
(ラジャ!)
シリルが高めた魔力を開放し、魔国方面から今もぞろぞろとやって来ようとしている魔物目掛けて魔法をぶっ放す直前、
(!? 待ったシリル!)
(え!)
静止の声を上げるも、発動しかけた魔法は止まらない。
数百もの大火球が、当初予定していた方角へ向けて疾走する。
「ど、どーしたんですか、ヘンリーさん」
「……あれ」
みんなが戦っている、そのすぐ側。
普段は目に見えない瘴気が、黒いモヤのように蠢き、巨大なカタチを作り上げようとしている。
ビリビリと感じる威圧感。
……魔物の『発生』。それもこれは、
「さ、最上級ですかぁ!?」
「ああ、しかもヤバい」
段々と具体的な形がわかり、相手の正体がわかる。
翼持つもの、最上級フレスベルグ。
そいつは、実体化するなり翼をはためかせ、上空に飛ぶ。
街の至近で最上級が発生したりしたらそりゃ危ないが、そん中でも空を飛ぶやつが出た場合の危険度は段違いだ。結界はあれど、単純に城壁の上から突撃される。止める暇がほとんどない。
……シリルの魔法の装填が完了してりゃ、一撃で落とせてたが、今一発撃って次の準備に時間がかかる。
チラッ、と僕はアゲハを見やった。
そのアゲハは、僕に向けて親指を立ててみせ――グッ、とその親指を直下に向けた。
まあ、そうなるな。
「アゲハさん、なにを?」
「『あれ落とせ』ってさ」
そうして。
僕はフレスベルグの翼に風穴を空けにかかるのだった。
「よー、ヘンリー! アタシのアシストご苦労だったな!」
僕が一投でもってフレスベルグの飛行能力を殺した後。
落下中の相手と交差するようにして、首を刈ったアゲハが、喜び勇んで城のベランダまでやってきた。
当然、入り口など無視して外壁をよじ登ってきやがった。お前、英雄で信用あるからって、後から怒られんぞ。
「誰がアシストだ。僕が翼抜いた時点で、あれはほぼ死に体だろ。お前がいなくたって、他の冒険者が囲ってぶっ殺してたさ」
「それ何人か死ぬやつじゃん」
……いやまあ。
たまたまアゲハがいたから良かったが、いくら最大の武器である翼がなくたって、最上級であるフレスベルグの脅威は並の――ここにいる時点であんまり並じゃないが、それでも他の冒険者じゃ荷が重い。
こんな激戦区で人死が一切出ないなんてことはありえないが、それでも少ない方が良いのは間違いない。
だから、確かにアゲハの言う通りなんだが。
こいつがさも自分の手柄だって態度なのは癪である!
(ヘンリーさん、槍投げ止めないでください。アゲハさんも、無駄にヘンリーさんを煽らない)
歌いながら、通信で説教してくるシリルにはぁい、と僕は頷いた。
……いや、フレスベルグ登場で一時あの辺りの瘴気が薄れて、魔物の圧が弱まったからちょっと休憩してただけなんだが。まあ、投げるか。
「ヘンリー、相変わらず嫁に尻敷かれてんのな」
「……うっさい。怒られてるのはお前もだろ」
「アタシは煽ったつもりなんてないし」
口の減らない。
「大体、なに勝手に下がってんだ」
「残念、アタシの担当時間はとっくに終わってる。最後のシメに大物刈りたかったから残業してただけ。いやあ、上級の群れでも来たらなあ、って思ってたけど、最上級が出たのはアタリだったな!」
……なんつー理由だ。
いや先程こいつが言った通り、アゲハがいる状況じゃなきゃ、僕が投げようとフレスベルグの発生で何人かは死んでたんだから、ありがたいはありがたいんだが。
「……それならお疲れ。帰って休めよ」
「えー、今日知り合い連中全員出払ってて、帰ってもやることないしなあ」
「休めっつってんだろ」
「首ずっと刈ってたから疲れてない。話にくらい付き合えよー。こんな安全圏で槍投げてるだけなんだから」
謎の理屈で疲労という人間の生理を無視すんな。いや、エッゼさんとかあの辺も似たようなもんだが……そう考えると、一足先に上位の英雄に近付いてんのか、こいつ。
(むう、ヘンリーさんだけお喋りはズルいです。私も参加させてください)
(いや、そんなこと言ったって)
リンクリングの通信によって、片方とは話せるが。シリルと相手間しか通じないこの能力は、三人以上のお喋りにはいかにも向かない。
悪い悪い、とシリルの頭をぽんぽんして、僕は適当にアゲハとダベった。
たまにジェンドのパーティ『レーヴァテイン』に付き合っているとか、リーガレオと違って楽しいとか、最近刈った首がさー、とかの最近のアゲハの冒険事情トーク。
……そんで、どう話が転がったのか、僕らの新婚生活についてとか、やることやってんだろヒューヒューとか。変な方向に話が逸れ。
『彼氏の一人もいたことがない寂しい女の嫉妬、ご馳走様でした』と僕が煽り返したら、『男が欲しいわけじゃないがお前の態度が気に食わない』と言い出したアゲハとの決闘が勃発しそうになり。
……高めた魔力をここで開放してもいいんだぞ? と言いたげなシリルの視線に、僕らは仲良しアピールをせざるをえなくなった。
そんな風に、なんやかんや槍で援護を続けながら喋っていると、
「っと、もういい時間だな」
いつの間にか僕らの担当時間も過ぎていた。
ちら、とシリルを見やると、コクリと頷き――最後の大魔法を、魔国の方から来る魔物たちにぶっ放す。
シリル得意の雷の魔法は、僕らの仕事終了の合図だ。……いや、普通に使ってはいるけど、そろそろ終わるなー、って時間に使うこれはそういうことになっている。
「……ふぅー! ヘンリーさん、お疲れ様です」
「おう、お疲れ。ほれ、喉飴」
「どうもどうも」
……あんだけ魔力使っておいて、先に歌っている喉の方が駄目になってしまう、そんなシリルさんです。
「アゲハ、僕らそろそろ上がるから、お前もいい加減帰れ」
「えー、シリルとも話したい。ほれほれシリル、ヘンリーとどうなんだ、ん?」
「もう何度もお話した気もするんですが」
「他人の恋愛ごとはいつだっていい娯楽だしなー」
……自分は興味を示さないくせに。
いや、でも皆無ってわけじゃないか。確か自分の首刈り趣味に理解のある男が好みとか昔言ってたな。存在しねえよんな男。
「じゃあ、わかりました。どうせでしたら、私たちのおうちにご招待しますよ」
「そういや城ん中に部屋があるんだっけ? 前ティオがお呼ばれされたって言ってた」
「はい。じゃ、行きましょー」
大きく腕を振って歩くシリルについていくアゲハの背中を見送る。
……なんつーか、今日話して思ったが。
こいつとは、なんかずっとこんな感じの付き合いになりそうだな。
まあ、悪い気はしないが。
なお。
城門を通らず、手続きもせず勝手に城に侵入したアゲハは、こっぴどく怒られ、後日教会から制裁まで食らったが。
『今度はバレないよう隠れて移動しないとな』と全然懲りてなかった。
いや、懲りろよ。




