第三百六話 英雄たちとの戦い
「……それでは、来月の計画はこのように。シリュール様、よろしいでしょうか」
今日の会議の進行役の言葉に、シリルは鷹揚に頷く。
「はい、問題ありません。まだまだ予断を許しませんが、皆さんの奮闘に期待しています。来月も、この街を守り抜きましょう」
『はっ!』
と、会議室に集った面々が直立し、各自の武器を掲げる。
かつてのフェザード王国の騎士の礼。リーガレオでは敬礼一つとっても国ごとに違っていたが、ここリースヴィントではこれで統一されている。
今日は、三大国の騎士団、軍隊、及び各教会の代表者が集まっての、防衛計画を立てるための会議だ。
政治の回し方は習っていても、流石にこの手の話は門外漢であるシリルだが、『この街のトップが承認した』という事実が重要なのでこいつの参加は必須である。
……あとはまあ、お世辞抜きで、単独で戦力の一角に数えられるレベルの魔法使いの運用方針を本人と話すためでもある。
「はい、それでは本日の会議は以上ということで」
ぽん、とシリルが手を叩き、先程までの真面目モードを解く。
そうすると、会議室にふと弛緩した空気が流れた。
トップがトップだからか、この城で働いている者たちは、公的な場でなければ割と気安い。
「それにしても、うむ。今期はなかなか暴れがいのありそうな戦場ではないか!」
「……エッゼ。それは単に今月余裕のある戦場に振られていたから、今回は厳しいところに割り当てられただけの話なのだが」
「うーむ、我ら黒竜騎士団は毎回でも激戦区に当ててもらって構わないのだがなあ。我が団の団員らは、皆その程度で音を上げたりはしないのである」
脳筋極まれることを言って、アルヴィニア王国騎士団代表――大英雄グランエッゼ・ヴァンデルシュタインさんが言い切った。
これまた、グランディス教会の代表の一人として来ている大魔導士リオル・クロシードさんは頭を抱える。
「グランエッゼ卿。貴方はそう言うが、我が方の騎士にも手柄を立てる機会が必要でね。貴方だけに戦果を上げやすい戦場を譲る訳にはいかないさ」
「承知しておる。リーガレオ時代から耳タコなのでな。しかし……相変わらずノックス卿のところは堅苦しいところであるな? もう少し肩の力を抜いても良かろうに」
「……いや、貴方の国のところが緩すぎるんだが」
はあ、と。ヴァルサルディ帝国の騎士総監という役目に就いているノックスさんがため息をつく。
まあ、騎士っつっても大雑把にいやあ、出世するのに必要な要素は冒険者と一緒だ。実力、実績、信頼、である。
ちょっと権威主義気味なところがあるヴァルサルディ帝国の本国の方だと、生まれとかも結構関係するらしいが、リーガレオ、及びリースヴィントでは例外。とにかく力があって手柄を立てたやつが出世するらしい。
……とまあ、そういう餌をもとに、身分の低い家出身の連中を焚き付けて人員を確保しているとかなんとか。
一緒に戦う仲間としては、モチベーションが高いほうが助かるのでいいんだが。
「とにかく、騎士たちの疲労もあるし、こうしてローテーションで回すのが良いのだ。貴方個人が英雄として動く分には勿論掣肘しないから、理解していただきたい」
「ううむ」
「ううむ、ではなく」
リーガレオ時代もよくあったやり取りなのだろう。
「エッゼさん、ノックスさんの言う通りですよ? あまりにゴネるようでしたら、女王命令で強制的に休み取らせますから!」
「おっと、それは勘弁である! 承知した、承知した。シリル嬢……っと、シリュール様のお言葉に従いましょう」
エッゼさんが改めてシリルへと誓いの礼を取る。
違和感がすげえが、エッゼさんも多少は……本当に多少は、外面を取り繕うことができるのだ。
「えー、会議が終わったんですから、シリルでいいですよ。私もようやく慣れてきましたが、そう呼ばれても一瞬反応できなかったりしますし」
「ん? そうであるか。それでは遠慮なく、シリル嬢と呼ばせてもらおう」
ハッハッハ、となにがおかしいのかエッゼさんが呵々大笑する。
まあ、これまたお馴染みのやりとりだ。この大英雄とシリルがリースヴィントに来る前から交友のあることはみんなが知っている。
勿論、それを理由に依怙贔屓などはしない。そんなことしたら一気に三大国の力関係が崩れるし、シリルを降ろそうとする動きになりかねない。
「うむ、それでは肩の凝る会議も終わったことであるし、我は少々暴れてくる」
「エッゼよ。会議の結果を伝える仕事が残っているだろう」
「その件であれば、副官に任せてある。我より余程明朗に伝えてくれるだろう」
「……まあ、それはそうだが」
うん、その手の仕事を副官さんにお任せするのはエッゼさんのいつものスタイルである。
……サボり、というわけではない。実際、エッゼさんがそういうことをする時間を戦いに当てれば、一体何匹の魔物を倒せるか。そして間接的に何人が助かるか。
外せない仕事もあるが、それ以外は極力戦闘と休息と訓練に当てるのが、エッゼさんのスタイルだ。
「リオルよ。久々に組まないか?」
「……まあ、構わないが。どちらに赴く?」
「たしかこの後シリル嬢はお休みであろう? この街の精鋭が魔国からの圧力に屈するとは思わんが、南の援護に向かうとしよう」
やいのやいのと。
相変わらず、最前線だというのにどこか余裕すら漂わせている。
「そうだ、ヘンリーも付き合わぬか? シリル嬢が休暇ということは、お前も暇だろう」
と、ふと思いついたようにエッゼさんが提案してくる。
「あー、っと。そうですね……」
僕はシリルの護衛役でもあるが、自室にいるなら当直の騎士さんが守ってくれる。この前にジェンドやゼストと訓練した時も、実戦離れを実感したことだし、是非帯同したい。
……が、この後の休みはシリルと茶でも飲もうと約束しているのだ。
恐る恐る、シリルを見やる。
「はいはい。別にいいですよ。私はピンと来ませんが、地味にヘンリーさんが焦ってるのは気付いていましたし」
「悪い、助かる」
いやね。シリルの護衛って役目を継続してこなすにも、勘を鈍らせすぎるのは良くないと思っていたのだ。
すぐにどうこうってわけじゃないから後回しにしていたが、正直助かる。
「じゃあ、エッゼさん。僕、シリルを部屋まで送ってくるんで。そしたら行きましょうか。南門辺りで待っててもらえば」
「いやいや、そういうことなら我も付き合おう。どこぞの刺客が襲いかかってきても、全て返り討ちにしてやろうぞ」
「ふむ、ここで私だけ知らんぷりというのも薄情だな」
城ん中の移動だけなのに、なんか英雄二人がオマケに付いてきた。
「……過保護じゃないです?」
同感。
「ォォォオオオオオッ!」
気合一閃、エッゼさんが振るった光の太刀が、南からやってきたゴーレム系の最上級、神鉄の巨像を真っ二つにする。
……最上級の中でも硬さという点は最強で、弱点である冷気を存分に叩き込まないと物理での打倒は不可能とまで言われているやつなんだが、『ごく一部の例外を除いて』という注釈が必要だな。
なんか一番強度の高い盾まで斬ってっし。前に聞いたことはあったが、やっぱりというか、ホラじゃなかったんだ。
僕は、今相手をしているドラゴンの攻撃を捌きながら、呆れるやら感心するやらといった気分で次の敵に向かうエッゼさんを見送った。
「おっと」
他に注目していることに業を煮やしたのか、上空のもう一匹のドラゴンがこっちに突進してきた。
重量と速度を生かした竜の突撃……だが、僕はひょいとそいつを飛び越すように躱して、すれ違いざまに目ん玉んところを突く。
ギャァァァァ! と耳をつんざくような咆哮が上がり、当然隙だらけになったそのドラゴンを強化込みの投げで仕留める。
お仲間をやられたもう一匹がブレスを吐こうとするが、残念。ブレスより、そっちに向かった大英雄が一刀のもとに討ち取る方が先だった。
「おうい! そろそろ休憩としないか?」
上空で魔導を撃ちまくり、大量の雑魚を間引いていたリオルさんが声をかける。
まあ、もうノンストップで二時間戦い続けている。まだ余裕はある――エッゼさんとか間違いなく僕より余力を残している――が、余裕のあるうちに休んでおくのもまた大切だ。
「ううむ、まだ暴れ足りないが、そうさな。良い頃合いか」
少し悩んでから、エッゼさんは頷く。
その仕草を見て、すう、とリオルさんが降りてきた。
「お疲れ様です、リオルさん」
「ああいや、大物は二人に任せて素通しだったからな。言うほどではないよ。……まあ、魔力はともかく、体力は少々消耗したがね」
並の前衛よりはあるが、魔導使いであるリオルさんはその辺りはやはり不得手であった。
「ふむ、こういう時は珈琲だな。今淹れよう」
リオルさんはそう言うなり、魔導で石のテーブルと椅子を作り、僕の持ってるのと同じメーカーの容量拡張の魔導具を手に、ぽいぽいと道具を取り出していく。
ティオのような神器と違って、人が作ったものは容量も少ないし、それでいて容量に比例して滅法お高いんだけど……こんな嗜好品を入れとくスペースがあるなんて、きっと最高級品だな。
「リースヴィントの冒険中だってのに、よくそんな余裕がありますね」
「普段はやらないさ。今日は心強い仲間が二人もいるからな」
と、見た目オジサンだというのに妙にチャーミングなウインクをして、リオルさんは魔導で豆を焙煎していく。
はあ、と。その言葉におだてられたわけではないが、僕は一つため息を付いて、こっちにやって来ようとした魔物連中に槍を投げた
エッゼさんはエッゼさんで、なんか剣をブンブン振って光の刃を飛ばして、同じように魔物を倒している。
……うーん、でも、しかし、
「しかし、ヘンリー。お主、随分と強くなったではないか。最初は実戦離れかまごついていたが、今は引退前より動きが良いぞ」
「あ、エッゼさんもそう思います?」
さっきの、ドラゴンの目玉突いた動き、多分前の僕なら成功と失敗が半々くらいだった。
たまたまではなく、『やれる』と確信して動けたのだ。
「なんでですかね。訓練はしてますが、実戦は最近投げばっかなのに」
「心持ちが変わったからであろう」
心持ち?
「そんな精神論でここまで変わりますかね」
「なにを言う。人間、実際その時のメンタルによって、良くも悪くも大きく動きは変わるぞ。まあ、気持ちだけでなんでもかんでも押し通せないのは確かだが」
……む、まあそりゃそうだが。
しかし、なにが変わったっていうんだろう。全然自覚がない。
「どうも心当たりがないという顔だが、あれだろう。シリル嬢と結婚したからでは?」
「え、え?」
「伴侶を得ることで驚くほど変わる人間はいるぞ。逆に、一人でいることがいい人間もいるが……お主は圧倒的に前者だな」
……な、なんだろう。そ、そうなのか?
いや、からかわれることはまあ慣れたが、これはなんか別方面に恥ずかしい。
「興味深い話をしているようだが、珈琲が上がったぞ」
「おお、これはありがたい。リオル、我の分の砂糖は……」
「本意ではないが、たっぷりと入れてある。ヘンリーは一個だったな。二人は先に飲んでいていいぞ。その間は私が魔物を引き受けよう」
と、リオルさんが前に立ち、僕とエッゼさんは石のテーブルについてカップを手に取る。
「なんだ。これだけ伸びているのであれば、あと数年もしたら、ヘンリーも我らの領域まで来るやもな。その時は手合わせでもしようぞ」
「……流石に無理じゃないっすかね」
数年ところか十年経っても足元が見えるかどうか。
……まあ、以前は足元さえ見える自信がなかったのだから、成長はしているってことだろう。
ずっ、と珈琲を啜る。
戦場の真っ只中で味わう珈琲は、なんともいい味がした。




