第三百五話 新しいパーティとパーティー 後編
「うわぁ、またすげえご馳走だな」
テーブルに並べられた料理の数々を見て、ジェンドが思わずといった風に感想を漏らす。
「ふっふっふ、なにせこの家の初めてのお客様ですからね。腕によりをかけました」
「それにしてもこれは……シリルさん、また料理の腕上げていませんか?」
「そりゃもう。冒険者時代は忙しくて無理でしたが、今は三食私が拵えておりますので。ティオちゃんも今日は存分に味わっていってください」
……いや、勿論のこと忙しくないわけではないのだが。
しかし、新婚ゆえかシリルは大張り切りで、忙しさの合間を縫って朝食、弁当、夕食と万端整えてくれている。正直頭が下がる思いだ。
「ヘンリー。お前、よもやとは思うが、シリルさんの好意に甘えて自堕落な生活に陥ってはいないだろうな? そこの盛り付けに失敗しているサラダはお前が作ったのだろう? 普段手伝いくらいしていないのか」
「うるせえ。……流石に任せっきりじゃねえよ。片付けとかは一緒にやってるし、掃除も……まあ一応できるようになった」
ゼストに反論する。
なお、料理については『私の役目です!』と、今日手伝うまで手を出させてくれなかった。
そして洗濯に至っては『恥ずかしいから私がやります』とのことだ。……今更? とは思いはしたが、反論したらややこしいことになりそうなのでなにも言わなかった。
城に住み込みの人のため、家事を担うメイドさんもいるからその人らに任せりゃいいとも思わなくはないのだが、まあ住み込みの人とは違ってここは僕達の家だ。自分たちで面倒を見るのが筋というものだろう。
仮にも王家が? とかツッコミを入れる人もいたが、所詮領土はこの街一つしかない零細だ。しかも三大国の支援が入ってて完全に自分たちの国とは言えない。そんなもんだろう。
……まあ、かつてのシリルの願いとしては、恐らくこれ以上ない結果である。
「っと、そうだ。みんな酒はなんにする? 一応各種用意してるけど」
僕の言葉に、おっと、と。ジェンドが声を上げた。
「それなら、俺らで土産買ってきてんだ。ティオ?」
「はい」
と、いつもの神器の鞄からティオが取り出したのは、でっかい樽。
……刻まれている紋章には覚えがある。フローティアの街の街章だ。
「って、まさか」
「そ、フローティアンエールな。最近、リースヴィントにも流通しはじめててさ」
そういえば、シリルの結婚式のとき領主様が振る舞ってくださったっけ。……もしかしなくても、あの抜け目のない領主様のこと、あのときに地元の商人に販路作らせたな?
まあ、こいつを口にできるようになるのであれば無論文句などない。今度うち用にも仕入れとこう。
「はい、それじゃあここからは私の出番ね!」
……と。
なにやら自信ありげにエミリーが腰のワンド――クロシード式の術式が刻まれた呪唱石を構える。
「? エミリー、なにを……」
「うーん、この量なら……《氷》+《氷》!」
本来であれば氷を生み出す魔導。それを応用したのか、極大の冷気が樽に浸透していく。
「……はい、完成! ぬるいエールもそれはそれでいいけど、フローティアンエールはキンキンに冷えていた方が美味しいものね!」
どうやら、エールを冷やしてくれたらしい。
いやまあ、そういう応用は非常に大切だが……ふっ、なんと素晴らしい使い道か。
「エミリー、ありがとう。愛しているぞ」
「あら、照れるわ」
ふっはっはっは! 即興でエールを冷やしてくれる英雄に対してはもっと称賛が必要だろ……いてててて!?
「シリル! 耳引っ張んな!」
「目の前で浮気宣言されればこうもします!」
「冗談に決まってんだろ!?」
結婚して半年も経ってねえんだぞ。いや、勿論何年後だろうとするつもりはないけど!
「あはは……相変わらずだね、二人とも。料理をいただく前にご馳走様って気分になったよ」
ほれ、フェリスも呆れてるだろうが!
「それにシリル。心配しなくてもヘンリーさんに浮気するような度胸や甲斐性はないだろう?」
「それはその通りですが」
ちょっと?
「まあ、それはそうだな」
「うむ」
ジェンドくん? ゼストくん?
あ、こら。ティオにエミリーまで、うんうん頷かない!
「ふ、フレッド。お前はそうは思わないよな?」
サンウェスト滞在時代、事実上の弟子みたいな立場だったフレッドであれば、きっと否定してくれるはずだ。
いや、別に浮気野郎と思われたいわけではないが、それはそれとしてこいつらの僕に対する認識は看過できん!
「え、えーと」
「なぜ視線を逸らす」
「……槍と魔導なら、ヘンリーさんはとても強いって俺知ってますから。多少の欠点くらいなんでもないと思いますよ」
どいつもこいつもか!?
「あの、もしもし? ちょーっと、お前ら聞きやがれ?」
「さぁさ。そんなことより早く座ってください。折角の料理が冷めてしまいますのでー」
と、シリルがみんなを促し、僕の言葉は無視され皆席につく。
……ぐす。
「じゃ、ヘンリーさん、乾杯の音頭をお願いします」
「……お前の役目じゃね?」
それぞれにジョッキが行き渡りシリルが言うが、お前この街のトップだろ。
「仕事の集まりならともかく、内輪のパーティーではやりたくないです。それにヘンリーさん、元ラ・フローティアのリーダーじゃないですか」
「ん、まあいいけど」
立ち上がり、みんなの顔を見渡す。
ジェンドたちはまだ僕達と別れてからそう時間も経っていないのに、一層強くなった感じだ。顔に自信が溢れている。
ゼストは……みんなを引っ張るような立場ではないし、自分たちだけで手探りをしながら冒険をして身についたものだろう。僕がいた頃じゃ積めない経験である。
ゼストのやつは……こいつ全然変わってねえ。いや、今更この堅物が変わるとは思っていなかったが。
で、シリル。
折角だし、と。普段はワインか軽い果実酒くらいしか口にしないのに、泡をたたえるジョッキを手に、笑顔でいる。
……まあ、いつも笑っているやつだが、それも最近とみに魅力的になった気がする。単なる僕の贔屓目かもしれないけどな。
うん、よし。
「それじゃ……とりあえず、全員元気みたいでなによりだ。僕達とお前らの今後の活躍を祈って……そして我らが麗しの女王に、乾杯!」
「えっ、ちょ?」
『乾杯』「か、乾杯!」
シリル以外の全員の声が唱和し、遅れてシリルもジョッキを掲げる。
ぐっ、ぐっ、と僕はジョッキを呑み干していく。……爽やかな苦味と、花のような香気。相変わらず、ここのエールは最高だ。
「どれどれ」
まずはと、オレンジソースのかかったソテーに取り掛かる。どんな下処理をしたのか、すげーやわらかい。ナイフですっと切れた。
そして噛みしめると、甘酸っぱいソースと肉汁が絡んでえもいわれぬ旨さだ。そこにエールを流し込むと、もうたまらない。
さて、次は、っと。
「ちょ、ちょっとちょっと! ヘンリーさん、なんですかさっきの乾杯の挨拶は。最後のやつ、私のことですよね!?」
「ん? 知らなかったか? この街の冒険者の、乾杯の時の常套句らしいぞ」
「な、なんで……?」
いや、なんでって、お前。
チラ、と、僕は実態を知っているであろう冒険者のみんなに目を向ける。
「私達の主戦場は北側ですが、南側の防衛を担当している人たちからは神様みたいに崇められていますよ、シリルさんは。酒場でよく聞きます」
……よく聞くほど酒場行ってんのね、ティオ。
「まあ、あんな火力で援護してくれりゃ、無理もないなあ。俺だって、仲間じゃなきゃ似たような感想だっただろうし」
「うん。本来魔国側である南方面が一番の激戦区になるはずなのに、そこが一番楽な戦場になっているしね」
ジェンドとフェリスも補足し、えー、とシリルは頭を抱えた。
「なんだシリル。お前チヤホヤされんの好きだろ?」
「別に誰にでもってわけじゃ……あと麗しの、とか正直恥ずかしいです」
お前の羞恥心の位置、結婚した今でも正直よくわからん。
「そ、それに援護しているのはヘンリーさんも同じでしょう?」
なんかシリルが僕を見るが、なにを勘違いしている。はあ、と理由を告げようとすると、ゼストが先に口を開いた。
「シリルさん。冒険者の大半は男です」
「は、はあ? そうですけど。ゼストさん、唐突になにを?」
「むさ苦しい男より、可愛らしい少女の方が人気が出るのは、これ当然かと」
それな。
あと、僕、シリルと結婚してて、嫉妬と感謝で相殺されてるっぽいし……
「ああもう、私の知らないところでそんなことに……」
「はは。でも実際、時々南に出る時はすごくありがたいよ。シリルの魔法の腕も上がってるみたいだし」
うん、まあフェリスの言うとおりだ。
リースヴィントを取り返したあの戦い以降、シリル曰く『なんか慣れた』らしい。
普通の冒険では不要なほどの高火力の魔法は、これまで使う機会自体少なかった。自分の魔法がどこまでできるのか、正確なところはシリル自身わかっていなかったっぽく。
今では威力、魔法を撃つ速度、精度、全部上がってる。
言ってはなんだが、一冒険者をやってるよりこちらのほうが向いているんだろう。僕的にも、直接的な危険が少ないところにいてくれるのは安心できる。
「……お前を褒めるのもなんだが、ヘンリーもな。投げが随分達者になっている」
「あー、それなあ。そっちはいいんだけど、前線出ないから接近戦がなまってる感じがして。練度維持程度にトレーニングはしてんだけどな。ゼスト、今度訓練付き合ってくれよ」
「お、訓練なら俺も入っていいか?」
「俺も。久し振りにヘンリーさんに槍見てもらいたいし」
ふむ、ゼストだけじゃなくジェンドとフレッドもか。……なら締めに総当り戦でもやってみるか? いいな、今からちょっとワクワクしてきた。
「男衆は変わりませんねえ」
「……そうですね。どうです、ヘンリーさんが空いている時間ならシリルさんも空いているんでしょう。その間、我々は女子会でも」
「お、ティオちゃんが提案してくれるとは珍しい」
「料理が美味しいので。その時も、是非作って頂けると。とっておきのリシュウの清酒を持ってきます」
「おいおい、今宴会しているのにもう次の算段かい?」
「あ、もちろん私も参加するわよ!」
ワイワイと、美味い料理と酒に話も盛り上がっていく。
……毎日忙しいが、たまにこんな時間を過ごせる日を守っていくためならば、辛くはない。
酔ったのか、珍しくそんな感傷的なことを考えて、僕はエールを呷った。




