第三百四話 新しいパーティとパーティー 前編
キッチンに立ち、包丁でショリショリとじゃがいもの皮を剥いていく。
「ヘンリーさん、そっち終わったらお肉の下ごしらえの方お願いします。筋全部切っちゃってください」
「はいよー」
僕の隣で、ボウルの中身をかき混ぜているシリルの指示に頷く。
ほい、と皮を剥いたじゃがいもをシリルにパスして冷蔵庫を漁り、今日この日のために仕入れておいた良い目の肉を取り出し、再び包丁を構えた。
「いやー、なんというか……キッチン周りは私が独占していましたが、こうして二人で料理するのも悪くないですねえ」
「あー、まあな、うん」
僕は手伝いくらいしかできないが、うん、シリルの言うこともわかる。なんとなく、こういう風に隣に立って同じ作業をするのはこう……いい感じだ。
城のベランダから槍投げて魔法ブッパしてってのとは全然違う。
「っと。それはいいけど、ちょっと急がないと約束の時間に間に合わないぞ」
時計を見ると、思ったより時間が過ぎていた。
「おっとと、そうですね。ヘンリーさん、お肉は……」
「今終わった」
シュッ、と僕は包丁を翻すと、次の瞬間には筋という筋を全部切り取られたお肉ちゃんが残る。
あまり冒険者技術が料理に役立つことはないのだが、刃物を使って肉を断つ……という行為に関しては、ご覧の通りである。ナイフとかならもっと楽だが、流石に戦闘に使ったやつを料理には使えない。
「もう。あんまり無茶しないでください。怪我しますよ?」
「おいおい、いくらなんでもこの程度でミスしないって。ちゃんと安全距離取ったぞ」
他のものとかに当たらないよう、五センチも余裕もたせたし。
「……とても安全とは思えませんでしたが、そうなんですか」
シリルは、はあ、と一つため息を付いて、肉を引き取る。そうして、塩やらなにやらで下味を付けていき、
「えーと、シリル。僕、他になんかやることあるか?」
「うーん、と。それじゃあ、サラダ作りの方お願いします。ドレッシングはシリルさん特製のがありますので、野菜を切って見栄え良く……は無理だと思うので、適当にサラダボウルに盛り付けてもらえれば」
ぬ、ぬぐ、一言多い奴め。
「い、言ったな? 見事なサラダを作り上げてぎゃふんと言わせてやる」
「ぎゃふん……これで満足でしょうか」
「てい」
コツン、とシリルの額を突っつく。
「もー、暴力はやめてください。またユーさんに言いつけますよ」
「……それはやめない?」
前に似たようなこと言って、遠回しに惚気けていると思われたじゃん。……『全然遠回しじゃないんですけど?』とも言われたけど。
「はあ……とっとと準備済ませるぞ。ジェンドたち来ちまう」
「はぁい」
と、僕とシリルは作業に戻るのだった。
今日は、友人であるジェンドたちを招待してのプチパーティーをする予定である。
特にお題目があったわけではないが……リースヴィントを開放してからこっち、個別にはちょこちょこ会ってはいたものの、なかなか全員は集まれなかったので、『そろそろ落ち着きましたし』とシリルが企画した。
まあ、企画した辺りでジェンドたちもお目出度いことがあったので、丁度良かった。
そして、これがリースヴィントの城の中にこの部屋――僕とシリルの自室ができてから初めて客を招く日だ。
盛大に歓迎しないと、とシリルは大張り切りで準備を進めていた。
で、ホストの片割れとして僕もなにかしないと、と思い立って、料理の手伝いを申し出た次第である。
……まあ、
「ヘンリーさん、食べてお腹に入ってしまえば同じですから」
「……下手な慰めはよしてくれ」
幼少期の星の高鳴り亭での手伝いとかのおかげで、下拵えであれば戦力になれるが、こう、パーティー料理っぽい華やかな感じに盛り付けるのはまったく別の話であった。
サラダというより、なんか野菜の塊? みたいな風情の一品を見て、僕はがくりと肩を落とす。
野営とかじゃ見た目なんて二の次三の次だったしなあ。この一品に悪戦苦闘して、結局ものすごい時間をかけて出来上がったのがこれだ。
……はあ。
僕がこれを作っている間にシリルが仕上げた品々を見て、ちょっと凹む。テーブルの上には、見るからに美味そうな料理たちが湯気を立てていた。
と、そこでチリン、チリン、とベルの音がした。リビングに設置してある、簡易通信魔導具。玄関との間の通信用だ。
魔導具を耳に当てると、うちの家の前の警備してくれている騎士さんが出る。
『失礼します、ご友人の方々が到着されました』
「はい」
最初は玄関前に騎士まで配置せんでも、と思っていたが、今は考えを改めている。
……魔物が相手なら、最上級が突っ込んでこようとシリル守って逃げる自信があるが、こう、今の立場が立場なので、人間の刺客の可能性も無視できない。魔物相手ではなく、人を相手するための訓練をした奴相手じゃ、僕も勝てるとは言い切れないし、非常に助かる。
後ろで聞いているだけだが、シリルの仕事に付き合って、そう思うようになった。
ここに回される騎士は、エッゼさんが手配してくれているので背後関係は安心である。エッゼさん派の騎士に、んな細かいことを考えるような輩はいな……いなくて大丈夫なの?
『……ヘンリー様?』
「っとと。どうもです。通してやってください」
ふと余計なお世話に違いない心配が頭をよぎって反応が遅れた。咳払いを一つ、騎士さんに返事をする。
『はい』
シリルと視線を交わし、出迎えるべく僕たちも玄関の方へ。
ガチャ、と玄関のドアの開く音と……懐かしい話し声。
「よう、いらっしゃい」
「皆さん、いらっしゃいませー」
玄関先に立つ、懐かしい面々を歓迎する。そう長いこと会っていないわけじゃないが、その前は毎日ツラを突き合わせていたから余計にそう思う。
ジェンド、ティオ、フェリス、ゼスト。そして、あと二人……
で、あと二人の片割れが、目を輝かせてスゲーテンションで手を上げた。
「ええ、ええ! こんにちは、シリル、ヘンリーさん! 前にサンウェストのおうちにお呼ばれしたときもそうだったけど、綺麗なおうちね!」
「どうもです、エミリー。そこはそれ、私の掃除技術のたまものです」
初っ端からまくしたてる女冒険者……つい先日、ジェンド率いるパーティに加入したエミリーである。
「……あー、ジェンド。大変そうだな」
「いや、普段はフレッドが相手してくれてるし。冒険中は真面目にやってくれっから」
苦笑いを浮かべているジェンドに言うと、その隣に立つフレッドがげんなりとする。
「ジェンド、俺に押し付けないでくれよ」
「慣れてる奴がやるに限るだろ」
「はあ……」
と、フレッドは大きくため息をつく。
こいつも、エミリーと一緒にジェンドのトコに入った。
遠近対応できる槍使いと、高火力の魔導使い。……考えてみれば、僕とシリルの抜けた穴を埋めるのにピッタリの人材だ。
元々実力のあった二人は、順当にステップアップし、一つ上を目指すため仲間を探し……元星の高鳴り亭宿泊客の縁で、なんやかんやあってジェンドたちと一緒にやっていくことになったらしい。
冒険者を離れてた僕は詳しい経緯は知らないが、まあ、立ち居振る舞いから見てフレッドの腕も十分に成長しているし、信頼できる相手だし、めでたいことである。
「しかし、ジェンド。フレッドとエミリーが入ってますます活躍してるそうじゃないか。パーティ『レーヴァテイン』っつったら、城の方でもよく話題に出るぞ」
「……う、やっぱまだパーティ名慣れないな」
二人の加入をきっかけに、こいつらは御伽噺に出てくる炎の大剣の名を冠したパーティ名を決めた。名前は、当然リーダーであるジェンドの武器に由来している。まあ、ジェンドの気持ちはわからんでもないが、
「大仰な名前じゃああるけど、そのくらい見栄張ってるパーティなんざ大勢いるぞ」
「いや、それもだけどさ。なんで俺がリーダーに……ヘンリーからもゼストに言ってやってくれよ」
「……あー」
まあ、実力や実績だけを見ると、この集団のリーダーに相応しい人物といえばゼストになるが。
「……何度も言ったろう。俺に、集団の指針を考えることは無理だ」
「いや、でも年長だしさ」
「無理、だ。俺は槍を振るうことしかできん」
ゼストが、『考えることは他の人間の仕事』と割り切っているのは昔っからである。ジェンドに縋るような目で見られたが、肩を竦めて済ませた。
「はは……あー、シリル。これはお土産だ」
「ありがとうございます、フェリスさん。あ、これあの有名なお菓子屋さんのやつですね」
「ええ! そうよ。なにを隠そう、最近私、このお店の飴を贔屓にしていてね」
「へー、そういえばエミリーいつも飴持ち歩いていましたねえー」
わいわいと、シリルとフェリス、エミリーが話し、
「皆さん。いつまでも玄関先で騒ぐのは。護衛の人、ちょっと困ってますし」
と、そこでティオが話を遮った。
なんか人によっては怒っているように見えるが、こいつはこれが平常運転である。
「ま、そうだな。みんな、上がってくれ。シリルがそりゃもう張り切ってディナーを作ってくれてる」
「ちなみに、ヘンリーさんも一品作ってますよー」
……それは強調しなくてもいいんじゃないかな、シリルさん?
ともあれ。
今日は楽しいパーティーになりそうだった。
 




