第三百三話 半年後
リースヴィントを奪還するあの戦いから、はや半年が過ぎた。
……本当にあっという間だった。あの日から、毎日毎日目まぐるしく状況が変わって、気がついたらこれだけの時間が経っていたのだ。
状況も安定してきたので、少しこれまでのことを思い返す。
決戦の日に一度は撤退に追いやった二人の魔将だが、その翌々日には元気にもう一人新顔を連れて襲ってきた。
幸いにして、前の決戦の時よりは人もぐっと増えたこと。また、まだ安定しないリースヴィントの防衛のため、上位英雄四人が後方に退かずに全員揃っていたこともあって、なんとか撃退に成功。
……しかし、『撃退』であって『討伐』ではない。またしても、上手く逃げられてしまった。
まあ、考えてみれば、魔国の豊富な瘴気があり、物理的な距離はリーガレオよりずっと近いのだ。魔将が頻繁に攻めてくることも十分考えられた事態である。
二回はなんとかなったが、三回、四回となると英雄の誰かがやられて、押し切られてしまうかもしれない。
当時はそんな不安が頭をもたげたが、それは杞憂だった。
なんと二回目の襲撃を退けたあとすぐ、『こんなこともあろうかと!』とでも言わんばかりに、またしてもラナちゃんの新術式がお目見えしたのである。
まあ、効果自体はシンプルで驚くものではない。土地の瘴気を分解する浄化の効果。やや扱いが特殊な術式で、浄化術士と呼ばれる専門職が、主に魔物を駆逐した土地にかけて人の住める場所にするために使うものだ。
……なお浄化術は、魔国により近いリースヴィントどころかリーガレオであっても、かけたところですぐさま瘴気に染められるから無意味だった。
で、このラナちゃん謹製のものだが。たった二週間に一回施すだけで、継続的にリースヴィント周辺の瘴気をリーガレオ以下にする、というトンデモ効果である。
その分、触媒やらなにやらで費用も嵩むから、無差別にかけまくるってわけにはいかないらしいが、これでぐっと魔将が来る可能性は減った。
三回目来たとき、この浄化術式のせいで活動するための瘴気が足りず、すごすごと帰ることになってしまった魔将たちについては、失礼ながら少し笑ってしまった。
後方に割く警戒は左程でもなくていいリーガレオと違い、『発生』する魔物を考慮すると全周を疎かにできないリースヴィントの防衛も、ぐっと楽になった。
で、こうなればあとはリースヴィントの復興作業だ。
この辺りで、僕とシリルは前から宣言していたように冒険者を引退。執政側に移った……んだよなあ?
こほん。ともあれ、まあやることは単純。
リーガレオと同じように三大国とグランディス教会が手を組んで、街の防衛。その間に、職人たちが城壁を修理し、並行して生活するためのあれこれも整えていく。
なお、かつて同じように攻め滅ぼされていたリーガレオを拠点として復興する時は、やれうちの国の執務室を優先しろだの、そっちの国の提案はそっちの国の提案だから反対だの、国の面子で引き下がれない指導者層を、教会が宥めるといったグダグダ具合だったらしい。
しかし、三大国と教会が平等の立場だったあの時と違い、今回はその心配はない。
リースヴィントのかつての支配者。旧フェザード王国の王族の直系――シリュール王女様が代表としてデン! と立っているからだ。
おかげで、三大国の面々は大人しくトップの方針に従い、国同士の諍いは……流石にゼロではないものの、若干数に留まった。
もともとそれが目的でシリルを担ぎ出したのだから当然の結果といえば当然の結果だが、それでもここまでの効果は上の人たちも想像外だったらしい。
……背景には、冒険者たちの圧倒的な支持がある。
決戦のあの日、城のベランダから強力無比な魔法を撃ちまくり、戦いの趨勢に大いに寄与したシリルである。それもさもありなん。
んなわけで、街のメイン層である冒険者から大人気のシリルの指示には、逆らえる人がいなくなった、というわけだ。
まあ、勿論シリル一人で全てを回せるわけはなく、色々な人と相談しながら作業は進めていた。
冒険者を引退し、シリルの護衛としてそれに引っ付いていた僕は、こいつこんなにできるんだ、と感心しつつ、なんとか少しでも理解できるように努め……結局何一つわからなかった。
畜生。
……それはいいとして。
そうして城壁が直り、執政の場としての城が直り、冒険者向けの宿やら兵士騎士さんたち用の宿舎やらがにょきにょきと建っていき……三ヶ月ほどで、なんとかリースヴィントは防衛都市としてひとまずの完成を見た。
なお、たったこれだけの時間でできたのは、資材やら人員やらをノータイムで運べるラナちゃん謹製の転移門の術式が大いに役立ってくれたおかげだ。
現地で調達しなくても、資材は別んところで切り出したものを輸送できるし。人員については、リースヴィントに泊まるところがなくても、転移門で別の街に帰る、とかできるし。
勿論、三大国のバックアップあってのことだが、とんでもないことである。
……そういえば、ラナちゃんの銅像を作ろう、とかいう嘆願が無視できない数来てたな。十年もすれば乱立するかもしれん。
んでだ。
結局、延ばし延ばしになっていたが……その辺りで、僕とシリルの結婚式を執り行った。
式を行ったのははリースヴィントの城。
かつてこの国の騎士見習いだった僕、そして王族の生き残りであるシリル、両方にとって相応しい場だ。
これまたラナちゃんの転移門のおかげで、フローティアの知り合いも不自由なく列席でき。
戦場がすぐ近くだというのに、式も披露宴もそれはもう盛大なものとなった。
僕はというと、ガチガチに緊張しっぱなし。反面、シリルはまったくもっていつも通りに大きな笑顔を振りまいていた。
……あの時は、フローティア領主のアルベール様と夫人のアステリア様が本当の両親のように涙をこぼしていたのが印象に残っている。
なお、友人としてユーとアゲハにスピーチしてもらったのだが。アゲハの馬鹿野郎がぽろっと僕の失敗談をこぼして少し取っ組み合いの喧嘩になった。
ま、まあ、それもいい思い出である。そういうことにしておこう。
……こうして思い返していると、本当に色々なことがあった。
冒険者は引退して、僕はシリルの配偶者、兼その護衛役、兼後ろで睨みを利かせる立場となっている。
今までとはまったく別物の仕事だ。まだまだ不慣れだが、ちゃんと覚えていこうと思う。書類仕事とかもちゃんと手伝えるようにならないとなーあっはっは。
「……なんて僕考えていたんだけどォ!?」
槍を構えて、全力で投擲。
お城の近くに建てた診療所で治癒士やりながらこっちに強化送ってきてるユーのおかげで、威力精度ともに魔将をヤッた時と同等以上の投槍が、リースヴィントを攻めてきている魔物の一角に突き刺さる。
僕がブッ潰した辺りは、とあるパーティが苦戦していたところ。そのパーティは、遠くの僕の方に手を上げて、礼を伝えてきた。
「な〜に〜を〜♪ 言ってるんですかぁあぁぁ♪」
「……いや、なんで僕冒険者引退したはずなのに、現役ん時より槍投げてんだろーって思って」
僕と同じく城のベランダに立って、かつての決戦の時のように歌ってるシリルに答える。
「? そりゃあー♪ これが有効だからではー♪ ……『ライトニングジャッジメント』!」
魔法を唱えると、防衛線のずっと向こうに雷の雨が降り注ぎ、こっちに向かおうとしていた数百からの魔物たちが哀れ黒焦げとなる。
「ほら、ヘンリーさん、あそこあそこ」
「はいよ!」
シリルも大分慣れてきており、こっから危なそうなパーティを見つけるのは得意になった。
僕も目をつけていたところなので、遅滞なく投げてドラゴンの群れに襲われていたパーティを救う。一匹残ったが、あの実力なら単体のドラゴンくらいはすぐ倒せるだろう。
……そう、リースヴィントの城のベランダからの遠隔攻撃による前線への援護。
これがまたひっじょーに有効とのことで、シリルが街の代表に収まったあとも、継続的にやらされている。
実のところ、机に向かって内政やってる時間と、ここで槍投げたり魔法撃ったりしている時間は大差ない。
有効は有効だが、あんまり僕とシリルに頼り切ってしまうと、万が一病気とかで動けない事態になったら目も当てられないので、あえて多少時間は抑えている。
いる、が……いやしかしね。フツーに冒険者やってた時より、投げばっかしてるせいで、投槍に関しては間違いなく今のほうがやってる数多いぞ。
「いいじゃないですか。ふーふの共同作業って感じで、私は嫌いではないですよ。おっと、次の魔法次の魔法。〜〜♪」
夫婦の共同作業とかふんわりした呼び方をするには、ちょっと物騒すぎやしないですかね!?
ええい、と、僕はヤケクソになりながら、次の投擲場所を探すのだった。
「ふう、お疲れさまでしたー」
「……お疲れー」
城のとある部屋――僕とシリルの私室に帰還して、僕達はお互いを労い合う。
しかし、相も変わらず、こと魔力に関しては軽く化け物の領域に入っているシリルはケロリとしているが、こっちは全力での投げを四時間も休みなくやったせいで疲れている。
なお、この四時間はユーの強化魔導の制限時間である。昔より少し延びた……が、その分働くことになってしまったので良し悪しというか。
でも、これやってるおかげでもうシリルがトップに立つことについて文句をいう奴が一切出なくなったし、ついでに一准騎士から元とはいえ王族になった僕についてもやっかみとかが表向きないので、苦労をしている甲斐はある。
それに。
功績著しく、本来であれば『そう』なっていたが、流石に引退する者には……と見送りとなる予定だった『英雄』の称号も、この仕事のおかげで僕とシリルセットで贈られた。
ちなみに、個別ではなく、二人で一人の英雄扱いである。まあ、実は似たような前例はあるし、僕たちは割と立場的に微妙なので仕方がない。この形にもっていくだけで、教会内の調整とか大変だっただろう。推進してくれた七番教会のカイン上級神官には感謝である。
「ふうー、今日の執務は午前中に片付けておきましたし、ちょっと夕飯まで休憩としましょう。お茶淹れますね」
「ああ」
この部屋は、もともとは王族の居住区として設えられたところだ。
当初はかなり滅茶苦茶になっていたが……復興の際、シリルの趣味をこれでもかと込めて再建された。なお、プライベートなところだから、金は僕とシリルで出した。
一応、この城にも働いている人向けの食堂はあるし、会食用のスペースも一応ある。
ただ、料理好きのシリルは、わざわざキッチンとダイニングまで設置した。あとはリビングと風呂と……まあ、城ん中にちょっと豪勢なアパルトマンの部屋があるとイメージすれば大体合っている。
なお、主寝室に関しては僕の強い要望により防音の魔導素材を仕込んだ。……なんでって、いやほれ、わかるだろう? 護衛役の僕がいるとはいえ、この城のトップであるシリルの部屋の前を無防備にするわけにはいかず、騎士さんが立ち番してるし。
リビングのソファにどっかりと座り、ふう、と疲れの交じるため息をつく。
「ふんふーん」
キッチンで、ちょこまかと茶器やら茶缶やらを用意するシリルの背中を眺める。
……まあ、一線を退いて、これからもうちょっとのんびりできるかもなー、という目論見は盛大に。そう、それはもう盛大に外れたが。
「あ、ヘンリーさん。薬缶にお湯ください、お湯」
「へーい」
今の生活に、僕は満足している。




