第三百二話 反撃の開始
「ハッハァ! 最上級三匹目!」
……と、実に調子良くアゲハの野郎がウォードラゴンの首をポンと刎ねる。
「馬っ鹿! 後ろがら空きだボケ!」
が、そのアゲハの背後には、渾身の竜の突撃を仕掛けてくる普通のドラゴンがいる。
僕は仕方なく、投げでそいつを迎撃してアゲハを救ってやった。
「ええい、さっきから僕ばっかフォローさせられてんだけど、どういう了見だコラ、アゲハ!」
「はぁん? 魔将ヤるなんて美味しいとこ取りしたボケナスがなんか言ってんなあ!」
「ラストの方はお前出来ることなかっただろ! こっちに責任転嫁すんな!」
「アア゛!?」
上級の魔物をばっさばっさと倒しながら、僕とアゲハはお互いに罵倒し合う。
そこで、僕の後ろで強化魔導と支援を飛ばしているユーが一つ大きなため息をつき、
「……お前らいい加減にしろ?」
「……はい」
ヒッ、と思わず悲鳴が上がりそうなほどの怒気を込めて、ユーがキレる。
アゲハの方には聞こえなかったようだが、ジェスチャーで『ユーがそろそろヤバい』と伝えると、コクコクコク、と何度も頷いて真面目に討伐に向かった。
いや、別に意味もなく雑談してた訳じゃないよ? 魔将との戦いは滅茶苦茶気ィ張ってた。気を抜く……という意味ではないが、もう少しテンションをいつも通りにしないと長続きしない。
そのための会話だったのだが……まあ、ちょっといつも通り過ぎた。
ふう、と一つ息をつき、ざっと戦場を眺める。
「ユー、あっち側の攻勢が強い。行くぞ」
「了解」
怪我人もいるだろう。元々魔将向けの決戦戦力扱いだった僕たちは、それ以外に明確な役割を振られているわけではない。
まだ戦っている他の魔将の方に向かおうかとも思ったが、今まで現れた魔将の中でも最強とセシルさんが評価したハインケルの方は、僕らは来るなと言われている。
もう片一方は、最後のシリルからの連絡からして、ロッテさんたちの優勢は動かなさそうだ。
そんなわけで、ユーがいる僕たちは、魔物を倒しながら強襲医療神官的に動くことにしていた。
「……でも、この戦場は大分落ち着いてきましたね」
「そうだな」
元々は、僕たちが魔将との戦いに専念できるよう、この戦場の人間はランパルドとの戦いに魔物が割って入れないよう動いていた。
ランパルドを倒したことで、その必要がなくなり、『のびのびと』戦うことが出来るようになっている。
ここに送られてきたのは、実力者ばかり。戦いの枷がなくなれば、魔国の魔物たちにも引けを取らない。
「と、ところでだな、ユー」
「なんですか、改まって」
「……シリルからまだ通信って届いてる?」
僕の方には、ランパルドに最後に向かった時以来、来ていない。リンクリングの『通信』の能力は、こっちは切ることはできるが、接続は向こうからしかできないのだ。
「ええ。たまに、他二つの戦場の状況を教えてくれますが。状況は大分優勢のようです。ランパルドが死んで、魔物の統制も少し乱れてるらしいですよ。私は実感できませんが、遠間からだとよく分かるんですね」
「そ、そうか」
「……まあ、状況自体は私が把握していれば問題はありませんが」
はあ、とユーがため息をつく。
……おっと、巨人が十匹。あれはちとキツいパーティもいるだろうし、とりあえず頭ブチ抜いとこう。二匹察して躱されたが、いつの間にか距離詰めてたアゲハが処理、っと。
槍を引き戻していると、ユーが呆れたように、
「私も命懸けの特攻は感心しませんが、納得はします。けど、シリルさんの立場と性格では、怒るのも無理はありません」
次の戦場に走りながら、そう説明する。
「そ、そうか? その、仕方ない状況だったんだが」
「そうだったのかもしれませんが、シリルさん的には、負けそうだから助けてくれ! って言え……といったところなのでは。実際それでもテンション上げて攻撃してくれた気がしますし」
……ちょっと勝ち目薄くなりすぎて、後ろ向きになりすぎだったか? でもなあ。
「まあ、戻った時は私も少しはフォローしてあげますよ。真っ先に気絶しちゃった身として」
「……んにゃ、これは僕の責任だし。僕だけで話す」
そ、とユーが頷いた辺りで 鬼虎数十匹に囲まれて難儀してるパーティ発見。一人負傷してるっぽいし、
「ユー、あそこに突っ込むぞ」
「了解です」
そうして、リースヴィント防衛の戦いは続くのだった。
ランパルドを倒して、一時間ほど。
リオルさんとロッテさんのコンビが、対戦していた魔将を撤退に追い込み。十分に距離が離れるまで追撃して。
エッゼさんらが相手をしていた魔将ハインケルとの戦いに二人が合流。そうすると、流石の最強の魔将でも退かざるを得なくなった。
……あの上位英雄四人と相対して、逃げられるだけでその厄介さは十二分にわかる。
僕らが先に勝ったとしても加勢に来るな、って言われるわけだ。ちとレベルが違いすぎる。援護くらいはできると思うが、事故死する可能性が高い。
そうして残ったのは、指揮官がいなくなって異なる種族間で連携というものをしなくなった魔物たち。
――いつものリーガレオの戦場だ。
追加の人員も続々と転移してきており、ようやく一部の人間の撤退許可が降りた。
城門をくぐっていると、アゲハが退屈そうに、
「あー、アタシは首刈ってりゃ元気でんのになー」
「そんな奇特なやつはお前だけだ。僕はもうクタクタだよ……」
ボケたことを言うアゲハに対するツッコミも、我ながら弱々しい。
体力的にはもちろん、精神的にも疲労困憊。叶うなら、今すぐ飯食ってベッドにダイブしたい。
「疲れているのはわかりますが、ヘンリー?」
「わかってる」
まだ大魔法を撃ち続けているシリルがいるベランダへ、そっとユーが視線を向ける。
……あいつ、一瞬こちらに視線を向けていたから、多分僕らが帰ってきたことに気付いているはずなのに、その後は頑なにこっちを見ない。
いつもなら、歌いながらもこっちに手をブンブン振っていただろう。
神妙な気持ちになりながら、僕はシリルに向けて飛ぶ。
「《光板》」
途中、何度か空中に足場を作って、直接向かう。
五回ほど繰り返して、とん、と僕はベランダに着地した。
そうするとシリルの隣で……流石に、魔将が撤退してここまで届く攻撃が来るとも思えないのに、完全警戒態勢のゼストが視線だけこちらに向けた。
「ヘンリーか。ご苦労だったな」
「ゼストも、シリルの護衛ありがとう」
魔将ハインケルの遠距離攻撃を防ぐのは、こいつじゃないと厳しかっただろう。
「なに、これも役目だ。……魔将との戦い、ラ・フローティアで俺だけ参加できなかったのはやや口惜しいが」
「それこそ役目っつーやつだろ。そもそも、ゼストがいたらお前連中止めて自分だけ来なかったか?」
「……それはそうかもな」
あいつらが魔将との戦いに割って入ったのは、大分危険な行為だった。命を助けられた僕が注意なんてできるはずもないが、ゼストだったら恐らく引き止めていた。
まあ、そもそもあんなシチュエーション、人生で二度も三度もないだろうし……冒険者全体の傾向として、結果オーライな所があるので、特に忠告とかは必要ないだろう。
それはそれとして、だ。
「シリル」
「~~♪ ……♪」
話しかけても僕の方を向くことなく、戦場を見据えて歌っている。
歌にだけ集中しているように見えるが……こっちを意識しているのはわかった。
反応がないことを気にすることなく、僕は続ける。
「悪かった、ごめん。軽率に言ったつもりじゃないんだけど、お前がいるのに捨て身になっちゃ駄目だったな」
「~~♪ 『メテオフレア』」
いつもの威勢の良さはなく、淡々とシリルは魔法を放つ。
威力自体は、普段と遜色なく……というか、ここで魔法を使い始めてからますます磨きがかかった一撃は、戦場の一角を広範囲に焼き尽くす。最上級も一匹、巻き込まれて炎上した。
そうして、すぐさまシリルは次の歌を……歌うことはなく。
振り向きざま、シリルは僕の頬を強かに張った。
じんじんと、頬が痛む。
予想はしていたので、僕は身体強化とかはせず、大人しく受け入れた。
シリルは、目に涙を浮かべて、今度は僕の懐に飛び込んでくる。
「~~っ、もう、二度と! あんなことしないでください!」
「わかった、約束する」
そう言って抱きしめた。
……そうして十秒ほど。僕の腕の中でシリルは震えていたが、ぐいっ、と勢いよく離れ、目を腕で拭い、
「よろしい! 破ったら絶交ですからね、絶交!」
そうして前を向く姿は――少し涙の跡が残っている以外は――もういつものシリルだった。
……あとでもう少し話すにしろ、一旦は許してくれた様子だ。
「では、シリルさんは魔法に戻りますので。ヘンリーさんはお休みを」
「……いや、ちっと僕もこっから投げる」
魔将がいなくなったおかげで、解き放たれたエッゼさんらが大暴れしてるから、全体としてはかなり優勢だが、ここから見るとちょこちょこ押されているところもある。
シリルの魔法は強力無比だが、威力が大きすぎてああいうところのフォローは難しいだろう。
……疲れてはいるが、もう少し残業だ。
飯くらいは食いたいが、城の庭でやってる炊き出しは既に撤退した連中が列を作っていて時間がかかる。今回の功労者として割って入れなくはないだろうけど、そいつは行儀が悪いってもんだ。
ポーチに入っている携帯食料と水筒を取り出し、水で無理矢理固いクッキーを流し込んだ。
後はスタミナポーションを飲み……能力強化系のポーションは、こうなるだろうってわかってたのか、まだユーが強化を続けてくれているので必要ない。
……ティンクルエールの持続時間は、まだ結構残ってる。切れるまでは頑張るとしよう。
「さて、いくぞ」
如意天槍を振りかぶり、目をつけた一角へ投擲する。
そうして、更に二時間後。
魔将の引き連れてきた魔物はすべて掃討された。
これで、リースヴィントが魔国との戦いの第二の拠点として機能し始める。
……魔国が北大陸に侵攻を開始して、リーガレオまで押し返して、膠着すること十年。
ここからが、反撃の開始だ。
長かった第二十章もこれで終わりです。
次は少しだけ時間が飛んでの最終章。
立場的にも目的って意味でも、色んなことの真相ってところまでは主人公は行き着きませんが、頑張って書き切ろうと思います。




