第三百一話 決着
(……リーさん! ヘンリーさん!)
「……っ、ハッ!?」
いかん、一瞬意識が飛んでいた。
ガンガンと頭に響き渡るシリルからの通信で目ェ覚めた。
(ヘンリーさん、生きてますか!?)
(一応な!)
ランパルドの瘴気で押しつぶされて……チッ、左腕が動かねえ。右も大分ダメージがある。足は……誤魔化せる範囲。
「おい、ユー、アゲハ、生きてるかっ」
直撃する寸前、地面に引きずり倒した二人を見やる。……僕が受け止めた部分辺りの瘴気はたわんでいて、威力は地面まで到達していないから、死んでいないとは思うが、
「アタシは平気だけど、ユーが気ぃ失ってるっ」
「んだと? でも強化切れてねえぞっ?」
「ユーの根性だろ。それより瘴気の方がヤバい」
僕たちを叩き潰そうとしていた瘴気の塊はなくなったわけではない。僕が防御して――あの一瞬、ユーのシールドも七枚がかりで展開して勢いを削いで――なんとか生き残ったが、こっちが生きてることに気付いたら、当然これを使って捕らえにくるだろう。
小声で会話しているのも、こっちがさっきの攻撃を切り抜けたことを悟られないためだ。これだけでかい瘴気じゃ、ランパルドはこっちは見えていないはず。
「……アゲハ、僕片手逝ってる。ユー運ぶの頼んだ」
「わーった!」
左腕負傷している僕のじゃ動きが悪くなりすぎる。アゲハがユーを抱え……と、その辺りで瘴気の塊がゆっくりと上っていく。
ランパルドから見えないように移動したいが……瘴気がなけりゃ、障害物もなにもないここじゃ隠れられない。
「おっ、生意気に生き残ったかっ!しかし、いい格好だなあ!」
僕たちに叩きつけた瘴気のハンマーを振り上げて、ランパルドが喜色を隠せずに言う。
……よっぽど、左腕を引き摺ってる僕の姿が滑稽なのか。
治したいが、肝心のユーが気絶中。それに、回復のポーションで雑に直せるレベルじゃない。それをすると、変な風に骨がつながって、逆に痛みで動けなくなるタイプの怪我だ。
「オラァ、止めだ!」
……さっきの叩きつけでだいぶ消耗したようではあるが、まだ残った瘴気が得意の触手の形になり、僕たちに襲いかかってくる。
ランパルドのやつ、ハイになって、触手の操作が雑になっているが……量がやべえから、回避にも一苦労だ
あるものを避け、あるものを槍で払って……もう限界が近い。
「……アゲハ! お前もう逃げろ!」
「ハァ!? アタシに逃げ帰れってか!」
「そうだよ!」
目のつけられ度合いはアゲハより僕の方が上だ。それに、接近戦しかできないこいつより、僕は投げで牽制の手もある。
時間を稼げば、今のランパルドはすぐ弱るだろうし、そうしたら周りの仲間がヤってくれるだろう。
ギッ、と歯を食いしばってランパルドを睨みつけると、アゲハは察したようだ。
「おいコラ、ヘンリー! 妙なコト考えてないか!?」
「妙なことは考えてない」
一度、フローティアに引っ込む前。あの当時であれば何度かあった、命懸けでいくことを決めただけだ。
魔将相手にするんだから死ぬ覚悟なんて当然していたが、こっからは僕の生死は半ば度外視して動く。
昔より今は、大切なものが増えた。あの頃より生きたい気持ちは比べ物にならないくらい大きいが、マァ、仕方ない。……仕方がない。
数瞬、アゲハと視線を交わし、
「チッ……! 生きて帰ってこなかったら、シリルにお前の恥ずかしい秘密全部バラすからな! 死ぬなよ馬鹿野郎!」
最後とんでもないことを口走って、アゲハは戦線を離脱していく。
「ああ゛!? 今更逃げさせねえよ!」
「させっか!」
槍を投げ、アゲハを捕らえようとした触手のいくつかを叩き落とす。それだけの隙があれば、アゲハには十分。残った触手の追撃をあっさりと躱し、魔物との戦場まで逃げた。
追いかけようとランパルドが足――アゲハに切り飛ばされ、瘴気を代替にしているが――を踏み出し、
「行かせるか!」
僕はポーチから取り出した球を投げる。
ランパルドは舌打ちしながらそれを弾くが、残念。そいつは特製の煙玉である。衝撃を与えられた球は破裂し、黒い煙でランパルドの視界を奪う。
……これで持ち込んだ道具も全部使った。
「ぅっぜえ!」
ランパルドは振り払おうとしているんだろうが、こいつはそう簡単に晴れない。お高い特別性だ。
逆に、煙を払おうとする動きで、こっちはランパルドの位置や動きが読める。
「《強化》+《強化》+《拘束》+《拘束》!」
煙の領域から逃れさせないよう、拘束の魔導を込めて槍を投げる。
「ガッ!? 畜生!」
視界が不明瞭なら、逃れるのにも少し時間がかかるだろう。
僕がランパルドを叩くべく回り込んでいると、ふと再びシリルから通信があった。
(ちょっ、ヘンリーさん!? 私の見間違いじゃなければ、ユーさんとアゲハさん、離れませんでした!?)
(ああ)
未だ強化魔導が途切れていないところを見ると、強化が届くギリギリん所をうろちょろしてるんだろう。
気絶してるくせに魔導を維持しているユーにも、人一人抱えながら魔物との戦場の中で距離を維持しているアゲハにも頭が下がる。
(シリル)
(は、はい)
(……悪い、僕が死んでも、幸せに暮らせよ)
(――――――――――っっっ!!??!!?)
言葉にならない、悲鳴めいた通信を切って。
僕は駆け出した。
「ゴハッ!?」
触手の一つが僕の胴を叩く。肋骨が軽く逝ったが、まだ大丈夫。あえて勢いの弱い触手にぶつかったのだ。
「ふっ!」
地面を転がり、すぐさま立ち上がって投槍。ランパルドの顔面狙いだが、払われる。
自分に向かってくる槍に注目させることで、僅かに隙を作らせる。
一瞬コントロールが鈍った触手を躱し、
「いいっ加減に、しろっ!」
……苛立ったランパルドは、避けようのない密度で、触手を横薙ぎに振り払ってきた。
瘴気の『枯渇』が近付くから、大技は歓迎だが、もう少し生き残るためにこの攻撃をなんとかしないといけない。
「っ、くっそ!」
少しでも威力を軽減するため、思いっきり振り払われる方向に飛ぶ。
足が殺されんのは駄目だ。激痛が走るが、もう使い物にならない左腕を盾にする。
「っっっ!」
直撃。
気が遠くなりかけるが、ギリ踏ん張り、動く。
「プ、《光板》」
《光板》を展開。空中でそいつを蹴り、強引に方向転換してランパルドから少し距離を取る。
「《強化》+《強化》+《癒》」
もう完全に気休めだが、飛びながら癒やしをかけた。
まだ、アゲハが離脱してから一分くらいしか経っていない。あと少し……あと少しだけ、時間を稼いで。
「……?」
? ランパルドが、笑って……
不穏に思うのと、足になにかが絡まる感触がしたのが同時だった。
「なん!?」
足元を見ると、地面から生えた触手が、僕の足首を掴んでいた。
「~~~っはっはぁ! さっきの英雄の真似っこさ! よーやく捕まえたぁ!」
アゲハの、あれか! よく見ると地面が不自然に隆起しているが、怪我で注意力散漫になってた!
「このっ!」
断ち切ろうと槍を振り上げるが、その前に、ぐいっ、と思い切り引っ張られる。
こいつ、まさか!
「そぉれっ!」
案の定、ランパルドは僕を好き勝手に振り回し、地面に向けて叩きつけようとする。
下手に自分を刺してしまわないよう、如意天槍を手放して衝撃に備え――
「~~~っ!」
一度で、全身がボロボロに。
二度目、気を失う。
……三度目、目が覚めたがもう体中が動かなくなっていた。
「あ……が……」
「頑丈だねえ。でもいい格好だ。俺も自滅覚悟でやった甲斐がある」
空中にぶらんと吊り下げられた僕を見て、ランパルドが笑う。
怪我が癒える気配はなく、もうだいぶ死に近付いてるんだろう。
……でも、まだここに集まった冒険者を数十人血祭りに上げるくらいはできるはずだ。
なんとかもがこうとするが、全身ピクリとも動かない。
「じゃ、何度も何度も戦ったけど……死ね!」
宣言とともに、触手が動き始め、
……タァン、と。横合いから飛んできた矢が、ランパルドの触手の防御をすり抜け奴のこめかみに当たった。
「あ?」
「爆」
続く、よく通る聞き覚えのある声に、その矢が爆発する。
視線だけ無理矢理動かして射手を見ると……弓を構えたティオがいた。
「馬っ……逃げ……」
逃げろ、とそう言おうとしたが、声も上げられない。
「痛ってえ!? お前ェ! こいつの、ヘンリーの仲間だっけぇ!? あ? 助けに来たのかよ!」
「ええ。一応うちのリーダーですので」
ティオにも触手が伸びるがなんとか回避している。
……回避技術ならティオは相当だけど、あいつじゃ一発当たったらそこまでだ。だから、逃げてもらわないといけないのに――!
「はっ、そりゃあお疲れサマ! でも駄目ー! ここで、お前と一緒に殺……」
「あ、こっちに注目してくれてどうも」
え、と。
僕はティオの真意を計りかね、そしてすぐに気付く。
「オオオオオオオッッッ!」
雄叫び。
その声の方向を見ると、大剣を掲げた炎の剣士が、僕を捕らえている触手に向けて飛んでいた。
斬っ、と。
……ジェンドの一撃により、触手は切断される。
支えがなくなった僕は、当然地面に落下……
「よっ、っと。ヘンリーさん、無事かい?」
し、ふわりとフェリスに受け止められる。
「お、前ら……なんで」
「仲間の危機を救いにくるのは当然だろう。……ジェンド、ヘンリーさんの怪我が酷い。三十秒ほど稼げるかい?」
「大丈夫だ! 俺だって、こいつの動きは何度も見てる!」
ジェンドはうっすら光に包まれている。……ユーから受けている僕と同様、フェリスの強化魔導がかかってる。
それでも、魔将の攻撃を三十秒を凌ぐなんて、
「この、やらせるか!」
「こっちの、台詞だ!」
ジェンドが一歩前に出る。大柄なこともあって、まるで壁のようだ。そうして、こっちに向かってくる触手を、大剣で薙ぎ払っていく。
……だけど、やっぱり無理だ。これじゃ、すぐにやられ、
「こっちを忘れないでください」
ヒュッ、と。
ジェンドに意識が向いた途端、ティオの矢が飛ぶ。
触手の隙間を縫って当てる精度はすごいが、本来であればティオの矢の一撃など魔将は意に介さない。あいつの矢だと、皮一枚を貫くことすら難しい。
……なのだが。
「爆」
ドゥ! と。ランパルドに当たった矢が爆発を起こす。範囲こそ狭いが、ここまでビリビリと威力が伝わってくる、かなりやばい一撃だ。
……確か、ラナちゃんが爆符を改良して、威力が跳ね上がったとは聞いたが。まさか、魔将にも通じるほどとか、マジ半端ない。
「こっ、の――」
ティオの方に注意がいく。その瞬間、ジェンドが飛炎剣でランパルドを攻撃。飛んでいった炎の刃は、触手を一本切り裂いて終わるが、そうするとランパルドはこっちに向く。
……完全に頭に血が上ってて、いつも以上に戦い方が雑になってやがる。
「ヘンリーさん、今治すよ」
と、フェリスが盾を掲げた。
ゴードンさんが自在鉱を使って強化した盾は、その表面を流動させ一つの魔導術式の形を取る。
ユーが得意とする、治癒系の魔導の中でもトップレベルの術式。
「……『リザレクション』」
柔らかい光が降り注ぎ、全身の刺すような痛みが引いていく。流石にユーのように瀕死の重傷者でも数秒で癒やす、というレベルではないが、自然治癒だと再起不能になっててもおかしくなった怪我がみるみる癒えていく。
「だから、やらせねええええ!」
流石にその光にランパルドは焦り、ティオのことは無視してこっちに向かってくる。ジェンドもよく凌いでいるが、接近され、触手の密度が高まるほどカス当たりが増えてきた。
……予想以上の粘りだが、駄目だ。僕が前に立てるようになる前に、フェリスもろともやられる。
「……ああ、間に合ったか」
「? フェリス」
ふと、フェリスが呟いた。
なにを言ってるのか。だから、間に合わない。ギリ足は動くようになったし、こうなったら体当たりをしてでもこいつらを逃――
ゾクッ、と。
目の前の魔将の脅威すら一瞬忘れてしまうほどの、とんでもない存在感が後方に現れた。
「な、あ――!?」
「……ヘンリーさん。シリル、完全にブチ切れていたから、後でちゃんとフォローしてやってくれよ」
渦巻く魔力は、さっき撃った魔法も遥かにしのいでいる。
当然、ランパルドも気付いて、
「なん……冗談だろ!?」
自分が標的にされていると気付いたらしいが、もう遅い。
ランパルドは全身を瘴気の鎧で守りにかかったが、次の瞬間天地を貫いた極光の雷はそいつをまるごと包んだ。
目を開けていられないほどの眩しさと、この周辺の戦場すべての空気を震わせるような威力。轟音が鳴り響き、周りで戦ってる歴戦の冒険者や好戦的な魔物すら、一瞬静まり返った。
「……サンキュ、フェリス。行ってくる」
まだ完治とはいかないが、七割方治った。僕は如意天槍を手元に引き寄せて、極大の魔法が着弾した地点に向ける。
「………………」
プスプスと、煙を立てる魔将の体。もう完全に死に向かっているが、ずる、ずる、とこちらに近付こうとしている。
……そいつに、止めの一撃を、僕は投げた。
「じゃあな、魔将ランパルド」
槍は抵抗なくランパルドを貫き。今まで不死身かと思っていた魔将の身体が、瘴気に還って空中に溶けていく。
「っっっしゃあ!」
魔将の打倒を見た冒険者の一人が歓声を上げる。
ふう、ようやく、戦いが終わっ……
「よし、魔将倒したし、また強襲医療神官役だな」
「ああ。だけどその前に、ヘンリーさんの傷をちゃんと治さないと。この後の戦いに支障が出る」
「あ、ヘンリーさん。各種ポーションの補充です。スタミナポーション飲んで頑張ってください」
……そうだ。ここが終わっても、終わってねえ。魔物と戦ってる連中の加勢にいかないと。
「……ティオ、気付け薬くれ。ユーのやつが気絶してるから」
「はい、了解です」
そうして、道具を受け取って。
僕は再び、戦いに赴くのだった。




