第三十話 帰還
アルヴィニア中央大学への初訪問から、三日ほどが過ぎた。
その間、ラナちゃんはコンラッド教授とよくよく話をした。
大学の施設を案内してもらい、教授の研究室の研究テーマを討論し、学生たちとも交流した。
ラナちゃんは、熊の酒樽亭で働く時も実に生き生きとしていたが、大学でも水を得た魚のように活発に活動をしていた。
相変わらず、僕にはさっぱりわからないが、教授のみならず学生達もラナちゃんの見識には一目置いていたようである。
「では……また、お手紙をお送りしますよ、ラナさん」
「はい。私も、頂いた研究テーマ、少し考えてみます」
「ええ、是非」
で、結局の所。
ラナちゃんは、今の所大学に入学するつもりはないようだった。
しかし、勉強自体はまだまだ続けるつもりなので、手紙でコンラッド教授とやり取りしつつ、これまでとは違うアプローチをしてみるそうだ。
何年か後の入学は視野に入れて。
「ああ、提出いただいた論文の方は、責任を持って学会で発表します。……一月後なのですが、やはり参加は?」
「流石に、そんなにお店を空けるわけにはいきませんから」
「残念です。発表した結果は、追って知らせますよ」
「よろしくお願いいたします」
ぺこり、とラナちゃんが頭を下げ、隣の僕も同じくお辞儀する。
「では、ヘンリーさん。ラナさんを無事送り届けるようお願いします」
「はい、承知しております。責任を持ってフローティアに送り届けますとも」
真面目モード!
「はは、そう固くならなくても」
「いえ、仕事中ですから」
学生さん相手ならまだしもね!
大体、コンラッド教授、爵位まで持ってっし……男爵様だってさ。
アルヴィニア王国では、貴族はそこまで強権を持っているわけではないが、だからといって平民がむやみにフレンドリーに接して良いわけではない。
なお、エッゼさんは子爵位を持っているが、エッゼさんだからノーカンである。
「それではコンラッド教授。色々とありがとうございました」
「はい。ラナさん、お気をつけて」
と、挨拶を済ませ、コンラッド教授の研究室を辞する。
大学の出口に向かい、ラナちゃんと歩く。
さて……これで、王都セントアリオでの用事はおしまい。
シリルと同郷であることがわかったり、フェリスのパーティ加入という思わぬ出来事もあったが、順調に予定を消化できてなによりである。
空き時間に色々と観光もできたし……そういえば、シリルのやつ、前話したメイド喫茶に行った時、スゲーテンション上がってたなあ。
……うむ、楽しい時間だった。
帰りも頑張るか。
「そうか、帰るのであるか」
「ええ。エッゼさんにも随分世話になりました」
黒竜騎士団の兵舎。
荷物をまとめた後、フェリスを加えた僕達一行はエッゼさんの部屋に別れの挨拶に来ていた。
本当に助かった。正直、宿泊費がまるまる浮いたのはありがたいというレベルではない。
ティオが買い込んできていたフローティアンエールの残りも、騎士団がまとめて買い上げてくれて、ジェンドの実家のカッセル商会の名前も大いに売れた。
なにより、フェリスの件では、エッゼさんのおかげでとんでもない勢いで解決ルートを爆走した感がある。
「うむ、名残は尽きぬが、達者でな。我らも、明後日には休暇を終え、リーガレオに戻る予定である。向こうの連中に、ヘンリーが元気でやっていることは伝えておこう」
「……いいですけど、こう、あまり余計なことは言わないでくださいね?」
エッゼさんのことだ。なんか色々誇張して伝えそうな気がする。それがなにかはわからんが、なんとなく僕の不利益になる方向で。
「グランエッゼさん、お渡ししたアゲハ姉へのお手紙、よろしくお願いします」
「うむ、ティオ嬢の手紙、確かにこのグランエッゼが預かった。しかし、そうか。ティオ嬢とヘンリーが同じパーティになっていることはサギリにも伝えておかねばな」
アゲハねえ。昔あいつとパーティ組んでた僕が、その従妹とまた組むなんて、確かに面白い話題になるだろう。あっちの連中なら、それで一晩盛り上がれそうだ。
「ジェンドよ、我が教えた剣、よく鍛錬するのだぞ?」
「はい。色々と教えていただき、ありがとうございました!」
「私からも。グランエッゼ団長、色々と骨を折ってくださってありがとうございます」
ジェンドとフェリスは共に頭を下げる。
まあ、この二人はエッゼさんには頭が上がらないだろう。エッゼさんに言わせれば、貸し借りなど水臭い、と笑い飛ばしそうだが。
シリルとラナちゃんもそれぞれ挨拶をし、黒竜騎士団の兵舎を去ることにする。
「忘れもんないかー?」
「全部、ティオちゃんの鞄に入れました。お土産とかもばっちり」
自信満々にシリルは宣言する。……こういうやつほど危ないんだよ。
「シリル、お前朝、ティオとかと一緒に風呂入ってたよな。風呂場に下着忘れてたりしないか?」
「ヘンリーさん、スケベですねー」
何故だ。忘れ物をしていないか指摘しているだけじゃないか。
「あ」
と、ティオが声を漏らして、トコトコと風呂場に向かう。
「……ほら、言ってよかっただろうが」
「ぐぬぬ」
ぐぬぬとか、本当に口に出すやつ初めて見たぞ。
ともあれ。
ティオが忘れ物を回収し戻ってきて、ようやく兵舎から出……おい。
「よう、ヘンリー。見送りに来てやったぜ」
「いや、オーウェン……それはいいんだが」
……なんでオーウェンとエッゼさんのみならず、手すきの団員全員が兵舎の玄関まで見送りに来ているんだ。
あんたら、なにやってんだ、と聞いてみると、口々に返事がきた。
「もらったエールが旨かったからな!」
「戦友の見送りくらい当然だろう?」
「なに、暇だしな」
「可愛い子を一秒でも長く見ていたいから……ブベ!?」
最後の、騎士にあるまじき発言をした若手の一人はシめられた。
……ほんとに、気のいい連中である。
「僕達も楽しかったです。どうもありがとう!」
「あ、そのうち私達も最前線に行く予定ですので、その時はよろしくお願いします!」
「行かねーから!」
余計な発言をしたシリルを小突いて、僕たちは転移の駅に向かって歩き始めた。
予約していた転移門でノーザンティアに戻り、その日のうちに馬車を確保。
午後はノーザンティア観光に費やし、翌日朝から出発した。
そうして、馬車の道中の休憩中。
ジェンドは、エッゼさんから教わった型を忘れないうちに反復している。ティオとラナちゃんは、近場に咲いていた花を見に。御者さんは馬の面倒、と。
あぶれた僕とシリルとフェリスは適当に話をしていた。特にフェリスとは話をしておきたい。短い付き合いでも、彼女が信頼できる人格と能力を持っていることはわかったが、相互理解をサボっていいわけではないのだ。
仰々しい言い方だが、ようはちょろっとお話でも、ということである。
まあ、別に今日中に信頼関係を築かないといけないというわけでもないので、気楽にやる。
「フローティアか。久し振りだな……あの街は、父と毎年夏と冬の休みに行っていたんだ」
「それはシリルとジェンドから聞いてるな。どうやって仲良くなったんだ? ジェンドはきっかけなんて忘れた、とか言ってたけど」
「ああ、なんのことはない。私が街の探検に出て迷子になってね。外で遊んでた二人に、偶然出会ったんだ」
なんというか……普通だな。
「そうでしたっけ。……ああ、そういえば、泣いていたフェリスさんに、ジェンドが『泣くなっ! 俺が助けてやる!』って言ってたような」
「そうそう。あの年頃で、よく年上相手にそんな事が言えたもんだ」
ふふ、と思い出し笑いをするフェリス。
ジェンドのやつ、小さい頃から芯のところは変わってねえな。
「しかし、フローティアの街は好きだったが、まさか住むことになるとは思わなかったよ」
「そういえば、引っ越しの準備の方、随分あっさり済んだな。もう少しかかるものだと思ってた」
「はは……借金を背負っている身で、家財など持てないからね。そういったものは、借家に備え付けられていたもので賄っていたから。荷物とは言っても、最低限の衣服と、日用品。後は仕事道具の呪唱石に……」
と、フェリスは側に置いている武具を見せる。
「ハーシェル家の紋章が入っていて、売るに売れなかったこの剣と盾だけさ」
「あー、そりゃ売れないよな」
潰れた家のものとはいえ、紋章が入った武器なんぞ、いくらモノが良くても店は買い取ってくれない。鋳潰してしまってただの金属として売ればそりゃ二束三文では売り叩けるが、流石にそれは忍びなかったのだろう。
……そういえば、僕の実家のトーン家の紋章ってどんなんだっけ。
一応、見たことはあるはずなのだが、記憶にない。父さんの槍と母さんの懐剣には刻まれていたはずだが……
「ジェンドたちと冒険者をすることになるなんて思ってもいなかったけど。こうなるんだったら、残ってて幸いだったよ」
「フェリスさん、良くこんなの持てますね。すごく重そう」
「盾の方、持ってみるかい、シリル」
はーい、と、とりあえずチャレンジしてみるシリル。
両手でなんとか持ち上げるが、ぷるぷると腕が震えてる。それ、サイズはでかいが片手で持つ奴だぞ。
「お、重いです……」
「魔力による身体強化前提で持つ装備だからね」
ひょい、とフェリスが盾をシリルから取り上げる。それを片手で楽々と取り回すフェリスにシリルはすごーい、と感動した。
「お前の身体強化、相変わらずへっぽこだなあ……」
「へっぽことはなんですか。シリルさんだって頑張っているんですよ!」
「もうちょい、身体鍛えろ。フローティア戻ったらトレーニングメニュー組んでやるから」
魔力による身体強化は、素の肉体能力に掛け算で強くする。なので、多少でも筋力が上がれば改善するはずだ。
「う……私、魔法の訓練もあるんで」
「言っとくが、上級の魔物に小突かれたくらいで死ぬようじゃ、リーガレオじゃ命がいくつあっても足りないぞ」
実は、脆い奴もしっかりとした前衛と組めば普通にやっていけるが、とりあえず脅しておこう。
「そうだぞ、シリル。私は噂でしか知らないが、最前線の街はそれはもう危険らしい」
「う、うう……修行ですか。……わ、わかりましたよ」
シリルは渋い顔をするが、最終的に了承した。なんでこいつ、こんなに最前線行きたがってんだ。
「シリル、私も付き合うから頑張ろう。……おっと」
フェリスが、ジェンドの様子を見て立ち上がる。
「一息入れるようだ。まあ、そろそろ出発だしな。……タオルでも差し入れてくるよ」
と、フェリスはジェンドの方に向かう。
……熱々じゃねえか。
「いやー、しかし、フローティアからこんなに離れるの、フェザードから避難してから初めてですよ。ご領主様達、お土産、喜んでくれますかねー」
「お前、マジで領主様と仲良いのな……」
「そりゃもう、子供の頃から可愛がってもらっておりますので。あ、そうだ。アステリア様に、ヘンリーさんのことお伝えしたほうが良いですよね? 祖国の騎士が、国の仇を取ったぞー! って」
……むむ。
文字面だけを見ると、どこの英雄物語だという感じがする。当時は必死になっててよく考えていなかったが、確かにそう表現することも出来るのか。
名誉欲がないわけではないし、お褒めの言葉の一つでもいただければとても嬉しいが……
冷静に考えろ、僕。
そんな功績を立てるほどの実力があるのに、なんでフローティアなんてヌルい後方に来たんだ、って突っ込まれたらどう答える? 怪我や病気というわけでもないのに。
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よし、幻滅されたら悲しいから、ジルベルト討伐の件は伏せよう。
上げて落とされたら僕は落ち込んでしまう。
「というわけで、国の仇云々は話さないでくれ、シリル」
「……どういうわけなんです? 説明をはしょるのはやめてください」
「色んな事情を検討した結果だ」
どんな事情かは聞くな。
「はあ、わかりましたよ。変なヘンリーさんですね」
お前に言われたくはない、とは、今日はお願いする立場なので僕は口に出さなかった。
とまあ、こんな感じで。
僕たちの王都紀行は終わった。
……さあ、フローティアでの活動の再開だ。
二章は以上で終了となります。
そして、ようやく当初の想定メンバーが揃いました。なんで三十話もかかっているんだろう……
三章は一息入れて、日常編としたいと思います。
今後もよろしくお願いします。




