第二百九十九話 魔将ランパルドとの戦い
「悪いヘンリー! 最上級、倒しちまった!」
と、僕の周囲で戦っている冒険者の一人から、そんな警告が飛ぶ。
普段なら考えられない内容だが……僕が相対しているランパルドが、それに少し口の端を上げる。
「はっ、コイツならどうだ!」
そうして、魔将のすぐ脇に『発生』したのは、筋骨隆々、見上げるほどの巨体で単眼を持つ最上級の魔物キュクロプス。
体を形成途中のうちに傷を負わせようと僕は槍を投げるが、それはランパルドの触手によって阻まれる……のは予想通り!
「アゲハッ!」
「あいよォ!」
ランパルドの周囲を縦横無尽に飛び交い遊撃していたアゲハが、とあるものを投擲する。
そっちは防がれないように、僕はランパルドへ集中攻撃を仕掛ける。それでも一本伸ばした触手で叩き落されるが……アゲハは油断なく片一方の影に隠れるように二つ目を投げていて、そちらは通った。
ゲッ、というランパルドの表情が痛快である。
「ッシャ!」
見事キュクロプスに命中したそれは、ド派手な色の塗料をぶち撒けた。
「誰か、いけるやついるか!?」
「おう、じゃ、倒しちまった俺らに寄越せ!」
声の方向だけでなんとなく位置を掴んで、僕は如意天槍を最大長に。
ランパルドの方は、投擲を終えたアゲハが突っ込んでいったため、僕の方への触手の圧力はやや少ない。後方のユーが僕狙いの触手を遠隔から『オーラシールド』で阻んでくれることもあり、一撃であれば問題なかった。
「《強化》+《強化》+《強化》!」
武器に付与するならともかく、ユーの強化の上に更に体に対して《強化》をかけてしまうと、流石に負荷がやばいので節約して三つ。
多分、僕の出せる最大まで強化した腕力でもって、キュクロプスの胴体をぶっ叩き、吹っ飛ばした。
「グルオオオオオ!?」
遠くに飛ばすことを優先はしているが、穂先で派手に腹を切り裂かれたキュクロプスは、悲鳴を上げながらバイン、バイン、と二回ほどバウンドして静止する。
流石にランパルドとの決戦の場から完全には引き離すって程じゃないが、キュクロプスは魔将の攻撃範囲外に飛ばされている。
そこにどこか見覚えのある冒険者パーティが攻撃を仕掛け、そのままこちらに合流できないように立ち回って、戦場の外に引っ張っていった。
以上、魔将と最上級の切り離し完了だ。
「くっそ、クソクソクソ! なんだそのやり口! 卑怯だぞ!」
「お前に言われたかねえ……っよっ!」
ランパルドの悪態に、僕は強化した槍の一撃で応える。
大体だ。文句を言っているが、自分の性質を見切られたコイツが悪い。
ランパルドが一度に生み出せる最上級は六匹。その上限を超えては呼び出せないし、倒された場合でも魔物を生み出すという行為はインターバルが必要。
そして重要な点だが……自分で生み出したやつを破棄したり、自害させたりは流石の魔将もできない。
最初は他の魔物に紛れていたランパルド産の最上級だが、誰かがそいつを倒すごとにこいつの手元から新しい魔物が出現し……僕たちは、そいつに目印をぶっつけて、周りの冒険者に回した。
そうして、今では六匹。ここからやや近いところで、派手っ派手な塗料付きの魔物が、手練れのパーティに足止めされている。
最上級を生み出す魔将、というのは他に類を見ない。それにランパルドの『瘴気を漏らさず、隠れて動ける』という隠密性も脅威だ。
だが、お供の魔物がいないと、ランパルド自体の戦闘力は他の魔将に比べ劣る。
だったら分断しちゃえばいいじゃん! 作戦である。塗料ぶっかけたのは、特に遠距離部隊が誤射してやっちゃわないようにするためだ。
くっく、思いつきの作戦だったが、うまくハマった! 周りで、最上級を殺さずに制しているみんなには悪いが、これなら勝ち目がぐっと上がる。
ニッ、と知らずに笑うと、ランパルドが指を指してきた。……おっと、指先から伸びてきた触手は切り払って、
「このっ。お前ら、正義とか正々堂々とか、そういうのはないのかよ!」
なにを言うかと思えば、馬鹿かな?
そんなものは犬に食わせておけ……とは言わないが、僕がそれを戦いの場で標榜すんのは、負けても取り返しがつく時だけだ。
恐ろしい威力の魔法で加勢してくれているうちの女が……想像もしたくないが、死ぬ可能性のあるような戦場。使える手は全部使ってすり潰すに決まってんだろ。
ここに来る途中滅んだ故郷を見た僕は、前にもましてそういう考えになっている。
まあ、
「なに言ってんだ? アタシが正義だ!」
……流石にアゲハほど開き直ることはできないが。
スッ、と仲間の僕も一瞬見失ってしまったアゲハが、なんかランパルドの右っかわに現れ、その首にナイフを滑らせる。
「読めてんだよ!」
が、アゲハの首狙いは最警戒されており、今日これで都合六度目の一撃となるが、瘴気を首周りの防御に回したランパルドに防がれ――
「あっそぉ?」
……なんかナイフの背に、紙のようなものが貼り付けられている。
「爆」
アゲハが一言唱えるとナイフが爆発した。
「うおおおおおおおおぉぉぉ!!?」
「チッ! 表面だけか」
ランパルドの首に僅かな傷がついている。……血管でもやったか、派手に出血しているが、魔将なら回復はすぐだろう。
無茶やりやがったアゲハの撤退を、槍を投げて支援。
「おう、サンキュゥ、ヘンリー」
「お前またなにやりやがった。指くっついてるよな?」
握ってるナイフの刀身が爆発……普通に考えて手がボロボロになるだろ。
「あの爆符は指向性もたせてたから大丈夫。ちょっと痛かったけど……まあ、何度も防がれてムカついたからな! 名付けて、アゲハボンバースラッシュ」
……要は、刃を進めるための爆発だったんだろうが。武器痛めるし、使い手の方も危険だし、心臓に悪いし大概頭の悪い技だ。
「アゲハ、なにやってんの馬鹿!」
「馬鹿とはなんだユー!」
「ええい、前に集中しろ!」
ユーの当然の指摘に、なんかアゲハが派手に反応している。
当然、ランパルドの触手が伸びてくるが……まあ、例え後ろ向いていても、アゲハのやつがそうそう攻撃を受けるわけもなく、ひょいと躱した。
そうして僕の横に立ったアゲハが、口を開く。
「で、どう思うよ、ヘンリー。手応え的に」
「最初のダメージ分押してけてるけど。僕たちが与えるダメージとあいつの回復なら、少し向こうが上だな……」
シリルのドデカイ一発目の魔法と、それを全力防御したランパルドに対する僕の全力投擲。
あれの負傷により、ランパルド自身動きが鈍い。
……が、魔将の回復力は相当だ。
正面切っての戦いを始めたあともかなり傷を負わせているが、このペースだと遠からず完調する。
「アタシと同じ意見か。……アゲハボンバースラッシュを連続で仕掛けてみるか? うまくすりゃ首刎ねられるだろ、さっきのでコツ掴んだし」
「馬鹿。お前、馬鹿」
魔導組み合わせてっから、一瞬硬直があるだろうが! あんな技、二度も三度も通用しねえよ!
「チッ、お前まで馬鹿呼ばわりか。後で覚えてろ。そのために気張れ」
「言われんでも」
その『後』を残すために今頑張っているのだ。
しかしさて。このままやりあっても、負けはしないが勝てないな。
長期戦になると、ポーションガブ飲みしてるユーの腹の限界が来るし、そもそも瘴気いっぱいの状況の魔将相手に持久力で対抗なんて無理だ。
……ちょっと安全マージン削るか。もうちょい踏み込んで――?
(ヘンリーさん、ヘンリーさん! こっち魔法一丁いらないですか? エッゼさんとロッテさんのところは、他を優先して欲しいってことですので。いらなきゃ雑魚掃討に向けますが!)
(超要る! 愛してるぞシリール!)
(当たり前のことを当たり前に言えるのは偉いですね!)
……この返事がどこから目線なのかはさておき。
(じゃ、合図したら一発頼む)
(わっかりましたー!)
さっ、とアゲハに目配せする。あっちにもシリルからの通信は行っているようで、小さくうなずく、ランパルドを顎でしゃくる。
マァ、アゲハのやり口はだいたい分かる。
後方のユーに対しては、ペア狩り用のハンドサインで動きを指示した。
「ヘンリー、了解です!」
「ああ? なに企んで……」
ユーの返事に、『なにかをしようとしている』ことを察したらしいが、考える暇なんて与えない。
「《強化》+《強化》+《固定》+《固定》+《拘束》」
「なんだァ?」
足止め用の魔導をてんこ盛りに。
ランパルドの目を引くよう、僕は大きく動く。ザッ、と反対方向にアゲハが駆け出し……あ、もう気配ねえ。
「投げないってなんのつもりだ!」
不自然な行動を取る僕にランパルドが苛立ったように吠えるが、無視。
なにせ、タイミングを合わせないといけない。
「チッ!」
ランパルドの触手が伸びてくるが、避けに専念。ユーの方に伸びるやつは念入りに潰して……そろそろか?
「ハッハァ! アタシ見参!」
……相変わらず、変態的な動きで潜んでいたアゲハが、魔将の真後ろに登場する。
いや、多分ランパルド自身が伸ばしている触手のせいで死角があるんだろうが、よくそんなん見抜けるな。
「……で? なんの用だよ、首刈りさん。俺のここ、狙わなくていーの?」
とんとん、とランパルドが自分の首を叩いてアゲハを挑発……するが、
「うん! めっちゃ狙いたいけど、今回はこいつをプレゼントだ!」
アゲハは満面の笑みで、ランパルドに向けて自分の道具袋から取り出した複数の玉を投擲。
無論、そいつはランパルドに弾かれ、る前!
「ユー、今!」
「はい!」
僕が手を上げると、ユーがアゲハと魔将の間にオーラシールドを展開した。
それは、ちょうどアゲハの投げた玉を斜め下に弾き落とす形状。
……元々の玉の軌道上にあったシールドが触手でブチ壊されるが、本命の玉の方は勢いよくランパルドの下まで転がり……ホンッ、と体に悪そうな紫色の煙を立てた。
「なん、これ、臭……動け……!?」
「ッッッォラァ!」
アゲハ特製の毒煙玉と粘着玉。
自力で確保できるから、上級上位の素材をふんだんに使った一品。
流石に毒は効かないが、そいつで不快感と動きが鈍ったところに僕の投擲。
……即座に投げないとあまり意味がないので、事前に魔導を込めた槍が、三十に分裂してランパルドに突き刺さる。じゃら、と拘束の鎖が絡まり、魔将は今この一時、身動きが取れない状態。
(シリル、やれ!)
とっくのとうにアゲハは退避している。
僕はシリルに通信をかけ、
(はいっ!!!)
返事。
そうして、その数瞬後、
「ウオオオオオオオ!?」
離れた位置の僕も火傷しそうなほどの超高温の紅蓮の光線が、ランパルドを包むように突き刺さるのだった。




