第二百九十八話 それぞれの戦場 後編
「はっ、はっ……ゼストさん、大丈夫ですか!?」
こちらを狙ってきた敵に放った魔法を放ち終え、シリルは自分を庇った仲間に目を向ける。
ゼストは咄嗟にシリルを突き飛ばして、神器による盾を複数展開し……襲いかかってきた黒い攻撃の九割方はそれで防いだが、盾の隙間から通り抜けてきた威力はゼストの肩に穴を開けていた。
だくだくと血が流れており、シリルの目にはいかにもダメージが深そうに見えたが、
「大事ありません。それよりシリルさん、次の魔法の準備を」
「……はっ! そ、そうですね」
ララ~、と、ちらちらゼストの様子を見ながらも、シリルは次弾の装填にかかる。
と、それとだ。
(エッゼさん。今の攻撃どうでしたー!?)
歌いながらも、リンクリングによる通信で戦果の確認だ。
ちょーっとゼストが怪我をしたことにプッツン来て、自分でもかなりの威力と精度の攻撃が放てたと思うが結果はどうだったか。
あれを受けてピンピンしているようだと、魔将狙いはやめて周りの魔物を撃ったほうがいい。
(おう、シリル嬢! うむ、あいにくと致命打にはならなかったようであるが、先の魔法は見事命中し、戦況がこちらに傾いた! やや押されていたのでな、感謝である!)
グランエッゼとセシルのタッグが押されるとかビックリである。
魔将ハインケル。セシルが事前に『一番強い』と断言しただけあるが、助けになったようであれば良かった。
(セシルさんは割とギリギリの位置でしたけど、大丈夫でした?)
(余裕……と言いたいところだけど、さっきの魔法のスピードはちょっと予想外だったかな。そうじゃないと、この魔将に命中はしなかっただろうけど)
光弾を放つ『シャインバレット』の魔法。どちらかというとエンデ流の中では初歩のものだが、魔力をがっつり込めたらなんか放った本人もビックリする代物になった。
(でも、なんかシリルさんの魔法強くなってないかい? 一発の威力ならリオルを超えている気が)
(なんか慣れてきました!)
(ええ……)
きっかけはなんとなく分かる。
ここまでの道中、ヘンリーがランパルドにやられて、怒りで魔法の威力が跳ね上がったあの時だ。
魔法使いの魔法は感情に左右される要素が多い。威力が上がっても、魔力消費も相応以上に上がり、体への反動も大きくなる。
意識を失ったり、最悪後遺症が残ることもあるので、できるだけフラットな状態で魔法を使うのが望ましい。……とされている。
しかし、あの魔法を使って――『あ、これ案外大丈夫だな?』と、シリルの心と体は気付いた。
そして、リーガレオでは一陣ですらそうそう使うことのない大魔法を連発し……なんか、慣れた。
更に、長年悩みのタネだった魔力を高める時間も短くなっている。
まあ、街で使うと壊れるし、大抵の魔物相手にはオーバーキル過ぎるので、これまで全力で魔法を使う機会自体ほとんどなかったのだ。やっぱり魔法も実践しないと伸びないってことですかー、とシリルは割と納得していた。
(そ、そうなんだ。う、うん、ちょっと理解し難いけど、味方が強くなるのは助かるよ)
勿論、その納得は周囲には理解されないわけだが。
「シリルさん、通信でエッゼさんとセシルさんに、先程の攻撃、二度目がありそうかどうか確認を」
「~~♪、 りょう~かい~でーす」
治癒のポーションをぶっかけて包帯を巻き、ひとまず応急処置をしたゼストの進言にシリルは歌声で返す。
(……ってことですけど、エッゼさん、セシルさん、どーです?)
(ふんっ、隠し玉に驚きはしたが、次はないのである。撃ったあとの隙が大きいのでな。一度見せた以上、次使うと我らに仕留められると、向こうも理解しているであろう)
(エッゼくんも同じ意見だと思うけど、あんなコンマ一秒も硬直ができるような技、二度目はないよ)
リンクリングの通信は便利だが、シリルと相手間でしか通じない。しかし、英雄二人はほぼ同じことを言った。
……『コンマ一秒』が『大きな隙』というのは、ちょっとシリルには理解できなかったが。
(しかし、よく凌いだのである。我らの不甲斐なさをフォローしてくれたゼストには、よくよく礼を言っておいてくれ。では!)
(シリルさん、またいいタイミングがあれば、一言だけくれれば遠慮なく魔将を狙ってくれていい。よろしく!)
と、通信が切れる。
シリルのように歌っているだけならともかく、一瞬一瞬目まぐるしく状況が変わる近接戦の最中によく話ができると感心するが、これはヘンリーもできていた。やっぱり純後衛のシリルとは常識が違うらしい。
そう思いながら、先程のグランエッゼの礼の言葉を、これまた通信でゼストに伝える。
(でも、ゼストさんよく防げましたね? 私、ハインケルって人狙ってやろうとそっち見てましたけど、予兆とかなかったのに)
「いえ、予兆ならありました。黒い光が瞬いて」
……攻撃が来る一瞬前の話である。
そもそもそれでそいつがこっちを攻撃しようとしていると、どうやって気付くのか。しかも、一部抜けてしまったとはいえ、神器の盾の配置も完全に軌道を読み切ったものだった。
聞いてみると、ゼストは少し困ったようにし、
「戦場の流れ、空気、違和感……とかを読み取って……要するに勘、ですね」
やっぱり言ってることがよくわからない……と、どっちもどっちな感想を抱きながら、シリルは歌を続けるのだった。
南西の戦場。
城へと向けられた黒い攻撃、その反撃となる白い砲弾を横目で見たシャルロッテは、ヒュゥ、と口笛を吹いた。
「ありゃ~すごいねえ♪ リオル、抜かれたんじゃないかいぃいい?」
「まあ……威力という意味では否定はしないが」
瘴気の翼を広げ空を飛ぶ魔将エストリアと空中で相対する二人の英雄は、戦いを続けながらも感想を言い合う。
リオルはいつもの導きの鳥の魔導。今回は自分だけが飛べればいいので、他の人間を運ぶときより速度や機動性が数段アップしている個人仕様だ。
「ん? おい、ロッテ」
「おっとぉ! 逃さないよぉ~♪」
リオルの指摘に、シャルロッテは目を光らせ前傾姿勢に。
この魔将は魔物を強化する。
飛行する上級上位を十八体も最上級並に強化して、二人にけしかけ、その隙に別の戦場を蹂躙に向かう――という動きを当初からしていたが、そうはいかないとシャルロッテが空中を駆けた。
ドラゴンの脇をすり抜け、その場で一蹴り。ブラッディホークの鉤爪をするりと躱し、一瞬魔将への一直線のルートが空いたところで思い切り跳ぶ。
「キィィーーックッッッ!」
勢いそのまま、蹴りを叩きつけた。流石にこの一撃で落とせるわけもないが、その攻撃を防ぐために魔将が一瞬硬直する。
この距離までくれば、どちらかというと遠距離攻撃主体である様子のエストリア相手にシャルロッテは優位に立てる。
……今までの何度かの接近はうまくかわされたが、もう慣れた。
「それそれそれぇ♪!」
「くっ、やはりそれは気が抜ける! やる気はあるのか!」
「満々さぁ~」
メロディを口ずさみながら戦う彼女に対しては、慣れている人間でもそう思う。生真面目そうなこの魔将には看過できないらしい。
しかし、歌を歌いながらも攻撃は苛烈。エストリアは瘴気の羽を飛ばして攻撃するも、この距離にも関わらずシャルロッテは容易に躱す。
魔物の方は、リオルの魔導の牽制でエストリアの助けに入れない。
「……そもそも貴様、どうやって飛んでいる!? なぜ、これほど重い打撃が繰り出せるのだ!?」
シャルロッテは当たり前のように空中に立ち、しっかりと足を踏みしめて突きや蹴りを叩きつけている。無防備なところに喰らったら、魔将も相応のダメージを受けるほどに。
……その原理が、本人以外には不明。
魔法や魔導は使っていない。靴も相当の品だが飛行系の効果が付与された神器や魔導具というわけではない。
事前の作戦会議で『空を飛ぶやつがいるなら私担当だね』と本人が言い切ったので、こちらの戦場に配されたわけだが……ヘンリーは勿論他の前衛系の英雄もハテナ顔だった。
この英雄が唯一の魔法を除き、魔導の類が使えないことはみんなわかっていたからだが、蓋を開けてみればこれである。
「女の子の体重は風船より軽いってご存知ないの~♪」
と、シャルロッテは自信満々に言い切った。
なお、冒険者たちを強化するため、この英雄、戦場全てに通るような声で歌っている。
これを聞いた彼女の知り合いは『なに言ってんだあの人』と、ほぼ同時に思ったとか。
「戯言を!」
そうした冒険者の思いを言葉にして、エストリアは鋭く長い爪で切り裂きにかかる。
それをシャルロッテは手首を取って防ぎ……そのまま懐に入り、真下、地上めがけてエストリアを投げ飛ばした。
「なっ、投げ!?」
「まっ、地上の方がやりやすいのは確かだし、ちょ~っと来てくれるかな?」
空中の優位は渡せないとエストリアは逃れようともがくが、真下に向けて駆けながら突きやら蹴りやらを見舞うシャルロッテへの対処にいっぱいで、自慢の翼でも逃げられない。
……最後の最後。地上に激突する寸前、大技を仕掛けてきた隙をついてなんとか紙一重で逃れた。
ドッ、と。シャルロッテの最後の渾身の突きが、地面をプリンのように容易く穿つ。周りに余計な破壊など広げない、貫通力のある一撃。
魔将の耐久力でも、体に風穴を空けられかねない一撃だった。
「シクッたぁ~♪ ちょいとムシが良すぎたかー」
「……当たり前だ」
「でもまぁ? 地上からは逃さないけどねえ~?」
飛び立とうとしたその瞬間ヤってやる、と、シャルロッテは視線で牽制する。
「……話に聞くより、厄介な英雄だな」
「ああ~? そりゃあ、オタクのところの魔将にやられて、ちょいと鍛え直したしね~♪」
「ランパルドか」
「そそ」
一対一では不覚を取りかねない、とエストリアは上空の魔物に意識を向ける。
相変わらず、もう一人の英雄の牽制でこちらへ救援へ来れない。対多数を得意とするリオルにかかれば、最上級近いとはいえ十八の足止めは不可能ではない。
一度強化を施したら、その魔物がやられるまで別の魔物を強化することができないと英雄二人は見切っていた。強化を解除して、近くの別の魔物をけしかける、といったことはできないのだ。
魔将ランパルドは最大六体の最上級を生み出せたが、しかし時間をかけてもそれ以上の魔物は出せなかった。
もしかして同じような性質では? と立てた予想が当たった形だ。
……その情報がおそらく人間側にバレたことも、エストリアはランパルドから伝え聞いており、
「チッッッ!」
仲間の失態に、思い切り舌打ちをするのだった。




