第二百九十七話 それぞれの戦場 中編
ティオは三つの魔将の軍勢とは少し離れた場所に、一回目の補給に来た。
「矢玉です!」
普段はあまり大声を上げる方ではないが、今回ばかりは別だ。よく通る声を張り上げ、神器の鞄から言葉の通り矢束を数十ダース一気に取り出す。
……物資の供給係として任命されたティオだが、真っ先の仕事はこれ。
戦場から少し離れた場所から矢を射掛ける役目の部隊。……この距離で、味方に当てず敵だけを的確に倒す、精鋭だけで構成された弓兵隊への矢の補給だ。
ティオみたいな神器を持ってない限り、一人が持てる矢玉には限界があり、当然真っ先に補充が必要となる。
「助かるティオ。これでまた撃てる」
矢束の一つを手に取り、パーティ・スターナイツ……星の高鳴り亭で馴染みのあるヴィンセントが、小さく礼を言う。
彼のパーティもどこかで戦っているはずだが、ヴィンセントはこちらの方が役立てると判断されたのだろう。
「ヴィンセントさんも、頑張ってください」
「ああ」
小さく言葉を交わして、ティオは今度は少し別方向に向かう。
遠距離攻撃は、なにも弓矢だけではない。
弓兵隊と同じく、遠くから精密な攻撃を可能とする人員のみで固めた魔導隊もいる。必然、強力極まりない魔導を撃ち続ける関係上、魔力回復のポーションは必須だ。
「ポーションの在庫、ここに置いときますよ!」
「わかった!」
まとめ役らしき人に声をかけ、二十本のポーション瓶が入るケースをこれまた何十個とドカカと並べる。
……何人かは手持ちのポーションでも回復しきれなかったのか、我先にとポーションに向かってきた。
「…………」
その光景にティオは少し呆れを覚え、ふと視線をリースヴィント方面に向ける。
丁度その瞬間、なんかぶっとい光線が数十と城から放たれ、魔物の群れをドカドカと薙ぎ払った。
「シリルさん……」
……今は乱戦。他の人間を巻き込まないよう、シリルはやや遠目の方に魔法をぶっ放しているのだが。
多分ここに至っても、彼女は魔力回復のポーションには頼っていない。というか、あれだけ派手な魔法を撃ちまくっているのに、今まで使ったところをティオは見たことがない。
勿論、この作戦前に教会から最高級のやつが支給されたのだが、『うーん、こんなのもらっても使い道ないんですけどねー』とか呑気に言っていた。
「っと、サボってる暇はないですね」
ティオは次次、と 南東方面の戦場に向かう。
なるべく気配を殺し……特に、ちょこちょこいる最上級の目に止まらないよう、細心の注意を払う。
今見える範囲で、最上級は三匹。それらの視線や耳の動きから警戒範囲を割り出し、まずは目についたパーティの方へ。
「物資の補給です、どうぞ」
「お、おう!? ……あ、ああ。助かる!」
乱戦の中、背後から近付いたティオに気付いていなかったのか、一息だけついていたパーティの戦士は驚きの声を上げる。
「ではこちらを。他に入用なものは?」
ティオが一先ず手渡したのは治癒、魔力、スタミナそれぞれのポーションが二つずつ入った小袋。
いちいち個別のパーティごとに最適な補給をする時間も手間もかけていられない。とりあえず絶対に腐らないこの三種をセットで渡し、追加のリクエストがあれば……というのが今回のスタイルである。
専門の補給部隊ならもっとうまく立ち回るのだろうが、即興で任命されたティオだとこれが限界だ。
「いや、俺たちは大丈夫だ」
「はい。では失礼」
ふっ、とティオは次に向かうべく走る。なお、目の前の戦士からはその場から消え失せたようにすら見えていた。
「……あっちですかね」
ささ、と周りを見渡したティオは、周りの魔物の分布を見て方向を決める。
「эмне!?」
ティオの進行方向にいるのは巨人が六匹。
今回はあえて相手が『目障りだ』と感じる動きで向かっている。
「оооооо!」
「よっと」
巨人の間合いに入った途端振り下ろされた棍棒の一撃を、ティオはさっと躱す。別の巨人がその隙に大剣を叩き落とすが、二段階ほど加速して的を外した。
最初の一撃を繰り出した巨人の股の下をくぐり抜け……ついでに、ナイフを抜いて踵の腱を切り裂く。
この程度で倒せはしないが、その巨体を支える足を傷つけられ、巨人がふらつく。別の巨人は、体勢を崩した巨人が邪魔でティオを追うのに一手遅れる。
それだけあれば、簡単に振り切れた。
「よし」
思った以上にうまくいって、ティオは少しだけ拳を握る。
同時に、やはりガタイのいい魔物の方が突破はしやすいと再確認した。
ティオが戦う、というのであれば勿論体格が小さな相手の方がやりやすい。が、今回はいかに迅速に、自分も怪我をせずに補給相手のところに辿り着けるかが肝心だ。
大きな魔物はその分死角が多く、この乱戦の中でならティオは容易に突破できる。逆に小さな魔物の方が、小回りが効く分厄介だ。
「っと、お待たせしました。補給です」
「おう、あんがと! あと筋力増強のポーションあるか!?」
「どうぞ」
ポイ、と道具を投げ、次のパーティのところへ。
「……!」
一番近くにいたパーティは、ドラゴンを三匹も相手をしていた。おまけに当然のように他の魔物もいて、明らかに劣勢に立たされている。
……自身の役目に徹するなら、見なかったことにするべきだ。ティオの物資を待っているパーティはいくつもあり、万が一ここで死んだりしたら、彼らが危機に陥る可能性は高くなる。
しかし、仲間を見捨てるのはラ・フローティアの流儀ではない。
「ふう……」
鞄から槍を取り出す。
ぐるぐると、三枚ほどの符を貼り付けた特製の槍だ。
「――――ふっ!」
走る勢いを乗せ、槍を投擲。
専門、というかそれが必殺技なヘンリーのものと比べると劣るが、それでも並の槍使いよりも鋭いそれは、狙い違わずドラゴンの一匹の首元に突き刺さる。
……勿論、ティオの膂力ではドラゴンの硬い鱗を完全に突破は出来ず、僅かに穴を開けた、程度であるが、
「爆!」
魔力の指令を飛ばし、槍がこぼれ落ちる前に穂先に仕込んでおいた『爆符』を起動。
……実はティオは叢雲流の術式をコツコツ改良しており、文通を通じてラナにも助言をもらっていて。これはリーガレオを発つ直前に届いた手紙で、そのラナが『爆符、こんな感じでどう?』と送りつけてきたものだ。
なお、出来上がってきたのは効果こそ似ているがまるで別物。
魔力消費は数倍に跳ね上がり、符の作成難易度もティオの技量ギリギリになっている。
……しかし、である。
「うわ」
思わずティオは素で声を上げた。
間近でニュー爆符の威力を受けたドラゴンは、爆発の威力に晒された首周りが抉れており。首の皮一枚でかろうじて胴体とつながっている有様となっていた。
……流石に再生力に優れるドラゴンといえど、これは即死である。
「また、とんでもないのを」
一応試しはしていたので想像はついていたが、実際に使ってみると凄まじい。
爆発範囲は狭いが、ティオの攻撃力不足の悩みは一気に解消に向かった感がある。
「……おっと。そっちの人たち! 閃光、二秒!」
仲間をやられたドラゴンがティオに殺気立った視線を向け……冒険者共通の合図で、ティオはさっと鞄から取り出した球を投げた。
きっかり二秒後、浄化の魔力が詰められた閃光弾から光が溢れ、ドラゴンたちの視界を焼く。
このクラスの魔物に効く分、非常に高価な代物――ヘンリーが好んで使っているやつより更にワンランク上――だが、今回の経費は教会と三大国の持ち出しだ。普段は使えない高級品をバンバン使えて、ちょっと気分が高揚する。
追撃をしようかと思ったが、流石はこの戦場に招かれた冒険者。
相手が隙を見せるなり、瞬く間にドラゴンを仕留めティオに親指を立てた。
そちらに向けて駆けると、相手からは大歓迎だ。
「ありがとう! おかげで助かった」
「いえ」
少し照れるが、仕事が先だ。
「それより物資の補給です。治癒系のポーションは多めにお渡しした方が?」
「ああ、頼む。他はいい」
「はい」
鞄から基本セットの小袋と、追加で治癒のポーションをいくつか渡す。
「君、名前は?」
「ティオです」
「そうか、ティオ。無事生きて帰れたら一杯……ああいや、まだ酒の味はわからないか。ジュースでも奢……」
「お酒でお願いします。では、急ぎますので」
力強く断言して、ティオはその場を離れる。
そうして、いくつかのパーティに物資を届け、ティオは鞄に追加の荷物を詰めるためリースヴィントに足を向ける。
ティオの鞄の容量の問題ではなく、リースヴィントにあるモノの都合上、一杯に入れることが出来ていないのだ。今も転移門はフル稼働で物資を運んでいるはずである。
早く――と自然と急くティオの視界の隅に、なにかが一瞬で過ぎるのが見えた。
「!?」
瞬間、総毛立つほどの悪寒に、ティオはそちらを全力で注視する。
一瞬見えたのは、南方面からリースヴィント――正確にはその王城に向けて飛んだ黒いなにかだ。
ティオが反応してからここまで、数瞬と経っていない。
……そうして、次の瞬間、空気を引き裂く凄まじい轟音が戦場中に響いた。
「~~っ、シリルさん!」
正体はわからない。わからないが、あれは明確な『攻撃』だ。
あんな真似ができる魔物なんて聞いたことがないから、恐らくは南の魔将から放たれた遠距離攻撃。攻撃が通ったであろう軌跡では陽炎のように空気が淀んでおり、その威力のほどを物語っていた。
狙われたリースヴィントの城のベランダは煙が立っており様子が見えない。
ガードについているゼストがいかに鉄壁とはいえ、あの速度の一撃の前では……
悪い想像が首をもたげかけたティオだが、
「『~~~~』!!」
かすかに、聞き慣れた声がここまで届く。
……次の瞬間、さっきの黒い攻撃とほぼ同じ軌道で、白い魔力弾が虚空を裂いて放たれた。
こっちもティオの目ですら追うのがやっと。一撃に凝縮した魔法の一撃が、南の戦場に突き刺さり……カッ、と後ろの方の魔物を巻き込むように炸裂した。
……神器リンクリングのおかげで魔将と戦っている人間と連絡がとれるので、いい感じの機会があったら魔将も狙う、という話は聞いていたが。
わざわざ魔将が狙い撃ちを仕掛けるだけのことはあると、ティオは嘆息した。
煙が晴れると、シリルは健在。ゼストも負傷はしているようだが生きていて。
ティオは安堵しながら、自分の仕事に戻るのだった。




