第二百九十六話 それぞれの戦場 前編
「アゲハ、僕が正面立つからお前はテキトーにやれ!」
「わかってるよっ、シクんなよ!」
ふっ、とアゲハがその場から消えた……ようにすら見える動きで、ランパルドの方に走る。やや楕円を描くように走るのは、これは僕の射線を邪魔しないようにだ。
「ブチ死ね!」
「……《強化》+《強化》+《強化》+《強化》+《強化》」
何十という数の瘴気の触手が伸びてくる。僕はそれを真正面から迎え撃つ態勢で、五重の強化を如意天槍にかける。
「ォォオオオオオ!」
全開投擲。触手と同数以上に分裂した極光の槍が、触手をズタズタに引き裂きながら飛んでいく。触手は全部迎撃できた。
その後、僕は前にダッシュ。手元に戻した槍で瘴気の残骸を蹴散らしながらランパルドに接敵。
……流石に触手に威力を大幅に削がれ、投槍はダメージにはなってないが、一気に近付けた。あともう少しで槍の間合い。
「チッ、この――」
「《強化》+《強化》+《投射》+《拘束》+《拘束》」
ランパルドが生身の腕をこちらに向けようとして……それを見て、僕は拘束の矢を飛ばす。
ジャラリ、と光の鎖がランパルドの腕に絡まり、一秒にも満たない僅かな時間が稼げた。
「この、喰らえ!」
「喰らうか!」
ランパルド土手っ腹から新たな触手が伸びる。が、僕はそいつを見切って槍で叩き落とし、更に距離を詰める。
何度かの戦いでわかったこと。ランパルドは全身どこからでも瘴気の触手を出せるが、その速度や精密性はどこから出すのかによって大きく変わる。
今まで見て取ったところ、腕から出すやつが一番早く、細かいコントロールが効くようだ。なんとなくわからないでもない話だ。
そんなわけで、拘束から脱出した腕から触手を伸ばされると、ずっと対処が難しいのだが、
「ィ、ヨイショぉ!」
「ぐあ!? くっそうぜええ!」
……回り込んできたアゲハが絶妙なタイミングで仕掛け、ランパルドの腕を防御に回させる。
これで完璧に間合いに入った。
「ッッチ!?」
接近を嫌がったランパルドは、爆発させるように触手をめちゃめちゃに振り回すが、読んでる。
「《強化》+《強化》+《強化》+《光板》」
効果時間が短ければ短いほど、範囲が狭ければ狭いほど強度が高くなる《光板》に強化をかけて、簡易的な盾を展開。
十分に速度が乗る前なら、数瞬触手を止めることくらいはでき、
「《強化》+《強化》+《強化》」
ふと空いた隙間から、僕は如意天槍を限界まで伸ばし、これまた強化をかけて突きを繰り出した。
……ランパルドの脇腹辺りを抉ることに成功する。
「ラッ!」
更に手首をひねって内臓を……は、流石にムシが良すぎたか。触手が振り回され、僕は後退を余儀なくされる。
……が、またアゲハがチクチクした首狙いの嫌がらせをして、追撃はない。
「この、なんっだ、お前!? こんなに強かったか!?」
「全力の僕見んの初めてだろ!」
いやまあ、僕一人の力じゃないので、偉そうなことは言えないが。
……ユーの支援。
強化自体も大変なものだが、ユーの魔力を融通してもらえるってトコロが、僕にとっては非常に大きなメリットなのだ。
魔力量では僕なんて比較にならないユーとの繋がりのお陰で、普段はここぞという時しか使えない四重、五重の術式の組み合わせが容易にできる。
すべての行動に魔導の補正をかけて攻めるのが対魔将との戦い方だ。
前のギゼライドん時も、その前のジルベルトの時も、これでなんとか追いすがっていた。ランパルドは先の二人より弱く、ダメージも負っている。これならなんとか渡り合えるらしい。
まあ、流石にこれだけバカスカ使うと、ユーも力尽きかねないのだが、
「――! そっちか!」
「させるかっ」
後方のユーに気づいたランパルドがそちらに触手を伸ばそうとするが、僕はそいつの大半を叩き落とす。
ふと後ろを見ると……ポーションの瓶に口をつけていたユーが、残った三、四本の触手を躱すところだった。
「ユー! ポーション飲む時も、気ぃ抜くなよ!」
「抜きません!」
……後ろで戦うユーは、適宜魔力回復のポーションを服用し、回復する。
相手からしたらなにそれズル!? って話じゃああるが、魔将の方がよっぽど反則なので、このくらいはしないといけない。
「ふぅ」
一つだけ息をつく。
さて、まだ戦いは始まったばかり。
周囲では他の冒険者が戦っており、魔物はこっちに来てないが、そっちも警戒しとかないと。
……こことは別の場所では、他のみんなも頑張っているんだろう。
僕も踏ん張ろう。
「『……癒やしの光を。ヒールライト』」
フェリスが掲げた手から柔らかい光が降り注ぎ、全身血だらけで倒れ伏している冒険者の体を癒やしていく。
護衛役として周囲を警戒しているジェンドは、相変わらず時間が巻き戻ったかのように治っていく様子に、内心舌を巻いた。
そして、光が収まる頃、
「……ッシャァ! ブッ殺っ! おい、マックス! 俺に上等カマしてくれたクソトカゲはどこだこらっっ!?」
「てめーが呑気にくたばってる間にとっくに仕留めたよ! それより復活したら手を貸せ馬鹿ダリルが!」
「誰が馬鹿だ馬鹿野郎この野郎が!」
……と、ダリルと呼ばれた男は、さっきまで死にかけだったくせに、元気溌剌勇気凛凛といった風情で立ち上がり突貫していく。
すげータフだな。と、こちらに対してもジェンドは感心した。
自分が瀕死になったとして。体が回復したからって、初っ端からあそこまで無軌道――もとい、全力で戦いに戻ることができるかは正直自信がなかった。
「っと、フェリス。次だ、次。あっち側の戦いが激しいから……」
「……ちょ、っと待ってくれ、ジェンド。三十秒、息を整える時間をくれ」
ふぅ、ふぅ。と深呼吸するフェリスに、ジェンドは少し意外に思う。
まだ、この戦いが始まった五分と少し。
たったそれだけの時間で多くの怪我人が出て、フェリスはもう二十を超える人間を癒やしている。
しかし、一陣での戦闘や、何度か様子を見に行った診療所での治療の手際からして、いつものフェリスであればまだまだ余裕があるはずだ。
……いや、リースヴィントまでの強行軍のあとのこの決戦はどう考えても『いつもの』ではないが。それを加味しても息が上がるのが早すぎる。
「……ダリル、マックス! 一匹も魔物を通さないようにしてくれ! 治癒士さんを休憩させたい!」
「ん、おう、わかったアロー!」
と、後ろから魔導でマックスとダリルを援護していた魔導士が指示を飛ばし、前二人の動きが明らかに防御寄りにシフトする。
「作戦前のミーティングで聞いたけど。君……フェリスだったか。強襲医療神官任務は初めてだとか。俺たちのパーティが魔物を止めるから、無理せず、息を整えるといい」
アローと呼ばれた魔導士がフェリスを気遣うように話しかけ、フェリスは小さく頷いた。
「ええ、っと?」
「聞いた話なんだけど、普段の治療と強襲医療神官役は精神的なプレッシャーが全然違うらしいんだよ。ジェンド君、だよね? 見なよ、この戦場で戦ってる人数を」
魔導は途切れさせずに、アローと名乗った魔導士はくい、と顎で見やる。
……まだまだリースヴィントに転移してきた人数は少ないが、数百もの冒険者が魔物相手に激闘を繰り広げていた。
「この南東の魔物たちを相手にしている連中の命が全部かかってるんだ。そりゃ、緊張も半端ないってものさ」
「……そう、ですね」
そして、ジェンドには想像もできないが、高位の医療魔導は極めて繊細な技術と聞いている。ちょっとした呼吸の乱れで、失敗しかねないのだとか。
ゆっくりと呼吸を整えているフェリスの判断が正しいのだろう。
「しかし、初めてでも冷静だね。最初ん時、気が逸って失敗しかけて、その失敗魔導を攻撃に転用し始めたどっかの聖女とは違う」
「……あの、それってもしかして」
「あの中心のトコで戦ってるあの人」
と、アローは指さす。
周りが必死に押し留め、ちょっとした魔物の空白地帯となっているところで、ヘンリーとともに戦ってる英雄。
間違いなく役割的には後衛のはずだが、ランパルドの伸ばす触手を、距離があるとはいえひょいひょいと躱している。前衛を張る二人がいるからこそではあるが、三陣辺りなら戦士としてもやっていけそうだ。
「俺は、あの聖女とはちょっと縁があってね。雑談で強襲医療神官やるときの話を聞いたことがある。……すごく緊張するって話もそうだけど、それでも護衛役が頼りになれば、心強くて頑張れる、とも言ってた」
そういうわけで、と魔導士はジェンドの背を叩く、
「この戦場の女神を、しっかり守ってやってくれよ」
「あ、はい! ……っと!」
ダリルとマックスが相手していた魔物が一匹後逸する。
すばしこい犬型の魔物、ガルム。
「……オオッ!」
フェイントを仕掛けながら近付いてくるそれを、ジェンドは一閃で仕留めた。
どうやら息を整えているフェリスを狙っていたようだが、胴から真っ二つになり即座に炎上する。
鍛えてきた火神一刀流を、今こそ振るうべき時だと、ジェンドは改めて頭に叩き込んだ。
「悪ぃ、アロー!」
「馬鹿ダリル! 魔物逸らしてんじゃねえ! 俺が直々に七回目の瀕死体験させてやるぞコラ!?」
「ああ゛!? そこまで言われる筋合いは……チッ、また魔物か! この話は後だ!」
……あれ、このアローって人、すごく口悪いな?
さっきまでの好青年っぽい話し方とのギャップに、ジェンドは一瞬混乱する。
「いやあ、うちの馬鹿がミスって悪いね」
「は、はあ」
多分、さっきのが素だな……とジェンドは確信する。
「……ふう、よし。行こう、ジェンド」
「おう。……アローさん、ありがとうございます」
「なに、気にしないで。……うちのパーティ、俺は二回。ダリルは五回、マックスは三回。それぞれ、君のところのリーダーを護衛役にした聖女サマに命を救われてるんだ」
大攻勢の時の、強襲医療神官としてね、とアローは付け加える。
「だからまあ、中心で戦ってるあいつらには借りがたっぷりだ。死ぬ気はないけど、踏ん張ってやるさ」
「……お願いします! 行くぞ、フェリス」
「ああ!」
そうして。
ジェンドとフェリスは、次の怪我人を治すべく、戦場を駆け回るのだった。




