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第二百九十四話 出陣

 魔将がもう間もなくやってくるという時間帯。


 開幕の一発を狙ったシリルの歌声が響く王城のベランダで、ラ・フローティアの面々が集っていた。


「いよいよだな……」


 ……と、大一番の前に緊張した様子でジェンドが呟く。


「なぁに固まってんだ。命がけの戦いなんて、もう慣れっこだろ!」


 ドンッ、と僕は発破をかけるように弱気になってるジェンドの背中を叩く。

 余程気もそぞろになったのか、ジェンドはたたらを踏んだ。……ったく、魔力強化もしてないのに、この体重差でよろけんなよ。


 ……まあ、僕も命の危険がある戦いに慣れるってことはないが、要は気構えの問題である。萎縮するだけじゃ余計に危ない。


「ってて。つってもな。魔将の軍勢だろ? 前の大攻勢ん時思い出したら、そりゃ少しは不安にもなる」

「……自信を持て、ジェンド。お前はもう十分一流だ」


 ゼストがジェンドを励まし、その胸を叩いた。


「そうだぞー。それにフェリスも一緒なんだろ? 情けないトコ見せんなって」


 今回の大攻勢において、ジェンドはフェリスとペアで行動する。


 フェリスはジェンドに強化の魔導が使える。そのジェンドを護衛に伴えば、戦場に切り込んで怪我人を癒やす……強襲医療神官の完成だ。

 なお、大攻勢における強襲医療神官は、誇張でもなんでもなく女神扱いである。いや、男性もいるけどね。


「ジェンドさん。道具が必要なら合図を。それと、援軍が必要なら駆けつけますので、頼ってくれてもいいですよ」

「お、おう。頼りにしてる……けど、俺一人でやってやるさ」


 ティオにまで気を遣われ、バツが悪そうにジェンドが頬をかき……ついで、パァン、と気合を入れるように頬を張る。


 なお、ティオは持ち前の神器を持って、後方と前線の物資移動係だ。

 リーガレオなら補給部隊もいるが、リースヴィントにはまだそれほどいない。ポーションやら矢玉やらなにやら、前線にくばる役目となる。


 基本的には直接は戦わないが、一人で鞄を手に戦場を駆け回る。危険度では普通の戦闘員より余程大きい。が、索敵にも隠密にも機動性にも優れたティオであればやってのけるだろう。


「はは、立ち直ってしまったか。こういう時に尻を叩く、というのをやってみたかったんだが」

「あ、それは僕も見てみたかった」

「勘弁してくれ」


 ジェンドがため息をつき……顔を上げた時にはもういつもの顔だった。


「うむ。パーティの盾としては俺がフェリスも守ってやりたかったところだが、流石に二人に分身はできん。ジェンド、フェリスのことは任せたぞ」

「了解! ゼストもシリル頼んだぜ」

「承った」


 そしてゼストは、城のベランダという目立ちまくる位置で魔法をぶっ放すシリルの護衛役である。

 距離的に、最上級だろうがこの位置のシリルに有効打を与えることは難しい。


 そもそも長射程持ちは、転移門にうっかり攻撃を打ち込まれたら致命的なので、最優先で撃破していた。そのためここに護衛を配してはいなかったが、魔将ともなればどんな手でシリルを襲うかわからない。


 そんなわけで、防御に関しては勇士の中でも随一の腕前を誇るゼストがここの守りに抜擢されたのだ。

 勿論、同じパーティであるということも加味されているが、こんだけの奴を据えるのは、それだけシリルの火力が頼りにされているからである。

 ……いや実際、ヤベー勢いで魔物溶けてるし。


「おう、ゼスト。シリルにかすり傷でも許したら、頭丸めさせっからな」

「いいだろう」


 いいのかよ。ちょっと脅すだけのつもりだったのに。


 ……しかし、まあ。

 それぞれ得意分野が違うからか、最後の最後へ来てパーティがバラバラに行動することになってしまった。


 作戦の直前、こうして集まる時間が作れたのは、この大作戦の先陣を切ったラ・フローティアへの教会からのはからいである。


「……そろそろ魔将が来そうですよ。魔王がリーガレオに来た時ほどではないですが、相当数の魔物を引き連れて」


 と、ティオがポツンと呟く。


 まだ地平線の向こうなのか見えやしないし、今も近くの魔物との戦いが続いているせいで音や振動なんかもまったく感じ取れないが……ティオが言うならそうなんだろう。


「よし、んじゃ」


 僕は拳を前に向ける。


「ああ」

「うん」


 ジェンドとフェリスもそれにならい、僕と拳を合わせるように。


「はい」

「うむ」


 ティオ、ジェンドも。


「こ~ゆ~の~♪ いいーでーすねー」


 ……歌(歌?)を途切らさないよう、なにやらメロディを取りながらシリルも合わせる。

 やや間抜けながらも、ある意味いつもの僕たちらしいと言えなくもない。


 すぅ、僕は一つだけ息をつき、


「この戦いに勝つのは勿論、ラ・フローティア全員生きて帰るぞ! んで、今回の報酬で山ほど飲み食いしてやろう!」

『おお!』~♪!」


 ガツン、と拳を叩き合わせ、僕たちはそれぞれの持ち場へ向か――


「あー♪ ヘンリーさ~ん」

「……っとと、なんだよシリル?」


 ええい、格好良く出陣しようとしたところでシリルに呼び止められた。

 振り向き……こう、不意打ち気味に頬にキスされた。


「勝利の祝福でーす♪ 頑張ってくださ~い」

「……わかったよ!」


 最後に余計なことをやったシリルに背を向けて、僕はベランダを飛び出した。

 前の方には聞こえてないだろうけど、転移門動かしている人とかには聞こえてる。……何人か微笑ましそうにこっち見てる、すげえ見てる。


 ったく、と内心溜息をつき。


 僕は、こっちを見ているとある二人の方へ、《光板(プラト)》で空中に足場を作って急いだ。


「よ、よう。待たせたな、ユー、アゲハ」


 互いに息が合っている――アゲハに関しては心外だが!――ということで、僕ら三人が魔将一人の受け持ちだ。多分、前に枯渇寸前とはいえ魔将を討伐した実績があるのも後押ししてんだろう。


 で、だ。


「いやー、熱々ですねえ、ヘンリー!」


 ……ウッキウキしながらユーがからかいにきた。くっそ、ぜってえこうなると思った!


「ヒューヒューー!」

「お前は子供か! って、突っついてくんな!?」


 アゲハのやつもなんかやってきやがる。なんか声を上げながら、ぐりぐりと肘で脇を突いてきた。


 あ゛~~くそ。


「あ、あのなあ。シリルのあれは、あいつなりに緊張をほぐそうとしてくれただけなんだ。……多分、きっと。だから、な?」


 だから……なんだというのか。僕自身もわかっていないが、とりあえず二人のからかいを抑えるため、言い訳――言い訳か? これ――をする。


「いえ、普通に愛する人の勝利を祈念しただけでしょう。勝利の女神ですねえ」

「そーだそーだ。むしろヘンリー、あそこはお前さんからもなんかやるべき場面だったんじゃないかー? ハグとか」

「あー、それですそれです。決戦に赴く騎士とお姫様は、別れ際に抱擁を交わし……ってうわー、実際の立場もそうだと、なんていうか出来過ぎって感じです」

「所詮ヘンリーだけどなー」

「まあ、そうですけど」


 言いたい放題だこいつら!?


「……あ、あのな。そーゆーの、いじめって言うんだぞ。言葉の暴力反対」

「いやいやいや、馬鹿にはしてねーよ? なあ、ユー」

「ええ。そのつもりです。仲間同士の親愛を込めた軽口じゃないですかー」


 ああ、もう。と、頭をかいて、僕は二人のからかいを無視して歩き出した。

 はあ……もう、初っ端からなんか蹴っ躓いた感がある。


「しかしアゲハ。独り身にはちょーっと目の毒でしたねえ」

「毒かあ? ユー、おもろかっただろ。あれ」

「まあ、はい」

「………………!」

「!!」


 やいのやいの。


 しばらくはそんな感じでテキトーほざいていた二人だが、戦場が近くなるにつれ声も少なくなっていく。


 コキ、コキ、と僕は体をほぐし、アゲハは懐から取り出した強化ポーションを服用。ユーは小さく詠唱を始め、


「……『ティンクル・エール』」


 半ば以上崩れた城壁の近くまで来たところで、強化の魔導を僕にかけた。


 たん、たん、とその城壁を駆け上る。……ユーはアゲハが抱えてだ。


 高い場所から、遠方を見つめ……ティオの言う通り、遠くに魔将の軍勢が見え始めていた。

 ユーもアゲハも、ついさっきまでとは違い、真剣な表情でそれを見据えている。


 ……三つの軍勢が南西、南東、真南から来ており、その軍勢の間を、なんか派手に戦う勇者が駆け回って足止めしてる。

 え、ええと……あれ、実際何故か進軍速度が落ちてる気がするんだけど。流石勇者、パねえ。


 ま、まあ、あの人には逆立ちしたって敵わないが、それでも僕たちは僕たちで仕事をしよう。多分、南東の軍勢を率いるやつが僕たち担当だ。


「ユー」

「はい」

「アゲハ」

「おう」


 それぞれに声をかけ、僕は腰に差した如意天槍を抜き、短槍に変形させる。


「……行くぞ」


 そうして。

 英雄二人と僕は進撃を開始した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゼストって守り切れなかったら頭丸めるどころか腹切るんじゃね……
[良い点] いよいよか 前哨戦だろうが [一言] がんばれ~
[良い点] 英雄2人を差し置いて前衛を張る勇士が居るらしい ヤバい(語彙力 [気になる点] 独り身じゃなくなってもええんやで(なおヘンリーの甲斐性とか世間体は考慮しないものとする、王配でもう一人つーの…
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