第二百九十三話 お城の教会
魔将対策の会議が終わり。
僕とシリルはリースヴィントの城の敷地内にある教会跡へと向かっていた。
……セシルさんの報告通りであれば、魔将が来るまで残り四十分ほど。
少しでも休むことにしたはいいが、時間的にいかにも中途半端だ。仮眠でも取ろうかと思ったが、正直今寝たら起きれる自信がない。
結局、動きが鈍らない程度に腹に物を詰め、あとは大人しくしておこうと思ったのだが、
「ヘンリーさん、急ぎましょう。私、最初の一発カマすために、二十分くらいは歌うので時間がないです」
「はいはい」
と、腕を引っ張ってくるシリルに誘われたのだ。
まあ、大一番の前に戦神に祈りを捧げること自体、普通のこと。座ってても教会で祈ってても疲れに大差はないし、付き合うことにした。
お城の裏側に回り……果たして、薄汚れてはいるが、未だ健在のグランディス教会が姿を現した。
「おお、意外とちゃんと残ってますね」
「そうだな」
城の裏にあったのが功を奏したのだろう。
周囲に雑草が生い茂り、ところどころガタはきているようだが、これなら祈りを捧げるのに支障はない。
グランディス教会お馴染みの、クロスした剣がモチーフのエンブレムも立派に残っている。
「しかし、小さくないか?」
ここの教会は、平屋の小ぢんまりしたものだった。田舎で、魔物が少ないために規模という意味では小さかったフローティアの教会と比べても、更に小さい。
「街の人が行くようなところは別にありましたからね。ここは分家というか。城住まいの人向けです」
「ああ、そういう」
言われてみれば、王侯貴族の子供とかが下手に市井の教会に行ってトラブったりしたらコトだ。僕が知らないだけで、こういう教会も結構あるんだろう。
「ん、っと」
そうしてシリルが教会の扉に手をかけ、
「ん、ぎぃぃ~~~」
「はいはい、貸せ」
……例によってドアが変形でもしたのか、シリルが思い切り力を入れても開かない。
「いえ! お任せください。私も、多少は鍛えたのですから!」
あ、たかがドア開けるためだけに魔力強化しやがった。
効率という意味ではシリルの強化は正直駄目だが、魔力の量が違うので、筋力だけならいっぱしの戦士並はある。当然、木のドアくらい力ずくて引っこ抜いた。
バキィ、と、ドアの部品壊れたけど。
「あ」
「……まあ、どうせ早いか遅いかだろうし」
こんだけボロボロになってりゃ、遠からず壊れていただろう。
あはは~、と笑って誤魔化すシリルに嘆息して、僕は教会の中へ足を踏み入れた。
「けほっ」
流石にかなり埃臭いが、建物と違って風雨にさらされていない分、中は結構無事に残っている。
祭壇も、椅子も無事だ。
あとは、グランディス神の神殿として当然のように、
「やっぱ酒場あんのか」
……下手しなくても教会部分より広え。それにカウンターのトコの酒瓶、中身入ってんぞあれ。
「ええ、往年は仕事上がりの騎士さんとかがここでよく一杯引っ掛けていました。街と違って入る人が限られてるから、ゆっくりできるんだとか」
「……よく知ってんな」
「城の外にはあまり出られませんでしたが、敷地内なら比較的自由だったので。お夕飯をここで済ませたりもしてました」
ま、まあお転婆なお姫様ならそういうこともある、か?
「あと、お父様もよくここで呑んだくれてました」
おおーい! なにやってんの国王様!?
「席が武官と文官と騎士で縄張りみたいなのがあってですね。喧嘩でも起きようものなら大事、そんな時に仲裁するため……とかお母様に言い訳していましたねえ」
「……言い訳なんだ」
「だって喧嘩て言ってもそれこそ呑み比べくらいでしたし。お父様も嬉々として参加してましたし」
な、なんつーか。
僕も人のこと言えないが――いや、本当にどの面下げて言ってんの? っつー話だが……ゆるい国風だな、オイ!? アルヴィニアも相当だがはるか上を行くぞ。
僕の所属してた第二分隊も同じノリだったが、辺境ゆえとかじゃなかったんだ。
「っと、私の過去のエピソードについては、この街を開放してから、じっくり散策でもしながらするとして」
「ああ、そうだな。グランディス神へ祈ろう。この状況だ、略式でもお怒りを買ったりしないさ」
つーか、モノによっては半日とかかかる儀式があったりする他の神に比べて、『んなことしてる暇あるなら開拓なり魔物退治なりやれ』という方針のもと、なんなら教会の方角に向けて一礼するだけでもいーよ、という教えだ。
まあ、それは簡素すぎるので、軽く武器を掲げて誓いの言葉を口にするやつで……
「ああいえ、それもやりますが」
「? 他になんの用だ」
チッチッチ、とシリルは指を振った。
「お忘れですか、ヘンリーさん。グランディス教会といえば、天の宝物庫でしょうに!」
……………………ああ。
「なんですか、ヘンリーさん。その気のない返事は。ここで私が一発逆転のレジェンド神器を引くかもしれないというのに」
「……いや。レジェンドは与太話としてもだ。シリル、お前自分がここでいいの引けるほど持ってる人間だって思ってる?」
少なくとも天の宝物庫関連に関して、パーティの中じゃ僕とブービー争いしてんだろ。
「こ、これまではそうでした。でも、きっと今日この瞬間のため運を貯めていただけの話です。私はそう決めました」
「そう……」
「なんですか、その『そう思うなら好きにやれば?』と言わんばかりの態度は。ほら、お話でもよくあるじゃないですか、絶体絶命のピンチをその時賜った神器で乗り切るという」
うん、お話ではよくあるね。でも、実話は僕は噂すら耳にしたことがない。
一応ここの教会のことはみんな知ってるが、誰も来ていないのはそういうことだ。そんなのに頼るより目の前の作業が大事。
まあ、作戦前の休憩で時間ができたシリルが引くこと自体は反対しないが。
「……まあ、頑張れ?」
「くっ、その呆れ顔を驚きの表情に変えてやります! 待っててくださいよ」
ずんずん、とシリルは祭壇に向かう。
普段は神官さんに開いてもらっているが、グランディス神の信徒であれば勿論誰でも宝物庫の扉は開ける。ただ、慣れてない人がやると少し時間がかかるので、専門の人が代理で開けているのだ。
「ん、んん~~!」
シリルが祭壇の前で唸る。
普段神官の人が開けるより十倍ほどの時間をかけて祭壇の上に扉が現れた。
それはゆっくりと光を溢れ出しながら開いていき……三つの光が、祭壇の上にふわりと落下する。
三つね。シリル、もう一陣で冒険に繰り出しても何回か行かないと宝物庫引けなくなってんのに。やっぱ遠征初日の広域殲滅とランパルドの出した最上級退治が利いたか。
なんて感想をいだきながら、ひょい、と祭壇の上を覗き込む。
天の宝物庫は、引けば引くほどいいのが出る確率が上がる。流石に、シリルの運でも最近はアンコモン以上がほとんどだったのだが、今祭壇の上にあるのは、どこまでも簡素な杖が三本。
……あれ、この光景どっかで見た覚えがあるぞ。
「え、ええーと。あれ? うーんと」
シリルが首を傾げて、しげしげと自分が賜った神器を見る。
……今回出てきたのは、果たしてコモンワンド×三。
「……嫌がらせですか!?」
ああー、覚えてる。コレ覚えてる。
「クク……ある意味縁起いいんじゃないか? 僕と初めて冒険した時もこれだっただろ」
忘れもしない、シリルとジェンドと初めて冒険に行ったあの日。あん時も同じ結果だった。台詞までまんま。
「う~、もう。笑わないでください。駆け出しの頃と同じ結果って、本気で凹んでるんですから」
「悪い悪い。まあ、そう落ち込むなって」
よしよしとシリルをなだめる。
「これまでの訓練と冒険と。仲間と時の運を信じていきゃあ、どんなことだって乗り切れるさ」
「……はぁい」
当たり前過ぎて誰も口にはしない、冒険者の心得その一だ。
……で、ここでしめて祈りを捧げて戻ってればいい話で終わったんだが、
「でもそれはそれとして、私だけ残念な結果に終わったのは許せません。ヘンリーさんもどーぞ」
「……いや、僕はいいって」
「どうぞ」
有無を言わせねえ。
はあ、と僕は一つ溜息をついて、目を瞑って集中する。
……実際、数えるくらいしか自分で開けたことはないが、ぼんやりと頭の中に扉のイメージが浮かび、特に理由もないのに、今回僕は一回だということがわかる。
まあ、そんなもんかと思いつつ、扉を開けにかかる。
別に重いとかそういうのではなく、イメージだけで開けるってのがどうにも慣れてないと難しい。
十秒少々、苦労して扉を開け、目を開くと現実でも光の扉が開いて一つの神器が降りてくるところだった。
……さぁて、なにが出てくるかな。
まあ、よっぽど強力な武具が出たとしても、習熟訓練もしないうちから魔将との実戦に突入はあまりにも無謀なので、いいのが出たら幸先がいい、くらいの話ではあるが。
果たして、光がおさまり祭壇の上にあったのは、
「……ウッソだろ!?」
素朴なつくりの、槍。
扉を開いた人間には、賜わされた神器の能力が自然と理解できるが、圧巻の『能力:なし』。
……コモンスピア。
おいおいおいおい……僕、コモン引くのこの半年で初めてなんだけど。
この教会、グランディス神に嫌われてねえ? 引く教会によって確率が違う、なんてまったく論拠のない噂話を信じちまいそうだ。
「お、おお。こ、これはシリルさんも予想外」
「予想できてたまるかこんなん」
シリルと顔を見合わせて……どちらからともなく、プッ、と笑いが漏れた。
「アハハハハ! まあ、お揃いってことで、ある意味縁起がいいんじゃないですか」
「ま、そういうことにしといた方がいいな!」
そうして、ひとしきり笑い、僕は槍を、シリルは杖を掲げる。
「神よ、冒険者ヘンリー、槍に誓って魔将を打倒します」
「冒険者シリル、同じくです」
……ここまでテキトーな誓いの言葉でも上等上等と笑ってくれるのが我らが戦神だ。
そうして、僕たちは教会をあとにするのだった。
……なお、勿論神器は返還した。




