第二百九十一話 奪還戦
「スターナイツ、現着だ!」
……と、二十四番の転移門から、なにやら格好をつけながら顔見知りの冒険者が姿を現した。
予定通りである。今はまだ数が少ないので、戦闘員としては少人数での動きに慣れている冒険者が優先されていた。
こいつらも強さ的にリーガレオで指折りのパーティなので、早い段階で呼ばれている。
「おう、お疲れさん。で、ハロルド、早速だけど、お前らは南側の防衛担当な」
すぐそこの、簡易テントの指揮所からの指示である。リーガレオと通信のやり取りをしながら転移門を統括し、更に防衛戦の指揮も取っている。
「おいおい、ヘンリー。折角戦友が助けに来たってのに、味気ねえな」
「疲れてんだよ。転移門起動し始めたら、予想以上に魔物が群がってきて」
転移門起動のたび、派手に人間の魔力が撒き散らされているので、それもさもありなん。近隣の魔物が、わっさわっさと突撃してきている。
始めの方の転移は、転移門を運用する人たちを優先しており……おかげで、こっちにいる数少ない戦闘員の一人である僕は、転移門設置開始からこっち、二時間ほど前線でフル稼働だった。
少し前、ようやく下がってよしとの合図を受け、こうして転移してきた連中への連絡員として動いているわけである。
「まあ、ここは軟弱な、とは言わないでおこう。見る限り、転移門の設置、なかなかに順調なようだ。クエストお疲れ」
「……ヴィンセント、ちなみに今南側は最上級が三匹もいっから、気張れよ」
「おいヘンリー。もうひと頑張りして、俺たちを援護する気はないか?」
僕は軟弱者ですから休みますぅ、と煽りながら断ると、ヴィンセントから拳が飛んできた。当然躱した。くっくっく、弓使いが前衛メインの僕に当てることなど無理に決まっておろう。
「こら、こんな時までじゃれ合わないの」
「……まったく、男どもは」
スターナイツの残り二人、ルビーとビアンカが呆れたようにため息をつく。
「まあまあ、こういう軽口でリラックスするのも大事だぞ」
実際、ついさっきまで戦闘続きだったので気が張り詰めていたが、今のやりとりで少し落ち着いた。
「ああいえばこういう。……で、ヘンリー、私たち、実際どう動けばいいの?」
「おう」
指揮所からの詳細な指示をスターナイツに伝える。
「……ん、了解。そういや、ラ・フローティアはお前だけか? 他のみんなはどうしたんだ」
「フェリスはそこの診療所。ジェンドとゼストは北側の防衛。ティオは……知ってるだろ? こっちとリーガレオ往復して物資持ってきてる」
ティオはスターナイツと同じ転移門でこっちに来ていたが、往復で忙しいので僕へは視線で会釈だけして、城ん中の倉庫へ向かっていったのだ。
「で、シリルは……あれ」
「あれ?」
僕は王城の方を指す。
かつては、王様が演説でもしていたであろうベランダにその縁者……シリルが立ち、杖を手に朗々と歌を歌っている。
前の一発からの間隔的にそろそろか、と思っていると、
「――――『ライトニングジャッジメント』!」
シリルが一気呵成に魔法名を唱え、南の方の空がまたたいて、天地を貫く雷の柱が、ひの、ふの……三、四十本ばかり現れる。
まるで御伽噺の中の戦いみたいだが、どっこい現実だ。
それを見て、ルビーが少し顔を引きつらせる。
「う、わあ……あれ、シリルちゃんの魔法よね」
「そう。一時間くらい前から、五分に一回くらい、ああやって大魔法ぶっぱして前線を援護してる」
リーガレオはけっこう横に広く、魔物の密度も三陣辺りは大したことがなかった――あくまで最前線基準では――ので、こういったことはしていなかったが。
魔国奥深く、人間の気配を感じて殺到してくる魔物、という条件であれば、あの位置から魔法を放てばそりゃもう面白いように魔物が溶ける。
前線張ってた時にその威力を間近で見たが、一発で千以上は殺ってるっぽい。これでも味方を巻き込まないようちょい遠目に撃ち込んでいるんだが。
「……ま、まあ、そりゃあ心強いな」
「あ、ああ。ハロルドの言う通りではあるが……ときにヘンリー、五分に一回と言っていたが、魔力とかは大丈夫なのか、彼女」
「あいつ、転移門五回くらい起動してからあのポジについたんだが、まだ疲れてる感じしねえなあ」
撃ち終わって、またすぐ歌い始めてるし。むしろ喉の方が先に音を上げるかもしれん。
「……ほんっと、冒険者引退するのもったいない気もするな。いや、ヘンリー、お前もだけどさ」
ハロルドがそうこぼした。
シリルがこのクエストの後、この街の責任者につくこととか、それに伴って僕もシリルを助けるために引退することとか。
そういったものは、この作戦に参加している人には伝えられている。
「まあ、そういうのはこの街奪還してからの話だ。スターナイツ、頼んだぞ」
「おう、それもそうだな。任せとけよ。……っし、行くぞみんな!」
ハロルドがパン、と気合を入れるように頬を張り、号令とともに駆けていく。
それを見送り、指揮所に戻る前……僕は周囲をぐるっと見渡した。
計五十基設置された転移門を囲んで、魔導使いが次々とリーガレオからの人員を運んでいる。
……が、まだこっちに来ている人間は、さっきのスターナイツでようやく三百人といったところ。
転移門一基につき、大体四人が発動にかかりきりになり、リーガレオとの通信などの時間まで考えると一度の転移に二、三十分はかかる。
更に、シリルと違って普通の魔導使いは転移門を一度動かすだけで、ポーションによる魔力回復が必要だし、集中力のいる術式だからある程度のインターバルも必要だ。
事前の予想の範疇のペースではあるが……こうも、周りから魔物が襲いかかってきていると、なんともじれったく感じる。
もっと増やせればいいのだが、この術式を起動できる人間自体限られており、この作戦でリーガレオ側、リースヴィント側合わせて約四百人も集められた事自体すごいことらしい。
「魔物が一匹すり抜けてきたぞ!」
おっと。
誰かの叫びに反応して、僕は槍を取った。
……指揮所の連絡員、兼、万が一魔物に突破されてしまった時の護衛役でもあるからだ。
一応、休憩を兼ねた役目のはずなんだけど、ぜんっぜん休まらない。
と、愚痴る暇も勿体なく、僕は走り始めた。
「怪我人三人! 命に別状なし!」
突破してきた魔物は上級のそれなりのやつで。
僕はすぐに駆けつけて瞬殺したが、それまでに数人の怪我人を出していた。
指揮所の隣にある簡易テントの診療所にその三人を連れてきて、僕は声を張って端的に状況を伝える。
パタパタと、すぐにここのアタマであるユーがやってきた。……つっても、診療所、今はユーとフェリスしかいないけど。
「ヘンリー、お疲れ様」
「おう、ユーも。この三人、僕の方で血止めはしといたから、あと任せた」
「了解」
ユーなら秒で治してくれるだろう。三人の怪我で二十二番、二十七番の転移門が一時機能不全に陥っているが、すぐに復活する。
さて、次のお仕事だ。
診療所を出て、隣の指揮所の方へ。
リーガレオとの通信のやり取りや、テーブルにここらへんの地図――アゲハがものの十分で作り上げたもの――を広げての作戦会議で騒然としている。
入ってきた僕に、作戦会議中だったカイン上級神官がすぐに気付いてやって来た。
「ヘンリー君、お疲れ様」
「はい。……でも僕のほうがそっちに伺ったのに」
僕が所属している七番教会の責任者であるカイン上級神官は、今回の作戦におけるグランディス教会のトップだ。わざわざ足を運んでもらうのは気が引ける。
「気にしないでくれ」
「わかりました。……で、次の伝令はなんでしょう?」
「ああいや、その、うん」
ぽん、と肩に手を置かれる。
……うーわ、嫌な予感。
「連絡員としての仕事はもういい。で、だ。君に頼みたいことがあるんだが」
「……どうぞ」
一瞬躊躇したが、どうせ断れないのだ。先を促し、内容を聞いて……はあ、と僕はため息をついた。
「……わかりました、了解です」
「疲れているところ悪いね」
はい、と僕は頷き、そのまま診療所の方に取って返す。
「ユーーーゥ! いるかー」
「いますよ、もう。今度はなんです? さっきの三人はもう治して戻しましたけど」
「おう、流石だ。で、僕にティンクルエール一丁くれ」
僕に、一時的に上位英雄に匹敵する力を与え、ついでに魔力もごそっとユーから都合してもらえるようになる、ニンゲルの手の魔導。
「構いませんけど、前線までは効果届きませんよ? 流石に私がここを空けるわけにはいきませんし」
「わかってる。実はな」
さっきカイン上級神官から伝えられた指令を伝えると、ユーは得心がいったように魔導の詠唱に入る。
と、その間に、同じく診療所で働いているフェリスがやってきて、
「ヘンリーさん、そういうことならこれを持っていってやってくれ。時間ができたら差し入れに持っていくつもりだったんだけど、喉に効く薬草水だ」
「おう、わかった」
と、水筒を渡された。
「『ティンクルエール』」
それを受け取った直後、ユーの魔導が全身を包む。
ぐっ、と拳を握って感触を確かめ、いつも通りの強化に頼もしさを感じる。
「サンキュ、ユー。じゃ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
診療所を出て、向かうのは城の方。
中に入って階段登ってくのが正規ルートだが、面倒臭いし時間がかかるので、城の壁を蹴って上へ上へ登っていく。
窓の出っ張りとか沢山あるので、《光板》を使うまでもなく楽勝だった。
「『メテオフレアーーー』!!」
……で、目的地は勿論シリルが歌っている城のベランダである。
到着と同時に、シリルが魔法を放ち――直径十メートルはある火球が百個ばかり、魔物を消し炭にせんと唸りを上げて飛んでいった。
「ふう……あれ、ヘンリーさん。どうしました」
「まあ、とりあえず、これ。フェリスからの差し入れだ。喉乾いてるだろ」
「あ、これはどうも」
水筒を差し出すと、やはり歌いっぱなしで大変だったのか、シリルはゴクゴクと勢いよく飲んでいく。
「で、僕が来たのはな」
如意天槍を抜き、投げに向いた形に変える。
そうして、振りかぶり、
「《強化》+《強化》+《強化》+《強化》」
強化四つを込めた如意天槍を、前線の、魔物が固まってる部分に向けてぶん投げた。
更に飛んでいった槍は、穂先を五十に分裂させて魔物をまとめて貫いていく。
「……お前と同じく、こーしてこっから敵を減らすためだ」
シリルの戦果をみた指揮所の方々が、『なら他の遠距離火力あるやつにもやらせてみては』『それなら勇士ヘンリーがぴったりじゃね?』『城のベランダなら、聖女様の強化も届くな。採用!』とまあ、こうなったらしい。
まあ、一度に倒せる数はシリルに到底敵わないが、回転率と不利なところに援護するみたいな微調整では僕のほうが上だ。有効な作戦ではある。僕の疲労を無視すれば。
「なるほどー」
「ほれ、感心してないで次の魔法の準備頼む。……《強化》+《強化》+《強化》+《強化》」
僕も二投目に入る。
四つの強化を連続は魔力の消耗が激しいが、しかしユーの強化魔導の繋がりのおかげで、あいつから魔力都合してもらえるので問題ない。
……改めて僕のうまい使い道だなあ。なんかもう休む暇もらえなさそうだけど。
まあ、シリルが泣き言言わず頑張っているのだ。格好悪いところは見せられない、気張るとしよう。
そうして、更に一時間ほど。
僕とシリルの後方支援もあり、戦闘員もだいぶ揃ってきたため、防衛に余裕が出てきた。
後は、更に数を増やし、防壁の修理ができる職人も転移させ、拠点としてリースヴィントを使えるように……と、皮算用をしようとした辺りで、前線で魔導を撃ちまくっていたリオルさんが拡声の魔導で全員に情報を伝えた。
『――セシルより通信あり! 現在、リースヴィントに魔将が三人接近中! セシルが抑えようとしているが、一時間もあればリースヴィントに到着するとのことだ! 改めて言う、三人だ!』
……このクエストも、佳境に突入したらしい。




