第二百九十話 リースヴィント
リースヴィント。
領内では魔国寄りに位置する、かつてのフェザード王国の首都であり、僕たちの目的地……そして、シリルの故郷である。
扉の蝶番は破損しているものの、それ以外は健在である城壁の北門に立ち、僕は一つ息をついた。
田舎王国とはいえ、流石に王都ともなれば立派な造りだった。門の上に刻まれた王家の紋章が、年月に晒されながらもしっかりと主張している。
「うむ、到着である。……が、まだ少しある。皆、気を抜くでないぞ!」
「わかってます!」
ふと感慨に浸っていたのは一秒にも満たない。先頭のエッゼさんの号令に、僕は強く返事をした。
街中にも魔物がいる。それに、建物が障害になりこれまで通り真っ直ぐ突き進むとはいかない。
「ヘンリーさん、ここで降ろしてください。流石に、街の中くらいはついていきます」
「おう。奇襲も怖いしな」
よっ、と、背負っていたシリルを降ろす。建物とかの影から襲いかかってくる魔物とかの警戒のため、街に入ったら走るペースも落とす手筈だし、シリルでもついてこれるはずだ。
「よし、それでは設置場所へ急ぐ必要があるが……エッゼ、ちゃんと道を覚えているか?」
「……うむっ、自信がないのでリオル、頼む!」
「情けないことを堂々と言うんじゃない」
はあ、と一つため息をついて、リオルさんが先導して街中を進んでいく。
街に入って即襲ってきた魔物を蹴散らして、まずは目抜き通りを真っ直ぐに。
「どのくらいでつきます?」
「なに、魔物がよほどいなければ十分もかからん」
僕たちの目的は転移門の設置なわけだが、数を揃えるとなるとそれなりに面積が必要となる。街中で、それなりに建物が残っているとなれば、なかなか数を設置するのに適した場所がない。
……が、以前この街へ偵察に来ていたエッゼさんとリオルさんは、ちゃんと適切な場所の目星をつけてあった。
街のやや南側にある、この街でもっとも立派で、広い施設。フェザード王城の庭だ。
かつては季節ごとに色とりどりの花が咲いていたのであろうが、そういうのはとっくになくなって荒野になってるし。城の敷地内に練兵場があったりして、転移門を設置することができる平坦な土地が多い。
城自体も多少損壊していながらも、十分そのまま使えるくらいには残っていて。
……転移してきた人の仮宿に、物資の集積地に、城壁が直るまでの壁にと、色々な役割が期待されている。
正直、かつての王家の皆様には申し訳ない。
申し訳ないが、まあ、
「とうとうシリルさんの実家への帰参ですね! お城がこんな風に役に立つなんて、天国のお父様、お母様も喜ぶことでしょう!」
……アルヴィニアに嫁いだアステリア様を除けば王家の唯一の生き残り。
つまり、名目上、城の――つーかこの街自体の所有者に当たるシリルがノリノリなので、なんの問題もないが。
自治都市であるリーガレオの開放の時は、方々の関係者から色々文句を言われたという三大国や教会の関係者が、拠点化するのをリースヴィントに決めたのもこれが大きな理由の一つらしい。
「……シリルさんがそう言うのであれば俺からはなにも。が、無事作戦が成功したら、三大国から対価は頂戴しましょう」
「あー、そうですね。法外なことを言うつもりはありませんが」
ゼストが複雑そうに言って、シリルも同意する。
……いや、まあ、僕も気持ちはわからんでもない。
フェザードの騎士にとって、王家とかその皆様がお住いになるお城とかは、こう、憧れの存在なのだ。
僕はその辺意識薄い――薄くなかったらシリルと交際なんでできない――が、生真面目なゼストは複雑な思いなのだろう。
「うーん、しかし、ちんたらとまだるっこしいなあ。なーあ、ヘンリー。目的はあのデカい城んトコだろ? アタシ、ちょいと先行して道中に最上級とかいないか偵察してきてもいーか? 暇だ」
「……万が一ドジ踏んでも助けにいけねえかもしれないぞ」
「アタシが、そんな間抜けするかよ!」
……はいはい、頑張ってくれ、とアゲハを送り出す。
オッケー、と軽く返事をしたアゲハは、『とう!』とハイジャンプ。建物の屋根に一息で登り、ハッハァ! と笑いながらびゅーんと駆け出していった。……あ、なんか投げナイフ投げた。物陰に魔物でもいたのか? まああれで仕留めてるだろうけど。
「速いですねー、アゲハさん」
「速さと身軽さなら、あれに敵う人はロッテさんくらいですから。この状況で単独行動は危険なのに……まあ、アゲハなら大丈夫なんでしょうけど」
はあ、と相変わらずの友人の奔放さにため息をつくユーであった。
到着した城の威容は立派なものだった。
魔物による破壊や年月による風化の影響はもちろんあるが、少なくとも防衛用の施設としては十分活用できるように見える。
で、僕たちは早速城の練兵場跡地で転移門の設置に励んでいた。
「ヘンリー、次、六番の術式板くれ」
「あいよ!」
ジェンドの要請に応え、金属の術式板を投げ渡す。
エッゼさんたちを助っ人に呼んだあの時の経験からか、僕たちはスムーズに転移門の術式の配置を進めることができていた。
「ふっふっふ……久方ぶりの実家に、私もちょーっと気合入っています! 転移門起動のための魔力を高めるのも、この前の半分くらいの時間でしたし!」
「……慎重にやってくれよ。繊細な術式なんだから」
それを見ながら杖を無駄にぶるんぶるんと回転させているシリルに、僕ははあ、と一つため息をついて忠告する。
「はい、それはもう。このお城であまり情けないところは見せられないので!」
「あ、あはは。えーと、シリルさん。魔力が切れたらいつでも言ってくださいね? 私、職業柄魔力回復のポーションはいいやつをたくさん用意しているので」
シリルのテンションに、ユーも苦笑している。
と、ふとそのユーが僕の方に話しかけてきた。
「その、ところでヘンリー? 私、手持ち無沙汰なんですが、なにか仕事ありません?」
「あー、ユーにできることなあ」
助っ人組は、転移門設置の練習なんてしていない。ちゃんと専任の人をたくさん揃えているので、他に覚えているのは僕らくらいだ。
アゲハは城ん中を一人でクリアリングしにいったし、エッゼさんはこちらに群がってくる魔物をゼストと一緒に蹴散らして回っている。
んで、この場面でユーにやらせる仕事と言われると……戦闘員は今んところエッゼさんとゼストで十分だし、怪我人とかもいないし、
「……平坦な方が転移門設置しやすいから。この辺の大きな石とか、隅によけといてくれるか?」
「いや、ヘンリーさん。いくらなんでもユースティティアさんにそれは」
「ああいえ、フェリスさん。今はそれくらいしかできないので。ヘンリー、引き受けました」
術式陣を設置しているフェリスから物言いが入るが、ユーはすぐに作業に入った。
こういう時にたとえ雑事でも率先してやれるのも大切なことだ。
嫌な顔ひとつせず周辺の石を拾っていくユーに感心しながら、ちらっ、とリーガレオと通信しているリオルさんを見やる。
「ああ……ああ。それで、初回の転移門の数は――」
向こうと、色々調整しているのだろう。
今は人数も少ないが、転移門が増え、それを運用する魔導使いも増えるとそれだけカバーする範囲が広がり……すると当然、僕たちだけでは魔物の襲撃を全て防ぐのは難しくなる。
なので、転移門とそれを運用する人、戦う人間、物資――と、これらを運ぶ割合は都度調整する必要がある、らしい。
僕も流石に言われるまで気付かなかった。だって、冒険者がこんな大規模作戦の中心にいることなんてほぼないし、当然経験もない。
「……セシルのことだから大丈夫だろうが、急ぐに越したことはない。早速取り掛かろう」
と、向こうとの通信が終わったのか、リオルさんがこちらにやってくる。
「待たせた。……うん、術式板の配置は問題ない。シリルさん、準備は?」
「バッチシです!」
「よし」
そして、リオルさんが前と同じようにステッキをかざし、シリルの魔力を吸い上げ転移門の起動を始める。
すぐに特有の光が迸り……さほど広くもない術式板の上に、ぎっちり固まるようにして十数人の人間が現れた。転移門の術式板セットも三基来ている。
「……転移成功しました! すぐに作業に入ります!」
「うん、頼む」
リーダーらしき人がリオルさんの前に立ち、そう短く告げて、全員に指示を飛ばしはじめた。
……この人たちは転移門を運用する人たちで、戦闘員ではない。それなのに、魔国領域深くに来てもキビキビと作業している。
もちろん、事前に説明があったこともあるだろうが……すぐ近くで、エッゼさんが上級を斬り飛ばしていたりするのに、冷静に進められているのはすごい。
「……シリルさん、手筈通り今度はこちらから送り返すので、もう一度魔力を」
「承知しました!」
朗々とシリルが歌い始める。……まだテンション上がりっぱなしなのか、魔力の上がり方がすげえ。
「おっと、私の出番ですね」
と、ティオが転移門の上に乗る。
「それじゃ、ヘンリーさん、ちょっと行ってきます」
「ああ。何度も往復してもらうことになるけど、頼んだ」
いくら携行型といっても、転移門の術式板はそれなりにかさばる。
……が、ティオの鞄があれば、一度の往復で数十基持ち運べるという寸法だ。その分、たくさんの人が一気にこっちに来れる。
万が一ここに辿り着くまでにティオが死んだりしたら、鞄の中身がぶちまけられて……破棄に失敗したりしたら、携行型転移門の存在が敵側に漏洩しかねないので、今は予備の一基しか鞄に入ってないが、ここまできたらその心配もない。
ティオの神器は特に破格だが、他にも似たような神器持ちが何人か物資移送のために協力してくれる予定だ。
なお、似たような効果を持つ市販の魔導具は、今の技術的に術式板を入れられるほど入り口を広くできないらしい。……改めて、神器ってどうなってんだろう? 明らかに鞄の口より大きな荷物もすいすい入るが。
ふと疑問も起こったりしたが、無事ティオを見送り、
シリルとリオルさんよりだいぶ時間はかかるが、さっき来た人たちの転移の一回目が終わり、次の転移の準備が始まり、
なにもかも順調だ。
……順調なのだが、こういう時に限ってトラブルが起こる。
今までの経験から、少し嫌な予感を感じている僕は、知らず腰の如意天槍をぐっと握りしめるのだった。
 




