第二百八十七話 夜の進行
ウェルノートで遭遇した魔将をなんとか退け。
その後、ラナちゃん印の通信魔導具でリーガレオと連絡を取って、作戦変更――リースヴィントに近付いた時点で、助っ人を呼ぶことを伝えたその夜。
僕たち一行は、何度も方向を変えながらも、リースヴィントに向かっていた。
これで、なんとか目的地を誤魔化せていればいいけど。
と、考えていると、背中でもぞもぞ動く気配がした。
「う~、ヘンリーさん。ご面倒をおかけします」
「気にすんな。なんなら寝ててもいいぞ」
「いや、流石にみんな頑張ってるところで一人寝こけるのは……」
日もすっかり暮れている中、僕に背負われているシリルが申し訳無さそうに言った。
「気持ちはわかるけど、お前が一番体力ないんだから。休まずに参っちゃったらそれこそ問題だぞ」
僕たちの位置が把握されている。
……今までは日が暮れたらその時点で野営の準備を進めていたが、一晩呑気に休んでいたりしたら向こうの奇襲を受けかねない。
そのため、リスクは承知で夜間も移動することになった。
勿論、その分休憩の頻度は増やしているし、ちょこちょこと仮眠は取っているが……それじゃ、疲れの取れ方も全然変わってくる。
昔のリーガレオ戦線では、二時間戦って十五分寝る、みたいな無茶苦茶をやっていたりしたので、僕とゼスト、リオルさんは実は慣れているが、他のみんなには少々キツい。
特に今回の作戦の要の一人であるシリルについては、体力がないしあまり夜目が効く方でもないから、大事をとって僕がおぶって進むことにしたのだ。
体力じゃあ、僕はこん中でも一番だし。
「しかし、晴れて良かったな。俺でも、なんとか周り見えるし」
「ああ」
シリルを抱えてて即応が難しい僕の護衛役として、ジェンドがついている。星明かり一つない闇夜でだったらこの役目はゼストに任せないといけないところだったが、今日は雲ひとつなく、月と星の光で近場を見通せる。
勿論遠間は見渡せないが、先頭を歩くティオは暗視の魔導具を身に着けている。あれは視野が狭くなるが、ティオは目の配り方が見事で、そうそう奇襲も受けないだろう。
「暗視の魔導具も、役に立って良かったじゃないか。買ったと聞いた時は、また無駄な買い物をと思ったものだけど」
「……フェリス、んなこと思ってたのか」
いや、確かに僕たちのスタイル的に、暗視なんて通常あんま役に立たない。
……でも、折角ティオの鞄という反則が使えるのだ。『あればなにかの役に立つかも』みたいな道具も、僕は半ば趣味でちょこちょこ買い集めていて。
今日その一つが日の目を見た――夜だけど――というわけである。
「そーそー。私とのデートでも、新商品ないかなー、ってよく魔導具店に寄ってましたね」
「……いいじゃないか。お前も楽しんでたろ。つーか、寝てろって」
「でも、私の火力が必要な場面も出てくるのでは」
「そん時は起こすし……あんま夜行性でデカい魔物っていないしな」
夜闇に隠れて敵を襲撃する魔物が多い……つーわけで、夜メインで活動する大型はほとんどいない。
暗闇に活動する魔物も、厄介度は巨大な魔物にも引けを取らないが、シリルの魔法が必須の場面は少ないだろう。
「まあ、もし魔物がティオとかジェンド抜けて僕の所まできたら、多分お前が飛び起きるくらい動くから、そんときは勘弁してくれ。大丈夫、しっかり抱えて離さないから」
「……安眠させる気あります?」
「もちろん満々だ」
だけど、緊急事態っつーものがある。そういう時のために心構えはしといてほしい。
「まあ、安心しろ。なにかあっても、絶対守ってやっから」
それこそ、僕自身より優先する心積もりである。勿論、こんなん口にしたりしないが。したら、なんか叩かれそうだ。
「んー、わかりましたよー」
「おう」
くて、とシリルが脱力し、頭を僕の方に乗せる。
と、少しバランスが悪くなったので抱え直し、
「……ちなみに、エッチなことは考えていませんよね?」
そうすると、なにやらシリルが馬鹿なことをほざいた。確かに足を抱えているし、ほんのり柔らかいのが背中に当たっていたりするが、
「やわっこいなー、とは思ってるけど、エッチなことは考えていない」
「それ、考えていないって言うんですか。私的にはアウトな気が」
「余裕でセーフに決まってんだろ」
お前アレだぞ。男のエロを甘く見るなよ。これが冒険中でなかったらもっととんでもない妄想をしとるわ。
あと、耳元で囁かれるとくすぐったいからやめてほしい。
「むう」
「ほれ、寝るんだろ」
「はーい」
納得はいっていないようだが、シリルが目を閉じる気配がした。
まあ、言うて、この状況で本当に寝入れはしないだろう。でも、目を瞑ってれば多少は気が休ま……
「すぅ、すぅ……」
マジかよ。
数分足らずで寝息を立てはじめたシリルに、僕は戦慄した。
……冒険当初は僕が隣で寝てるだけで寝付けないとか抜かしていたのに、大した成長ぶりである。
「《強化》+《強化》」
如意天槍を振りかぶり、投げ。
最小限の動きでの投擲はいつもより威力は下がるが……強化の魔導込みの投げは、先陣で戦うジェンドの相手の足を貫き、一時の足止めに成功する。
「ナイス、ヘンリー!」
言いながら、ジェンドは火炎斬りで敵……巨人の胴を横一線に切り裂く。
ちょいと見やると、ゼストの方もティオの牽制の隙に別の巨人を仕留めていた。
リオルさんに至っては心配する必要すらないが、こっちはこっちで、夜でも目立たないよう調整した光で術式を組み、魔導の矢で巨人を三体まとめて貫いている。
「……これで終わり、かな?」
一歩引いたところで、劣勢のところに加勢に行けるよう備えていたフェリスが、仲間の他に動くやつがいないのを確認して呟く。
「ああ。多分大丈夫だ」
僕らの進行方向に、巨人どもの里があったのは不運だった。
しかし、ここを迂回していくとかなりの遠回りになってしまう。巨人連中が眠っていることもあり、奇襲で仕留めてしまうことにしたのだ。
初手の僕の投擲で半分ぶち殺せたし、生き残った連中も寝起きで混乱していたので楽勝だった。
「……しかし、これじゃどっちが悪党かわかりませんね」
流石に起こして僕の後ろに立たせていたシリルが、複雑そうに言う。
「そりゃ向こうからしたらこっちが悪だろうけどな」
まあ、あまりに一方的に夜襲を仕掛けたんだから、そういう感想になるのもわかるが。
「……ヘンリー。少し早いが、ここで休憩としないか? 巨人のねぐらがある。他より休みやすいだろう」
「あー、そうだな。そうするか」
こっちに来たゼストの言葉に同意する。
ここは巨人が住んで長いのか、簡素ながらも小屋のようなものがある。……いや巨人サイズだから、小屋っつってもものすげーでかいが。
僕の投げとかで倒壊しているのもあるが、二つ、三つ使えそうなのもある。ありがたく使わせてもらおう。
「あわよくば、食料とかもあるかもな」
「うむ」
極論、瘴気さえあれば魔物は生きれるようだが、知能の高い魔物は食も嗜むことがある。
一応色々と計算して用意したとはいえ、保存食ばっかで栄養も偏ってるだろう。食える野草とか集めてないかね。
「あの、やっぱり強盗っぽいのでは」
「気にするな」
さて、と。
残念ながら食料はなかったが、巨人の小屋はとりあえず体を休めるには不足はなかった。
とはいえ、休んでいるだけとはいかない。
「測ってきました」
「お疲れさん。ティオ、どうだった?」
「やはり、少し進路ずれてましたね。今、この辺りです」
ティオが地図を広げ、僕たちのいる場所を示す。
この辺りになると、十年前の地図しかない。地形が大きく変わっていることもあり、休憩ごとに自分たちの位置を確かめているのだ。
「……ん、まあ許容範囲か。一応、僕も後で見とくよ」
「お願いします。じゃ、私も少し休みますね」
僕も一応は天測できる。ダブルチェックで合ってることを確認するのだ。
「ヘンリー。珈琲を淹れたぞ」
「あ、どうも。リオルさん」
リオルさんから湯気を立てるカップを受け取る。
啜ると、猛烈に濃く淹れた珈琲の苦味と、ジャリジャリと溶け残った砂糖が疲れた体に染みた
「本来、このような飲み方は邪道なのだがな……うむ、不味い」
リオルさんも自分の分を飲み、苦い顔になる。
「そういうのは、平和になってからにしましょう」
「まあ、そうさな」
目を覚ませるためには濃いほうがいいし、疲労しているなら糖分が必須だ。普段のリオルさんの珈琲とは雲泥の差だが、仕方がない。
「それで、今我々はどこまできているのだ?」
「この辺です」
地図上を示す。
「ふむ……この分だと、到着は順調に行けば明日の夕方、くらいか?」
「そんなもんでしょうね」
小国だけあって、ウェルノートとリースヴィントは距離的にそんなに離れてない。ウェルノートを出発してまだ一日弱だが、思ったより早い到着だ。
「と、すると、転移門の起動ポイントはここだな」
「そこは?」
「エッゼと来た時、このあたりに村の跡地があったことを確認している。瘴気も比較的薄かった」
……うん、ここなら、僕たちの目的地がバレるかバレないか、多分ギリギリのラインだ。悪くない。
「ちなみに……リオルさん」
「なんだ?」
「……僕たち、うまくいきますかね」
とうとう本番が近付いて、ふと聞いてしまった。……ぽかり、とステッキで小さく小突かれる。
「そんな弱気でどうする。リーダーなら、俺についてくれば間違いない、くらいの態度で臨まんか」
「いや、わかっちゃいるんですけどね」
以前読んだ冒険者通信の『パーティのリーダーとは』コラムでも似たようなことが載ってたな。空元気でもメンバーには自信満々な態度見せておけって。
「そうですよー。むしろ、やってやるぜ! って気持ちじゃないと」
なにやらシリルが割り込んできて、訳知り顔で言った。
「はいはい。頑張る頑張る」
「もうー」
まあ、泣いても笑っても、もうすぐだ。
僕はシリルを適当に宥めながら、覚悟を決めるのだった。




