第二百八十六話 作戦会議
「んお……」
ゆっくりと目を開ける。が、なんか温かいもんに視界を塞がれており、なんにも見えない。そういえば、頭もなんかやわっこいもので支えられている。
……これは、よく知っているやつだ。
「あ、ヘンリーさん。目が覚めましたか?」
「おう」
予想通りの声に返事をする。
そうすると、ふっと目を塞いでいたシリルの手がどけられ、顔が見えた。
……こりゃあれだ、膝枕。
よっ、と上半身を起こす。
ざっと周囲を見渡すと、どうもどこかの洞窟らしい。明かりの魔導具をぶら下げ、敷物を敷いて、みんな思い思いにくつろいでいる。
ぱっと見、全員いる。
……よかった。まあ、シリルが膝枕なんぞする余裕がある時点で、一旦危機は去っているのだとわかっちゃいたが。
「ようやく起きたか。いいご身分で寝こけていたな。そろそろ水でもぶっかけて起こすつもりだったが」
「別にとっととやってくれてもよかったのに」
ゼストの言葉に、適当に返す。まあ、もし必要だったらぶん殴ってでも起こしていたんだろうから、とりあえずここまで危険らしい危険はなかったんだろう。
「シリル。僕、どんくらい気絶してた?」
「二十分くらいです。えーと、私が魔法ぶっ放して、リオルさんの飛行術式で離脱して……ちょっと距離を取った後、隠れるのによさげな洞窟があったので、逃げ込みました」
思ったより時間経ってないな。その割には、魔力が結構回復してる。
……つーことは、
「シリル。魔力分けてくれたのか」
「はい。ヘンリーさんが気絶したのは魔力切れのせいでしょう? 気絶してたらポーションも飲めませんし、私からぐわーっ、と」
ぐわー、はわからないが。確かに、僕が意識を失ったのはラストの投擲で魔力全部使っちゃったせいである。
シリルが魔力を分けてくれたから、目覚めも早かったんだろう。
しかし、今回はシリルの神器が大活躍だ。離れた相手と心の中で話ができる『通信』と、魔力を他の人間に譲渡する『供魔』。改めて、便利な代物である。
「……って、僕に分けて大丈夫なのか。あんな大魔法使っといて」
「ふっふっふ、大丈夫です。使ったのは四割くらいです。今ももりもり回復中です」
マジでおっとろしいな、こいつ。いや、おかげで助かったんだが、世が世なら戦略兵器として扱われてもおかしくない。
「そっか。……いやしかし、お前の魔法の威力は知ってたつもりだけど、今回は特にすごかったな」
「あー。いや、それは、ちょっと。……ティオちゃんが三人の戦い観察してたんですが、ヘンリーさんが怪我してて、絶体絶命! って言われて。私、ちょっとかーっとなって」
「……そーゆーことか」
術式に寄らず、自分の意志のみで発動する魔法は、その時その時の感情にも大きく効果が左右される。
消耗を抑え、暴発などさせず、安定して運用するのであれば、できるだけフラットな精神で使うのが望ましいとされているが……強い感情が、威力を増すこともあるらしい。
っと、怪我といえば、左肩に風穴が空いてたが、すっかり癒えていた。戦闘服に大穴が空いて地肌が見えているが、傷跡すらない。
「怪我、治してくれたんだな。ありがとうフェリス」
「気にしないでくれ、私の役目だ」
「そうだけど、ちゃんと礼は言わないとな」
さて、と。
「この感じなら、ランパルドは振り切ったんだよな」
「ええ。離れる時、遠眼鏡で見えなくなるまで観察していましたが、シリルさんの魔法でだいぶダメージ受けてたようで。こっちを目で追う余裕もなさそうでした。念のため追ってくる様子がないかも確認済みです」
「おう、ティオ流石だ」
そうすると……少し、方針について話しておいたほうがいいか。
「……ティオ、水くれ」
「はい」
ティオは鞄から水筒を取り出し、ひょい、と僕の方に投げて寄越してくれた。
キャッチして、中身をゴク、ゴク、と飲み干す。疲労の回復を促進するハーブ水。かなり苦いが、カラカラに乾いていた喉が潤い、目も冴えた。
「みんな、気絶してて悪い。で、だ。……とりあえず、作戦会議といこう」
さて、ランパルドの口が軽いおかげで、僕らの動向を魔王サマが追っていることがわかった。
「……つーことは、一直線に向かうわけにはいかない、ってわけだな?」
「ああ」
ジェンドの確認の言葉に、僕は頷く。
勿論、ここまでの道中も別に目的地であるリースヴィントに真っ直ぐ向かっていたわけではない。しかし、ここからは特に慎重に進むべき方向を考えないと……ウェルノートの位置と僕たちの位置から、目的地がバレてしまう。
「ランパルドは、ウェルノートに来るのに徹夜した、っつってたから……」
大体、あいつが魔王のトコからこの辺りに来るまで八、九時間ってところか。
魔将は魔物の妨害を受けないから、距離と到着時間は大雑把には比例すると思っていい。そりゃ地形とかの関係もあるが、向こうの地形がどうなってるかわからんし、細かい計算は無理だ。
「ティオ、地図」
「はい」
心得たように、ティオが鞄から地図を出す。
魔国の領域は、ほぼ十年以上前の情報だけど、拠点を増やしてなけりゃ大体の都市の位置はわかる。
「あいつの足の速さ……僕たちを追ってた時が全力で、ウェルノートに向かってくる時は六から八割くらいの速さって仮定して」
くる、っと僕は地図の上に指を滑らせる。
大体、ウェルノートからの距離を見て、魔王の拠点はこの辺り……っと。
「うむ。特別意外でもないな。魔国の首都、ザインか」
「ですね」
リオルさんの発言に同意する。
僕が指で囲った範囲に、首都ザインが含まれていた。兄のセシルさんもザイン出身だと言っていたし、間違いないと見てよさそうだ。
「……絶妙な位置なんだよなあ」
魔国との戦いの新しい拠点として、程よい場所にあるフェザード首都リースヴィント。
多分、どう誤魔化しても、ここに近付けば僕らのゴールはバレるものとみていい。この辺り、他に主要な街や地形もないし。
……いや、バレない可能性もあるけど、そう考えておいたほうが健全だ。まあ、目的はすぐには分かんないと思う。目的がわかっても実現方法は間違いなく想像の埓外だ。だって僕も今だ信じきれていない部分があるし!
ともあれ。ザインからの距離を考えると……
「僕たちがリースヴィントに向かっていることに、ランパルドが気付くタイミング次第じゃ鉢合わせちまうな。最悪、待ち構えられてしまうかも」
「それは……ヤバいな」
「言うまでもなくヤバい。ジェンドがピンで三十分くらい足止めしてくれりゃなんとかなるけど」
「無茶言うな」
勿論冗談である。
しかし、携行型の転移門は組み立てに五分ちょいはかかる。転移元のリーガレオとの連絡を取って同期を取る必要もあるし、最速でも二十分。本番で緊張するかもしれんし、三十分は時間見といた方がいい。
……そんだけの時間を確保するには、
「仕方ない。リスクあるしやりたくないけど、ある程度近付いたら、一気にペース上げるか」
「反対はしないが、速度のある最上級をけしかけられただけで転移門の設置は困難にならないか? 大体、別の魔将が出張ってくる可能性もある」
「……そうだね」
そりゃそうですよね! ゼストクンはいいトコ突くなあ!
はあ~~
「悪い。俺があの結界使ってなけりゃ」
「いや、それはいいよ。命助かったんだし」
ジェンドが使った結界は、今回のクエストに当たって教会から一個だけ支給された隠蔽系の結界の最上級品。特殊な魔力により中の人間の存在を完全に隠すという、使い捨ての魔導具である。しかも据え置きではなく移動も可能。
ただ、材料が希少な上、作れる職人の数が五本の指にも満たず、更に工数もかかるってことで超絶貴重品である。
本来は、転移門設置の隙を隠すために託されたものだが、命には代えられない。あれは結果的にナイス判断だった。僕やゼストはまだしも、リオルさんが死んだら取り返しがつかないし。
「……しゃーない。少し作戦修正しよう。リースヴィントに着くまで転移門使わない予定だったけど、あと半日くらいの距離で助っ人呼ぼう」
魔王は僕たちの動向を観察している。
多分、携行型の転移門を使ってるっていうヤベー情報が伝わってしまうし、向こうの反応も間違いなく跳ね上がるが、背に腹は代えられない。
「あのー、そこまでするならここで一旦引き返すのはどうでしょう? ここまで近付いて惜しいのは惜しいですが、失敗するよりマシかと」
「シリルの言うことも、考えないわけじゃないんだけどな……」
ランパルドに、『なにかの目的をもってフェザード王国に来た』ことまではバレている。
当然、向こうの警戒度も上がるだろうし……時間をかければリースヴィントの拠点化を狙っていると思いつくかもしれない。毒にも薬にもならないから廃墟として残ってるが、連中にとってとりあえずで破壊することなんて造作もないだろう。
と、シリルやみんなに懸念を説明する。
「……難しいね。命も大切にしたいところだけど」
「つってもフェリス。ここで引いたら次も腰が引けそうじゃないか? 俺は進むに一票だ」
「私はあの魔将に一発カマしてやりたいので、ジェンドさんに同意です」
三者三様の意見。
ゼストとリオルさんも考え込んでいる。
「うーん、じゃ、少しみんなで考えてから多数決でどうです? その間、魔将から生き残った記念で、ちょっと贅沢しちゃいましょう!」
ティオちゃーん、とシリルがティオの方に向かう。『あれ出してください、あれ』という言葉に、果たしてティオが鞄から出したのは、持ち運び可能な冷蔵庫。
そして、シリルが中から取り出したるは……ああ、作ってたっけ。ラム酒や砂糖漬けのフルーツをこれでもかと使ったケーキ。
「……じゃ、私が切り分けます。シリルさんはお茶の用意お願いします」
「了解です。あ、ヘンリーさん、お湯ください、お湯」
にゅっ、とティオが取り出した薬缶を手に、シリルがねだってくる。
呑気な――いや、あえて明るく振る舞っているんだろうが――態度に苦笑しながら、僕は《火》+《水》の術式を唱えるのだった。
そうして、シリル特製のフルーツケーキを堪能した後。
……全員の賛成をもって、僕たちは引き続きリースヴィントに向かうことにするのだった。




