第二百八十五話 逃走
「ぬうっ!」
リオルさんが愛用のステッキを振る。
途端、僕たちを乗せて飛んでいる光の鳥が、その体を構成する術式の様相を変え、鋭く右方に旋回。
……つい先程までの進路上を薙ぎ払ったウォードラゴンのブレスを間一髪で躱した。
「ヘンリー! 足場を作るから、投げで牽制を頼む!」
「了解っ」
都合、六匹の最上級に追い回されているこの状況。
リオルさんも飛行魔導を制御しながら連中に攻撃をかけているが……流石に、この状態じゃ相手を落としきれない。
普段導きの鳥の魔導で運んでもらっている時は浮遊しているような感覚だが、しっかと足に感触が戻った。
「《強化》+《拘束》!」
強化と拘束の二重。翼を持ってるやつなら、上手いことそこを押さえれば落とせるかも、という判断である。
……魔力回復のポーションの在庫が尽きてなければもっと重ねがけしたのだが、もう残りの魔力でやりくりするしかねえ!
「そらぁっ!」
ぶん投げる。分裂した如意天槍が雷を操る最上級、サンダーバードに向かうが……ひらりと避けられる。
「……盾よ!」
ふとゼストが叫ぶ。
僕たちの直上に、神器の効果による盾が生み出され……上方から急襲してきたスパルナを押し留めた。
落下の勢いで盾にぶつかり、多少なりともダメージがあったようだが、流石にその程度で怯むわけもなく、僕らを追撃しようとしてくるが……リオルさんの魔力弾の前に、一旦距離を離した。
「ゼスト、助かった!」
「ナイス!」
「ああ、俺は遠距離への攻撃手段を持っていないからな。守りは任せてくれ。二人は引き続き牽制を頼む」
オーライ! と返事をして、僕とリオルさんは連携して六匹の最上級に攻撃を加えていく。
……比較的脆いスパルナに、やや攻撃を集中させて、
「これで終わりだ!」
一瞬、スパルナにできた隙。
そこを狙って、リオルさんがステッキを振り……生み出された十メートル超の魔導陣からぶっ放された大砲に、体の中心を貫かれて絶命した。
「っし、一匹目ぇ!」
ガッツポーズをする。
六匹の圧力が五匹に変わった。ギリギリの綱渡りなのは変わらないが、少しは余裕が、
「ハッハァ! やるねえ!」
……と。
意外なほど近くからの、声。
そちらの方向を見ると、遠く、まだウェルノートの街が見えていた。
……最上級と大立ち回りしながらだったから、ぜんっぜん距離稼げてない。余裕がなかったから見る暇なかった。
そうすると当然、僕らを追っているランパルドが、そこそこ近いところにいて、
「ほれ、追加だ!」
……追加の魔物を生み出して、僕たちにけしかけた。
一匹だけ、自然現象を操るエレメンタルが発生し、こちらに飛んでくる。
やっぱ六匹って制限は間違いなさそうだ。
……それはそうと、ヤバい。
「ぬうっ、情けない。私にセシルやエッゼほどの決定力があれば逃げおおせるものを」
「ないものねだりしても仕方ないですって! それより、どうしますか? このままじゃ引き離せませんよ!」
ランパルドの足――つーか、瘴気の触手を蠢かせての移動は、正直そんなに速くない。あいつピンであれば余裕で逃げられるが、六匹もの最上級に群がられながらだと難しい。
一瞬で最上級をずんばらりと蹴散らすことができれば話は別なのだが……飛行術式を維持しながらだと、流石のリオルさんでも無理のようだ。かといって、降りて足を止めて相手をすると、魔将が合流してくる。
「……リオルさん、ここは俺を落としてください。しんがりとして、ランパルドを足止めします」
と。
ゼストが、馬鹿なこと言い出した。
「お前なに言ってんだ! 絶対死ぬぞ!?」
「当然だろう。しかしこの状況、誰かの犠牲なしに切り抜けられるか。リオルさんは転移門の起動のために絶対に生きてもらわないといけないし、お前にはシリルさんがいるだろう」
「だからって――っ、ち、ゼスト、後ろ!」
ぬっ、とゼストが振り向き。
その強靭な鱗でもって、ウォードラゴンが仕掛けてきた竜の突撃を神器の盾で防いだ。
僕も、雷を落とそうとしていたサンダーバードを投げで牽制する。
「ゼスト。悪いが私とヘンリーだけじゃ持ちこたえられん。感傷だけでなく、離れてもらっては困る」
「むう」
それに早晩、ランパルドが生み出した魔物以外も群がってくるはずだ。
(くっそ――っ!)
すぐそこまで詰みが迫っているのをひしひしと感じる。
どうあがいても、生き残れない。状況を打破する作戦も、この場を切り抜けるような道具も、味方の数もなにもかも足りない。
無駄な抵抗をするだけ痛い目を見るだけ……そんな諦めが首をもたげるが、歯を食いしばって弱気の虫を捻じ伏せた。
「――っ、リオルさん、とりあえず、少しでも障害物の多そうなあっちへ行きましょう! ランパルドの足、遅くなりますから」
「む、承知だ」
少し先の南西方面は、低い山……というか丘が乱立している。なにもしないよりは、だが、多少はマシかもしれない。
「……その前に、リオルさん。少しだけランパルドとの距離を縮めてください。神器の射程に入ったら、あいつの前に盾を作ってやって、足止めしてやりますよ」
「いいなっ」
と、体は全力で魔物への対処に傾けながら、頭は少しでも生き残るための策を考えていく。
「よし、任せておけ。自然に遅れたように見せかけるのは得意だ。魔物相手に何度も引っ掛けたことがある。それとそのタイミングでだな……」
ぼそっ、とリオルさんがえげつない作戦を言った。
……はっきり言って、これで逆転とは程遠い。
しかし、考えることをやめたやつから死ぬ。
絶体絶命の危機――なんて、僕だってこれで十四度目だ。ゼストも相応に経験しているし、リオルさんは言わずもがなだろう。
諦めず、みっともなく足掻き、活路を見出す。
……今はそうすることしかできないのだった。
「ぐっ!?」
「……っつぅ~」
サンダーバードの放った稲妻が、とうとう導きの鳥を捉えた。
リオルさんの編んだ防御術式がダメージを緩和はしてくれるが、それでも最上級の一撃は堪える。
「リオルさん!」
「舐めるなよヘンリー」
ゼストや僕と違って肉体的にはそれほど頑丈ではないリオルさんに声をかけるが、ステッキを強く握りしめて術式の制御を誤らない。
「直撃増えてきたなぁ!」
まだ引き離せず、つかず離れずの位置にいるランパルドが揶揄するように笑う。
ゼストの盾の障害と、僕手持ちのトリ……魔物モチ弾で足止めしたときはキレ散らかしていたくせに、よほど僕たちの劣勢が楽しいらしい。
「えっとぉ、そっちのヘンリー? 君。そろそろ大分血ぃ流してるけど大丈夫かぁ!」
ランパルドの煽りを黙殺する。
……今、僕は左腕が使えない。とある最上級が飛ばしてきた羽の弾丸が左肩を貫き、だくだくと血が流れている。
結構でかい風穴が空いていて、僕の《癒》じゃ血止めどころか痛み止めが精一杯。お陰で槍投げの精度も大分下がっている。
ゼストも大小様々な傷を負っており、とうとう集中的に守っていたリオルさんにまで攻撃が届きはじめた。
なにかないか。
なにか、この場を離脱する、なにか。
右手で必死に投げを連発しながら、考えを巡らせ、
(――さん、ヘンリーさん! 聞こえますか!)
……ふと、頭の中に声が響いた。
これは、シリルの神器。リンクリングの『通信』の能力。
ゼストとリオルさんにも届いているらしく、群がる最上級の相手をしながらもピクリと反応していた。
最上級から逃げるために、色々と方向を変えて飛んでたが、リンクリングの射程までみんなと近付いたか。
(……聞こえるけど、どうした!? 悪いが、そっちと合流する暇はねえぞ!)
一喝する。
仮に合流しても、ランパルドと最初に会った時と同じ状況に戻るだけだ。魔将プラス最上級六体は、あいつらが加わっても撃退はできない。
(いえ、こっちに来てください)
(だから――)
(私、そろそろ歌い始めて十五分くらい経ちます!)
………………うぇい。
(飛行する魔物と魔将に追われたら、ヘンリーさんたちもキツいだろうと思って。無駄になるかもしれないけど、例の虎の子の結界使って隠れて、中で今まで歌ってました! 一掃作戦です、一掃作戦! そんで私たちを拾ってもらってそのまま逃げです! 考えたのジェンドですが!)
(ジェンドのやつに愛しているって伝えといてくれ!)
(私に言ってください!)
ちらりと見やると、ゼストとリオルさんも、それぞれ頷く。
(オッケー、任せた)
(はい! では、ティオちゃんの指示ですが、東向きに三度ほど回頭してください! 私たちはそこから真っ直ぐいった丘の頂上です)
……あれか、あの丘だな。
(一時的に引き離せますか? そしたら、ぶっ放します)
(待った。もう一匹だけ最上級やってからだ)
ここまで戦ってきて、なにも情報が掴めていないわけじゃない。
……魔将が魔物を生み出すには、おそらくある程度のインターバルが必要だ。
一回、運良く立て続けに最上級を落とせたのだが、一匹目の補充はすぐ来たのに、二匹目の補充は二分ほどかかった。
これがブラフならお手上げだが……今までのランパルドの傾向からして、そういうことはしない。
「ここは多少強引にでも落とすとしよう」
「じゃあ、僕が。残り全部突っ込むんで、後はよろしくお願いします」
「うむ。……丁度よいところにフレスベルグが来たな」
リオルさんが、正面から来たフレスベルグに火力を集中し、その進路を限定する。
そうして、そこで転回……今。
「《強化》+《強化》+《強化》+《強化》」
無事な右腕も捧げる勢いで、投げ。
十の穂先に分かれた如意天槍は、僕の残りの魔力をほぼ全部持っていき――代わりに、フレスベルグを落とした。
「ほい、追加、っと」
そして、即座に次の魔物が生み出され、
「行くぞ!」
リオルさんが術式のいくつかを加速に回し、一瞬僕らを追っていた最上級たちとの距離を離す。
(シリル、今だやれ!)
くらりとしながら心の中で叫ぶが、返事はなく。
代わりに、二キロほど先の丘の上に、太陽が現れた……ような気がした。
「なっ――!?」
ランパルドのビビる声が聞こえたが、僕も同じ気持ちだ。
シリルの魔法が強力なのは知っていたが、いまだかつてここまでの高まりを見せたことはない。
そして、
「『……トォ』!」
遠く、シリルが魔法名を唱えるのがかすかに聞こえた。
瞬間、背後の最上級、ランパルド、ついでに群がってた普通の飛行系の魔物を、雷の豪雨が包む。
シリルが好む、雷の魔法。……遠征の初日に使ったものに比しても、はるかに凄まじい威力のそれが、最上級を問答無用で落としていく。
……同じ雷属性のサンダーバードも、少し耐えたが落ちた。
「……この威力は私より上だな。私を超える、という宣言もはや達成してしまったか」
「それより今は逃げですよ!」
「わかっている」
そうして、防護などに振っていた分をすべて推進力に回した導きの鳥はぐん、と速度を上げ。
……シリルたちの顔が見えるところまで来た辺りで、そろそろ限界だった僕は意識を手放すのだった。




