第二百八十四話 時間稼ぎ
「うおっと!」
僕の方に伸びてきた黒い触手を躱し、更に横合いからそれを隙と見て噛みつこうとしてきたヒュドラの牙から間一髪で逃れる。
「ヘンリー、右に飛べっ!」
「了解!」
上空から届いたリオルさんの声に、一切迷わず従って行動する。
リオルさんの魔力弾が雨あられと降り注ぎ、ヒュドラを強かに打ち据える。
「《火》+《火》!」
それでヒュドラが怯んだ瞬間、僕は火の魔導を刃部分を長くした如意天槍に込め、ヒュドラの九つの首のうち四本目を切断する。
《火》の効果で、斬った瞬間ジュッ、と切断部分が焼き焦げる。……こいつは血が猛毒でしかも再生力が鬼だから、斬りつける場合はこうやって傷口を焼き潰すのがセオリーなのだ。
もう一本くらい、と欲を出そうとしたが、キュクロプスが迫ってきて断念。
一旦距離を置いて仕切り直すことにした。
「すまん、ヘンリー! 一本攻撃を逸らした!」
「謝る暇あんならそっちに集中しろ!」
何十本も蠢く黒い触手……ランパルドお得意の瘴気によって形成されたそれを、一人で相手取っているゼストに返す。
魔将を、一人でだ。さっきの一発が抜けたくらいで文句を言う気にはなれない。
「ふう」
少し攻め手が緩んだので、一息だけついて。ざっ、と戦場を改めて見渡す。
上空には、リオルさんとランパルドが生み出した最上級のうち二匹、フレスベルグとウォードラゴン。地上には僕が相手取っているヒュドラとキュクロプス……そしてゼストとランパルド。
「チッ、ええい、歯がゆい! これらがまともにこっちに来ていればとうに倒しているものを!」
空を飛びながら魔力弾を撃ちまくってるリオルさんが舌打ちする。
ランパルドは、戦闘開始と同時に、以前と同様六匹の最上級を生み出してきた。そのうち三匹は飛行ができるフレスベルグ、ウォードラゴン、既にリオルさんが落としたスパルナ。
上空から攻撃されると面倒だ……と、思いきや、その三匹は僕らの方に向かうことなく、散ろうとした。
一瞬意味がわからなかったが、『まずい』と、僕たちはすぐ気付いた。
こいつらは、身を隠してランパルドから逃げているシリルたちの追跡役だ。
それに気付くと、飛行できるリオルさんはすぐさまそいつらを追いかけ……足止めには成功したものの、自分に攻撃してくるのではなく脱出しようとしている連中を相手に、流石の英雄も難儀していた。
……まあ、既に一匹倒して、地上の僕たちにもガンガン援護射撃送ってくれてるんだが。僕が数分前にオークキングをぶち殺せたのも、今最上級二体をなんとか優位に立ち回れているのも、リオルさんのおかげである。
「ったぁく。英雄さぁ~ん? 俺に主人の命令、ちゃんと遂行させてくれよ。お前さんらの仲間の嬢ちゃんたち連れてかないといけないんだけどー」
「ふざけるな」
軽い口調で、しかし怒涛のような攻撃を続けるランパルドに、直接相対しているゼストが反論する。
「しかし、お前さんも硬いね。よくもまあ、そんなに俺の攻撃防げるな? 英雄でもないくせに」
「過去、二回も戦った。あの時から貴様は進歩もしていない。当然の結果だ」
「あっそう。じゃ、頑張れよ?」
ゼストの挑発に応え、ランパルドが攻撃の回転を上げた。
リオルさんが要所要所でランパルドに攻撃を撃ち、そのおかげもあって凌げているが……限界はそう遠くないだろう。
シリルたちがひとまずランパルドの追跡から逃れられる距離を取るまで、後もう五分は欲しい。それだけあれば、飛行型の魔物に索敵されても見つかる確率はぐっと減る。
しかし、ゼストはそこまで到底持たない。
「くっそ!」
だから、とっとと僕がこっちの二体を片付けて援護に向かうべきだが……仲間のオークキングがやられて、生まれたてのくせに警戒心を覚えてやがる。なかなか隙を見せない。
……ちぃっと賭けに出るか。
「――リオルさんっ、僕、ちょい無理します。シクったらフォローお願いします!」
「……むっ、了解した! しかし何をする気だ!?」
僕と同じようにゼストの限界を悟っていたのだろう。状況を打開するための仕方あるまいと、リオルさんは頷きつつも、作戦を聞く。
僕は、勝利のVサインをし、『そのまま手首を返した』
「一発かましてやります!」
「そうか、わかった! しかし、私は上の二人を逃さないことに忙しい、あまり期待しすぎるなよっ」
「勿論、そっちを優先してください!」
大声のやり取りは、当然ランパルドにも聞こえている。
「俺の目の前で作戦会議かよ! おい、お前ら、そいつなにかしてくるぞ!」
年を経て成熟した知能の高い魔物ならまだしも、当然ヒュドラとキュクロプスは僕たちの言葉などわからない。
……が、やはり主人である魔将の言葉であれば別なのか、ランパルドの指示にあからさまに警戒を高めた。
しかし、警告するのが地上の二匹。そして、『なにかしてくる』という曖昧な指示。
とりあえず、第一関門は突破だ。
「……《強化》+《強化》+《強化》+《強化》+《強化》」
最大の、五重の強化。この時点で魔力回復のポーションを取り出して飲み干し、来る消耗に備える。
……が、その途端ランパルドの哄笑が響いた。
「って、おいおいおい! なにをするかと思えば、お得意の槍投げか!? いっくらなんでも、通用しねえだろ!」
まあ、あからさまに警戒している最上級を真正面から打ち破るっつーのは、確かにちょっと僕には荷が重い。
もっと弱らせたり、不意をついたり、近場からの投げならともかく。この状況じゃ普通にほとんど避けられるし、数本当たっても倒せない。そして一気に消耗した僕は、その後生き残れるか賭けになる。
……が、生憎と狙いはそっちじゃない。
「フッ――!」
ヒュドラとキュクロプスに向けて僕は思い切り槍を振りかぶり……ぐりん、と反転する。
「は?」
狙いは、さっきの『合図』で僕の方に逃げるようリオルさんが追い立ててくれているフレスベルグの方だ。
ちょい遠いが、リオルさんの攻撃に躱すことに集中してて、こっちは無警戒!
「ォォォオオオ!!」
ブン投げる。直後、分裂させる。
空に向けていくつもの流星が登るような、我ながら渾身の一射。
フレスベルグも気付いて避けようとしてるが、甘ェ。
「もっかい!」
分裂させた如意天槍を、更に分割。如意天槍の掃射範囲が広がり、躱そうと翼を翻したフレスベルグを捉える。
……結果、片翼を無惨に穴だらけにされ、続くリオルさんの攻撃でフレスベルグは逝っ――――――……
「~~~っ」
ダン、と、強く足を踏みしめて、気が遠くなりそうになってる意識を賦活する。
事前に魔力回復のポーション飲んでなけりゃ確実に気絶していた。ギリギリのラインで持ったが、
「ヘンリー、キュクロプスが来てるぞ!」
リオルさんの空からの警告に、わかってますと返すこともできずに振り向く。
……目論見通り、起死回生の一手にはなったが、この手には問題が一点。大量の魔力の消耗で動きの鈍くなった僕が、地上の最上級に襲われる。
キュクロプスのハンマーによる一撃。
苛立つくらい反応の鈍い体をむりやり動かして、横っ飛びで躱す。
しかし、着地に失敗。ぐしゃ、と僕の体は地面を滑り、起き上がる前にキュクロプスの第二撃が、
……ガキン! と、光の盾が致命の一撃を防いだ。
「さっさと体を起こせ、ヘンリー!」
「わ、悪いゼスト!」
ゼストの神器による盾。
僕は慌てて立ち上がり、もう一度距離を取るべく飛ぶ。
その頃には、空の魔物が一体になったことで余裕ができたリオルさんの援護が来ており、ポーションの服用の時間が取れた。
「ゼスト、助かった!」
「礼はいい。お前がフレスベルグを落としたお陰で、魔将も動揺したのか少し動きが鈍っていたからな」
「ちっげーよ! チッ、上の英雄もなんでわかってたみたいに!」
ああ、やっぱ知らなかったか。
リオルさんには、さっきのVサインで伝えたのだ。味方内でもハンドサインを決めることがあるが、冒険者共通の符丁というものもある。
まあ、要救援、撤退、総攻撃、くらいの単純なものしかないが……ピースをして手首を返すのは、対戦相手のスイッチ、の意である。
ランパルドが知ってれば失敗だったが、やはり知らなかった。
……そうして、ここまでくればもう大丈夫だ。
リオルさんが攻めあぐねていたのは、複数の空飛ぶ魔物が別々の方向に進もうとしていたから。
一匹になった今となっては、生まれたての最上級がリオルさん相手にそう持つわけはなく、すぐにウォードラゴンも落ちた。
残る地上の魔物も、空を片付けたリオルさんが合流してくれれば難敵ではなく。
魔物を全部片付けた辺りで、何故かふっと攻撃を弱めたランパルドに、ゼストも後退して合流してきた。
「……おいゼスト、今のうちに飲んどけ」
「助かる」
回復の最上級とスタミナの上級ポーション。
……僕のポーチの在庫もそろそろ心許ない。
「あ~~、くっそダリぃ。この分じゃ、そろそろ追いかけるのも無理かぁ?」
ガシガシを頭をかくランパルド。
言葉通り、シリルたちもそろそろ安全圏――魔国の中でんなもんはないが――まで逃げている頃だろう。
「帰って魔王様に叱責されるのは俺なんだぜ? ったく、いい迷惑だ」
「それはこっちの台詞だ」
「あっそ。じゃあまあ」
パチン、とランパルドが指を鳴らす。
なにを……と、思っていると、それを合図に黒いモヤが蠢き、六つの塊に……って、オイオイオイ!? 嘘だろ!
「八つ当たりさせてもらうわ。……英雄がいるからって、いつまで持つかね?」
生み出されたのは、六匹の最上級。……しかも、全部飛行系の、それも早い奴らだ。
「こっから飛んで逃げる魂胆っつーのはわかってるけどさあ。いくらなんでも、最上級六匹に追撃されながら逃げられるう? 俺も勿論追っかけるし」
正面からなら戦うならともかく。逃げながらのそれは流石にリオルさんでも厳しい。そもそも、ここまでの魔力の消耗もかなりのものだろう。
さっ、と僕たちは目線を交わし、一つ頷いた。
「ヘンリー、ゼスト、行くぞ!」
「はい!」
一瞬でリオルさんが飛行術式を展開し、僕とゼストを巻き込んで空に舞う。
「ッッッ、ラァ!」
行きがけの駄賃に、下方に向けて如意天槍を投げるが……流石に、牽制にもならなかった。
「はっはぁ! 逃げ切れっかねえ? この辺じゃ瘴気切れを気にする必要ないし、俺ぁ無尽蔵に魔物出せるんだけどなあ!」
ランパルドが叫ぶが……これは流石に嘘だ。
六匹が指揮下における限界であっても、だったら倒された都度補充すれば良かった。
少なくとも、ある程度時間を置く必要があるんだとは思うが……十分かそこらごとに最上級が六匹襲ってくることを考えると、なんの慰めにもなんねえ!
「……いかんな。二人とも、少し荒っぽいフライトになる。覚悟しておけよ」
そうリオルさんは言って。
……飛び立ってきた六匹の魔物との命がけの追いかけっこが開始するのだった。
この辺りの展開を書くのがどうも苦手ですね……




