第二百八十三話 かつての戦場
僕が久方ぶりに実家に帰った、その明くる朝。
ウェルノートの騎士団の兵舎で安心して夜を過ごすことができ、みんなの疲れも大分癒えたようだった。
久し振りの故郷なのに、たった半日で出立しないといけないが……まあ、それは仕方がない。今の僕たちは大切な仕事を任されている身なのだ。
ジェンドとかが気を使って出発を遅らせないかと提案してくれたが、のんびりしている暇はない。
そうして、僕たちは魔国方面に向かうためにウェルノートの南門へ向かい、
「ここが、この街の騎士団が戦っていた場所か」
その有様に、ゼストが察して呟いた。
「ああ。僕も、ここで手伝ってた」
南門付近。街自体はかなり残っているが、この辺りだけは破壊の痕が凄まじい。
建物はどれもこれも粉砕され、そこかしこの地面が抉られている。
「最初はまあ、良かったんだ。魔物の大群が来たけど、なんとか抑えられる範囲だった。当時の僕が、荷運びやらなにやらで、ここで手伝いができるくらいだったし」
ここを拠点に、街のすぐ外で先輩騎士たちが奮戦していたものだ。
その時は、魔国が攻めてきた……なんて思いもせず、稀にある魔物の突発的な大量発生だと思っていた。そして、普段はのんぽりしていても、街を守るために戦う先輩たちに憧れたものだ。
「……ま、それも魔将が来るまでだったけどさ」
魔将ジルベルトが現れ。
あいつが生み出した上級の魔物たちの群れを見て、大人たちは僕に避難を命じた。
だから、魔将とみんなの戦いはほんの少し垣間見ただけ。後はせいぜい、逃げる際に背中に戦闘の余波を感じた程度だ。
けど、この様子を見ると、よほどの激闘だったのだろう。
「ヘンリー、ちょっといいか?」
「ん? どうした、ジェンド」
「いや、この街での戦いのことは聞いていたしさ。差し出がましいかとも思ったが、昨日の夜番の時間でちょっとしたものを作ってみたんだ。ティオ?」
「はい」
ジェンドの言葉に、ティオが鞄をあさって……出てきたのは小さな花束だった。
「……造花、か?」
「ああ。うちは今でこそでかい商家になったが、大本はちっちゃな行商人でな。金繰りに困った時に、造花作りの内職で糊口をしのいでいたことがあるんだとか。で、当時のつらい気持ちを忘れないよう、うちの人間は造花作りを仕込まれるんだよ」
「材料はまあ、私の鞄に色々詰めていたので」
い、意外な特技だ。
「夜番の交代の時に見たけど、なにをしているのかと思ったよ」
フェリスが苦笑する。
「ちなみに、子供の頃は花作りなんて剣士のやることじゃねーって文句言ってました! そしておじさんに怒られていました」
「おい、バラすな。ったく」
シリルの暴露にジェンドは少し渋い顔になり……ティオから受け取った花束を僕に向けた。
「あー、気を使ってもらってありがとう、ジェンド。ありがたく手向けに使わせてもらう」
「おう。まあ気にすんな」
ジェンドから造花の花束を受け取り、僕はそれを丁重に地面に置く。
そして如意天槍を抜き……かつての騎士団の礼の形を取る。
ゼストも同じように構えていて、他のみんなは思い思いの祈りの形を取った。
ふぅ、と一つだけ息をつき、
「準騎士ヘンリー、ただいま帰還いたしました。……仇は確かに」
そうして目をつむり、祈りを捧げる。
他のみんなもそれに続いた。
「……よし。みんな、行こう」
名残は尽きないが、先に進まないといけない。立ち上がってみんなを促し、街の外に向かう。
南門の跡地に向け、数歩進み、
「――――っ!?」
ビクン、と、跳ねるような反応を見せて、ティオがいきなり殺気立った。
「ティオ? どうし……」
僕の疑問の声を遮るように、ティオは鞄から使い捨ての投げ槍を取り出す。
「そこ――っ!」
ティオは最近覚えたばかりとは思えない見事なフォームで槍を振りかぶり、ウェルノートの南門の残骸に向けてブン投げた。
……そこまで動くと、ラ・フローティアの他の面々も動く。
前衛のジェンドとゼストが前に出て、シリルがフェリスと共に下がる。僕が真ん中で構え、そのすぐ後ろにリオルさんが立ち……いつでも戦える態勢に。
その一瞬後、ティオの投げた槍が瓦礫を粉砕し……その後ろから、人影が現れた。
「っちゃぁ。バレてやんの。俺、これでも隠密には自信があったんだがなァ」
『そいつ』が頭をかきながら、相変わらずの飄々とした態度で口を開く。軽薄な口遣いだが、実際本人の言う通り、他の魔将とか違って外に垂れ流す瘴気をオフにできるというのは厄介だ。僕も気付けなかった。
「よーう、お久し振り。ラ・フローティア……だったっけ。前ン時は世話になったな」
青白い肌の、魔族の男。
魔将ランパルドとの、都合三度目の遭遇だった。
「おーい、挨拶くらいしようや」
「……なんの用だ。それにどうして僕たちがここにいるってわかった」
「んな全力で警戒しなくても、戦いに来たわけじゃないよ。その証拠に、やろうと思えば奇襲も仕掛けられたけど、やらなかっただろ?」
確かに、いつから息をひそめていたのかは知らないが、ついさっきティオが察知するまで僕たちはこいつの存在にまるで気付いていなかった。仕掛けるタイミングはいくらでもあっただろう。
ランパルドは数は少ないが、最上級を何匹も同時に生み出せる。いきなりそれをけしかけられていたら……即全滅とは言わないが相当に不利だった。
「そして、なんの用かって、そりゃ我が麗しの魔王様のご命令に従ってきたのさ。あの人は、前回そちらの女性陣とお茶会をしたことをよくよく覚えていてね。今度はこっちが招待する番だと張り切っていらっしゃるのさ。で、俺はそのお迎えというわけだ」
「……僕たちの場所がわかったのは」
「あの時から、魔王様は君たちにも注目しているよ。兄君の方を見る方が熱心だけどね」
魔国に漂う瘴気が感覚器官のような働きをして、セシルさんの動向を魔王が把握していたという話。もしかして、とは想像していたが、僕たちも見られていたのか。
「ちなみに、君たちがこんな奥まで来ていることを魔王様が知ったのは昨日の話でね。俺は徹夜でこんな田舎まで来る羽目になった。ったく、いい迷惑だよ」
手をひらひらさせるランパルド。
……今までも思ってたが、こいつお喋りだ。情報を引き出せて助かる。
「でさあ。俺からも聞いていいかい?」
「……なんだよ」
「君たち、こーんな魔国の奥まで、しかも英雄まで助っ人に連れて、なんの用? 墓参り……なわけがないよな? 気になるなあ」
ランパルドが探るような視線で僕たちを見る。
……作戦は絶対にバレるわけにはいかない。知られたら、折角残ってるリースヴィントの街が破壊されるし、そもそも魔国の奥に侵入すること自体難易度が跳ね上がる。
「さて、なんのことかな? 墓参りこそがヘンリーたちの目的だとも。彼らだけではここまでの道中が厳しいので、私が同行したまでだが?」
「へ~~~え? リーガレオ防衛の要の一人である英雄リオルを墓参りのために連れてくるなんて、贅沢な話だねえ。アンタがサボってくれりゃ、俺たちとしてはやりやすいがね」
リオルさんがしれっと嘘の事情を話すが、ランパルドは全然信用していない様子だ。
……まあ、当たり前である。僕が相手の立場でもんな与太話ハナから信用しない。
「ふぅん。他の連中に聞いても……正直には答えてくれそうにないなあ」
ランパルドが僕たちを順繰りに見渡し、肩をすくめる。
……その隙に、僕は左手を後ろに回し、とある指の形を作る。あまり沢山は決めていないハンドサイン。それを後ろのメンバーに送った。
僕のすぐ後ろのティオが、右足で軽く地面を叩き、応諾の合図。すっ、とこん中で一番でかいゼストの影に隠れるように移動した。
「まぁ、いいや。お前さんたちを魔王様のところに連れていった後、じっくり聞かせてもらうから。……丁重に連れてこい、とは言われたけど、連れていった後のことはなにも指示されてないしな?」
そう、ランパルドが一歩こちらに歩もうとし、
「……悪いけどごめんです」
ゼストの背後から、ティオが小さな球を投げた。
「あ?」
それはカッ、と凄まじい光を放ち、景色を塗りつぶす。
あらかじめ知っていた僕たちは、その瞬間に目を瞑り視線を腕で遮って事なきを得るが、ランパルドはそうはいかない。
「ぐあ!? 糞が! なにしやがる!?」
なんか喚いているが、知らん。
すぐ復活するだろうが、目論見通り目が使えなくなったランパルド。この間に、僕は能力強化ポーションを贅沢に五つ取り出してどんどん飲み干す。
そして、シリル以下、ゼストとリオルさん以外のメンツは全速力でその場を退避する。残った建物の影に隠れ、息を潜める。
……結果、ランパルドの視界が復活する頃には、やつからはみんなの姿は消え失せていた。後は気配を消してこの場を離れれば、見事逃げおおせるだろう。
「……おいおい、お前ら。まさか、俺が来ることわかってたのか?」
そんなわけはない。
が、このクエストは失敗できない。当然、あらゆる事態は考慮に入れており……可能性は低いと思っていたが、発生した途端全部おじゃんになりかねない『魔将の襲撃』についても、対策は練っておいた。
策というほどの策でもない。
こうして、僕、ゼスト、リオルさんの組み合わせで足止めをして、その間にみんなは逃げる。適度に時間を稼いだところで、リオルさんの飛行術式で一気に離脱。あらかじめ決めておいたポイントで合流するという手筈だ。
昨晩の作戦会議でも、『今日襲撃があったらここで合流する』は決めている。
はっきり言って、この状況でパーティを分断すること自体リスクが大きすぎるし、そもそも三人だけで『適度に時間を稼ぐ』なんてできるかどうかも微妙だ。
……なんて、泣き言など言っている場合ではない。
「これでお前と戦うのも三回目。そろそろ、倒しておかなきゃな」
「言ってろ。……まあ、魔王様のお目当ては、女の方だろうし。男なら、殺しても文句は言われないか」
ずっ、と。
もう見慣れた瘴気の触手を、ランパルドが伸ばす。
そうして。
かつて魔将ジルベルトとウェルノートの騎士団が戦った戦場で。あの時とは別の魔将と僕は対峙することになるのだった。




