第二百八十二話 実家
騎士団の兵舎を後にして、シリルを伴ってかつての我が家へ向かう。
瓦礫の山だが、それでもそこかしこに昔の面影は残っていた。
……毎週、安息日にはこの道を通って家に帰っていたものだ。母さんは、僕が帰る日は決まって美味いものを拵えてくれていて、帰り道に今日はなにを作ってくれたのかと想像を巡らせるのが楽しかった。
「っと、シリル、ストップ」
「はい」
とかなんとか、思い出に浸りたい気持ちもあるが、今は僕とシリルの二人だけ。
当然、みんながいた時より僕は警戒の段階を引き上げており……片手でシリルを制して、じっと十メートルほど先の角を睨む。
あの角の向こうに魔物が潜んでいる。息を潜ませてはいるが、気配が隠しきれていない。……うーん。感じる気配的に雑魚っぽいな。
「多分大丈夫だけど、僕の左側を歩いてくれ」
「了解しましたー」
すす、とシリルが位置取りを変え、そのままなに食わぬ顔で進み、
「ガァ!」
「ほいっと」
角に差し掛かった瞬間、影から襲いかかってきたコボルト三匹を槍をブンッって振り回して叩きのめした。
他は……いないか。
「しかし、いつものことですけど、よく隠れてるのわかりますね」
「気配でな。……まあ、ここに住んでた頃はまるでわからなかったんだが」
こういうのを身につけたのは、さていつの話だったか。
「ふぅん。私からすると、ヘンリーさんは会った時から強かったんでどうもピンと来ませんが……当時はどのくらいの強さだったんです?」
「大人の監督付きでコボルト数体相手にして、勝ったり負けたりだったな」
「えー、意外ですね」
なにが意外なんだ。当時十二だぞ、僕。
体は勿論出来上がっていないし、魔力なんかもようやく成長期ってところだった。むしろ、下級下位とはいえ複数体を相手にできていただけ、才能がある方だ。
「でも、魔物を相手にしてはいませんでしたが、ジェンドは子供の時からけっこう強かったような。たまに訓練見ていたくらいですけど」
「才能自体はあいつの方が上だしなあ」
槍と大剣という差はあるが、少なくとも武芸の才じゃ僕はジェンドに及ばない。
……今、なんとか上回っているのは、年季の差と、十代の頃の――我ながら無茶すぎる訓練のたまものだ。
復讐心に逸っていた頃は、朝から晩まで槍振るか、魔物退治だったからなあ。
「そうなんですか」
「そうなんだよ。……っと、もうすぐそこだ。そこの角曲がったところ」
雑談をしつつ、ウェルノートの道を歩き。
もうすぐそこが、僕の実家だった場所だ。
「兵舎から近いんですね」
「父さんが第二分隊の中でも上の方の地位だったからな。職場に近いほうがいいって、僕が生まれる前に建てたらしい」
「お仕事熱心なお父様だったんですねー」
「まあな」
父さんは、フェザードの騎士であることを誇りに思い、幼い僕にも騎士の訓示をよく聞かせてくれた。
僕に槍の才能があることを喜び、ならばと準騎士になった時は大いに祝ってくれたものだ。
――準騎士に志願したのは、近所の友達に自慢できるぜー、という卑小な動機だったことが知れたら、ちょっとガッカリされたけど。
少し思い出しながら、角を曲がる。
「…………」
荒れ果てた庭に、すっかり色褪せてしまった赤い屋根の家。
父さんと母さんと僕。三人が暮らした、その家。
「シリル。……あれが、僕の実家、トーン家の家だ」
僕は努めて平静に、そう告げる。
「そうですか」
ててて、と、僕の言葉を聞くなり、シリルが小走りに先に家に向かう。
「って、おい。危ないぞー」
いや、周囲に魔物の気配はないし、あいつの防具もゴードンさんの作った逸品なので多分大丈夫だが。
しかし、なぜ急ぐ。
シリルの謎の行動を見ていると、あいつは僕の実家の敷地内に入ったところで止まり、くるりと振り向いた。そうして、こいこいと手招きをする。
はあ、と内心嘆息して、僕も少し走ってシリルのもとへ向かった。
「というわけで!」
「なにが、というわけで、だ。周りに魔物が見えないからって、油断しすぎだ」
ペチ、と僕はシリルにチョップ入れる。
「うぐ……いや、流石にここまで開けていれば大丈夫だと」
「そうだけどな」
魔物が隠れ潜むような路地とかもない。建物ん中にいたら……とは思うが、その場合は壁とかぶち破るタイムラグがある。そんだけあれば余裕でシリルのところに駆けつけられる距離ではあった。
「……で。一人先走って、なにがやりたいんだ、シリル」
「はいっ。ヘンリーさんは、折角久し振りに帰ってきたわけですし。少々ベタな気もしますが……おかえりなさい、です!」
ぺかー、と、満面の笑顔でシリルが言った。
「……おう、ただいま。あと、ありがとうな」
ぽん、とシリルの頭に手を置いて。僕は、家の敷地に入る。
かつては丁寧に手入れされていた庭は雑草が生い茂り放題。それでも、しっかりと足を踏みしめ、玄関に。
ドアノブに手をかけ……
「……ん?」
ガタッ、ガタタ! と、力を入れても開かない。
「あ、兵舎の時みたいに、ドアが歪んでるんですかね」
「……いや、これ単に鍵かかってるだけだ」
母さん、逃げる時に鍵かけてったな!? いや、そりゃそうですよね!
「……ふ、う~~~~~~」
一応窓とかはあるが、このシチュで窓からよっこらしょはあまりにも駄目な気配がする。そう、なにもかも台無しになりそうだ。
合鍵は確か庭木のうろに隠していたが……その庭木自体、見当たらねえ。
……穏やかに済ませたいところではあるが、あまり時間もかけられない。
まあ、次にここに来る機会があるかどうかも定かではないし。既にボロボロの風体で、ちょっとやそっとじゃ大差あるまい。
……よし。
僕はきゅっ、とその場で小さく半回転。
「ただいま、懐かしき我が家!」
後ろ回し蹴りでもって、玄関のドアをオープンするのだった。
僕の蹴りにより見事に開いた玄関を見て、シリルは肩を落とす。
「……あの~、乱暴すぎませんか?」
「鍵がかかっているのが悪い」
家自体はしっかり残ってたので、ドアをぶち抜いても全体には影響はない。ちょ~~っと蝶番とかが壊れたくらいだ。
「それでもこう、やりようってやつが。ピッキングとかできないんです?」
「簡単な鍵で、道具があるならな」
冒険者の中でも、鍵開けの道具なんて日常的に持ち歩いてるのは、古代遺跡とか漁ってるような連中くらいだ。そして仮に道具があっても、この家の鍵は僕では荷が重い
……いや、そういや叢雲流にその手の技があるし、鞄にその手の道具も常備してるだろうし、ティオ連れてくればよかったんだが。しかし、それも非常に間抜けな話な気がする。
「じゃあ、鍵のところ斬るとか。ヘンリーさんならできるでしょう?」
「実家に蹴りかますのと、刃物向けるの、どっちがマシかって話になるぞ」
「私は刃物の方がマシな気がします」
ボヤくシリルだが、やってしまったものは仕方がない。
ぶち壊れたドアの残骸をとりあえず片付けて、家の中に入り、リビングへ。
……ぶわっ、と、兵舎と同じように埃が舞い散った。ケホケホ、と咳をするシリルの前に立ちながら、とりあえず窓をすべて開ける。
とりあえず、この様子からして魔物が中を荒らしたことはなさそうで、そこは一安心である。
「ほお~、これがヘンリーさんのおうちですか」
「ああ」
テーブルに、椅子が三脚。爺ちゃん、婆ちゃんは早逝していたから、住んでいたのは三人だけだ。
人がいなくなって久しい空間が、どこか物悲しい雰囲気を漂わせている。
「? あれ」
少ししんみりしていると、テーブルの下になにか落ちていることに気がついた。
紙?
そいつを取り上げると、なにかが書いてある。ええと?
「牛ひき肉、塩、胡椒、ナツメグ、トマト……」
……母さんのレシピメモじゃん。煮込みハンバーグの。
はあ、とため息をつき、一応形見にはなるかと懐に仕舞おうとして、
「ヘンリーさん、それ、裏もなにか書いてありますよ?」
「うん?」
シリルに指摘されて、裏返す。
どうせ、別の料理レシピかなにか……と、思いきや、全然別の内容だ。
『ユリアンとヘンリーへ』から始まる、置き手紙だった。
相当慌てていたのか、走り書きのような筆跡。しかし、確かに母さんの文字だ。
最初の方は、この辺りの街区のみんなと一緒に避難する旨。避難予定の街の名前など、事務的な内容。
そして――後半を書く頃には相当時間が切羽詰まっていたのか――更に雑な字で父さんと僕に対してのメッセージが残っている。
当時、防衛に出ていた僕と父さんが、家に寄る……その、僅かな可能性にかけて、書いたものだろう。
『ユリアン。妻としてあなたの勝利を信じています』
その短い文章を書くだけで、どれだけの危険に晒されたのか。
そして、
『ヘンリー。万が一があっても、あなただけは元気に生きてください。そしてかわいいお嫁さんをもらっ……』
というところで本当の本当にタイムアップだったのか、手紙の内容はここまでだ。
……ああ。その『万が一』が起こってしまったが、こちとら実家の玄関を蹴り飛ばすくらい元気いっぱいだ。
それに、
「ふふふ、お母様の願い通りに、かわいいお嫁さん予定がここにいますよー!」
むん、と胸を張るシリルに一つ溜息をつく。
いつもの調子なのは、シリルなりに僕を気遣ってくれているのだろう。
しかし、うん。
父さんも母さんも、墓もなにもない。今までの報告をこの家ですることにしよう。
そう決めて、いくつか言葉を残すことにする。
……あまり口が上手い方ではないが、大切に僕は口を開いた。
「ちなみに母さん、こいつ実は王女なんだってさ。国を救って王女様と結婚する……みたいな騎士物語は好きだったけどさ。まさかっ、って感じだろ。いやまあ、絵本の王女様みたいにお淑やかじゃないけど」
「ヘンリーさん、余計なことを言わないでください」
ぺちぺちと背中を叩くシリルに苦笑しながら、報告を続ける。
「それと、父さんの仇は取ったから。あの英雄グランエッゼさんとさ、一緒に戦って、僕がとどめを刺したんだ。騎士じゃなくて冒険者としてだけど……僕も強くなっただろ?」
如意天槍を抜いて、いくつかその場で型を取る。
……技を改造しすぎてて、多分生前の父さんが見たら嘆くだろうが。しかし、技自体は父さんが息子を自慢する程度には冴えているはずだ。
「ここに来たのも、大切な仲間と一緒に大きな作戦を任されたからなんだ。これからも、僕頑張るからさ。安心してほしい」
そこまで言って、僕は一分だけ黙祷して……踵を返した。
「……っし、シリル。五分だけなにか形見分けになりそうなもの探して、そしたら帰るぞ」
「もうですか? もう少しくらいいいんじゃ」
「いいんだ」
報告したいことをすべて話していたら、一日経っても終わらない。本当に大切なことは伝えたから、それでいい。
そうして、家探しし。
……母さんの残した大量のレシピメモと、父さんの予備の槍を僕は持ち帰った。
なお、槍の方には家紋が刻まれており……僕は久方ぶりに、トーン家の家紋を思い出すことになるのだった。




