第二百八十一話 ウェルノートの兵舎
「これで、最後だ!」
ジェンドの火炎斬りが、ラストのオーガを切り裂き炎上させる。
ウェルノート郊外。ジェンドの『最後』発言の通り、見える範囲にはもう生き残っている魔物はいなかった。みんなまだ警戒はしているが、しばらく待っても潜んでいるやつが出てきたりはしない。
「……よし、終わったな。みんな、お疲れ」
リーダーとして、戦闘終了を宣言する……と、
「シリル。もう歌はいいから。お前もお疲れ」
朗々と魔法歌を歌い上げ、おっそろしい魔力を渦巻かせているシリルを労う……と、
(もう終わりですか? 私のこの高めた魔力はどこにぶつければ)
そう、なんか念話で文句を垂れてきた。
「諦めろ。最初から基本撃たないって決めてたろ」
ちぇー、とシリルは残念そうにボヤいて、高めていた魔力を抑えた。
「まあまあ。お前が魔物釣ってくれて助かったよ。よくやった」
「……ふふーん、まあ、シリルさんの力をもってすれば余裕ですよ、余裕!」
適当に褒めると、ころっと機嫌を直す。チョロい。
まあ実際、今回の戦いでシリルの役割は重要だった。
ウェルノート周辺の魔物を排除することは決めたが、折角残ってる街の建物を不用意に壊したくはない。数は多いが、雑魚の群れだったこともあり、シリルには歌って魔力高めて魔物を引き寄せる役を任せたのである。
案の定、わかりやすすぎるほどわかりやすい人間の気配に、周辺の魔物は寄ってきた。
幸い、僕たちの後方のウェルノートの森の魔物は植物系ばかりで動きがなく、基本的に前面だけ気にすればよかったこともあり。
更に、リーガレオの魔物撃破数、ぶっちぎりのトップをひた走るリオルさんの力添えもあって、ものの三十分で魔物の殲滅は完了した。
あまり長引かせるともっと遠くの魔物まで殺到してくるから、いい感じに戦えたと思う。
「じゃ、さっさと街入るか。ティオ、街壁とかに隠れてる魔物がいるかもしれないから、先行して偵察頼む」
「……それは勿論構いませんが。ヘンリーさん、魔国の侵略から、初めて街に入る人間が私になってしまいますけど」
「ええい、お前まで変な気を回さなくていいから。流石に、そんなことで役割分担崩さねえよ」
リオルさんは凱旋だなんだと言っていたが、そんな僕の感傷なんかより、パーティの安全の方が大事だ。そして、隠れ潜む魔物を発見することに関しては、このパーティではティオが一番である。任せるのは当然だ。
というか、一番に街入りすることに、僕は意味なんて感じない。ラ・フローティアの……仲間のみんなと一緒に帰ってこれたのはそりゃ感慨深いものがあるが。
「そういうことなら。いってきます」
「おう、いってらっしゃい」
ティオが低い姿勢で気配を消しながら、ウェルノートの北門……の跡地に向かう。
一応、門があったことが分かる程度には残っているが、街壁のそこかしこに穴が空いている状態だと門には意味はないだろう。
「……北門も懐かしいなあ。僕、たまにあそこに詰めてたんだよ」
門を見てふと記憶が刺激され、誰に向けてでもなく僕は呟く。
その言葉にゼストが首を傾げ、
「当時のお前がか? 門番といえば、騎士でも精鋭が担当するものだろう」
「いや、門を守ってたわけじゃなくて、雑用やってた。他にも仕事の手伝いはしてたけど、ゼストんとこは違ったのか」
「俺は、準騎士時代は日が昇ってから落ちるまで、訓練と座学漬けだったな。実務はあまり任せてもらえなかった」
分隊ごとの教育方針の違いかねえ。僕は訓練は一日の半分くらいで、あとは警邏とか書類仕事とか出入りの商人の接待とか、色々させられたモンだが。
……割と、今の僕が小器用な方なのは、この時の経験が生きてるな。
そんな、僕を育ててくれた街。
「……っと。魔物はいないみたいだな」
北門付近に取り付いたティオが、ささっと索敵をしてくれ、こちらに『敵影なし』のハンドサインを送ってくる。
僕たちは頷いて、小走りに街へ向かうのだった。
街中も、僕たちは警戒して進む。
廃墟となった家の中に魔物が隠れていて襲ってくるかもしれないし、そもそも倒壊寸前の建物が多くそっちも危険だ。
しかし、幸いにして二回ほど魔物に襲われたくらいで特にトラブルもなく、騎士団の兵舎に辿り着いた。
「へえ、近くで見ても立派な兵舎だな。王都にあった黒竜騎士団のところと同じくらいデカくないか?」
「ジェンド、土地の値段を考えろ。大国の王都の一等地と、小国の街を比べるんじゃない」
値段は十倍でも多分きかないぞ。
「そりゃそうだけど、見た感じいい建材使ってるし、腕のいい職人が作ったっぽい。ここまで残ったのも納得だよ」
「そ、そうなのか?」
いや、そういう話は昔聞いているが、僕にはさっぱりわからん。
「うちの実家、建築事業にも噛んでるから。俺も少しは分かるんだ」
……こいつ、相変わらず勇士にまでなった冒険者なのに、それでも商人の方が向いてんじゃないかってくらい知識広いな。
「ジェンドに補足すると、これは一昔前のバルト式建築によるものだな。後のガトラン式に比べ装飾は少ないが……と、この辺りの講義をすると二、三時間食ってしまうので、説明は夜番が一緒になった者にするとしよう」
……あの、リオルさん。今晩のペアって、予定じゃ僕なんですけど。
勘弁してくれません?
「と、とりあえず中に入ろう。ゼスト、開けてくれ」
「承知した」
ゼストが玄関の扉に近付き、僕は槍を構える。
建物内に魔物がいて、奇襲を狙ってたらそいつを迎撃するためだ。まあ、このパーティで一番頑丈なゼストであれば、ちょっとくらいシクっても大丈夫だろうが。
ギィィ、と。
長年の劣化によって建てつけが歪んだのか、嫌な音を立てて扉が開き……中から、埃がブワッと出てきた。魔物は……いない。
「……換気が必要だな」
と、リオルさんがステッキを振り、魔導式を空中に描く。
すると、戦闘用ではない、優しい突風が兵舎の中を縦横無尽に走り……どういうコントロール精度をしているのか、小さな風の膜に埃を閉じ込めて外に出てきた。
「とりあえず、入ってすぐのフロアはこれでよし。後は都度やっていこう。ヘンリー、案内を頼む」
「はい。……っても、記憶があやふやなところもありますが」
とりあえず、入り口に入っていすぐ騎士団の受付だ。街の住民の通報を受けたりする窓口。後は事務仕事をするための執務室や会議室、団長室があった。
二階は騎士の生活空間。ここに住む騎士用の食堂や風呂がある。
そして三階、四階は騎士の住む部屋だ。
「……ってことで、僕も準騎士の時はここに住み込んでた。安息日には実家に帰ってたけど」
クリアリングをしながら、各部屋を確認していく。
こんだけ広い建物だと、どこに魔物が潜んでいてもおかしくはない。夜を安心して過ごすためにも必須だ。
どうにも興味の持てない書類仕事を四苦八苦しながらこなしていた執務室。
入る時は、大抵お小言かお説教を受けていた団長室。
滅法料理上手な団長の奥さんが、団員の食事を作ってくれていた食堂。訓練でどろんこになった体を流した風呂。
部屋を巡るごとに、昔の思い出が蘇ってくる。
……そんな僕のことを察したのか、今は僕は主体ではなく、ゼストとティオが率先して動いてくれていた。
「……魔物、いません。クリア」
「よし。あとは三階と四階か。ヘンリー、どんなつくりなんだ?」
ティオが厨房を確認して告げ、ゼストが次のフロアのことを尋ねてくる。
「ああ。各階に確か……八部屋ずつ。一部屋四人が寝れるように、二段ベッドが二つ」
外に家を持つのも自由なので、ここに住んでんのは独身で金のない若手がほとんどだった。
……なお、一応実家がこの街にある僕だが、若い者同士の連帯感を養うこと。そして、僕のちょっとのんびりしすぎな性根を叩き直すためという理由で、強制的にここに住まわされていたりする。
一応、この分隊ではそこそこの地位にいた父さんも、反対するどころかやったれやったれだったし。
子供心に『ぐぬぬ』と思ったものだ。
まあ、見習いである準騎士である僕よりは年上ばかりだったが、十代の騎士の兄ちゃんたちは良くしてくれた。
夜に馬鹿みたいな話で盛り上がったり、夜食をちょろまかしに食堂へコソコソ行ったり、楽しいこともあった。
もう十年以上。
あまり話したことのなかった人の名前は忘れてしまったが、笑っていた顔は思い出せる。
「ちなみに、ヘンリーさんはどの部屋だったんですか?」
「三階の、一番奥右」
ゼストとティオの手によって、手前の部屋から次々と扉が開けられていき……最後、僕が住んでいた部屋が、
「……魔物、いませんね。この様子だと四階も同じでは?」
「ティオ。それでも確認は必要だ」
「それはわかっていますが」
ちょっとほっとする。自分が住んでた部屋が魔物に荒らされていたらそりゃ嫌だ。
僕は、部屋に向かう。
……中は当然、がらんとしていた。
埃臭く、薄汚れたベッド。
右側の二段ベッドの下。僕が寝ていたところに、なにがあるわけでもない。
それでも、ふう、と一つ息が漏れた。
「……ヘンリー。四階もここと同じだったな?」
「ん? ああ。あと、屋上に洗濯物干すところがあるくらいだ」
ゼストの質問に答える。
と、そのゼストはため息をついて。
「案内はここまででいい。この後のことは俺たちが引き受けるから、お前は街の散策でもしてこい」
「はあ? おいおい、なに言ってんだ。こんな状況でだな……」
「こんな状況、とは言うが、この周辺の魔物はさっき大体倒しただろう。こんな立派な建物があれば、夜の準備もいつもより楽だ。お前がいなくても問題ない」
そ、そうかもしれないけどなー? でも、
「あ、はいはい! そういうことなら、私もお供したいです」
「ええ。もちろんそのつもりでした。シリルさんも同行してください」
「って、おいおい、なんでそれが既定路線なんだよ!?」
シリルは別に知らない街なのに!
「お前をしゃんとさせるために、尻を蹴っ飛ばすシリルさんは必要だろう?」
「同意を求めるんじゃない。……っておいおい、なんで全員頷いてんだ」
どういう認識だ。
「それに是非、シリルさんにヘンリーさんのご実家を紹介していただければと思いまして」
「……~~、あー」
まあ、そういうことなら。僕も、やりたくないわけじゃないし。
「おっと。当然だが隠れてる魔物に不覚など取るんじゃないぞ」
「たりめーだ」
仮に最上級……いや、魔将が出てきたって、シリル守ってみんなと合流するくらいできる。
……まあ、ここは。
ゼストの好意に甘えて、少しだけ……少しだけ、故郷を回らせてもらうか。
背を向けたゼストに小さく頭を下げ、僕はシリルと二人で街に繰り出すのだった。




